トントンという包丁の音、グツグツと鍋の中から聞こえて来る音、朝の何気ない音だけど、今の僕には幸せという名の歌にさえ聞こえていた。
「ウ、ウゥ」
台所に立つフランに離れた場所から僕は時折視線を送る。本当なら傍で手伝うかずっと見ていたいけど、其処までの勇気は無い。だって今の彼女はエプロン姿……その下は下着だけだ。キュッと締まったお尻に滑らかな背中。可愛らしい上に色気も有るなんて最高という言葉さえ君を褒め称えるには足りないよ。
僕が直視は出来ないけど何度も視線を送る中、料理を終えたフランは料理を机の上に置くと僕と向き合い腕を背中に回して密着する。
「ス…キ…」
「僕も大好きだっ!」
此処まで来たらもう我慢なんか出来やしない。勢いよく彼女を抱きしめ……其処で目が覚めた。
「夢か? ……残念」
天井を見ると見慣れたマンションの其れ。時計を見れば起きる時間が迫っているので続きを期待して二度寝も出来ず、非常に残念だから溜息を吐くと肩を指先で突かれる。
「何?」
少し不機嫌に振り返るとフランにキスをされた。
「オ…ハヨ…ウ…」
「……うん、お早う」
うん、何を残念がる必要が有るんだ。毎日こうしておはようのキスを本物のフランがしてくれるんだし、夢の中で会うよりも、寝ている時間をこうして一緒に過ごすのに使う方が億倍も良いじゃないか。
「今日も可愛いよ」
「ウー!」
そっと抱き寄せて耳元で囁くと嬉しそうな声が聞こえて来る。毎朝キスをしているのを知られるのは流石に恥ずかしいから秘密にしているし、知られないように気を付けなきゃいけないね。
フランは転移して帰って行き、ドアの前で様子を窺ていたかのようなタイミングでメイドが声を掛ける。毎朝毎朝凄いタイミングの良さだよ、本当に。
朝、コーヒーを飲みながらテレビを付けるとグレモリー家かフェニックス家の関係者が撮影していたらしい映像の一部が報道で流れていた。
「リアス・グレモリー様とライザー・フェニックス様の婚約関係は順調に進展しているようで周囲の方々も両家の関係の発展に期待しているとの事です」
貴族の結婚っていうのは基本的に個人の意思は関係無い。個人同士の毛懇じゃなく、家同士、領地同士、家に関係する家同士、それ等の結び付きの為に行われるからだ。リアスさんは恋愛結婚がしたいらしいけどね。
僕の所みたいに血の価値の低いけどお金が有る所は血の価値は有るけれど貧乏な家と結婚したりするけれど、父さんも家の皆もフランを気に入っているから僕は自由な恋愛結婚が許されているんだけどね。
「続いては人気コーナー『今日のパンダ占い』! まずは二位! 毎朝キスをしているのをバレていないと思っているけれど周囲には知られている、父親が胡散臭い君! ラッキーカラーは赤だよ!」
「なんかピンポイントな対象だなぁ……」
父親が胡散臭いってのは当てはまるけれどさ。……一応赤を身に着けようか。今日は少し用事があるし……。
「えーい!」
アーシアの気合の入っているのか入っていないのか分からない声と共に丸太に拳が叩きつけられて、木片を周囲に撒き散らしながら丸太が砕けた。訓練を始めた時は殴り方さえ知らなくて手を痛めていたのに凄いなぁ。
「うむ! 身体強化の魔法もそれなりに使いこなせるようになって来た。そろそろ動く相手と戦う練習に移るとしよう!」
「はい!」
アーシアは今までの自分は求められるがままに都合の良い聖女を演じて来ただけって思い、今はちゃんとアーシアとして生きる事にしたからか、こうやって以前は挑戦しようともしなかった拳闘技も習いだした。
ガゼフさんも筋が良いって褒めてるし、偶にイッセーも練習に付き合っているみたい。ミットを持って一方的に受けるだけだけど。
やっぱり目標が出来ると人は成長しやすいんだなぁ。
「フランさん、応援に来てくれたんですか?」
「ウ!」
まだ私の言葉を理解出来ないから頷くと嬉しそうに笑う。私も釣られて笑ってしまう。この子も私の異形を恐れずに接してくれる。屋敷の皆もだけど、此処に来て本当に良かったなぁ……。
「そう言えばレライ殿がアーシア専用の武器を作るとか何とか。未熟な内から優秀な武器ありきで戦いに慣れてしまうと成長を阻害するから有る時と無い時の戦闘術を学ぶ必要が有るな。現にイッセーも戦鎚を使った際と徒手空拳両方を仕込んでいるぞ」
「はい! 頑張ります!!」
両の拳を構えて気合を入れるアーシア。その笑顔は本当に眩しかった。
「此処が使い魔の森かぁ」
