好きな言葉はパルプンテ   作:熱帯地域予報者

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毒竜の情景

両親は殺され、クソみたいな野郎共にコキ使われても今日まで耐え抜いてきた。

生まれた場所も年もバラバラだったけど、同じ独房で出会った仲間たちと協力してきたから今日があると思いたい。

 

今ではジェラールが塔を奪ってからはマシになったものの、いまだに自由は掴めていない。

まるで猛獣を閉じ込めるような檻の中にオレたちはいる。

 

そんなオレたちに転機が訪れた。

 

「素晴らしい魔力だ。その力、有効に使いたいと思うだろ?」

 

突如としてブレインと名乗る奴が現れてオレを含めた4人を引き取りたいと言ってきた。

こんな塔に来る時点で怪しいやつには違いないが、これは一種のチャンスだ。

キュベリアスと共に塔の外へ出られる機会を易々と捨てるなんてバカのすることだ。

 

オレはこの話に乗り、他の奴らも同様だった。

 

手錠を外されて檻から出て行くオレたちを見ていた周りの奴らのことは意識的に無視した。

 

 

 

 

船に乗せられ、船内の本が密集した場所に集められたオレたちにブレインが問う。

 

「魔法の力の源は強い意志によるもの。まずは己の願望を話してみよ」

 

 

これから魔法を教える代わりにブレインの手伝いをすることが今後の活動指標となる。そのためには明確な強さを身につけなければならないとのことだ。

そのために自分の目的を言葉にできるようにするということで考えていると、初めに決まったのはソラノだった。

 

「私は……妹に会いたいゾ」

「会うだけか? それなら評議員にでもなんでも依頼すればいい。何なら私が探してやるが、どうする?」

「ユキノは、私が護るんだゾ!! 評議員なんて私たちを助けてくれなかった奴らの手なんかいらない!! そんな奴らに頼ることない強さが欲しいんだゾ!」

「よかろう。私が叶えてやろう」

 

こんな感じでソラノに続いてソーヤーは速く走る、マクベスは静かに眠るため、リチャードは弟を取り戻すとブレインに宣言した。

そして、オレの番が来た時には願いも決まっていた。

 

「オレは……自由になる! あんなクソ共のような奴らにオレたちの幸せを二度と邪魔させないために……もう下なんか見ないためにオレは前を向いて強くなる!! もう誰にも負けない!!」

 

オレの宣言にブレインは満足そうに頷いた。

 

 

 

 

それから地獄の特訓が始まった。

 

ブレインの監修の下でオレたちは魔法を習い、ブレインに挑んでは何度も倒された。

かつては魔法の研究を行っていたブレインの知識は広く、オレは滅竜魔法のラクリマをいただいた。

 

ブレインは子供相手でも手加減することなくオレたちを叩きのめし、血反吐を吐くハメになった。

それでも温かい食事や寝床をくれたブレインには感謝した。今のオレたちは薄汚い猛獣なんかじゃないって言ってくれたような気がした。

 

 

 

 

船の旅も終わり、久しぶりの大地を踏みしめた。

これからブレインの根城へ付いて行く予定だったが、ブレインはオレたちを制して彼方の茂みを睨んでいた。

 

「そこにいるのは分かっている。姿を見せよ」

 

その言葉の後に出てきたのは一人の男だった。

見た目はどこにでもいそうな風貌の男が手を上げて礼を言った。

 

何の礼だか見当もつかない。まだ声を聞く魔法は習得できていないから考えも読めない。

 

 

そう思っているとブレインは口端を吊り上げた。

 

「姿を見せたのが最大の不運であったな。一瞬で楽にしてやる」

 

クロドアの杖からブレインのダークロンドが放たれる。

あれの威力はオレたちは身をもって味わっているため、あの男の死は決定した。

迫りくるブレインの魔法を前に男は手を差し出した。

 

 

瞬間、払いのけるようにブレインの魔法を空へはじき返した。

 

「は?」

「な!?」

 

あり得ないことだった。ブレインの強さを知るオレたちにとっては驚愕するには十分すぎた。

ブレイン本人はもちろん、マクベスたちも男の所業に目を丸くし、唖然とした。もちろん、オレもだ。

 

だが、男は払った手をポリポリと掻いていた。まるで虫刺されの痒みを掻くような仕草で。

その行動にブレインは再び笑みを取り繕い、不敵に宣言した。

 

