好きな言葉はパルプンテ   作:熱帯地域予報者

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地獄の沙汰は君次第

長女だったということもあり、今まで腹にため込んでいたのだろう。

一通り吐き出したのか、私の腕から離れ、涙を拭った。

 

「あーあ……人前で泣いたのなんていつぶりだろうなぁ……」

 

恥ずかしそうに頬を紅く染めながらも、どこか吹っ切れた印象を覚えた。

口では自虐しているが、間違いなくいい影響だったと言えるだろう。

 

エリックたちにはバレない程度のわずかな時間だけど、彼女の中の何かが解決したのだろう。

意図したわけではないが、結果は良好だと言えよう。

 

「あんたって、色々と変な奴だな……今日会ったばかりだってのに人の事情にズケズケと入り込んで、挙句に泣かされるなんてよ……でも、何かスッキリした」

 

あまりため込みすぎるのもよくないということだ。

ミラとてここでは長女には変わりないが、私からしたらまだまだお子様だ。

 

やはり、そういう顔が似合うな。

 

そうとだけ言うとミラは頬を赤く染めたまま口を尖らせる。

 

「何でそんな恥ずかしいことをポンポン言えるんだよ……でも、あんたがそんなんだから私も少しはこの魔法とも向き合っていこうって思えた……ような気がする」

 

今はそんなものでいいだろう。最初から肩ひじ張り過ぎて燃え尽きるよりはましだ。

明確な目標云々はまた後で探せばいいだろう。

幸いにもこちらには知識だけ豊富なのがいるから、それに師事を受けたり勉強してもらったりしてもらえばいい。

 

そう言いながらカバンを持ってきて、その中から今まで隠していたクロドアの杖を取り出す。

 

「うわっ、なんだよその悪趣味なものは」

 

もはや様式美となっている杖への芳しくない感想を聞いたところで早速ミラのことについて聞いてみる。

 

だが、杖は物言わぬ置物のようにうんともすんとも言わない。

再度呼び掛けても反応は同じだった。

 

「おいおい、そんな杖になに話しかけてんだ?」

 

ミラが私を可哀そうなものを見る目を向けてくる。

 

別に今はそんなに杖を出す必要性は無かったと言えるが、このまま私が変人に見られるのは望むことではない。

 

 

 

話は変わるが、今日はよく冷えると思う。

 

「え? まぁ、季節が季節だけにそうだけど……なぜ急に話を変えた?」

 

ただ私がこの寒さを何とかしたいと思ったからに過ぎない。

キッチンからでも見える暖炉を目にして閃いたのだ。

 

あの暖炉に火をつけたいと言うとミラは困惑しながらこれを了承した。

 

「でも、今はそんなに薪もないから燃やすものなんてないぞ?」

 

それは問題ない。なにせ、よく燃える薪は今まさに私の手の中にあるのだから。

 

「ひっ」

「? 今何か声がしたか?」

 

ここにいるのは私とミラだけだ。その他に声を発する者はいないのだから気のせいに決まっている。

 

私はこう見えても潔癖な性格でね、ゴミをため込まないように使えなくなったものは即座に供養することとしている。

ましてや持ち主の意にそぐわないことを引き起こす物品など不良品ですらない。

そのような物を手元に残すのは無駄であり、時として命を脅かす脅威にもなり得るのだ。

 

「お、おう……なんか、目が怖いぞ」

 

ミラの言葉に同意するように手に握っている杖も心なしか震えているが、気のせいだろう。この杖は何もしゃべらないのだから。

このままでは大きすぎるから小さくしたほうがいい。

 

私は杖をまな板の上に乗せて包丁を研いだ。

 

「ひいいいぃぃぃすいませんでしたぁ! もうこのようなことしないのでお慈悲をぉぉ!」

「は、喋った!?」

 

遂に観念したであろう杖がまな板から飛びのいて懇願し。杖が喋ったことに驚きを隠せないミラ。

そうやって謝るくらいなら最初からやらなければいいのだ。

 

ほんの少し脅かし過ぎたかと反省する。ナイスジョーク。

 

