成り上がりの息子と赤龍帝     作:ケツアゴ

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すこし家族と喧嘩してモヤっとしたせいか筆が進まなかったです


怒れる龍と骨と肉

 恐怖。唯其れだけがディオドラの心を支配していた。映像でのみだが戦っている所を見て、要警戒対象程度に認識はしていたものの、協力者から与えられた力によって捻じ伏せる事が出来ると疑いもせずに今回のような行動に出た。

 

 煩わしい親や監視も兼ねた眷属には内緒で自分に付き従う眷属だけを連れて、己の欲望を満たそうと動いたのだ。善因善果悪因悪果。その様な言葉など彼は知りもしないが、間違いなく彼の今の状況を表していた。

 

 

「うわぁああああああっ!? 寄るな寄るな寄るなぁあああっ!!」

 

 本能的恐怖からディオドラは魔力を乱射する。狙いも付けておらず威力と連射だけを目的とした雑な攻撃ではあるが、一時的とはいえ上級悪魔を凌駕した今の彼の力なら一発一発が必殺となるだろう。

 

 だが、恐怖の元は臆した様子もなく前進する。近付けばそれだけ当たり易くなり、実際に多くの魔力が彼女に命中にしているにも関わらず意に介した様子もなく歩みは止まらない。魔力が命中した場所がうっすらと鱗のようになっている事にディオドラは気付いているのだろうか。唯一つ気付いて居るのは自分を見詰めるゼスティの瞳が爬虫類じみた物になっている事である。

 

「ぼ、僕を殺すとお前の主人も……」

 

 此処に来てディオドラは家の権力に縋りつく。所詮相手は成り上がりの一族の部下に過ぎず、後で権力で潰せるとほんの僅かだけ勇気と希望が湧いて来た。それは本当に頼りない灯火のような希望で、風が吹けば容易に消える。

 

「……」

 

 そして風は吹いた。ゼスティの手はディオドラの顔面を掴み爪が肉に食い込む。年頃の少女の物だった腕は頑強な鱗に覆われた龍の腕へと変貌し、メキメキという音と共に服を突き破って龍の翼が出現する。この時点でディオドラの心は折れ太股を温かい液体が伝った。

 

 ゼスティは天井を見上げ、翼を動かす。次の瞬間、ディオドラの体で天井を突き破りながら彼女は天高く飛翔した。雲だけが存在し空気が薄い街の上空。其処で漸くディオドラは解放される。だが、許された訳でも逃がされた訳でもない。

 

 

「消えろ」

 

 それは正しく死刑宣告。無造作に放り出され落下していくディオドラを向いたゼスティの口内が爛々と赤く照らされ火の粉が漏れ出す。チリチリと肌を焼く異様な熱気が部屋に行き渡る中、不意に彼女の背後から影が掛かる。

 

 

「ゼスティ、止まれ」

 

「ウー!」

 

 両側から挟み込むように振り抜かれた棺桶と電撃を纏ったメイス。それは当然のように両手で掴み取られるが、体に無数の蝶が纏わり付き、二人が離れると同時に凄まじい電撃がゼスティの体を貫いた。

 

 

「……なんで邪魔をするっすか?」

 

 ゼスティはジェイルとフランを認識出来てはいるが、その瞳からは未だに理性が失われたままだ。思わず舌打ちをするジェイルの眼前でゼスティの口内の輝きは更に高まり、落ちて行くディオドラに地獄が放たれ様としていた。

 

 

「彼奴は自分の家族を傷付けた。自分から家族を奪おうとした。だから殺す!」

 

 逆鱗に触れられ怒り狂った龍に説得など通用しない。古来より龍を鎮めるのは清らかなる乙女の歌声くらい……。

 

 

 

 

 

「そんなの放ったら街ごと破壊するでしょ! 何やってるの、ゼスティ姉さん!!」

 

「ひぇっ!? ごめんっす、ヴァイオレット」

 

 だが、この時怒り狂った龍を止めたのは美しい歌声ではなく、龍にとって何よりの宝、家族の怒りの声だった。ディオドラを雑に掴んだ手とは違う手で自分を抱き上げるモモンガに掴まりながらヴァイオレットは眉毛をキッと上げて姉を睨み付けていた。

 

 

「ねぇ、自分が力だけはある馬鹿だって自覚してる? 私言ったよね? 怒りに任せて行動するなって」

 

「……はい。言われたっす」

 

 もう此処には怒れる龍は居ない。空中で正座をして妹に叱られる少し情けない少女しか居なかった……。

 

 

 

 

 

(……うーむ。ペロロンチーノさんはお姉さんのぶくぶく茶釜さんに頭が上がらなかったけど、これじゃあどっちが姉が分からないな)