「なるほど、このタイミングで出てきたのは偶然とは思っていなかったが、やはりどこかの回し者だな?」

 

その瞬間、ブレインから今まで感じたことの無いような魔力が放出した。

まさに、オレたちに血反吐を吐かせた今までがお遊びだったと言わんばかりに。

オレたちはその魔力に気圧されて立っていられなかったが、男はそれでも平然と見つめて頭をかいている。

 

この魔力を前に何の反応も示さないのは単なるバカか、それともそれさえも超える強者か。

 

 

そんなはずはねえ、ブレインが強いに決まっている。そう言い聞かせているとブレインは対して可笑しそうに笑う。

 

「これでも微動にしないとはな!! 出会った場所さえ間違えていなければうぬを味方にしていた!! だが、今はそのようにはいかん!! この場面を見てしまったうぬをここで始末する!! 光栄に思うがいい、このブレインに倒される栄誉をな!!」

 

クロドアの杖から出た魔法を皮切りに一方的な殺戮が始まる。

魔力開放で威力も速度も上がったダークロンドが男の懐に突き刺さる。

 

爆発を起こす先にブレインは休むことなく魔法を叩きつける。

まるで男の肉片すらも残さないと言わんばかりも猛攻だ。

浜辺が魔法の爆発で抉れ、オレたちは爆発の余波に飛ばされないように固まって踏ん張る。

 

見ようにも激しすぎて直視すらできない。

 

 

永遠の時間と思えるほどに時間が通過し、ブレインがついに魔法を止めた。

 

「惜しい……実に惜しい人材だった。だが、奴の悪運もここまで……なんだと!?」

 

勝利を確信していたブレインの顔が歪んだ。

爆炎の中にたたずむ人影は時間が経過するたびに鮮明なものとなる。

 

結論から言って男は生きていた。

 

しかも服は消し飛んだにもかかわらず、無傷の状態で。

オレたちもブレインもそんな光景にただ震えるしかなかった。

 

「バカな!! なぜ生きている!? 何の魔法を使った!?」

 

今まで知的な表情しか見せなかったブレインが仮面を取り外したように狼狽し、恐れていた。

ブレインとて魔法を直撃させた手ごたえはあったのだから心的ダメージは計り知れない。

 

オレたちの前で酷く取り乱すブレインに男は言った。

 

 

―――私は神の導きに従うこと、それだけさ

 

 

男が何を言ったのかも意味も分からなかった。

 

ただ、ブレインの怒りを盛大に踏み抜かれたことにただ怒り狂った。

 

「ふざけるなあああぁぁ!! 言うに事欠いて神だと!? そんなもんに縋るしかない弱者が偉そうにほざくなああぁぁぁぁ!!」

 

男はブレインの怒りを前に肩を竦めてヤレヤレとため息を吐く。

 

もはや意識を保つのがやっとの威圧感の中で男は自分のペースを崩さない。

 

それはまさに、オレにとっては王者の余裕にしか見えなかった。

 

 

 

しかし、ここで事態が予想もしない方向へ転んだ。

 

「ぐああああああああああぁぁぁぁ!!」

 

突如としてブレインが頭を押さえて苦しみだした。

男は首をひねって観察しているが、オレたちにそんな余裕はない。

ただ、目の前の現実に震えるしかなかった。

 

 

しばらく苦しんだと思ったら、急にブレインは悲鳴を止めてゆったりと立ち上がる。

魔法で服が変わることはともかく、さっきまで苦しんでいたのに対して機嫌がよさそうに笑いながらゆったりと立ち上がるブレインの姿に背筋が凍った。

 

 

違う。魔力が違うということもあるが、これはブレインじゃない。

もっと別の存在だと強制的に意識させられる威圧感に襲われていると、ブレインだった者が口を開いた。

 

「ブレインも情けねえなぁ……こんな奴にビビるなんてよぉ」

 

その喋りにブレインの片鱗は見られなかった。わずかな口調だけで感じ取れた知性は失われ、代わりに有無を言わせない凶暴さが感じられた。

 

敵はオレたちじゃないのに、たまらなく怖い。

オレは、オレたちはなんて奴に付いてきてしまったんだ。

 

そんな後悔も空しく、そいつは何が面白いのか、愉快そうに話す。

 

