「あの子が悪魔に? 聖書とか読めないから成らないと思ってたのになぁ」
「イッセーと同じ時を過ごしたいんだってさ。将来したい活動は悪魔が動ける範囲で行う気らしいよ。どっちにしろ悪魔の保護下じゃ教会の縄張りで行動できないしさ」
一応保護者という事で転生前にモモンガさんに伝えに行くと、やっぱり意外そうな反応だった。聖書も読めないし、お祈りをしても痛みが走る。ミサにも出られないし、聖水や十字架にも触れられないって予め伝えておいたから僕もビックリだよ。
「かの聖処女も文盲だったらしいし、ミサに出たり出来なくとも信仰を続けている人は居るから平気だってさ。隠れキリシタンってのも居たし、表立って信仰心を出す必要も無いとか。大切なのは自分の心だとさ。……祈りの痛みは気合で耐えると言ってたよ」
「逞しくなったなぁ、あの子……」
悪魔社会で運営されているネットゲームをしながらモモンガさんはシミジミと呟く。当初の世間知らずな少女だった頃の彼女からは想像が付かないから同感だよ。
「あっ、『ギャー助』さんログインした。待っていました。じゃあ、予定通りアトラス平原のイベントボスを倒しに行きましょう」
『了解ですぅぅぅぅ』
ボイスチャットで返事が来るけれど、この人ってどうしてこんな話し方をしてるんだろう? 何処かで聞いた声だけど……。
「オフ会とかしてみたいんだけど、ギャ-助さんはどうしてもいけない理由が有るらしいし、他の人も中々予定が合わなくって」
少し寂しそうなモモンガさんだけど、外出の際に身に着ける仮面も十分な威圧感が有るし、オフ会したらしたらで大変な事になりそうだなぁ。映画館でも不審者として通報しかけられたって聞くけど。
「所で映画から帰った後、ゲッソリしてたけど、どうしたの? いや、元々骨だけどさ」
通報未遂程度でああなるとは思えないからと訊ねると、モモンガさんは少しドンヨリとした。
「途中から
「ああ……」
鼻息荒く『くふー!!』とか言っている親戚の姿を思い浮かべ、僕は溜息を吐くしかなかった。
「前から思ってたんだけど白衣って衛生の為に着ているのに、年中着ていたら意味無くない?」
「この白衣は自動で洗浄殺菌され常に衛生状態を保つ私の発明品さ。心配ご無用だね」
既に廃棄された神社の階段をレライと歩く。少し気が重いので無駄話を交えながらだ。どうしても付いて行くって言うから同行させたけど失敗だったかな?
この先で待っているのは天使長であるミカエル。エクスカリバー奪還のお礼がしたいからと呼び出され今こうして向かって居るんだけど、足取り軽く進むレライの胸元で揺れる十字架のペンダントが目に入った。
親の形見、だと聞いている。中に両親の写真が入っている、と聞いている。だけど彼女の過去に何があったか、僕は大体しか知らない。安易に踏み込むことじゃないし、話す事でもない。ただ一つ分かるのは……レライは神が大嫌いと言う事だけだ。
「喧嘩売らないでよね。君の常識人な部分は信頼しているんだからさ」
「分かってるさ。私は研究さえ絡まなければ眷属でも一二を争う常識人だよ?」
その研究が絡んだ時は非常に厄介なんだけどね……。
「初めまして。私がミカエルです」
「お初にお目に掛かります。ジェイル・モリアーティです」
「こんにちわ、私の名前はレライ。故郷では『純粋なる者』って意味があるの──ええ、勿論嘘よ」
早速やらかしたぁ!? ミカエル様は笑ってるけど、連れてくるんじゃなかったよ!
僕が顔を引きつらせる中、ミカエル様の視線がレライの十字架の首飾りに向かう。それに気付いたのかレライは首飾りを外して前に突き出した。
「これ? これはね、お母さんの片見なの……見る? 教会の指示で人体実験を行って、最後には証拠隠滅のために施設ごと生き埋めに……むぐっ!」
流石にこれ以上は駄目だと後ろから口を塞ぎ、頭を掴んで一緒に下げさせる。
「眷属が失礼しました。心の底からお詫びいたします」
「……いえ、構いません。私には彼女の恨みを受け止める義務が有りますから」
無力感を噛み締める様子のミカエル様。何やら事情が有りそうだけど……。
「いや、本当にごめんね。つい自分を抑えられなくてさ」
「別に良いよ。問題にならなかったし、君には君の過去があった。それだけの話だよ」
帰り道、少しだけ項垂れるレライを励ましながら階段を下りていく。今回の事、全て僕の責任だ。彼女を連れて来た以前に僕は主なんだからさ。
「所でお礼のアスカロンだけど、帰ったら早速分解して調べて良いかい? って言うか駄目って言っても調べる!」
「……ふぅ」
もうね。頭が痛くて仕方がないんだ。帰ったらフランを抱きしめて癒されよう……。
「あっ。洗剤がもう少ないっすね」
先日の暴走の一件でさせられているトイレ掃除の途中、洗剤を使い切ってしまった。ヴァイオレットは出掛けているし、後で買いに行くっすね。ブラシでこびり付いた汚れを綺麗に落とした自分は立ち上がってグッと伸びをする。今日は朝から部屋の模様替えに寝室の天井と床掃除に窓掃除に冷蔵庫の整理にトイレ掃除に……って多すぎっす!!
