好きな言葉はパルプンテ 作:熱帯地域予報者
この度は作品についてご指摘下さり、ありがとうございました。
またこのようなことが無いようにしますが、今後ともこのような指摘があればこれからもよろしくお願いいたします。
内容の方はあまり変わっておりません。
「エリック、家事の時は腕を元に戻す! 皿に傷がつくゾ!」
「わ、わりぃ……」
「ソーヤーは不完全な魔法を使うな! 埃が舞って煙ったいゾ!」
「いや、でも早く終わらそうと……」
「リチャードは寝ているマクベスを起こすんだゾ!! 先生のたね入りスムージーを食道に突っ込めば一発だゾ!」
「分かりました!」
「先生は余計な事せずにそのまま続けてて! 余計なことはせず!」
賑やかな晩餐も終え、エリックたちを交えて後片付けをしている。一宿一飯の礼ということでエリックたちも乗っかったものの、今まで家事をソラノに一任してきた弊害か、真面目で堅実なリチャード以外は全く戦力になっていなかった。
家事に関してのソラノは無敵であり、エリックたちも豹変したソラノには一切逆らえない。
大方、ストラウス家の方が家事が手慣れており、兄弟特有の阿吽の呼吸で順調に家の荷造りが進んでいく。それに対して夕食の片づけだけに手こずっていることにソラノの家事を任されている使命感が対抗意識を燃やし、熱が入っているのだ。
巻き込まれている私たちに被害が及んでいるが、偶にはこういうのもいいだろう。色んな経験をさせるのはエリックたちにとってもいい刺激である。
地獄の深淵から蜘蛛の糸を求めるような亡者と間違えるくらいの絶叫を上げて暴れるマクベスとそれを押さえつけてスムージーを喉奥に突っ込んでいるリチャードの攻防を目にしながらしみじみ思う。
ストラウス組は若干引いているが、今後は一緒に旅をするのだからこの光景には直に慣れるだろう。
ここまで言えば分かるが、ストラウスは私たちと共に旅をすることとなった。
明日の早朝から出て行くため、立つ鳥跡を濁さず……家の掃除もしている。
きっかけとなったのは言うまでもなく、私達との邂逅だ。
元々から魔法に興味があったらしく、私たちの話を聞いたことで尻込みしていた決意に火が点いたのだとか。
もちろん、私たちにはそれを拒む理由がなかったため、それを承諾。ついでに言えば目的地も定まったことも大きな要因と言える。
なんでも、比較的近い場所に大きい規模の魔導士ギルドなるものがあるのだとか。
一般人からの依頼を引き受け、それで収入を得るこの仕事は魔法に関わるミラたちにとっても立ち寄って損はないということだ。
かくいう私も元の時代にはなかったギルドに興味が湧いたため、即決で決まった。
ここから比較的近いのは『FAIRY TAIL』というギルドだとか。
クロドア曰く、過酷な任務が多く、死人も珍しくない使い潰しや摩耗の激しいギルドの魔導士は重宝され、戸籍まで与えてくれるとのこと。
ギルドといっても魔法だけでなくトレジャーハンターや武闘家などのカテゴリーも存在するが、魔法が重要視される世の中では魔導士の方が地位的にも安定するのだという。
心情的には複雑だが、ミラたちにとって力を思いっきり発揮できるには違いない。
子供を死地に追いやる気もするが、そこはギルドに着いてから考えようと思っている。
何だかんだで先生と慕う教え子に危険を課すのは抵抗があるのだ。
私は慌ただしい子供たちの目を盗み、外に出て願掛けの意味も込めて一言
パルプンテ
どこかで何かが壊れる音がした。
どうにも今日は不発が非常に多い。運勢的には普通な所だ。
「先生サボってないで家の掃除をするんだゾ! ミラたちに目にもの見せてやるんだゾ!」
外に出たことをソラノにばっちり見られた私は投げつけられた箒を掴んで家の中へと戻る。
今日は久々に充実した一日になりそうだ。
▲
麓の村は殺気立っていた。
鍬や斧を構えて村人たちは数本しかない松明に灯った火に照らされる。
その険しい表情から夜中の農作業に出かける訳ではないことは一目瞭然である。
各々の武器を握る手に汗が滲み、気持ち悪ささえ感じている。
そんな村人の前に設置された高台の上に立つのはゼレフ教の司祭と名乗る男……スー・シードは声高々に宣言する。村はずれに住む悪魔に憑りつかれた少女を退治すると。
まるで自分が正義だと言わんばかりに大手を振って。
(くくく……やはり無知な農民は御しやすい)
スーは人の好い笑顔の裏に想像を絶するほどの傲慢を隠していた。
