インフィニット・デスゲーム   作:ホラー

74 / 198
第74話

「お疲れさまです、織斑君」

 

 一時間後、ピット内には一夏と更識姉妹、布仏姉妹、箒、千冬と真耶、十蔵がいた。彼女等と十蔵は、一夏がジャック・ザ・リッパーを纏いながらピットに戻るのを確認した後、ここへと来たのだ。

 一夏が戻ったのも貸し出し時間が終了間際であったからだ。一夏はジャック・ザ・リッパーを纏ったままであるが十蔵に声をかけられる。

 

「…………」

 

 しかし、彼はジャック・ザ・リッパーを纏ったままであるが何かを思っていた。やはり悪くない、装備もナイフだけでなく、ランスや弓矢もある。

 ランスは接近戦兼中距離戦で有効であり、弓矢は遠距離戦で活用できる。が、今のとこを武器は三つしかないが拡張機にはまだまだ入れるスペースがある。

 近い内に新たな武器を入れる機会があるだろう。その武器は何れ、決めればいい。一夏はそう思っていたが十蔵が彼を呼ぶ。

 

「織斑君、織斑君?」

 

 一夏は十蔵の言葉に我に返ると、彼を見る。十蔵は首を傾げていたが周りは一夏の様子に疑問を抱いていた。が、十蔵がそれを指摘した。

 

「どうかしましたか? まさか、納得できないのですか?」

「……いや、悪くない。ただ、専用機としても受け入れると思ったからな」

「……っ」

 

 一夏の言葉に千冬は奥歯を噛み締める。やはり彼は、弟はジャック・ザ・リッパーを気に入ってしまった。もはや、白式には乗らない、そう思ったのだ。

 できることなら……いや、もういい。千冬は一夏のことを思った。嫌われたくない、と。千冬はそう思っている中、十蔵は一夏に訊ねる。

 

「織斑君、解除の仕方は解りますか?」

「……ああ」

 

 一夏は頷く。刹那、ジャック・ザ・リッパーは光を発した。同時に渦のように形を変える。一夏の纏っているISは消えた、が、ISだった物、渦は一夏の右手首へと集中するように集まる。

 そして、彼の右手首には一つの腕輪が填められていた。黒を基準としているが赤い違い滴り落ちるような模様があった。それはジャック・ザ・リッパーの待機状態の物であった。

 同時に、一夏のISのパートナーとして認められた瞬間でもあった。一夏は右手首の腕輪を見る。そんな一夏に周りは何も言わなかった。

 

「……それでは、戻りますか?」

 

 十蔵の言葉に周りは頷く。

 

「いえ、私は織斑さんに用があります」

 

 刹那、虚が言い出した。これには周りも驚くが楯無が訊ねる。

 

「虚ちゃん、織斑君に用があるの?」

「ええ。でも大丈夫です。私用なのです」

「私用?」

 

 虚は微笑みながら頷く。

 

「はい、なので会長や先生方は先に戻って下さい。私達は後から戻りますので」

「虚ちゃん、それで良いの? 織斑君は?」

「……別にいい」

 

 一夏はそう言うと、虚も頷く。

 

「直ぐに終わりますので、どうかお願いします」

 

 虚は十蔵達にお願いした。理由はあるが十蔵達は近くにいる者達と顔を見合わせる。虚は一夏に用事があるのか? そう思ったのだ。しかし、夫あtりがなんの話をするのかは判らない。

 

「……いいでしょう」

 

 すると、十蔵はそう言った。そして、彼は楯無達に言う。

 

「皆さん、先に戻りましょう」

 

 十蔵は彼女等に言う。周りは頷くと、ピットを出て行った。が、楯無は何かに気づくが、虚を見る。彼女は微笑んでいた。何かあるようにも思えたが彼女は気にしつつもピットを出ていった。

 そして、ピット内には一夏と虚しかいなかった。

 

「用はなんだ?」

 

 一夏は彼女に訊ねる。本当なら戻りたかったのだが、虚と話をすることにした。従者での関係か、と思ったからだ。すると、虚は一夏を見る。とても哀しそうであった。が、彼女は頷くと、あることを言った。

 

「織斑さん、貴方に一つ、訊ねたいことがあります」

 

 虚は一夏に訊いた。彼は虚の言葉に反応し、眉をひそめる。

 が、その表情は無に近い。気にもしていない、というよりも用件はなんでもいいと思っている。しかし、虚から見れば肩を震わすくらいであった。

 何かを知っている。そう思ったのだ。虚は一夏の様子を見て肩を震わすが冷や汗をも流す。何かを知っている、そう直感したからだ。

 

「お、織斑さん、あ、貴方は何かを知っていますか?

「……何がだ?」

「あっ、は、はい、実はお嬢様が変なのです」

「……変だと?」

 

 一夏の言葉に虚は頷く。

 

「はい、お嬢様、倉持技研の件の後、色々と困惑しているのです。恐らく、簪様の件かもしれませんが……何か知ってらっしゃいますか?」

 

 虚は楯無のことを一夏に訊ねていた。楯無の件であった。彼女は当主である楯無が倉持技研の件で色々と様子が変であったのだ。虚は簪のことか、政府のことかと思っているのだがそれを楯無には訊ねることはできなかった。

 理由は僭越なことができないからであった。同時に彼女から言う筈もないからだ。虚は楯無のルームメイトである一夏なら何かを知っていると思い、ピットで彼と二人きりにしてくれと言ったのだ。

 楯無からは疑いの目を向けられたがそれも覚悟の上であった。虚は一夏から楯無のことを訊き続ける。

 

「自分は従者のみです。ですが心配しています」

「……当主だからか?」

「えっ?」

 

