インフィニット・デスゲーム   作:ホラー

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第61話

「簪様……ゆっくり、お休みになれ」

 

 二十分後、一夏は簪にそう言った。簪は一夏から離れているが、一夏から眼鏡を受け取ると、それをかけた。

 簪は眼鏡の位置を調整すると、不意に一夏を見上げる。彼は自分を見下ろしているが視線は自分へと向けている。無表情であるが内心、何を考えているのかは判らない。

 簪は彼を見た後、微かに頬を紅くしながら目を逸らす。一夏に対しての微かに何かの想いを抱いている。それが行動で示している。

 彼の優しさがを受け止めてしまったからだろう。同時に、彼の腕の中で泣いたことで微かに気持ちが軽くなったようにも感じた。

 簪は彼の行動に感謝しつつも、人見知りの彼女は彼に伝えることが上手くない。数週間前から知り合ったにも関わらず、彼は誰とも会話をすることは、ないに等しい。

 会話すると言えば、自分の姉や父、虚か半蔵くらいだ。簪は一夏の性格を知りつつも恥ずかしそうに指をモジモジさせる。

 そんな簪に一夏は首を傾げる素振りは見せないが眉間に皺を寄せる。一方、本音は簪を見て何かに気づくが微かに笑っていた。

 

 刹那、扉の方からノックの音が聴こえた。一夏と本音は音に反応し、扉の方を見る。

 

「織斑君、そこにいるの?」

 

 扉の向こう側から声が聞こえた。その声に簪は微かに俯くと、身体を震わせる。その声の主に対して微かに嫌悪感を露にしていた。

 

「あ……」

 

 本音は簪の様子に気づくが、哀しそうであった。しかし、本音は扉の向こう側にいる者を待たせる訳にもいかず、駆け足で扉の方へと向かうと、扉を開けた。

 

「本音……」

 

 扉の向こう側にいたのは、簪の姉であり、一夏の上司的な存在でもあり、同室のルームメートでもある楯無であった。

 彼女は本音が扉を開けたことに驚きはしなかった。逆に微笑んでいた。

 

「それと……あっ、織斑君」

 

 楯無は奥に一夏がいることに気付くと、微かに安堵した。が、直ぐに険しい表情を浮かべる。セシリアの件であるが、彼女は部屋の奥へと進む。

 

「あっ……」

 

 不意に簪に気づいた。彼女は楯無を見て目を逸らす。姉を嫌っている仕草とも思える。その原因は姉、楯無にあった。

 しかし、今はそんなことに構っている場合ではなかった。楯無は一夏に用があるのだ。楯無は一夏の前に立つと、あることを話し始める。

 

「織斑君、私、さっきオルコットさんと話しをしていたの」

「…………」

「でも、彼女は怖がっているけど、ある男を見たって騒いでいるのよ……」

 

 楯無はいぶかしげかつ不信感を抱きつつ、一夏に話しをした。楯無はさっきまで、千冬や真耶と共にセシリアに事情聴衆していた。

 が、セシリアは泣いており、思い出すだけでもつらそうであった。しかし、彼女は特徴を細かくとは言えないが大男、マスクを付けた大男であるのを何度も言いながら泣き叫んでいた。

 これには楯無は眉間に皺を寄せ、千冬と真耶は戦慄した。この学生寮に、この学園内に不審者が現れたのだ。マスクを付けた大男が、この学園にいるのだ。

 それだけでも戦慄し、生徒達に危害が及ぶ。現にセシリアは目撃者であるが、唯一と言える程の目撃者でもあるのだ。もし他の生徒達に知られたら騒ぎになり、混乱を招きかねない。

 千冬と真耶はセシリアの言葉に驚く中、楯無はその人物に心当たりはあった。恐らくジェイソンだ。彼は独断で動くとは思えず、彼女はジェイソンを飼いならしている一夏しかいないと思っていた。

 楯無はそのことを隠しつつ、セシリアの話を一夏、簪、本音に言う。

 

「オルコットちゃんは今、山田先生が見てるわ。彼女、相当ショックらしく、それ以上のことは話さないみたい」

「……それで、当主は何しに?」

 

 一夏は彼女に訊ねる。彼女がそのことを言いにくるために来たとは思えなかった。別件とも言えることを隠しているようにも思えたのだ。

 が、一夏はそのことを隠しつつもそれを逆に指摘した。一方、楯無は一夏の言葉に微かに生唾を吞む。表情は険しいが彼の言葉に微かに反応したのだ。

 その行動も彼女の反応を裏付ける行動でもあった。が、楯無は溜息を漏らすと、懐からある物を取り出す。

 扇子であった。それは閉じているが彼女がいつも常備している物であった。彼女はそれを一夏に突きつける。

 