「嘘だ!? あれは、あの目は完全に殺る気だった! 混じりけの無い、殺人を犯す目だった……っ!!」

 

私は理由もなしにそんな愚行を犯す人間ではない。

こちらが挑まれたりでもしたら話は別だが。

 

「もうやだこのご主人……これでも由緒正しき魔道具なのに只のパーティーグッズぐらいにしか見ていない……これでも人間に恐怖と絶望を与えてきたはずなのに……」

「……なんかよく分からねえけど、苦労してんだな」

「……うん」

 

そうは言われても、私からすればクロドアの使い道など限られているのだ。杖に魔力を込めれば闇属性の魔法を放てるのだが、如何せん出力があまりにも弱い。

私としては魔力を込めて砲撃を撃つか爆発させるような物が私に向いている。

 

一度だけ一気に魔力をクロドアに注入したら注入過多とかで髑髏部分がパーンってなるところだった。使い道としては私の希望通りだったが、一度限りの使い道しかないため泣く泣くこの案を放棄した。

 

エリックたちも誰も使わないのと魔法に関する知識が豊富なため、今ではただの解説役になっている。

 

「っと、話し込んでたら料理もできたし、そろそろ食べるか」

 

ミラの言葉に頷き、いまだに打ちひしがれているクロドアを握って私たちはリビングへ料理を運んでいく。

 

 

 

 

 

 

エリックたちを含めた大所帯でリビングのテーブルに座り、皆で料理を突き合う。

私たちが元々持っていた食料も全て調理してもらったため、量をカバーすることはできた。

皆も不満を見せていないことに少し安心し、料理に舌鼓を打つ。

 

クロドアは食事不要のため、一人寂しく別の場所で待機している。まるでペットのような扱いだ。

 

「なんか、こんなに客が来たのって初めてだよな」

「楽しいねミラ姉!!」

「あぁ、そうだな」

 

人見知りなエルフマンは頷くだけではあったが、リサーナと同意という意味らしい。

 

リサーナに同意して微笑むミラに変わったことが一つあった。

それは、今まで隠していた悪魔の腕を見せていること。

ストラウス家の迫害の元凶とも言えるものを隠すことなく見せたことだ。

 

 

ミラが初めて弱音を吐き、彼女の中で何かが変わったことに深く関わっている。

彼女は思いの丈を全てとは言えないが、それでも腹にたまったものを吐き出したことで自分の魔法と向き合った。

 

まだ折り合いを付けたとは言わないが、それでも一歩前進したことには違いない。

同じ魔導士ということでエリックたちに思い切って打ち明けた所、反応は身構えていたミラの思惑とは全く違った。

 

 

「オレも似たようなもんだから気にはしねえよ」

「エリックの腕もそんな感じになるから見慣れているゾ」

「それよりも凄い魔法を知っているから問題ありません!」

「そんなのより悪魔じみた人は知ってる。例えばそこで飯食ってる先生とか」

「人の皮被ったナニかだと思う。流石に比較すると悪魔に失礼だから」

 

 

後半は好き勝手言ってくれたため、ソーヤーとマクベスには後で『たね』をふんだんに使ったスムージーを飽きるまで飲ませてやろうと決意する。

 

 

そんな一幕があったため、ミラも隠す必要なしと悪魔の腕を皆に見せている。

その時の本人はもちろん、リサーナとエルフマンの方が本人以上に嬉しそうだった。姉の苦悩を一番近くで見てきたのだから喜びもひとしおなのだろう。

 

そんなこんなで私たちはまるで幾年の友人のようにストラウス姉弟に馴染み、夕食を共にした。

料理を全て平らげた時を見計らってかリサーナが私たちに魔法について聞いてきた。

 

「エリックたちってどんな魔法が使えるの!?」

 

純粋無垢な眼差しがリサーナとエルフマンから突き刺さる。

それを受けてエリックたちも満更ではないといった感じで魔法についての質問に答えていく。

 

まだ魔法についての知識が浅いエリックたちは身構えていたものの、その大半は魔法についての知識というよりも魔法を使ったときはどんななのか、何故魔法を使うことになったのかなどの感想を求められた。

 

