好きな言葉はパルプンテ   作:熱帯地域予報者

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クロドアの杖の憂鬱

クロドアの杖は恐怖していた。物言わぬただの杖のように微動だにしないで様子を窺いながら、たしかに恐怖していた。

人間であれば歯を鳴らしてバレていただろう。ブレインとともにそういった弱者を見てきたが、まさか自分がそうなるなどつい先ほどまで夢にも思っていなかった。

 

少なくとも今朝までは。

 

ブレインは決して弱くない。それどころかその戦闘力は普通よりも秀でている。それに加えて魔法研究に関わっていた関係で魔法に対する知識もあった。冷静な知性で戦闘をボードゲームのように変える強さがあった。

 

そして暴力の化身であるゼロこそが最強であり、最恐だった。異質な魔力に加えてブレインにはない凶暴さに身を任せた猛攻に太刀打ちできたものは少なくともクロドアの杖の記憶にはない。

 

 

二人で一人である持ち主が何もできず、一方的にやられた。

 

 

相手はただの男だと思っていたが、蓋を開けてみると途方もない化物だった。

 

(こ、ここを離れなければ……)

 

ゼロを凌ぐ戦闘技術に加えて魔力の質も量もけた違い……仇討ちなど冗談にすらならない。

むしろゼロが赤子の手をひねるようにあしらわれた時点で敵対どころかすぐに逃亡するのが普通だ。

 

そして何より、最後の最後にゼロを消した魔法が一番得体が知れない。

ブレインとともに魔法の知識を蓄えてきた自分でもわからない未知の魔法。

それでいてゼロのような異質なものではなく、まるで正体の分からない謎の魔力を感じた。もっと言えば、魔力の中に今まで感じたことの無い力さえも感じたため、本当に魔法なのか疑わしい。

 

 

戦力は未知数、情報もなし……この男と敵対するのはこの世で最も愚かなことだとクロドアの杖は思った。彼の中のヒエラルキーの頂点からゼロが落ちた瞬間である。

 

ただ、幸運があると言えば、問答無用でゼロを消した魔法から逃れられたことと破壊されずに無傷で済んだことであろう。

魔法自体は人間のみが対象だったのか、条件は分からないが自分だけ免れたことは最大の幸運だった。

 

そして、男は何を思ったのか子供に道案内をする代わりに旅の同行を許し、ブレインが引き取った子供たちはエリックの説得もあって旅に同行できることを喜んでいた。

 

誰一人、自分のことを気にかけている者はいない。

 

(しめしめ、このままやりすごすか……)

 

元の持ち主に対する忠義はあったものの、それは自分の命を捨ててまで殉じるほどではない。杖はブレインの仇討ちをする気は毛頭もなく、ただわが身が可愛かった。

 

このまま最後までやり過ごし、姿を消したらこの場から逃げようと決めていた。

 

 

だが、その目論見は早速躓いた。

 

 

突然、自分の体が掴まれた。一体何だと思って意識だけ向けると、そこにはブレインを圧倒した男の顔があった。

 

(ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!)

 

例えるなら海に飛び込んだ瞬間、サメの頭の上に着地した心地だった。

途方もない化物が自分を掴み、値踏みするように顔を近づけて回したり髑髏の頭を触ったりとしていたのだから。

 

思わず心の中で叫んだだけに留めたのはクロドアの杖の精神力の賜物と言える。

 

 

「それってブレインの杖だよな……」

「いつ見ても気味悪いゾ」

「正直、趣味が悪いとは思ってた」

(こいつら……ブレインがいないと思って好き勝手ほざきおって……!)

 

普段ならキレそうなものだがここは我慢、今はこの場を乗り切ることが先決だと考え、ただの棒切れになり切る。

 

(趣味が悪い……か)

 

ただ、人知れずダメージを受けていたのはご愛嬌である。

エリックたちが早く行こうと催促し、心の中でそれに同意していると男はさも当然かのように杖に向けて口を開いた。

 

 

―――という訳だ、狸寝入りはそこまでにして話でもしようか

 

 

 

(え?)

 

 

神経は通っていないはずなのに悪寒を感じた。

瞳が無いはずの自分に男の視線がねじ込まれた気がした。

 

気付くわけがない、何かを感じてカマをかけた程度だろう……そう思っていると男は自分を観察した後、おもむろに無事だった海岸のヤシの木に近づく。

諦めたにしろ、妙な行動に疑問を持っていると、男は自分の体を両手持ちで強く握った。

 

そして、野球のように大きく振りかぶる。その先には極太のヤシの木が。

ここまで来てようやく男の行動に気が付いた杖は慌て、遂に声を出してしまった。

 

「え、あ、ちょっと待ぶへぇ!!」

 

野球のフルスイングのように杖をヤシの木にフルイングした瞬間、杖の柄の部分からミシっと嫌な音が聞こえた。

髑髏の部分を的確に叩きつけるようにした的確なスイングから確信した。

 