木々がうっそうと生い茂る夜の森の中、私達は集まっていた。此処は悪魔に必須の使い魔になるような生き物が沢山居る森で、今日はイッセーの為に使い魔を探しに来たんだけど……。
「女の子の姿の? 最近は環境の悪化とかで事情が変わって魔法より肉体言語寄りのウンディーネなら居ると思うよ? ムキムキだけど女の子」
「素直に使えるのにします!」
どうやらイッセーはまたスケベ心を働かせたみたい。駄目だなぁ。それにしても、暑ーい。この森、蒸すなぁ。
「ウー……」
「分かってるよ、フラン。だから舌を出すのは辞めてね、だらしないし」
こんな時はジェイルだよね。袖を引っ張ると水色の蝶を出して皆の周囲を冷気で包んでくれた。涼しーい! 涼しいから何時も以上に引っ付いても大丈夫。腕に抱き着いたし、これなら逸れないね。
「所で皆は使い魔居るのか?」
「あっ、うん。俺はカメレオンでフランは小鳥、ハムスケはデスナイトでレライはキメラでモードレッドは馬だよ。モモンガさんは沢山居るから説明し切れないな」
「じゃあ行こうか。俺の創ったアンデッドが偵察を終えて帰って来し、例の触手とかスライムを避けられるよ」
モモンガさんの周囲に鬼火とか骨だけのハゲワシが集まって来た。それにしてもモモンガさんって夜の森が似合っているなぁ。
「デスナイトって何? ……いや、良い。聞かない方が良さそうだ」
「中々良さそうなのが居ないね」
「ウ!」
夜の森は暗いけれど悪魔の私達なら昼間の様に見渡せる。あっ! 今日はイッセーの使い魔探しだけが目的だし、服を溶かすスライムとかの住処を避けながら進んでいるの。ジェイルと二人で! 全員で固まって探しても効率が悪いってモモンガさんが言い出して、私とジェイルは二人っきり。
「ウ、ウゥゥ」
「こらこら。年齢イコール彼女居ない歴なのに気が利くとか言っちゃ駄目。聞かれたら傷付くからね」
失言した私をジェイルはやんわり窘める。反省反省。頭をペチリと叩かれたけど痛くない。時折鳥の鳴き声や何かがガサゴソ動く音はするけれど……あれ? 角の先に何か付いていると視線を向けれ見ると大きな蛾だった。
「ウォオオオッ!?」
「ちょっと落ち着いてっ!」
必死に振り払おうとするけれど蛾は居なくならない。その時、肩がぶつかった木が揺れて上からポタポタと大量の虫が降って来た。頭や肩をモゾモゾと虫の足が這う感触が襲う。その上、隙間から服の中に入って来た。
暑いのは嫌いだけど虫も嫌ーい!
「落ち着いた?」
「……ウ」
背中を向けた状態でジェイルが心配そうに訊ねて来る、今日は動きやすい服だったから直ぐに脱いで振ったら入って来た虫は全部居なくなったし、早く着なおそう。先にスカートを履いてから木の枝に掛けた服に手を伸ばしたんだけど服が無かった。……なんで!?
「ウゥ!?」
「どうしたの!? ……あっ」
声に反応したのか振り返ったジェイルと目が合う。なお、今の私は上は下着だけ。ジェイルの視線だけど、一瞬だけ胸に行って直ぐに逸らす。
「……ウァアア」
「スケベって。これは事故で……あっ、はい。胸に視線向けました。え? 歩くの怠いし、上着を貸した上でオンブ? 別に良いけど……」
あっ、服は鳥に持っていかれたみたい。モモンガさんのアンデッドがすぐに取り返してくれた。でも、着替えるのも面倒臭いからジェイルの上着のままオンブし続けて貰ったよ。でも、この上着赤くて派手だなぁ。
この後、結局良いのが見つからずに帰ったけど。ジェイルと夜の森の散策デートが出来て嬉しかった!
「まぁ若様もお年頃ですし仕方ないと思いますよ? 事故ですし、もう少し寛容でも良いのでは?」
翌日、流石に厳しすぎたかと思ってメイド長に相談。うん。やっぱり言い過ぎたみたい。反省反省。じゃあ、お詫びしなきゃね。
「ウ? ウウウ……」
「何か喜ぶことをしてあげたい? キスなら毎朝していますし……そうですね。ゴニョゴニョ」
「ウアッ!?」
「悪魔なら同じ年頃でもっと進んでいても珍しくありませんし、若様なら大丈夫ですよ」
提案の内容に驚いたけど、ジェイルが喜ぶなら良いかな? 私は姉さん女房? だから余裕をもって接さなきゃね! 平気平気……多分。
「……へぇ、それは確かなのかい?」
「ああ、コカビエルが盗んだエクスカリバーをサーゼクスの妹の縄張りに持ち込んだらしい。確実に何か起きるな」
「それは都合が良い。アーシアもあの街に居るし、一回だけでも抱かないと気が収まらないよ。混乱が起きれば、最悪殺してコカビエルに罪を押し付ける事も出来るしね」
最近感想少ないなぁ どうすれば良いだろう……