自分の一挙一動で農民は活気を起こし、一言一句で己の思考を自ら塗りつぶしていくのだ。
国からの圧政、貧困による困窮によって弱った村人の心理状態を手玉に取り、己の駒へ仕立て上げる手際はプロなどという範疇に収まらない。
「流石は魔導士ですな! あなたさまがいれば百人力です!」
「悪魔め、目にものを見せてくれる!」
「今日が貴様らの最期だ!」
最初は相手が子供だと中途半端に躊躇っていた村人も今では正気を失ったかのようにミラジェーンに憎悪を掻き立てている。
中身のない、虚空の憎悪を吐き散らす村人とは対照にスーは心底面白そうといった表情を浮かべる。
自分の魔法は悪魔を対象に真価を発揮する魔法のため、本来なら人々を精神誘導させることはできない。
ただ、自分の魔法ではなく持ち味を活かしたまで。
先ほどまでミラジェーンに対する恐怖と罪悪感で心を占めていた村人たちは仮初の安寧として自分の甘言に飛びついた。
奴は悪魔だ、人間のふりして騙すのは悪魔の常套手段だ、ここで奴らを討ち取れば我らは英雄だ、などと思っても無い言葉に騙される馬鹿共
そんな滑稽な道化を見ることでスーの自尊心は満たされるのだから。
(悪魔憑きはゼレフ教の生贄として高く売れるだろう。後の兄妹は奴隷として売ってしまえば足も付かねえ。これだから小銭稼ぎは止められない)
スーはゼレフ教の司祭を名乗っているが、実際はゼレフ教に入っていない。もっといえば仲介役なのだ。
ゼレフ教の人間に生贄となる人間をゼレフ教に送るという条件で金をもらっている。
そのついでに生贄となる人間、もしくはその周囲の人間から今の仕事にありつくまで世話になった詐欺の腕前を存分に発揮して更に利益を得る。
崇高な使命感も人としての良心は持ち合わせていない。
彼は自分よりも弱い存在を食い物にしているだけの小悪党である。
「念のためですが、作戦の確認をいたしましょう。私がもう一度説明いたしましょうか?」
士気が上がっている狂気の武装集団に優しく問いかけると、村長が代表して作戦内容を口にする。
「まず、小屋が見えたら火を放って悪魔どもを外へおびき寄せる。その後、悪魔は魔導士さまが相手をして、我らは残った兄妹を……」
「はい。人質にしてください」
正気の沙汰とは言えない、人理に反した内容を満面の笑みで復唱する彼らは既に人間ではない。
種族的には人間ではあるが、既に良心はを捨てた彼らこそ本物の悪魔というべき存在だろう。
「最終確認も終わりましたので、そろそろ向かうとしましょう」
スーの進軍号令に村人が武器を掲げ、足並みそろえて歩き出す。
その瞬間、先頭にいたスーは見た。
「あれは?」
遠目で見た“それ”は二本足で立っていた。
だが、それ以上は遠すぎるせいかボヤけて見える。
「あそこにカカシか何かはおいてあるのですか?」
「いえ、昔はともかく今は全て撤去したと思いますが……」
その回答にスーは余計に気になってしまうが、警戒はしていなかった。
こうして見ていても生物らしい挙動はおろか関節一つも動いていない。
ただ、得体のしれない相手に戦いを挑むことへの愚かさは理解しているため、ここは回り道することを決める。
方針を決めて伝えようとした時、頭に冷たい何かが当たったのを感じた。
村人全員も気づいたようでスーの行動を辿るように上を見上げると、空からゴロゴロと音が鳴り響く。
「雨ですか……」
天気の悪さに舌打ちをし、夜道へ視線を戻した時だった。
―――ポリンッ
マヌケな音が響いたと思った瞬間、自分の視界がグリンと反転した。
「は……ひ……?」
何だ、そう言おうとしても上手く喋れない。それどころか反転した視界に引きずられるように足が地面から離れ、叩きつけられる。
この時、初めてスーは自分に何かしらの異変が起こったのだと自覚した。
(こ……れは……)
土が目の前にあるのを考えて、自分は倒れたのだろう。
スーの思考はそこまでが限界だった。
意識が薄れ、視界が暗くなっていく中で彼は気づいた。
さっきまで遠くに立っていた“何か”が遠くで自分を見つめていることに。
魔導士スー・シードは一切の魔法を使うことなく
後悔もなく
ただひっそりと首を歪な方向に曲げたまま意識は闇に沈んだ。
この時、村人は知らなかった。
今、この瞬間に彼らが向かった先で一人の男が魔法を使用していた。
本人は食事中に軽い気持ちで唱えただけであり、この世に恐るべきものを召喚してしまったことに気付いていない。
