正月5礼装(二枚目) エルバサ(前回に続いて二枚目) 怒れないが喜べもしない
「たあっ!!」
俺の名はガゼフ・ストロノーフ、モリアーティ家に忠義を誓っている。今は下級悪魔の出の俺を見出して下さった旦那様の名を受けて悪神ロキの相手をするメンバーの一人として戦っている所だ。ロキが呼び出したミドガルズオルムのコピー体の胴体を袈裟懸けに切り裂き、頭に深々と刃を突き刺せば流石の龍王でも絶命するようだ。
「さて、此奴らはもう大丈夫だな……」
少し離れた場所ではバアル大王家の次期当主とその眷属、そして天使や堕天使と悪魔から選ばれたメンバーがロキとフェンリルの子である二匹の相手をしている。もうミドガルズオルムは片手に指で数えるほどにしかいないことだし、残りは部下に任せて俺も加勢に向かうとしようと思った時、視界を覆いつくすような眩い閃光に思わず腕で目を庇ってしまう。
「あっ、なんか雷が出たでござる」
「馬鹿なぁあああああああああっ!?」
別の場所に飛ばされたフェンリルはモモンガ殿が相手をするとの事で、若様の眷属の中で唯一此方に派遣されたハムスケだが、その尻尾を柄に巻き付けて振るったハンマー、ミョルニルのコピーから途轍もない雷撃が迸ってロキを叩き伏せた。
「聞いた話では穢れ無き心の持ち主しか……あっ」
基本的に寝るか食うかしかしておらず、精々が若様達の修行の相手を行う程度のハムスケは怠惰やら暴食が当て嵌まりそうだが、よく考えれば彼奴は基本獣だったか。獣が本能に従っているだけだから心が汚れていると判断される事はないか……。
「むはー。これで若様からご褒美を頂けそうでござるなあ。何が良いでござろうか」
「……だが、何か釈然とせん」
恐らくフェンリルの方も今頃終わっているだろうし、これで忠義を誓った家の功績が大きいのだから喜ぶべきなのだろうが、それでも心には何かモヤモヤした物が残っていた。
「被害は軽微、手柄は絶大。ふむ、今回も大成功だ。ガゼフ君、君もよくやってくれた」
「はっ!」
ミドガルズオルムを全て倒したころ、頭部の上半分だけが辛うじて残っていたフェンリルの遺骸を手にしたモモンガ殿の出現によって残った二匹は戦意を喪失、あっさりととどめを刺されて今回の一件は無事に終わった。
事後処理を終えた旦那様は書類を読みながら口元を緩ませる。どうやらまたしても若様の評価が上がり、失脚した貴族が管理ししていた土地の内、隣接していた場所を幾つか手に入れたらしい。これからモリアーティ領の管理下に入るから新しいルールを受け入れる住民は大変だろうと思うが、法を犯さない限りは今まで以上の暮らしが約束されているのだから頑張って欲しいものだ。
「……しかしモモンガ君の力を倍加すればあれ程までに力が増すとはな。今後の外交において不甲斐無い現レヴィアタンの尻拭いには十分か」
同盟関係において保有戦力の誇示は必要なことだ。特に大幅に弱体化した上に色々と恨まれる事を現在進行形で行っている三すくみの勢力はな。
「……そういえばオーディン様の護衛がまだ残っているらしいネ」
訝しげな表情と共に旦那様が視線を送ってくる。これは様子を探って来い、ということだ。主神の護衛が残っているなど普通ではないからな。外交官として来た訳でもなく。来たついでに外交官として置いておく、などと侮った態度を取られたので無いと良いが……。
俺は少々心配を抱えながら護衛、ロスヴァイセ殿が居るという場所へと向かって行ったが、結論から言うと杞憂だった。
「……置いて行かれた?」
「そうなんです! このまま帰っても立場がないし、私はどうしたら……」
呆れてものも言えない、とは正にこの事だ。オーディン様に忘れられて置いて行かれ、帰ったら何をしていたんだと周りから攻められるから帰るに帰れないとか。そうやって悩んでいる間に帰れば良いと思うのだがな。護衛が護衛対象の動向を把握していなかった時点で職務怠慢だし、このままだと無断欠勤扱いだと思うのだが……。
俺はふと、そんな彼女を見るレライ殿の表情が気になり、若様に小声で話し掛けた。
「……若様、レライ殿が何やら悩んでいる様子ですが」
「北欧の魔術の情報を引き出したいけど、まだ正式にクビになっていない相手を勧誘するのは立場上重要な情報を得ているであろう彼女の立場上拙いし、安く買い叩いても恩を売れるタイミングを計っているらしいよ。横からかっ攫われないように一旦客人として招いてね」
ただ、同盟を結ぶ以上は交流があるだろうし、危険は冒さないほうが良いとも思っているとか。……取り合えず向こうに連絡を入れる方針で、何かあったら連絡しろと肝心な部分を曖昧にして連絡先を教えるに留めるのだそうだ。彼女が何を勘違いするかは知った事ではないらしい。
「まあ、色々と問題がありそうな人だし、必要な情報を引き出したら窓際かな? 流石に放逐は世間体がね。体面を保てる程度に使い潰そう。適性があれば孤児院で魔術の指導をやって貰いたいけど、流石に肝心な役職を余所者に任せるのはなぁ」
……若様も黒くなったな、幼い頃は純粋なお方だったのだが、旦那様に似て来た様だ。
「まっ、僕も領民や眷属、家族を守らなくちゃ駄目だからね。利用出来るモノは利用しないと。優先順位は大切だよ」
……いや、このお方の根本は変わっていない。守りたいものを守る為に全力を尽くす。ただそれだけだ。
「それに弟か妹が生まれるんだし、今まで以上にしっかりしないと」
おや、どうやら気付いていたようだ。旦那様は気付いていないと思っていらっしゃるようだが、成長なさったのだな。
「……では、私は此処で」
主君達が励むのなら俺もこうしていられない。より一層の忠義を捧げ、より一層の力を手に入れる為に鍛錬をせねば。一誠も成長してきたし、武器の使い方を本格的に仕込むのも良いな。敵はテロリストだけでなく同種族の他の派閥、そして同じ派閥にさえ居る。ならば俺は警備隊隊長として力を示さねばならない。
俺がそんな決意と共に修練場へと向かった頃、若様とレライ殿との間でこんな会話が行われていた。
「所でフェリルの血と爪と牙は役に立っている?」
「流石に神殺しの研究を神に知られる訳にはいかないからこっそりだけど進んでいるよ。まあ、三日以内にはハムスケを強化できるわね。……そういえばモモンガさんは?」
「あの二人に拉致…二人と一緒に仲良く泊りがけでデートだよ。いやいや、僕はフランさえいれば良いけど両手に花だよね、ははははは……」
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