魔法についての興味が尽きないのかマシンガンのように質問の嵐をぶつけていき、エリックたちを困惑させた。

その様子を微笑ましく見ていたのだが、自分にのみ質問が来ないということはありえなかった。

 

エリックに続いて解説役のクロドアも含めて自身の魔法を教える番が私に回ってきた。

 

「皆から聞いたんだけど、不思議な魔法を使うんだって!?」

「見てみたいな!」

 

年少組の期待の眼差しを受けているところ悪いが、私の魔法はリスクが非常に高いのでおいそれと唱えない方がいいだろう。

下手したら私たちだけでなく麓の村にまで被害が及ぶのだから。

 

そう伝えるとリサーナたちは残念そうにしながらも納得し、エリックたちはなぜか安堵の息を漏らしていた。

だが、ミラだけは怪訝そうな視線を向けてくる。

 

「大層なこと言ってるけど、本当に魔法なんて使えるのか? たしか、パルプンテ、だっけ?」

 

一度だけパルプンテを唱え、山びことなった結果を思っているのだろう。初見ではまともな魔法ではない、もしくは魔法の失敗だと見ているらしい。

結果だけ言えばどちらとも正解ではあるが、パルプンテとしては被害が出ないだけ当たりなのだから答えに困る。

 

自分でも望んだ効果になるようコントロールもできず、その場の運任せで使う魔法というものはやはり異質なものだと実感できた。

 

「異質って言うか、もうマトモじゃねえじゃん。ほぼギャンブルで決まるって使い勝手悪すぎるだろ」

「どんなことができるの?」

 

本当に色々だ。長い間、この魔法と過ごしてきた私でもこの魔法の上限というものは把握しきれていない。

相手の魔力を空にしたり自分と相手の体力を完全回復させたり、時にはどこかで何かが壊れたり山びことなったり……大体は自爆する。

 

「聞けば聞くほど碌でもないな!?」

「本当に何を考えてこの魔法を作ったのか……消費魔力もバカにならないわ、特定の属性を持たせないわ任意のコントロールもできない魔法なんて手の込んだ自殺にしか思えんというのに」

「それでもその魔法と折り合いをつけている先生の方がおかしいって思うのはオレだけか?」

「安心しろ。オレもだ」

 

リサーナへの返しに何故か私への攻撃が始まった。

 

正直に私が“パルプンテ神”という謎の存在に憑りつかれてパルプンテしか使えなくなった、などと言っても誰も信用しないだろう。

 

それでも言われっぱなしは腑に落ちないため、私は自然に口ずさむようにパルプンテを唱えた。

 

 

「「「うおおおおぉぉぉぉ!?」」」

 

その瞬間、ストラウス姉弟を除くエリックたちは奇声を上げて各々散り散りに私から離れた。

一糸乱れぬ行動で息の合った様子は美しいと言っても過言ではなかった。

 

「え!? 何だ、何かあったか!?」

 

突然の行動にミラたちは困惑し、家具の陰に隠れたエリックたちに動揺する。

 

しかし、それに反して当の私は静かだ。パルプンテには基本的に不発ということはなく、どんな結果にせよその通りの結果と納得するしかないのだ。

現に、何も起こらなくても私の魔力が持っていかれたのだから魔法の発現という点では成功したと言うべきだ。

 

「おい! だから言ってるだろ!! そんなお手軽感覚で魔法使うなって!」

「前にもそうやって食事中にも関わらず唱えてオレたちもろとも自爆したこともあっただろ!?」

「この前も寝言で唱えてモンスターを呼び寄せたのも知ってるんだゾ!」

 

不発と分かったエリックたちはまるで今までの鬱憤を吐き出すように怒りを露にする。

その反応にミラは苦笑を浮かべるも、まだ衝動的に命の危険に晒されたことを理解していないのだろう。

 

「というより、そんな魔法がまともに使えたことなんてあったのか? 聞く限りだとほとんど被害があんたに向かっているようだけど」

 

こういうのは気の持ちようだ。使っていれば分かるが、何もデメリットだけでなく思わぬ恩恵も得られるのだから、そう悪いものではない。

完全に信用できるかは分からないが、それでも私にとっては唯一無二の魔法なのだから愛着の一つも湧くのだ。

 