「オレはゼロってんだ。ブレインとは二重人格で共に存在してたんだが、普段はブレインの方が色々と都合がいいってんでこいつの方が活動時間の多くを占めてる」

 

二重人格なんて話は初めて聞いた。

仮にそれが本当だとしても、人はここまで変わってしまうものだとは思わなかった。

 

「今回はブレインが心の底でお前に敵わないと悟っちまったからな。オレが代わりに出てきてやったんだよ」

 

種明かしするように愉快そうな面持ちで説明していたゼロはオレたちの方を向いた。

その瞬間、塔で見てきたような汚い笑みを浮かべて。

 

「ブレインはオレを抑えるためにこのガキどもを生体リンクの鍵として利用しようとしていたそうだが、その計画もここまでだ。それを潰してくれた点だけは礼を送ってやるよ」

 

乾いた音で拍手をするゼロの言葉にオレは、オレたちの中で何かが崩れた。

 

「何だよ……それ……」

「あん?」

 

ゼロの言うことが信じられなくなって、自然と喉から声を絞り出した。

 

「オレたちは……自由になりたくてブレインに付いてきた……強くなれば欲しいものだって手に入るって……っ!」

「……」

「利用だとか、道具だとか奴隷なんざ……んなもんはもうウンザリなんだよ!!」

「エリック!!」

 

我慢できなかった。何でオレたちが自分の人生を他人に弄ばれなければならない。

今までただ必死に生きてきただけなのに、どうしてこんなにも蔑まされなければならない。

今日まで誤魔化してきた抑圧が爆発し、覚えたての魔法を発動させて余裕ぶっているクソ野郎に突っ込む。

 

敵わなくても一発だけ全力を叩きこみたい。それだけしか考えていなかった。

 

「がぁ!!」

「エリック!!」

 

だけど、そんな祈りもゼロには届かない。

体躯の大きいゼロが突っ込んできたエリック背中を踏み潰す。

 

背中から腹にかけて衝撃が奔ったと思った瞬間、こみあげた粘つく熱い液体を口から吐き出した。

起き上がろうとするも、血と吐瀉物が混ざった物に押し付けられるように頭を踏みつけられ、なじられる。

 

「お前みたいな奴が敵う訳ねえだろうがよぉ!! 使い捨ての駒の分際で!!」

「ぶ、ぐぎぎ……」

「いつの時代も弱者は強者に奪われる運命なんだよ!! それをガキごときが夢見やがって、ここまでおめでたいと笑えてくるなぁ!!」

 

顔を汚されるよりも屈辱的に、それでいて容赦のない現実と正論を叩きつけられた。

そんなことは既に分かり切っている。だから強くなりたいと願った。

その結果が今の状況だ。

 

 

叩きのめされ、人生全てを否定されて

 

 

これでは奴隷の時と変わらないではないか?

こうして外にまで出てきたのに、自分たちは踏み潰される運命なのか?

 

 

悔しさに涙が止まらない。

仲間たちも使い捨てられる未来に悲観し、その場を動けずに泣いている。

 

「くそおおおおぉぉぉ!!」

 

 

嫌だ。このまま利用されるだけの人生なんて。

痛む体の悲鳴を無視して抗う。自分の運命を自分で決めるために。

 

エリックの人生をかけた抵抗もゼロにとってはその場しのぎでしかない。

醜悪な笑みを浮かべてゼロは魔力を高める。

 

「もういらねえよ。死ね」

 

全てを飲み込む邪悪な一撃。迫りくる“死”を前にエリックは目をそらさない。

ささやかな抵抗、エリックにとって人生最後で最大の抵抗を今まさに、魔法を打ち込もうとするゼロに向ける。

 

 

その時、エリックに魔力を叩きこもうとしたゼロの手は横から弾かれた。

 

 

「あ?」

 

感知できなかった横やりにゼロが何事かと顔を横に向けた瞬間

 

 

ゼロの顔に固く握られた拳が突き刺さった。

その瞬間、重く、鋭い衝撃が顔を突き抜けて脳へと響き、首がちぎれると錯覚するほどの速度で殴り飛ばされた。

 

「へぶっ!!」

 

最期の時まで目を開け続けたエリックはその流れをしっかりと目に、心に焼き付けていた。

先ほどまでブレインを相手に遊んでいた男が突き出した拳を引いていた。

 

