インフィニット・デスゲーム 作:ホラー
「…………」
あれから翌日。ここはIS学園の一年一組の教室。教室内は今、ピリピリと困惑の空気が流れていた。少女達は憎しみが籠った視線をある方へと向けている。
中には畏怖を抱く者達もいる。彼女等の視線の席には、教卓前の席に着いている一夏にで、あった。彼は腕を組みながら目を閉じているが何も感じていない。
近くには簪と本音がいるが困惑している。少女達が自分達を見ていることに困惑しているのだ。一夏はそれを気にしもしていないが背中で受け止めている。
彼女等が怒っている理由は、箒の件もあるが隣のクラスのニ組に在籍している鳳鈴音の件だ。昨日のことであるが彼女等は一夏に対して複雑な視線を送っている。
が、それ以上に困惑しているのは教師の千冬と真耶であった。授業中であったのだ。千冬は授業を執っているが表情は険しい。真耶は教室内が重苦しいことに気づき困惑している。
しかし、誰も一言も喋らない。一夏の件もあるが大男の件もあるのだ。セシリアの話とは言え、信じ難い話でもあるのだ。セシリアの言動が原因でもあるが大男の目撃情報は皆無に等しいからだ。
誰も話をしない。授業中でもあるが重苦しい空気だけが流れる。誰も、その空気を打開できる者は居ない。このまま授業を続けるのか? 誰もそう持っていないが教師の二人はそう思っていた。
刹那、扉が開く。周りは扉の方を見る。一人の壮年の男性がいた。十蔵であった。
「皆さん、授業中に失礼します」
十蔵は軽く謝ると、教室に足を踏み入れる。千冬と真耶は十蔵が来たことに驚くが千冬が訊ねる。
「が、学園長、何しにきたのですか?」
千冬は十蔵に訊くと十蔵は軽く答えた。
「いえ、実は少し前に、イギリス政府から連絡が来たのです」
十蔵の言葉に周りは微かにざわつく。それ以上にセシリアは驚いていた。イギリス政府が何かをした。そう思ったのだ。自分の言動を十蔵に告げ口したのか? それを十蔵に叱らせる意味で自分のいるクラスに来たのか?
セシリアはそれに怯える。大男の件もあるが何かをされると思い、身体の震えが止まらなかった。セシリアは震える中、十蔵は先を続ける。
「実は……其方のクラスにいるオルコットさんの件もありますが……」
「そうですか……それでオルコットに?」
千冬の言葉に十蔵は首を左右に振る。
「いえ、実は織斑一夏君に謝罪と言う意味でもあります」
「いち……織斑の?」
千冬は一夏を見る。彼は十蔵を見ていた。無言であるがどこか気にもしていない。そう感じた。
千冬は視線を十蔵の方へと向けると、十蔵は千冬を見て、あることを言った。
「実はイギリス政府から……織斑一夏君への謝罪と言う意味で、専用機を与えたいと、連絡した来たのです」
刹那、千冬は驚きを隠せず言葉を詰まらせる。それ以上にクラスの生徒達はざわつきはじめた。
「い、イギリスからの、お詫びと言う意味での専用機……!?」
千冬は十蔵の言葉に目を見開きながら驚きを隠せない。千冬だけではない、クラス中の生徒達も驚きを隠せない。が、一夏は無言で眉をひそめていた。
しかし、一番驚いているのは千冬だけではなかった。セシリアも驚きを隠せなかった。イギリス政府が一夏に専用機を与える。それは彼女から見れば独断かつ、身勝手な行動だろう。
いや、セシリアにも原因はあるがイギリス政府は謝罪の意味でも一夏に与えるつもりであった。思惑とは一夏に専用機を与えるためでもあった。
一夏が我が国の専用機を使えば、イギリスに大きな貢献にもなり、利益にもなるからだ。イギリス政府は日本政府に何をされるのかは堪った物ではない。
が、一夏が専用機を使えば別だ。使うのは本人次第であるのだ。セシリアへの罰と言う意味でもあり、謝罪と言う意味でもあるのだ。
周りはざわつく中、セシリアは歯軋りした。屈辱的とも思えたからだ。が、自分にも原因はある。干渉はするな、すれば専用機を剥奪し、代表候補生の権利も剥奪し、財産を差し押さえると脅してきたからだ。
セシリアはそれだけは避けたかったのだ。セシリアがそんなことを考えているのをつゆ知らずに千冬は十蔵に詰め寄る。
「な、なぜですか!?」
「私の仰った通り、イギリス政府が織斑君に専用機を与えると言ってきたのですが?」
「それでは納得できません!? それに織斑には倉持技研が用意した白式があります! そんなのは返却するべきです!」
「それは無理です」
「どうしてですか!?」
千冬は困惑する。が、十蔵は眉をひそめながら理由を述べる。
