新人眷属の為の顔合わせの場は重苦しい空気に包まれている。いや、そうなるとは思っていたんだけど……。
「どうした、何故先程から黙っている? 折角の交流の場なのだろう?」
骨が軋む音と共にモモンガさんが口を開くと僕と僕の眷属以外の顔色が悪くなる。本人には悪気は無いんだけど皮肉を言っている様にしか聞こえないんだよね。
どうして皆が黙っているのか本当に理解していないこの人は首を傾げ、どうしてこんな状況になったのか本気で考えているみたいだ。
「……此処は新人だけでお話したらどうかな? 主が居たら話しにくい事も有るだろうし、聞いた事は他言無用って事で」
仕方ないので助け舟を出し、視線で二人に合図すると慌てて様子で察してくれた。
「そ、そうね!」
「では、私達は王だけで話をするとして、今日は休日ですし椿姫は帰って構いませんよ」
自然な流れでモモンガさんに帰って貰おうとする二人。僕は態々来て貰ったから直ぐに帰って貰うのは気が咎めるんだけど、この空気は耐えきれないし……早くフランとデートに行きたいからね。動物園のショーの時間は過ぎちゃったけど、少しピクニックに行く時間位なら有るしさ。
だから適当に切り抜けて誘おっと……。
「ふぅ……。流石に貴族の前であの口調で話すのは疲れるよ。終わって良かった……」
実際は息なんて吐かないんだけど、気分の問題なのか人間だった頃の習慣なのかモモンガさんは溜息を吐くような仕草をする。今の彼には先程までの威厳も威圧感も存在しない。力自体は感じるんだけど、何処かお人好しの市民的な雰囲気さえある。
「魔王ロールも大変だね、モモンガさん」
「彼からは今の俺の見た目と力だと演技でもしないと侮られて碌な事にならないって言われているけどさ。なんか続ければ続ける程にハードルが上がってる気がするんだよね」
先程までとは全くの別人のようだけど、その姿を見たイッセーも驚いていないし二重人格って訳でもない。今のモモンガさんこそが本来のモモンガさんなんだ。
こういう姿を見ると外に出張って来て貰うのが悪く感じる。身内のような気兼ねしない相手に本来の口調で本音を言っていて貰いたいよ。
でも、そう言っても無駄だと思う。この人、一度大切だと思った対象に執着するし、変に律儀だから今日の顔合わせも終わるまで帰らずに待っていたし。一緒にいた人は本当にご愁傷様です。
「……ウ」
背後から袖をクイクイと引かれ、振り向くとフランがバスケットを手に提げていた。でも、何時もの彼女ではない。花嫁姿っぽい普段着もフランの可憐さや純粋さが強調されて素敵なんだけど、今のワンピースに麦わら帽子っていうのも健康的で新たな魅力を感じさせる。
「可愛いよ。凄く似合っている」
「ウー!」
頭の中では無数の誉め言葉が浮かぶけど、いざ口に出すとなると出て来ない。いや、違うんだ。言葉で飾る暇があるなら、態度で彼女への愛を示したいんだ。
フランもあれこれ褒めるよりも手を握り、自分を見詰めて言葉を投げ掛けられる方が好きみたい。有り触れた誉め言葉なのに凄く嬉しそうで僕も嬉しい。
「じゃあ、僕達はこれからデートに行くから」
「はいはい。いってらっしゃい。青春かぁ。若いって良いよなぁ」
モモンガさんがまた溜息を吐く仕草をする中、僕はフランが差し出してきた手を握って出掛けて行った。
「ほら、大丈夫?」
「ウ、ウゥ」
絶対に離れないようにしっかりと手を握り合いながら屋敷の近くの森を歩く。気候の関係もあってこの時期でも木には花が咲き、綺麗な物が好きなフランは上をボーッと見ながら歩くから危なっかしい。今も木の根に躓いて前のめりに倒れそうになったから受け止めてあげる。
僕の胸に顔を埋めながら恥ずかしそうに見上げて来るフランを何時までも見ていたい気分になったけど、すぐに離れてしまったのは残念だなぁ。……抱きしめたらもっと堪能できると思うけど、恥ずかしい。
「が…ん…ばった…たべ…て…」
木々の間を抜けた先にフランのお気に入りの場所である花畑がある。色とりどりの花を眺め、摘んで花占いをするのが好きだと言っていた。僕も一緒に来ては花冠を「作ってあげたり、膝枕をしてもらってお昼寝をしたりとこの場所が、正確にはフランと来るこの場所が大好きなんだ。
そして今、花畑の中でフランはバスケットに入れていたカップケーキを差し出してくる。少し形が歪で焦げているけど、食べるのに迷いなんかない。だって今の言葉からしてフランが僕の為に頑張って作ってくれた品だからね! 父さんにだってあげるもんか。