 

「あんた……なんで……」

 

エリックが聞くと男が困ったように呟く。

 

大人が子供を助けるのは普通だろう、と。

 

 

何でもないかのように言い切った男にエリックはただ茫然とした。

 

今まで欲にまみれた大人を見てきたことで大人に対して一種の絶望を抱いていたのだから当然の反応だと言える。

今日まで頼れるのは自分だけと認識していたエリックたちは尚更だった。故に、初めて向けられる優しさに近い感情に困惑していた。

 

そんな時、ゼロが飛ばされた方向で魔力の爆発が起こる。

全員の視線がそちらへ向けられると、鼻からおびただしい血を噴き出し、顔の一部が歪に変形しているゼロがこちらを見据えている。

 

「ふざけんじゃねえぞ……ざけんじゃねええええぇぇぇ!!」

 

先ほどまでの醜悪な笑みが完全に崩れ、憤怒に塗れた形相で男を睨む。

怒りによって解放された魔力でさえも暴力となって辺りに吹き荒れる。

 

「てめえみてえなのがオレに傷をつけやがって!! 遊びはもう終わりだ! 人の形が残らねえくれえに破壊してやるよぉ!!」

 

ゼロが魔力を使って急接近してくる。

常人では見切れないほどのスピードとともに渾身の魔力を込めた拳を意趣返しに叩きこみ、魔法で嬲り殺す。

そのつもりで殺気のこもった一撃を繰り出した。

 

 

だが、男はその拳さえも掴んで止めた。

 

「ぐは!!」

 

お返しと言わんばかりに蹴り返した足からはあばら骨が砕ける音がした。

ゼロの口から血が噴き出し、その場に膝をついた。

 

「が、はぁ……」

 

男はそんなゼロを憐れみ、投降を促す。

自首すれば命は助けてやる、と。

 

 

しかし、それがゼロの怒りを踏み抜いた。

破壊を生き甲斐としているゼロは自身が破壊されたことに深い屈辱と怒りを高める。

やがて、それはダメージによる痛みと僅かに芽生え始めた恐怖を容易く上回った。

 

 

 

「このバケモノがああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

全ての力を振り絞るような怒号と共にゼロは一切の油断を捨てた。

 

体術と魔法を組み合わせた変幻自在な戦法は自身のアイデンティティーである“破壊”を捨て、一人の人間に対する“殲滅”に切り替えた。

全てを破壊することで万人を平伏させてきたゼロが一人の人間を相手に全力を出すことは自分に対する侮辱であり、矛盾であり、拒絶そのものだった。

 

自分をただの人間にした男が心底憎かった。

 

 

 

だが、そんな意思も関係なくゼロは尽く打ちのめされた。

 

 

体術を仕掛ければそれを上回る技術と腕力でねじ伏せられる。

魔法を使えば異常ともいえるくらいの魔力によって押しつぶされる。

魔法と体術を組み合わせれば、下手な小細工ごと力技で押しつぶされる。

 

 

ゼロの攻撃は全て、目の前のふざけた男に届くことはなかった。

 

 

「なんだ……なんなんだよテメエはよぉ!!」

 

 

破壊を好む残忍なゼロが怯えを隠しきれず、追撃の構えを見せる男から後ずさる。

 

「お前みたいなバケモノが、オレは知らない!! お前は、人間じゃねえ!!」

 

恐怖から発狂し始めたゼロの頭には、ただ目の前にたたずむ人間の形をした底知れないバケモノから逃げることだった。

そんな様子に男は心外そうに言いのけた。

 

 

―――お前より強い奴はこの世にいくらでもいる。私もその中の一人にすぎない。

 

 

まるで常識を問うような姿勢にゼロの支えは消えた。

破壊の化身と称してきた自分を真っ向から否定された。

 

二重人格としての存在意義を奪われたゼロがとった行動は、我を忘れた暴走だった。

 

 

「ワタ、オレはコソがゼロ(破壊)なんダよぉぉぉ!!」

 

 

そこにはブレインのような知性もゼロの残忍さも存在しない。

ただ、己の存在を刻み付けるかのように周囲に魔法を放ちながら破壊の限りを尽くす。

 

唾液をまき散らせ、焦点の合っていない目を見ても正気でないことが分かる。

 

 