 

 モモンガ達は暫くヴァイオレットによる小言を眺めていた。止めようとは思ったが睨まれて止められる空気ではなく、ディオドラの眷属を全て捕縛してから待つも、戻って来ない事を心配して様子を見に来た一誠とハムスケが姿を現すまで続いたのだ。

 

 

 

 

「まぁ、今回は街に犠牲が出なかったし、マンションはウチの所有で最上階だから他人に被害は出なかったけど反省しなよ?」

 

「自分は駄目駄目っす。自分は駄目駄目っす。自分は駄目駄目っす。自分は……」

 

「さて、問題は此奴等だけど……」

 

「俺の魔法で記憶を書き換えるにも限度があるからなぁ。体の欠損はアーシアちゃんの神器でもどうにもならないし」

 

 ゼスティを無視して捕縛したディオドラ達を見下ろすジェイル達。既にハムスケが魅了した眷属から話を聞き出して今回は極秘で行動したと分かってはいるから多少時間は有るものの、それでも偽装工作には時間が掛かる。

 

 

「ディオドラの眷属は犠牲者だって言えるんだよね。でもさ……僕は僕の領地の領民や眷属の方が大切なんだ。そうするしかないと精神的に追い込まれていたとしても彼女達はディオドラに従って襲う事を決めた。……イッセー。見ざる聞かざるを決め込むなら今だよ?」

 

 案に非情な事を行うと言われた一誠は躊躇する。躊躇して……首を横に振った。

 

 

「良い。後で吐くかもしれないけれど、多分逃げちゃ駄目なんだろうからさ」

 

 

 

 

「……そう。なら、モモンガさん。ディオドラはこう言ったらしいよね?」

 

「うん。分かった。任せておいてくれ」

 

 

 

 

 

 

「……此処は? ひぇっ!?」

 

 目が覚めた時、ディオドラは森の中に居た。縛り上げられた自分を担いで歩み続ける骸骨に思わず悲鳴が漏れる。カタカタと音を盛大に立てて歩くそれが誰の骨だったか彼に分かる筈も無く、永遠に分かる筈が無いだろう。

 

 

 

「おんや~? 化け物に担がれてるのは悪魔君じゃありませんか。エクスカリバーの錆にしてやるぜぇー!」

 

 ディオドラはアーシアを襲いに行く際にこう言った。街に侵入した堕天使の仕業に見せかければ良いと……。

 

 

 

 

 

 

『この店で提供する肉は全て安全で、食べても死ぬような事は有りません。大丈夫大丈夫。本当に平気だから安心してお食べ下さい。何一つ心配するような事は御座いません』

 

「逆に心配になりますね、これ……」

 

 メニューにデカデカと書かれていた注意書きにアーサーは不安を掻き立てられる。赤い文字で大きく書かれ、髑髏のマークまで添えられているのだから無理はないのだが、ゼノヴィアとイリナは日本ではこういう風なのかと気にも留めていないがアーサーは別だ。

 

「このチャレンジメニューの五キロのギガンデスステーキに挑戦してみるか。三十分以内に食べ切ったら無料の上に肉を一キロ貰えるらしい。何の肉かとは書いていないがな」

 

「駄目よ、ゼノヴィア。奢って貰うんだから遠慮しなきゃ」

 

「ま、まぁ残しても無駄になりますし、普通のメニューにしましょう」

 

 迷わずステーキを指定しておきながら何を言うかと思いつつもアーサーは笑って受け流す。先程、店に入った時に名前を呼ばれた気がしたのだが、声のした方を向いても特に気になる相手は居なかった。

 

(気のせい……ですよね)

 

 何故か込み上げて来た懐かしい想いを忘れようと軽く顔を左右に振り忘れようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……危ない危ない。ギリギリで認識阻害の結界が間に合ったわ。アレが貴女の……正確には記憶を取り戻す前の貴女の家族かしら?」

 

「……まぁな。それでどうするよ。さっきバイブ設定にしてる緊急事態の通告が来たろ? 出るに出られねぇぞ」

 

「仕方ないわ。事情だけメールして遣り過ごしましょう。……即席の結界じゃ流石に近くに行ったら気付かれそうだもの」

 

 

 求めるモノが直ぐ近くに存在する事に気付かぬままアーサーは食事を始める。もし、僅かでも来る時間がずれていれば案内された席は近く、兄妹は出会って居ただろう。だが、結局二人が出会う事はなくこの日は終わった。

 

 

 

 

 

「……まだ。まだ僕は諦めない。絶対にエクスカリバーを破壊して見せる!」

 

 災いの種火を燻ぶらせたまま……。




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