その姿を見た者を誰一人として逃さない。
人にして人ならざる悪魔たちに無慈悲の地獄を召喚せしめた。
「な、なんだよこれはああぁぁぁぁ!!」
「ひいいいぃぃぃ!!」
頼りにしていた魔導士の男が何の抵抗も許されずに倒れた。
最初は一瞬の出来事に上空を見上げていた村人は魔導士の凄惨な姿に悲鳴を上げた。
何が起こったかは分からない、ただ、魔導士が見えない“何か”にやられたという結果しか残らなかった。
パニックに陥った村人が警戒を強め、震える手で武器をがっちりと握る。
その中の一人が恐怖に耐えながら集中し、視界の中に“その姿”を収めた。
「人……?」
暗闇にある程度離れたとはいえ、遠く離れた木の陰からはみ出る人影をはっきり見ることはできなかった。かろうじて人間が仁王立ちしているかのような姿であると認識できるくらいだ。
目を凝らして人影を探っていたその男は
次の瞬間、首を歪な方向へ曲げてひとりでに倒れた。
「は?」
何が起こったか視認する間も与えられず、また一人犠牲者が出た。
訳が分からない、だが、その訳が分からない“何か”に現在進行形で襲われているという事実は村人たちに深い絶望を与えた。
「た、祟りだ……悪魔の祟りだあぁぁぁ!!」
「た、たしゅけ……死にたくな……」
姿の見えぬ敵に打つ手の無い村人たちはただその場に立ち尽くすことしかできない。
できるとすれば、次に自分が襲われるその時まで震えて待つことだけだった。
「はや、早く明かりを点けんか!」
村長は恐怖から恐怖に満ちた怒鳴り声をまき散らすが、それに耳を貸す村人は一人もいなかった。
誰もが目に見えぬ敵、いつ来るか分からない断罪の時に怯えて震えているだけなのだから。
「ゆ、許してくれええぇぇぇ! 俺は最初から子供たちを傷つけるのは反対だったんだ!!」
「ふざけんな! お前、俺よりも先に捕まえてやるとか息巻いてやがっただろ!」
「うるせえぇぇ! こんなところで死んでたまるか! 死ぬならてめえらだけにしろ!!」
「んだとこの野郎!!」
そして、恐怖は見えない敵を形あるものだと錯覚させ、仲間のはずである村人同士で仲間割れを起こさせる。
何かに怒りをまき散らさないと恐怖に心が負けてしまうことへの防衛手段なのだろう。
もっとも、心は踏みとどまっても現実では自分たちで足を引っ張り合っているだけだった。
元から自己中心的な村人が多かったのだから、仲間割れの影響は大きかった。
「この馬鹿者共!! 仲間割れを起こしている場合か!?」
「黙れ! あんたがこんなことしなければこんな目に遭うことはなかったんだよ!」
「もうやってらんねえ、こんな所にいられるか! 俺は先に村に帰らせてグギャアアアアアア!!」
「なっ!?」
一人が恐怖に耐えかねてきた道を戻ろうとした時、その体が斬り裂かれた。
紅い血をまき散らせて倒れる村人の前には暗闇の中から二つの目が妖しく光っていた。
「な、なぁ!?」
「あれは、モンスター!?」
雷のわずかな光の中から姿を現したのは狼のモンスターだった。
しかも、それは群れで行動するタイプであり、注意深く見れば狼の後方の闇の中から幾十もの目が照り輝いている。
ここで、初めて村人たちはモンスターの強襲を察知した。
「バカな!? モンスター除けの堤防はどうしたんだ!?」
「壁も突破されたのか!?」
人気の少ない山中に構えた村はモンスターの襲撃に備えていた。
モンスターの嫌う臭い、高い壁と堤防……様々な罠は今日まで破られることはなかった。
だからこそ、村人だけでなく、今度は村長までもがひどく狼狽した。
この時、彼らが向かっていた小屋の近くで気まぐれにパルプンテを唱えたものがいたことなど誰も知りようがない。
しかし、自覚も敵意も無い魔法が村の防衛ラインを破壊したことは揺ぎ無い事実だった。
進めば姿も見えぬ敵、戻ればモンスターの群れ
彼らは既に詰んでいた。
事実上の挟み撃ちにされ、モンスターの群れと謎の化物の餌食にされていく光景に村長の心は既に限界を迎えていた。
「ひ、ひやあああああああぁぁぁぁっぁ!」
村を束ねる長の威厳など投げ捨て、哀れと思わせる醜態を晒して地獄から逃げる。
何かが斬り裂かれる音、砕ける音、悲鳴と獣の唸り声
それら全てから逃げるように村長は走った。灯も付けず、雨に濡れて泥に塗れながら走った。
(いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだああぁぁぁぁぁ!!)
声にならぬ絶叫を発しながら走って、走って、走り抜いた。
永遠の闇と言える暗い夜道をただひたすらに。
走っている最中に露出した木の根に足を引っかけて転んだ。この時に足を怪我したのだが、先ほどの凄惨な地獄が頭の中で根を張り、何も考えられない。
だが、頭から余計な雑念は消えたことと、生きたいという本能が最大限に発揮した時、その異常に気が付いた。
後ろに何か いる。
震えて歯を鳴らす。寒気も冷や汗も止まらない。
吐く息が白くなって口から出て行く。まるで自分の魂を少しずつ削られているのだと錯覚させられるような。
首が勝手に動く。
身体全体を震わせながら、村長は長い時間をかけて
振り向いた。
▲
夜が明けた
昨夜は雨が降ったようだが、朝になる前に上がっていたのは運がよかった。
雨が降った後は空気が澄んでいて、とても綺麗だった。
アクノロギアしか意識になかった頃はこんな感動も感じていなかったのだろう。
そう思うと、この時代に流れ着いたのは悪いことではなかったかもしれない。
肩に担げるだけの荷物を抱えて朝日を見ていると、家の中からミラたちを含めた子供たちが出てきた。
「こっちの準備は大丈夫だ。いつでもいけるぜ」
その言葉に頷きながら、私はミラたちを見た。
彼女たちはこれから未知の世界に足を踏み出す。
生まれた地を、家を離れて
もしかしたらこの村にいた時よりも辛く、険しい道になるかもしれない。
あらゆる困難に直面し、挫折するかもしれない。
それでも、私たちに着いてくるのか
「行くよ。もう決めたから」
強い目だ。リサーナたちも幼いながら強い目を持っている。
なればこそ、これ以上の確認は無粋であろう。
この日、私たちは新たな同行人を得て旅立った。
その同行人は生まれた地に何を想っているかは分からない。
それでも彼女たちは大丈夫だろう。
私にはない、強い光をその眼の中に持っているのだから。
私たちは朝焼けに照らされてできた虹を目指すかのように、小山を下りていった。
▲
「アルカディオス隊長、もうすぐで目的の村に辿り着きます」
「分かった。このまま進軍を続行する」
「了解」
とある騎士の一団が山の中を行軍している。統率の取れた動きを一切乱すことなく、険しい山道を進む姿は軍隊そのものだった。
その一団の先頭を歩く人物……アルカディオスの考えることはたった一つ。
『困惑』だった。
(まさか私があのような声に耳を貸し、あまつさえ兵を動かそうとは……)
そこには後悔もあったが、それよりも自分らしからぬ行動をしたのだと自分で自分の行動に困惑していた。
その原因は、唐突に聞こえた『声』だった。
その声はまさしく、“天啓”のように舞い降りてきた。
アルカディオスはフィオーレ王国屈指の剣を目指し、常日頃から剣を鍛え、正義を貫いてきた。
腹芸も貴族相手に必要なのだと四苦八苦しながら身に付け、部下を鍛える毎日を送っていた。
そんな毎日に、突然、彼にしか聞こえなかった声が入り込んだ。
その内容は、ゼレフ教の悪事とそれに加担する村の情報だった。
どこからともなく聞こえた声に最初は警戒し、剣を抜いた。
だが、周りの人間は聞こえなかったらしく、アルカディオスが変人だと言わんばかりの視線を向けられたのはまだ記憶に新しい。
きのせいか、そう思っていたにもかかわらず自分だけにしか聞こえない声が止むことはなかった。
一日の間に何度か反芻して伝わる声に恐怖さえ感じていたが、聞いていくたびにそんなことはなくなっていった。
(それどころかあの声は私の心の中に染み込んでいった……それでいて鮮明に記憶に刻み付けるように強く、悪しき感情など感じさせないくらいに透き通った声で……)
今思えば、怪しいことこの上ない。
自分にしか聞こえず、しかも警戒心を無くす声など怪しいという以外に言葉が見つからなかった。
だが、その声に動いてしまったのは事実だ。
狂ったように荷造りを済ませ、渋る国王と身勝手な行動に激怒する大臣を精一杯説得して行軍の権利を勝ち取った。