「美味しい。有難う、フラン。嬉しいよ」
お世辞じゃなくてカップケーキは本当に美味しかった。甘さも丁度良くて僕好みの味付け。作り慣れていないフランが作ったとは思えなくって、愛情が最高の調味料って本当だったんだね。
「……ウ」
少しだけ躊躇してからフランは僕の胸に持たれかかる。心音を感じるように顔を胸に押し付け、僕の首に手を回して抱き締めて来る。気付けば僕も彼女の背中に手を回して抱き締めていた。
「好きだよ、フラン。君は誰よりも何よりも綺麗だ」
「ウァ……」
やがてフランの腕から力が抜け、スヤスヤと寝息を立てる。きっと料理の練習で遅くまで起きていたからだろう。そっと手を握れば寝ながらなのに握り返して来て、これからも彼女の傍で手を握っていようと、改めてそう思った。
「……しまった。カメラを持ってくれば良かったな」
何時もとは逆に僕が膝枕をしながら失敗に気付く。こんな可憐で素敵な寝顔を写真に撮れないなんて惜しい事をしたよ。今この時は、文字通り今しか無いんだからさ。
「……ス…キ…アイ…シテ…ル…」
「でも、まぁ良いか」
カメラが無いなら僕の記憶に焼き付ければ良いだけだ。握った僕の手に頬を摺り寄せながら嬉しそうに寝言を呟くフランを眺めながらそう思った。
「ウ?」
目を覚ますと何時の間にか夜前だった。今日はジェイルとのデートの日だったのに急に用事が入って台無しだったけど、一緒にピクニックが出来て嬉しい。
ジェイルは私を見てくれる。私を愛してくれる。私の傍にいてくれる。だから好き!
目の前にはスヤスヤと眠るジェイルの姿、木陰からメイドさん達が覗いて居たけど、私と目が合うと親指を立てて去って行く。
「……ア」
このままジェイルを起こして屋敷でご飯を食べるなんだけど、初めてして貰った膝枕が気持ち良いから起きたくない。ジェイルが膝枕をしてあげたら喜んでくれたけど、どうして喜ぶのかが分かった。
今日も一つジェイルの事を知れて幸せ。傍に入れて私は幸せ。だから、私も彼を幸せにしてあげたい。幸せを貰うばかりじゃなくて、私ももっと何かしてあげたい。喜んで貰いたい。でも、如何すれば良いか分からない。
「……あれ? もうこんな時間?」
少し遅れて起きたジェイルの目を見詰めると戸惑った様子で、其れでも視線を外さずに見てくれる。それが嬉しくて、嬉しいから聞いた。言葉は上手く話せないから身振り手振りだけど、付き合いの長い皆は理解してくれる。その中でもジェイルが一番理解してくれる。
何か私にしてあげられる事は有りますか? 私は貴方を幸せにしてあげたいです。
「じゃあ、傍に居て。僕はそれだけで……え? これじゃ駄目?」
駄目です! それでは私も同時に貰っている。……やっぱり年頃だからエッチな事が良い? この前の本みたいに。私の方がお姉さんだから、恥ずかしいけれど頑張ってあげる。
でも、あの本には少し怒っている。だから私以外の女の人を見ちゃ駄目だとも伝えた。
「い、いや、嬉しいけどムードとか順序とか、まだ其処に至るまでの関係を楽しみたいって言うか。……あっ、はい。あの本は出来心です。反省しています」
……うん。許してあげる。今の関係を続けたいって気持ちも理解した。だから……今はこれだけ。
「んむっ!?」
抱き着いて唇を重ね、掴んだ手を胸に押し当てる。オーバーヒートしそうなくらいに恥ずかしかったから、この日だけは手を繋がずに先に走って帰った。
「ウゥ……」
「まだ早かったみたいですね、フラン様。私もアドバイスを急ぎすぎました。見た目が悪いけど美味しいケーキ作戦は成功しましたが……」
手を繋ぐのが恥ずかしくって出来なくなるから、エッチな事は暫く延期にしよう。
ジェイル。好き、大好き。此れからも私の手を握って微笑みかけて下さい。それだけで私は幸せです。
「……どうしよう、モモンガさん。昨日、フランが手を繋がずに先に帰っちゃった。今朝も顔を合わしてくれないし。照れてる姿も可愛くて辛い。どんな動作も愛しく思えて大変なんだ。僕はどうしたら良いと思う?」
「俺が言えるのはリア充爆発しろだけなんだけど……リア充爆発しろ」
基本フランと主人公がいちゃ付きつつ他のキャラが動く話です
原作と変わったから展開も変わる 人の動きも ヴァンパイア辺りで改変が大きいです
感想待っています