それに、何も毎回毎回自爆したりしているわけではない。

 

 

明確な敵であればパルプンテの真価はいかんなく発揮され、ステータスがとんでもないことになる。

というよりも追い詰めるという点では今よりもえげつなくなるのだ。

 

「明確な敵って、どんなだよ?」

 

 

言うなれば

 

 

 

 

 

自分を差し置いて他の神を信じる邪教集団とか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミラの家から離れた場所にある村。

村の特産や名産といったものはなく、半ば王国から忘れられたような小さな村は間もなく地図から姿を消すだろう。

 

収入の見込めない村からは税の取り立てがままならず、衰退して国によって別の村に併合されることはもはや目に見えているといった所まで困窮している。

この村の住民の多くが生まれた時から村に住み、この地を追い出されることに恐怖を抱いている。

 

彼らはこの地以外の場所での生き方を知らない。

 

金だ。莫大な金がいる。

 

 

彼らは夜な夜な集まっては金の工面について話し合ってきた。

来る日も来る日も話し合っては試行錯誤し、試しては結果を残せなかった。

 

 

実のならない現実に村人たちの心は擦り切れ、荒んでいくのにそう時間はかからなかった。

 

 

村人は国を憎んだ。

 

なぜこんな目に合うのか、なぜこんな仕打ちをするのかと。

 

 

しかし、この村は以前に国からの補助を断った経歴がある。

この村も今では廃村寸前となっているが、以前はその土地特有の豊かな土壌を活かした農作物が有名であった。

村人たちはその豊かな自然を利用して農作物を量産し、その富を荒稼ぎしてきた。

 

しかし、大地の恵みの正体はその土地に渦巻く特殊な魔力であることを突き止めていた王国は魔力の枯渇を見越し、あえて村人たちにその土地の買取を申し出ていた。

有限の利益に憑りつかれないようにしながらも、その魔力の保持を図ろうとした王国なりの善意だった。

 

 

 

しかし、目先の利益に目が眩んだ村人たちは王国からの申し出を拒否。正当性の伴なった理由をいくら話しても王国が嘘をついているの一点張りだった。

欲望に囚われた村人たちの説得が困難だと判断した王国は数多の交渉の結果、村人の定住を認めた。

 

 

それから村が衰退するのに時間はかからなかった。

 

後先考えずに作物を作り続け、魔力を枯渇させた村の収入は消え、富は一瞬にして消えた。

そんな過去がありながら、村人は国を恨む。これらの悲劇は自分たちの決断で引き起こした自業自得だということを認めずに。

 

 

そして、村人は全盛期の羽振りを忘れられず、外法に手を出した。

 

 

 

「お待ちしておりました」

 

男性が黒いローブに身を包んだ人物を朽ちた村に招き入れる。

ローブの人物は全村人が集まった屋敷の中で上座に座ると、そのフードを脱ぐ。

 

下の顔は眼鏡をかけた優男であっただけに、私怨に顔を歪ませた村人たちとは違う不気味さを漂わせていた。

その男は丁寧な口調で歓迎してくれた村人たちに一礼

 

「そう固くなさらずに、楽にしてください」

 

透き通るような声であるが、第一印象は鼻に付くと言った感じだ。

丁寧に装いながら、心の中では他人を下に見ているといった感情が少なからず表れている。

 

それに気付かない村人は期待の眼差しを男に向け続けている。

 

「用件は既に聞き及んでいますので、この場は挨拶だけでいいでしょう」

「おぉ! それでは!?」

「はい。ターゲットである悪魔に憑りつかれた少女の捕獲は私にお任せを」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼレフ教司祭、スー・シードの華麗な悪魔退治をご覧あれ」




やめて! 彼らは力のないか弱い一般人なのよ!
お願い、罪のない人を殺さないで!
え? 彼らはミラちゃんを追い詰めて売ろうとした? それに魔法だから殺しはしないし、そもそも殺さない? 生きてても、惨めだと思うような傷だけですむ?
あ、はい
次回、「全員死す(嘘)」。デュエルスタンバイ!

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