部下の困惑も無視し、早く気持ちを抑えずにアルカディオスは天の声に従って目的地へ向かった。
時間が経つにつれて自分のしでかしたことに後悔し、心が折れそうになったのを今でも覚えている。後方に部下さえいなかったら苦悩のあまり雄たけびの一つも上げていたに違いない。
だが、そんな疑念は確信に変わった。
“声”に従って辿り着いた最初の目的地から大量の拉致された者が見つかったのだ。老若男女問わずに。
思いもしない発見に驚きながらも部下と共に衰弱した者たちを介抱し、保護した。
中には空腹、もしくは怪我の対処がされずに死んでいた者たちもいた。
信じられない気持ち、助けられなかった歯がゆい気持ち、そして助けられた気持ちに悩まされながらもアルカディオスは決心した。
この行軍を最後までやり遂げよう、と。
一部の部下に保護を任せ、残った人員で疑いの村へと向かう。
(蛇が出るか、鬼が出るか……)
もう間もなく村が見える、腰に掲げていた剣に手をかけて神経を研ぎ澄ませる。
部下たちも合図がなくともすでに戦う構えは完了していたことを気配で察知する。
未熟ながらも、頼りがいのある部下に背中を任せ、村へ続く道をしばらく歩いたとき、彼らは見た。
「なっ、んだと……っ!?」
そこには、死体のように倒れる村人が大量に転がっていた。
その中には村人と一緒に狼型のモンスターも地面に転がり、瀕死状態に陥っていた。
状況だけ見ても訳が分からない、だが、こんな奇妙で異様な光景に恐怖を感じ、胃の中から逆流する吐瀉物を堪えるので精いっぱいだった。
部下も同じくあまりの惨劇に気絶するものも出てきたが、アルカディオスはさらに不自然な部分に恐怖を覚えていた。
(なぜ、こいつらは首を折られているのに……誰も死んでいない!?)
最初に見て思ったのはそういう不自然さだった。
モンスターも村人も皆例外なく、首を歪な方向へ曲げて倒れているというのに、手足をばたつかせて苦しんでいる。
中には気管を塞がれて呼吸すらできない者もいたはずなのに、誰一人として命を落とさずに生き永らえているのだ。
あまりにも不自然な光景にしばらく呆然としていたが、自分の立ち尽くす醜態に気付いて自分の頬を叩く。
ヒリヒリと熱くなった頬とは対照的に精神は落ち着いていくのを感じた。
「すぐにこの者どもの素性を調べよ! 生きている者たちには応急手当を施し、後日に情報を聞き出す準備をせよ! モンスターはこのまま始末するのだ!」
「「「はっ!!」」」
隊長の一喝に正気を取り戻した部下たちはすぐに行動に移す。
テキパキと倒れたものを介抱し、モンスターに止めを刺していく。
アルカディオスはその間に心を整理しながら事の沙汰を待つ。
しばらく経ってから衝撃的な事実が判明した。
村人はまだ話せる状態ではないが、ゼレフ教との繋がりを証明する証拠を見つけた。
村人の中に魔導士が倒れていたのだが、その体の各所にゼレフ教信者を名乗る一派が彫ったとされる刺青が見つかった。
どういう経緯でゼレフ教信者と村人がつながっていたかはこれからの取り調べで明らかにする方針となった。
「そうなると、村の連中も怪しいものですね。如何なさいましょう」
「……すぐに村を包囲し、村人を連行しろ。逃げだす者がいたら力づくでも構わん」
「はっ!!」
まだまだ多くの謎は残っている。
この村で何が起こったのか、この村人たちは村から離れた理由、そして、モンスターを含めた全てを謎の状況まで追いつめた存在は何であるか。
(これから何かが起こるかという……予言なのか)
多く残されている不気味な謎も解けないでいるアルカディオスは天に向かって疑問を投げかける。まるで答えを知りたがる子供のように。
彼は祈る。
再び自分に届いてきた“山びこ”が返ってきてくれることを
モデルは某有名な都市伝説のスレンダーなお人です。
次回はようやくフェアリーテイルに到着します。