掃除用のエプロンを洗濯籠に入れ、洗濯も残っていた事を思い出すと溜息が出た。
「お外に出たい。でも、チビ共しか残ってないし……」
平和なこの国に来て幸せになったと思うけど忙しいのは変わらない。窓の外は雲一つない青空が広がっていてっ絶好のスポーツ日和なんっすけどねぇ。
「あれ? お客さんっすかね」
最近頻繁にセールスがやって来るから鬱陶しいんっすよね。押し売りだったらどの程度の力を振るおうかとさえ思いつつ外を覗くと白髪……いや、銀髪の男の人が立っていたっす。
「新聞だったら間に合ってるっすよ?」
「いや、俺は新聞の勧誘じゃないよ。……簡潔に聞こう。君は何者だい?」
何か行き成り訪ねてきた癖に訳分からねぇ事言う人っすねぇ……。
「悪魔っすけど……お兄さんこそ何者っすか?」
何かこの人見てると血が騒ぐって言うか、胸がざめくっていうか変な感じっす。ただ、人間ではない事は何となく察していた。……ん? この匂いは……。
「俺はヴァーリ。今代の白龍こ……」
「お姉ちゃーん! 天気雨天気雨! 洗濯物が濡れちゃうよー!」
「ヤベっす! ちょっと待っていて下さいっすよ!」
慌ててベランダに向かい十人以上の下着やら服を回収する。この程度なら軽く乾燥機に掛ければ良いっすね。あっ! 今日の夕食の為に出汁を取っておいてくれって言われてたんだった!
……えっと、合わせ出汁ってどうやってとるんだっけ?
「こんな時こそネットっす! ……あっ、充電切れてるんだった」
もう直ぐヴァイオレットが帰って来るし、このままじゃ姉の威厳が減るっす! もう負債のレベルな気がするけれど……。
「確か料理の指南書が本棚にあった筈!」
自分は急いで本棚に向かう、この時、ヴァーリさんの事を忘れていた……。
「……でっ、結局出汁を取っている最中に転寝して煮詰まった上に訪ねて来た人を放置?」
「……はいっす」
ただいま絶賛正座中。弟妹達が三時のおやつを食べる中、自分はヴァイオレットに正座した足を踏まれながら蔑みの目で見られていたっす。今日は大好物のアップルパイだったのに……。
「しかし俺を招き入れて良かったのかい?」
「別に構わないわ。ウチの馬鹿が失礼したしね。……それに敵がどうかを見分ける能力は嫌でも身についてるわ。此処の皆がね」
遂にお姉ちゃんとすら呼ばれなくなった事にショックを受けつつヴァーリさんを見る。どうやらヴァイオレットが聞き出した話によるとドライグさんのライバルのアルビオンさんが封印された神器を持っているらしい。
「今は堕天使の組織に所属しているんだが今度この町で三すくみの会談があるから下見に来たのさ。そうしたら赤龍帝の濃厚なオーラを感じるとアルビオンが言うものだから気になってね」
『おい、小娘。貴様から感じるオーラは神器所有者の其れではない。貴様は一体……』
「え? 堕天使の組織にどうして悪魔が所属してるんっすか?」
自分が匂いで感じた事を口にするとヴァーリさんは驚いたような顔をする。オーラは隠してたからどうしてバレたのか意外そうっすね。
「あっ、自分、鼻良いんっすよ。ドラゴンの嗅覚っす」
『ドラゴンの……成る程。貴様、所有者の子孫だな。それが何かの間違いで先祖帰りを起こしてドライグの力を手に入れたか』
アルビオンさんの言葉にヴァーリさんは目を輝かせる。面倒な事に成りそうっすね。
「良いねっ! 俺のライバルは平凡な生まれと聞いてガッカリしていたけど、もっと面白いのが居て助かったよ! どうだい? これから俺と戦わないか?」
「トイレ掃除の洗剤買いに行かなきゃ駄目なので無理っす」
ほら、面倒になったっすよ! 問題は大人しく帰ってくれるかどうかっすけど、最悪禁じ手のアレを使わせて貰うっす。
「……そうか。なら仕方ないな。じゃあ、会談で会おう。どうせ君達も呼ばれるんだろう? ……しかしアレだな。こうして注視すると分かるが……(戦闘向きの)良い体をしている」
ん? 確かこの人の神器って相手に触る必要が有るんっすよね? それで良い体をしている?
「セ、セクハラっす! ロリコンっす! 変態っすよぉおおっ!?」
「誤解だっ!?」
逃げるように帰っていくヴァーリさん。うぅ、変態は嫌いっす……。
「所で会談って聞いてたっすか?」
「聞いてたわよ、勿論。……まさか忘れてた?」
向けられる視線が痛い。自分、威厳を取り戻すのにどれだけ掛かるっすかねぇ……。
「あっ! 今晩、旦那様の新しい眷属との顔合わせだから出掛けるっすよ。夜のデザートは取って置いて欲しいっす」
「え? デザート食べさせて貰えると思ったの?」
感想待っています