インフィニット・デスゲーム 作:ホラー
「…………」
数分後、ここはアリーナ内にある更衣室の前、そこには虚がいた。彼女は更衣室の前で待っているが哀しそうに項垂れていた。が、更衣室の扉が開き、虚は顔を上げる。同時に、一人の青年が出てきた。
一夏である。彼は虚が泣き止んだ後、ピットから出てくるまで待機していたのだ。虚は驚くが彼が待機していた理由は彼女が一人で帰るのはきついだろうと思い、待っていたのである。
理由は色々あるが彼は利用する意味でも、楯無に不信感を抱かれつつも味方を得ようとしていたからであった。虚を黙らせるためでもあり、一夏に送られたことをも話させるためでもあった。
「……待ったか?」
「……はい」
「……戻るぞ」
一夏の言葉に虚は頷く。一夏は何も言わずに虚を見た後、通路を歩き始める。虚はその後をついていく。
「「…………」」
しかし、二人の間には会話がない。これと言った話題がなかった訳ではない。楯無を守る盾として、これからの話とかがあるのと、最近起きた倉持技研や政府のやり取り、新しい政府の役人とかの話とかがある。
二人はそれをしなかった。いや、その話題に触れることさえもしなかった。二人はただ、沈黙するように歩いているだけであった。重苦しい空気が流れるがそれを和まそうともしない。
二人は曲がり角の方まで歩く。曲がった先には出口があるのだった。
「あ、あの……」
しかし、虚が耐えきれないのか、一夏と何か話しをしたいのか立ち止まると、一夏に訊ねる。彼女の言葉に一夏は立ち止まり、肩越しで彼女を見る。
なんの反応もないが、虚はなぜか俯く。訊ねたい事があるようにも思えたがそれを言える勇気がないようにも思えた。一夏はそう感じる中、虚からはなんの返事もない。
「……なんだ?」
一夏は訊ねる。彼女から訊ねたのに自分が訊ねるのは変であった。が、彼女は何かを言いたいことには気づいた。恐らく、あのことだろう。
楯無と簪のことを訊こうとしている。一夏はそれに気づきつつもあえて訊ねていた。虚は一夏の言葉に微かに震えるが下唇を噛む。気づかれた、そう思ったのだ。
しかし、なんとしてでも彼の言葉から二人を守ると口から言ってほしい。虚はそう思うと、頷き、指摘した。
「は、はい……実は、お嬢様達の話です……」
「それは断ると言ったろ?」
「い、いえ……それは嘘です……!」
虚の言葉に一夏は眉をひそめる。が、虚は先を続ける。
「本音から聞きました……貴方はお嬢様方を守ると自ら口にしたことを……!」
虚は一夏に対して指摘した。が、彼女は知っていた。なぜなら妹の本音から聞いた話である。少し前、ジェイソンがセシリアの部屋へと来た日であった。
あの時、本音は簪と一緒にいたが一夏が簪の安否を気にして部屋に来たこと、楯無がジェイソンを使った一夏に指摘したことも聞かされた。が、一夏は楯無と簪に対し、守ると言ったのだ。
本音から聞かされたとは言え、虚は驚いたのだ。さっきの話も本当かどうかを知りたかったのだ。楯無の様子がおかしいことも、倉持技研でのこともあると思い、それを指摘していた。
虚は一夏に問いていた。彼は更識姉妹を守るというのは本当か? 従者としての使命か、それとも口走っただけなのか、と。
「教えて下さい織斑さん、貴方はお嬢様方を守るために言ったのですか? それとも、私達を利用するための嘘なのですか!?」
「…………」
「教えて下さい! 私は貴方がなんの目的で従者の仕事を受け入れたのかは判りません! それに、できることならお嬢様方を守って下さい!」
「…………」
「それに私には判りますが気にもしています! 貴方は私達が思う程、誰よりも強く、誰よりも優しい! そう思っています!」
虚はそう叫んだ。が、彼女は一夏を信じていた。彼には、微かに優しさが残っているのではないか、と。瀕死の重傷である父、半蔵を助け、楯無を助けた。
それだけでも彼の優しさを疑った。が、あの時の、本音があることをも言ったのだ。彼はセシリアに言い負かされている簪を庇ったのだ。
楯無と同じように簪をも守ったのだ。虚はそれだけでも、いや、確信してしまったのだ。彼には従者としての資質があり、優しさをも併せ持っているのだと。
彼に更識姉妹を守れるのは、彼しかいないと思ったからだ。が、彼だけでは無理なこともあるかもしれないことにも気づいていた。
