「あー幸せだな、僕。こうやって君と一緒に居られるんだからさ」
「ウー」
「え? 僕と一緒に居られる自分の方が幸せだって? いやいや、流石にそこは譲れないよ。こうやって君の膝枕でゆっくりと出来るなんて……はいはい、分かったよ。じゃあ引き分けって事で。少し眠るね」
「ん? ジェイル寝てんのか。暇潰しに誘おうと思ってたのに仕方ねぇなぁ。久々に三人で昼寝するか」
「ウ、ウゥ……」
「あん? それは良いけど真ん中は自分? ジェイルの横で眠るのは駄目だって? 分かってるよ、そんな事くらい」
(……とか今頃やってるんだろうな)
存在しなくなった胃がキリキリ痛むのを感じる。少し横に視線を送れば露出の高い服装の美女(堕天使)に囲まれて鼻の下を伸ばしている元気な老人と中年の姿。俺の横にも二人ほど居るけど……俺、性欲殆ど無いからなぁ。
息をしていないけど溜息が出た気がした俺は待合室の方を見る。未成年は入れないからってゼスティちゃんとオーディン様の護衛のロスヴァイセさんが待っている。ハムスケ? いや、彼奴は獣だし馬車で待機だ。
「ほらほら、飲んで飲んで」
「全然飲んで無いよー?」
「飲めないのだ。骨だからな、床を汚してしまうし味を感じない」
体を摺り寄せてくる二人に余裕を見せ手で制するが本当は余裕なんかないんだよ。俺、童貞だもん。精神の鎮静能力がなかったらボロ出してたよ、絶対。……って言うか接待の護衛とはいえこんな店で過ごすとか他の皆がどう思うか……。
今来ている二人だって……。
『こんなお店ならふくりこーせー? がしっかりしてそうっすね。自分が知ってる様な人達は病気やら何やらで大変だったっすもん』
『性欲は当然の欲求でござろう? それがしも博士に同族を作って欲しいでござる。子孫を残せぬとか生き物として失格でござるからなぁ……』
いや、あの二人は治安の超悪いスラム出身と獣だから平気だけどさ、ジェイル君も貴族だしそういう仕事もあるって割り切りそうだし、レライちゃんは特に興味を示さなそうだけど……。
『ウ、ウゥ……』
『オッサン……』
『お義父さん、不潔です……』
いーーーーやーーーーーー!? ただでさえ本性知ってる子達の前でずっと魔王ロールしなきゃならないのに精神的にきつすぎる。これ、接待だから! 護衛だから! 仕事だから……セーフだよね!? 大丈夫……あっ、精神が沈静化した。よし、後でモリアーティさんに相談しよう。あの二人にも口止めして……ハムスケは絶対喋るな、うん。
『俺も護衛に行きたかったっす! 接待とかご褒美じゃないですか』
あとイッセー君。君は黙れ! ……さっきから想像相手に何言ってるんだよ、俺。魔王ロールが剥がれないようにしながら俺は精神をジワジワすり減らしていく。……帰ったらゲームしよ。新しいアロマキャンドルも試してなかったなぁ……。
「うーむ。次は何処に行こうかのぅ」
オーディン様の護衛が始まって早数日、遊園地や寿司屋に堕天使が経営するおっぱいパブと接待で色々な所を回ている。営業マン時代を思い出すなぁ。しかも今度は会社と会社じゃなくって国と国みたいなもんだからなぁ。しかも相手に迷惑掛けている此方と同盟結びましょうって奴。……まぁ会社内でも意見の不一致とかあるし、そういうメンツを一度に接待するよりはトップ一人を接待する方が楽か……。
空を駆ける八本足の馬スレイプニルが牽引する馬車の中、俺は帰ったら何をするかを考えていたんだが、周囲に配置していた察知能力に特化したアンデッドが敵を発見した。
「……アザゼル総督。私のアンデッドが此方に向かってくる敵を発見した。始末しても良いのかな?」
「マジかっ!? いや、テロリストならアンデッドにして情報を吐かせたいけど裏切り者を処分するには証拠能力を疑われるし……」
そうだよなぁ。俺の命令に従うから裏切り者を処罰する証拠としては価値が低いんだよ、アンデッドからの情報って。大体有力な貴族だし、そんな証拠で処罰できるほど中央の政権は強くない。そしてアザゼル総督がオーディン様に視線を送った理由は北欧でのゴタゴタを予想してるんだろう。