(こ、この男……もう確定だ! 私のことに気付いて……)

 

思考する暇も与えないと言わんばかりに再びスイングの構えを見せた男に杖は男の手から逃れようともがきながら声を出して助けを懇願する。

もう隠すことを諦めた。

 

「待ってくださいお願いします!! 何でもしますからそれだけは止めてください!!」

「ひっ!」

「喋った!?」

「この杖生きてたのか!?」

 

子供たちも驚いている様子から杖のことを知らなかったようだが、それを無視して全意識を男に向ける。

 

(ここで対応を間違えれば……死ぬ! この男には私に対する慈悲が一切ない! まるで路傍の石を見るかのような目だ!)

 

この男ならば自分にこの状況をどうこうする力などないことくらい知っているだろう。無視すればいいものを自分に話しかけてきたのは、何らかの理由があるはず。

そして、自分の扱いからして断られれば仕方なく諦める程度にしか思っていない。

 

どちらにせよ、交渉だとか拒否などと言える状況ではない。

 

 

男としては自分にナビゲートを頼みたいようだ。まだ子供であることと今まで奴隷だったことから現在の世界情勢を含めた色々を深く知っているとは思えなかった。

それに比べて、自分であればブレインと共にいたということでそれなりに社会とかにも詳しいだろうと考えたらしい。その上、魔法研究に関わったということで最近の魔法のことも知りたがっている。

 

(これはもしや……ひょっとすると……!)

 

男の思惑に人知れずほくそ笑んだ。これはまさか、チャンスだと思った。

 

 

男の様子からして世俗から離れていたのだろう。世間知らずだと自覚しているようだった。

それに、最近の魔法を気にしているのは子供のためだろうと推測する。

 

最近の魔法でこの男をどうこうする力はないだろうが、変な所で情に弱い性格だと分かる。

子供と言う足枷があるなら付け入る隙があるかもしれない……そう思った杖はニヤっと笑う。

 

 

そんな中、エリックが不安そうに男に聞く。

 

「おい、これ本当に大丈夫か? 何か企んでそうだけどよ」

(余計なこと言うなクソガキ!)

 

ブレインに裏切られたことを思ったのだろうかクロドアの杖の加入に難色を示すエリックを台頭に子供たちは疑わしき目を向けている。

そんな子供たちの反応に杖はぶちまけたい文句を我慢して男の方を見る。

期待するような杖の眼差しを受けて男は言った。

 

 

 

 

 

 

 

今ここで、先ほど言った宣言が事実無根の嘘偽りであり、私たちに少しの害をもたらそうというのなら私は容赦しないし、そもそも害となる前に見切りをつけて責任もってこれを処分する心である。

まず手始めに杖の魔力と言う魔力を奪い、呪符を使って一切の行動と反抗を禁ずる。その上でもたらされた不利益の度合いによっては最悪、この杖を決して殺さずに生き地獄を見せる。まず、杖に定着されている魂を引きはがし、これを改造する。どんな性格になるかは分からないが、希望としては突撃と言えば突撃、玉砕と言えば玉砕を行ってくれるように強い自我さえなければ問題はない。とにかく反抗心さえ消せればよいのだ。

魂の改造が困難であれば原始的だが、洗脳で済ませればいい。多少の感情の綻びによる発狂はたまに起こるが、些細な問題である。そこは宿命として受け入れよう。

もっとも、叛逆の恐れがある不穏分子の処分は古来より処刑が至高だ。人にしろ動物にしろ、生きとし生けるものを洗脳するということはそれまでに生きてきた人生を否定し、一から自分で作り上げることである。そんな手間を子供たちの世話だとかの合間にするのは些か非効率的なのだ。

生きる魔道具というレアなアイテムに魅力を感じないわけではない。だが、命の安全とどちらが大事かと問われれば言うまでもない。今の社会情勢や魔法に関しては今ここにいる子供に聞けばいいし、分からなければその時は自分で調べればいいのだ。はっきり言って、無理に杖を連れていく利点と言うのはそれほどではない。言うなれば私のコレクション候補として確保するだけなのだ。

 

話が長くなってしまったが、私たちの旅に同行する気はあるか、とにっこり笑った。

 

 

 

微塵の逃げ道を断たれたクロドアの杖は器用に体を折りたたんで震えながら平伏した。

 

人の体であれば目の前の狂人に対して泣きながら漏らすところだが、恨めしいことに杖は泣くことも漏らすこともない。

ただ、悲惨な未来を回避するためには取るべき手は一つ、男に魂を売るつもりで降伏するしかなかった。

 

 

 

絶望感に打ちひしがれる杖と顔を真っ青にした子供たちの様子に首を傾げるが、それは些細な問題である。

 

 

私たちの冒険はこれからなのだから。


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