「これはやばいゾ!! エリック、早く立つんだゾ!!」

 

 

逃れようのない破壊の中でソラノを始めとした仲間たちがエリックの元へ集まっていた。

必死にエリックの手足を掴んで逃げようとするも、それが無駄なことなど分かり切っていた。

 

魔力の暴風雨の中を手負いの自分を背負って逃げられるわけがない。

そう悟ったエリックは自嘲気味にソラノたちを突き放した。

 

「オレは放っておけ。どうせいつ消えるか分からなかった命だ……お前らだけでも達者にな」

「ふざけるな!! そんな言うこと聞くつもりはないゾ!」

「ここまで来て恰好付けんな! これがお前の言う自由か!?」

 

制止の声にも心は揺るがない。

エリックはこの時、既に魅せられたのだから。

 

 

圧倒的な邪悪を打ち砕き、自分の拳だけでゼロを打ち破った強者に。

 

 

自由のために強さを求めた自分だけど、その心の底には生物の持つ根源的な強さを求める本能があった。

巨大な力を前にしても自分を見失わず、立ち向かって打ち勝つ。まるで子供のヒーローショーみたいな展開ではないか。

 

他力本願を嫌っていた自分にとっては腹の足しにもならないおとぎ話としか思っていなかった。

 

 

今、その認識が変わった。

 

 

自分が求める強さのその先、強者の最果てをこの目で見た瞬間に胸がざわついた。

目の前の男が何者であろうと、エリックはその男に魅せられ、後戻りができなくなった。

 

ここで生き残ったとして、自分はあの男のことを忘れることなんてできるだろうか?

あの強さに対する憧れを抑えて一生を終えることに満足するだろうか?

 

 

無理に決まっている。

 

 

 

知ってしまったから、もう戻れなかった。

 

もっと見たい、そう思ったエリックはたとえ死んでもその場から離れないだろう。

本当の“強さ”が如何なるものかを見たくなったから。

 

 

「シねええええぇぇェェぇぇ!!」

 

的確にオレたちを狙った魔力弾が向かってくる。直撃なら即死、免れたとしても爆発に焼かれ死ぬのは確実。

絶対絶命の状況下で仲間たちは咄嗟に集まって体を固め合う。

 

だが、オレは何の恐怖も心配もなかった。

 

 

 

オレたちの前に、大きい背中があったから

 

 

 

手を突き出して嵐のような魔力を片っ端から弾き返し、それでもオレたちの前から動かずとも強者としての姿勢は崩れない。

ゼロはその強さに恐れを抱いたはずなのに、少なくともオレは安心してしまったことがおかしかった。

 

 

その背中を見ていたい。きっと、そこにはオレの望む以上の世界があるはずだと思ってしまった。

 

 

攻撃が効かないのを認めたくないゼロはみっともなく取り乱して魔力を放ち続ける。

そして、男は静かに、それでいて力強く唱えた。

 

 

―――パルプンテ

 

 

 

その瞬間、ゼロが音もなくこの場から消えた。

まるで、最初からこの世にいなかったように。

 

 

 

「終わった……のか?」

「あの人、何をしたんでしょうか……」

 

ソーヤーとリチャードが静かになった海岸を見渡して呟く。

まるで夢から覚めたことに気が付いていないような様子だった。

 

無理もない。自分だって何が起こったのか本当に分からないのだ。

最期まで見届けようとしていたにも拘らず、音もなく戦いは終わったことが信じられなかった。

 

魔力の嵐で穴だらけになった戦場痕さえなければ、これを夢だと思っていただろう。

目の前には構えを解いた男だっている。

 

 

つまり、自分たちの想像が及ばない力で以て戦闘を終わらせたのだ。

 

 

 

何という強さ、どれほどの特訓をすればそこまでの高みに到達できるのか。

最後に唱えた魔法は何なのか。

 

 

知りたいことが源泉のように溢れる。

 

 

 

男が自分たちを一瞥して去ろうとしている。

 

 

嫌だ。このまま見ているだけはもうしたくない。

痛む体で無理に男の後を追いかけ、頭を下げた。

 

 

「頼む。オレを……オレたちを一緒に連れて行ってくれ!!」

 

この日、エリックという少年の運命が変わった。




ゼロ……死亡確認!!

コブラ以外のメンバー視点はまた後程の話で書いていく予定です。

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