「織斑さん……こんなことを言うのは、酷いかもしれませんが、貴方一人では無理だと思ったこともあります……ですが、これだけは覚えて下さい!」
虚の言葉に一夏は無言であった。が、虚はつらそうに言葉を続ける。
「貴方は一人ではありません! 貴方には私達がいます! いえ、貴方には、貴方を慕っている方々や心配している方々もいます! なんでもかんでも、一人で背負おうとはしないで下さい! できることなら、私達を頼って下さい!」
虚はそう叫んだ。が、彼女なりの純粋な願いでもあった。彼はジェイソン以外誰にも頼らなかった。源次からの命を一人でこなしている。誰も頼らないという彼なりの頑固とも感じた。
が、更識姉妹を守れるのは彼しかいないが従者達もまた、彼女等を守る義務もある。それに彼は仲間であるができることなら自分達を頼ってほしい、そう思ったのだ。
同時に彼を心配している者達もいることを知ってほしかった。自分や妹の本音、更識姉妹に千冬、後程知ったが箒や鈴も彼を心配しているのだ。
一夏は一人ではない。そう言いたかった。しかし、そんな虚の思いをも虚しく、一夏は、こう吐き捨てた。
「……知るか、それに俺はジェイソン以外は頼らん」
「なっ!? ……そ、それでは貴方のためにもなりませんよ!?」
「……俺には、そう言った感情はない」
刹那、虚は瞠目した。が、一夏は腕を組むと眉間に皺を寄せる。怒っているのであった。虚の言い分に。
「俺には、そう言った感情はない。俺には誰かを思いやることも、誰かに頼ることもしない……ましてや、優しさ等、とっくの昔に捨てた」
「で、ですが貴方は簪様を守ったではありませんか!?」
「……あれは、従者としてでもあるがセシリアに怒っただけだ。彼女を利用するためにもな」
「なっ!?」
虚は驚きを隠せない。が、一夏の言ってることは本当であった。彼は更識姉妹を守るのは利用するためでもあった。青年の事件を調べるためでもあった。
駒としか思っていない。が、セシリアに怒っているのは事実であった。箒や鈴を拒絶しているのは自分には微かな思い等、微塵もないことを意味していた。
優しさは不要、彼なりの決意の表れでもあった。
「俺には優しさは不要だ、俺にはそう言った感情は既に捨てた」
「で、ですがなぜ、私達の父を助けたのですか!? あれは利用するためですか!?」
「……それは俺にも判らない」
「じゃあ……っ」
虚はそれ以上は言えなかった。これ以上言える立場ではなかった。彼の本心を聞いてしまったからだ。彼は利用していた。更識姉妹を守るのも嘘であったのか、と?
もしもそれが本当ならば、彼女等は哀しむ。そう思ったのだ。虚は戸惑う中、一夏は溜め息を吐く。
「……お前がどう思おうが俺には関係ない。俺は俺の道を進む。優しさ等要らん、いるだけでも後悔する……」
一夏はそれ以上は言わなかった。いや、それをしたせいで後悔していたのだ。優しさを持ったおかげで死にかけたのだ。誘拐事件のときもそうであり、箒や鈴を助けたのもそうであった。
が、それ以上に死にかけたことがあった。それは……一夏はそれ以上は言わなかった。なぜなら、彼が微かな優しさを全てとは言えないが全て捨てたにも等しい。
一夏はそのことを誰にも言わなかった。あれは自分の未熟が故の事件だ。その事件を一生忘れることはできない。一夏はそれを重い出しつつも、虚に言う。
「とにかく、俺は誰とも心を開かない、無論。更識姉妹を守るのにも変わりはない……利用するためだがな」
「……お、織斑さん……!」
虚はそれ以上は言えなかった。彼は冷酷であることを改めて感じた。優しさは不要であることをきっぱりと言い切ったのだ。
しかし、楯無と半蔵を助けたことや、簪を守ったのは彼の利用するための行動であったのかを疑問に思った。が、虚は一夏を見て何も言わず、冷や汗を流す。
身体をも震わせるが一夏に反論することや行動さえもできなかった。彼の目的が判らないからであった。
しかし、二人は知らなかった。その会話を一部始終聞いている者がいることを。それは曲がり角の方にいた。
「ど、どういうことなの? それに従者って何? 一夏が従者ってなんのこと?」
その者は鈴であった。彼女は二人の会話を聞いて驚いていた。鈴はそのことで驚いているが、彼女は知ってしまった。
一夏が暗部の人間となったことを……そして、そのことを千冬に言うのかは、彼女次第であるだろう……。