「織斑先生、今朝の事件をお覚えですか?」
「今朝の……倉持技研で起きた連続殺事件ですか?」
「はい。倉持技研はそのことで警察に色々と事情聴取されています。その状態で専用機を与えられても、織斑君には苦痛でしかありません」
十蔵の言葉に千冬は瞠目した。が、十蔵の言葉には一理あった。倉持技研は連日、殺人事件でのことで色々と揉めている。それだけでなく、最近何かと黒い噂があるのだ。
賄賂等の黒があるのだ。そんな場所で造られたISを一夏が使うとは思えない。もし使うとなれば彼はつらいだろう。黒い噂があるのかもしれない所で造られたISを使っても、彼にはなんの得にもならない。
ISが悪い訳ではないが、十蔵は一夏を一人の生徒として、学園長としても守るためでもあった。つらい思いをさせたくない。一人の教師としてでもあったのだ。
十蔵はそれを述べる中、千冬は倉持技研の噂を聞いて軽く頭を抱える。そんな馬鹿な……と。千冬は知らなかったとは言え、彼女には非はない。
倉持技研の黒い噂があるのは報道で知ったのだが政府から賄賂を渡されていることまでは知らない。それは政府が規制をしたからである。
自分達は無実、そう、仕向けていた。千冬は頭を抱える中、真耶が心配そうに慰める。
「織斑先生、大丈夫ですか?」
「あっ……ああ」
千冬は真耶に心配される中、不意に視線を一夏の方へと向ける。彼は無言で十蔵を見ていた。彼の話に耳を傾けているようにも思えたが視線をそらす意味でも目を合わせないようにも感じた。
千冬は一夏を見て目を逸らす。彼につらい思いをさせてしまった。倉持技研の黒い噂を知ることはできなかった。千冬は自分を責めるが、千冬を他所に一夏が十蔵に訊ねる。
「学園長……一ついいか?」
「なんでしょうか?」
十蔵は一夏を見る。彼は眉をひそめていた。警戒している。十蔵はそう気付いた。それでも彼は一夏に聞き返したのだ。
「……そのISを使うのは俺の自由か?」
「はい。君がイギリス政府からISを使うかは自由です」
「そうか……」
一夏は不意に俯くと、腕を組む。彼は思考を走らせていた。どっちのISを使うか? イギリス政府から譲ると言う専用機を。それとも、倉持技研から造られた白式を使うか、と。
どちらも疑いようとしか言えなかったが一夏は前者に傾きつつあった。理由はセシリアを悔しい思いをさせるのと、簪を馬鹿にしたこともそうであるが倉持技研は簪のISを放り捨てたのだ。
千冬からの命とは言え、政府からの多額の援助金をもらったこともそうであるが一夏は悩んだ。いや、彼は既に決まった。イギリス政府からの思惑もあるとおもいながらも、あえてのろうと考えた。
一夏は目を閉じると、直ぐに瞼を開き、十蔵を見る。何かを決意していた。
「その目は……決まったようですね?」
十蔵は一夏の目を見て察知した。が、千冬は何かに気づいたのか驚く。刹那、一夏は口を開いた。
「……使おう……イギリス政府からの謝罪と言う意味での専用機を」
刹那、教室内は更に騒がしくなる。彼の言葉が決定的でもあった。特に一番驚いていたのはセシリアであった。
彼女は一夏の言葉に驚きを隠せないのと、イギリス政府からの裏切りを感じたのだ。それ以上に一夏の言葉がイギリス政府が彼の味方になったことに驚きと恐怖したのだ。
セシリアだけではない。千冬も一番驚いている。一夏の言葉が白式を捨てる意味でもイギリス政府からの専用機を使う。それは千冬にとって、弟との溝が更に深まるようにも感じられたのだ。
「い、一夏……」
千冬は心臓が止まりそうになるのと倒れそうになった。真耶が慌てて支えるが一夏は気にもせずに十蔵を見据えている。十蔵は一夏の言葉に何も言わなかった。
「学園長、そのISは今、どこにある?」
「……イギリスにあります」
「そうか……それよりも学園長」
「なんでしょうか?」
十蔵の言葉に一夏は眉をひそめる。何かを気にしていた。そしてそれを指摘した。
「そのISの……専用機の名は?」
一夏は専用機の名前を気にしていた。イギリス政府からのIS。どんな物かまでは判らないが名前だけは気になっていた。気にもしていないがあえて訊ねている。
一夏の言葉に十蔵は深く頷く。彼は知っていた。連絡とは言え、専用機の名は知っている。教えられたのだ。使うことを予想してでもあるが一応、イギリス政府は十蔵に教えたのだ。
そして十蔵は、そのISの名は一夏に教える。いや、一年一組の生徒と教師にも教える意味でもあった。
「ジャック……ジャック・ザ・リッパー……です」