事前に情報は収集している。脅威になりそうなのは世界でもトップクラスの実力を持つフェンリルや有名な雷神トール。万が一に備えて用意してあった物質取り寄せ用の魔法陣が印刷された紙が懐にある事を確かめ、
「ゼスティ、お前は敵の遠距離攻撃に備えろ。ハムスケは私の合図と共に相手を阻害しろ」
二人に指示を出すけどこの中に裏切り者が居る可能性も考慮しないとなぁ。特に護衛の子とか鬱憤が溜まってそうだし。この前どこかの学者の研究で女性のトラウマの二割がセクハラによるものだって言ってたし……。
そんな事を考えていると突如馬車が止まり、馬車の視線の先には巨大な狼と男神が立ち塞がっていた。どうやら最も警戒していたフェンリルと、その親であるロキのようだ。まだ敵とは限らないけど……。
「ロキ様! この馬車にはオーディン様が乗っているとご存知での行動ですか!」
「勿論知っているとも!」
少し会話に耳を傾けた結果、要するに自分の所が他の神話と仲良くするのが気に入らない、との事だ。……これで外交官の手腕次第で今後の交渉が楽になるかな? 向こうが問題持ち込んで堕天使のトップが巻き込まれたし……。
「オーディン様、お下がり下さい」
「アンタが怪我したら俺達も不味いからな」
ガブリエルさんとアザゼル総督がオーディン様を庇う様にして前に出る。さて、フェンリルは二天龍に匹敵るらしいけど……。
「ゼスティ、私達はフェンリルを抑えるぞ。……防御重視だ」
「うっす!」
「『
ゼスティちゃんが拳と拳をぶつけ合わせて龍翼と鱗を出現させる。それと同時にハムスケが魔法を放つがフェンリルにはブロックされたようだ。だが、少しだけ隙が出来た。
「『
第十位階魔法最強の威力の魔法は正面からフェンリルへと向かう。首を撥ねると思ったが神速というべき速さで即死は免れた。
「ギャンッ!」
「フェンリルっ!?」
だが、完全に避けた訳じゃない。フェンリルの左目は斜めに深く入った斬撃によって完全に潰されている。
「ほぅ、思ったより頑丈だな。頭蓋骨を両断できると思ったのだが……」
「まさか此処までの力の持ち主がいるとは完全に予想外、だっ!?」
咄嗟に障壁を張るロキ。その障壁はゼスティちゃんの飛び蹴りで粉砕されるけど、足が体に触れるよりも前にフェンリルが彼女に振り下ろした爪を回避するために下がったので届かなかった。目を潰されたために横を抜けたけど簡単には行かないか……。
「小娘、貴様が噂に聞く天然の赤龍帝の力の持ち主か」
「失礼でござる! ゼスティ殿は少しアホかもしれないけど天然ボケではござらんっ!」
ハムスケ、少し黙っていようか。空気、台無しだからさ。ほら、ロキも戸惑っているしさ。あれ? もしかして今ってチャンス? ハムスケの発言も作戦だって言い訳できるし……。
「『
「何だと!?」
魔法によってロキとフェンリルの周囲に無数の機雷が出現する。幾らフェンリルが速くてもロキに影響を出さずに全て破壊するのは無理だろう。
「糞っ! まさか今のも作戦だったか……」
「ふふふ、どうかな?」
「おいおい、まさか全部作戦だってのか。……とんでもねぇな。他の眷属だけでも凄いってのに女王は別格かよ……」
「同盟を結んで良かったと言うべきですね……」
よし! 上手く行った!! なんか今後のハードルが上がった気がするけど今は無視しよう。あとは降伏勧告を……新しい反応っ!?
俺が視線を送った先には数名の人影。あっ! 彼らは……。
「久し振りだね、ゼス……」
「あっ! 変態のヴァーリさんっす!!」
一難去ってまた一難だよ!? ああ、胃が痛い気がする……。
一方そのころ……。
「……へぇ。私のモモンガ様が接待でそんなお店に……」
「これはちゃんと話を聞かせて貰うでありんすよ? 一応主って事になっているのでありんすからねぇ」
「あの、足崩しても……?」
「「駄目」」
ジェイル君もピンチだった。
モモンガさんの胃に幸あれ なお、胃袋は存在しないから・・・
感想お待ちしています