 虚は驚くが一夏は先を続ける。

 

「当主だからか? それで逆らえないと思ったからか?」

「い、いえ、そうではありません……ただ」

「それなら訊けばいいだろうが……」

 

 一夏の言葉に虚は項垂れる。

 

「……できません。ですが心配はしているのには変わりありません」

「…………」

「お嬢様は私達従者にとって、それに死んでしまった美川さん達にも、守るべき人です……」

 

 虚は項垂れながら言葉を続ける。楯無は虚達から見れば、当主である彼女を守るのが使命であり、義務である。が、黒峯一也やブギーマンのおかげで多くの従者を喪った。

 更識家のとっては手痛い打撃を受けてしまった。今はなんとか立て直している。次世代の従者。即ち、彼等の遺児でもある若い世代の者達がいる。

 彼等彼女等には死んだ者達の血を受け継いでいるのだ。しかし、それ以上につらいことがあった。それは、山本も死んでいからだ。それも、美川の前にであった。

 他の従者達は無事であるが山本は独断で動いたのではない、山本は既に殺されていたからであった。美川が山本に連絡されたのは嘘であり、美川が偽者であることを証拠づけたのである。

 が、山本の件もあるが楯無のことが先であった。彼女を心配しているのだ。虚は楯無とは親友であり、親友を心配しているのだ。

 

「お嬢様は私達の希望です。更識家を引っ張っていく方です」

「……それで?」

 

 一夏の言葉に虚は驚くが直ぐに目を伏せる。

 

「……私達はお嬢様のサポートをするだけです。それにお嬢様は誰よりも強く、誰よりも哀しい思いをせよっているのです……」

 

 虚はつらそうに言葉を述べた。が、身近にいるこそからであった。彼女は、楯無は更識家当主になるために暗部のイロハを叩き込まれた。

 が、彼女は自分の親友であり幼馴染みである。自慢ではないが誰よりも彼女を知る自身はある。誰よりも彼女の哀しみを、重い使命を受け止める覚悟がある。

 それだけでもいいのだが彼女は妹とはギクシャクしているのも事実であった。同時に多くの従者を見殺しにしてしまったことで後悔しているのだ。

 虚は楯無のことを理解している。が、僭越なことはできない自分をも責めているのであった。

 

「お嬢様は今もなお、私達よりもつらい思いをしています。いえ、私達もそうですが、今は私達にはどうすることもできません……」

「……で、それがなんだ? さっきの話とはなんの関係がある?」

「……お嬢様はなんでもかんでも、一人で背負おうとする方です。私達を頼ることもできれば、自分でこなせることもあります。ですが……!」

 

 虚はつらそうに一夏を見る。そして、先を続けた。

 

「お嬢様には、楯無からの重い重圧を少しでも軽くしたい……! そのためには私達従者がお嬢様の重い使命を担う覚悟もあります……!」

 

 虚は一夏に詰め寄る。

 

「できることなら織斑さん、貴方にお嬢様の背中を守る盾になって下さい! お嬢様の、いえ、簪様をも守る盾になって下さい……!」

「…………」

「あなた様の意見も尊重しなければならないのは承知しています! ですが今の貴方は従者達の中ではお嬢様に近い存在であり、私達の中では精鋭に入ります! 貴方ならお二方を守れます! どうかお願いします!」

 

 虚は頭を下げる。

 

「無理も承知です! ですがお嬢様や簪様をお守りして下さい! 私は非力ながらなんとかサポートも致します! お願いします!」

 

 虚は頭を下げながら一夏に懇願した。理由は楯無と簪を守ってほしいという純粋な願いでもあった。自分は従者であるが一夏には及ばない。

 一夏なら二人を守れる盾やその力もある。後悔はしていない。虚は一夏にお願いしているのであった。彼なら学園を守れる存在にもなる。虚はそう思っていた。

 が、その願いは一夏から見れば、ある人物と同じ発言としか思えなかった。それは楯無と簪の父、源次の言葉とも似ていた。彼が自分を暗部に入れたのは、それだったのか? そう思ったのだ。

 しかし、彼は自分達を利用すればいいと言ったのだ。これには一夏も納得していた。が、虚は源次の願いとは違うと感じた。源次は娘達を心配しているが、虚は従者の代表として心配しているのだ。一夏はそれに気づくが口を開いた。

 

「……知るか」

 

 刹那、虚は瞠目し、顔を上げる。一夏は何も言わず腕を組んだ。が、虚は一夏の言葉に肩を震わせる。やはり彼は自分勝手な人であると思った。

 同時に恐怖さえも感じた。彼は冷酷な人であると思った。彼は暗部に入ったのは、源次の言う通り、利用するためであったのか、と。しかし、彼は諸刃の剣であるができることなら、彼に守ってほしい。

 彼なら更識姉妹を守れると思っていた。が、彼女はあの時、半蔵の見舞いに行っていたためにいなかった。仕方ないとは言え、虚は一夏の言葉に愕然としている。

 

「アンタがどう思うが、俺には関係ない……それだけだ」

 

 一夏はそう言うと、歩き出す。虚とはすれ違うが見向きもしなかった。彼はピットを出て行った。そこには彼女しかいなかった。

 

「……っ」

 

 刹那、彼女は目に涙を浮かべる。無理だった、そう思ったのだ。彼なら更識姉妹を守れると思った。が、それが無理であったのだ。

 彼女は説得が無駄になったと思い泣いてしまった。そして、彼女はそこ居続けていた。いや、外には一夏がいた。

 彼は虚が泣き止むまで、通路の外にいた。が、虚はそのことを知るのは泣き止み、出て行くまでであった。

 そして、ピット内には虚の嗚咽が木霊し続けていた……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。