「織斑君……貴方、何を考えているの?」

 

 楯無は一夏に訊ねる。従者の独断に怒りを覚えていた。それは彼がジェイソンを学園内に呼んだことであった。セシリアの話と、セシリアが目撃した大男のことで楯無は直ぐに気づいたのだ。

 一夏は何かを隠していることでもあるが、彼がセシリアに対して、嫌な感情をしていることには気づいている。それは本音からの報告であり、彼女は一夏がセシリアを怨むのも納得できる。

 ことの発端はセシリアであるが彼がジェイソンを呼んだ理由がそれだけとは思えなかった。楯無は一夏に対して扇子を突きつける中、一夏は微動だにしない。

 そんな二人に簪と本音は困惑している。二人の間には重苦しい空気が流れていることに気づいていた。穏やかではないことにも気づいているが会話に入ることはしない。

 邪魔することはできなかった。刹那、一夏は口を開いた。

 

「何がだ?」

 

 一夏は惚けた振りをした。しかし、楯無は静かに怒る。

 

「惚けないで。貴方は何を隠しているの? 従者としてはあるまじき行動よ?」

「……知るか」

「知るかと言ってもダメ。貴方はあの大男を使って、オルコットちゃんを怖がらせようとしたのでしょう?」

 

 楯無は一夏に対して指摘した。が、正解でもあった。一夏はジェイソンを使ったことに気づいていたのだ。もし使ったのならば問題だ。これからも学園内に彼の存在が知れ渡る。

 生徒達は怯え、教員達は警戒する。問題ともなる出来事に世界各国は黙っていない。学園に対しての苦情が来る。同時にセシリアはイギリスから厳重注意も受ける。

 日本を侮辱したことが問題視されるのと、最悪、ISを奪われかねないからだ。しかし、セシリアが悪いのは明らかであるが楯無は一夏に対して、訊ね続ける。

 

「答えて織斑君、何が目的なの? なんのためにジェイソンを呼んだの? オルコットちゃんを怖がらせるため? それとも別の目的のために彼を呼んだの? ……答えなさい!」

 

 楯無は扇子を突きつけながら一夏に怒る。一夏の目的は何か、ジェイソンを学園へと行かせたことがセシリアへの脅迫ではないかと察知していた。

 彼女は脅すつもりではない。当主として従者の勝手な行動を怒っていた。逆に彼に弁明の余地を与えるつもりもあった。セシリアの件は水に流すつもりはない。

 しかし、簪を守ってくれたことには感謝している。楯無はそう思いながらも一夏に訊ねる。

 

「織斑君……答えなさい。答えれば処分は軽くするわ……」

 

 楯無は視線を微かに簪の方へと向ける。簪は楯無の視線に気づくが不意に下唇を噛みながら目を逸らす。楯無も簪の視線に気づくが哀しそうに目を逸らす。

 刹那、視線を一夏に向けると同時に険しくする。一夏は無言で彼女を見据えていた。目的を話すつもりもないように黙秘していた。

 重苦しい空気が流れる。四人の間には会話はない。誰も止める気配はない。刹那、一夏は何かに気づき、下唇を噛む。

 

「来るな……!」

 

 一夏は微かに呟いた。それを聞いた楯無は眉間に皺を寄せる。刹那、本音は不意に視線を逸らす。

 

「ひっ!!?」

 

 本音は怯える。それを聞いた楯無と簪は本音の言葉に気づき視線を本音の方へと向ける。本音は何かに怯えていた。

 二人は本音が見ている方へと視線を動かす。

 

「ひっ!?」

「っ!?」

 

 二人は声を上げそうになる。簪は怯え、楯無は冷や汗を流す。更識姉妹と本音が見ている方向は壁の方であった。玄関の死角にもなっている。

 が、そこにいたのは、槍を手にしているジェイソンであった。彼は楯無に対して何かをしょうとしているが佇んでいた。一夏を守るためでもあった。

 しかし、一夏を守る者の使命でもあるだろう彼は槍を手にしているのも、楯無のランスに対抗するためでもあった。

 三人はジェイソンの出現に驚く中、一夏は口を開いた。

 

「当主」

 

 彼の言葉に楯無は一夏の方を見る。一夏は眉間に皺を寄せていた。楯無は一夏の言葉も気になるが、ジェイソンの行動も気にしていた。

 彼が何をするのかを警戒しつつも訊ねた。

 

「何かしら? それに理由を言う気になったの?」

 

 楯無は一夏が観念したと思った。しかし、彼は首を左右に振る。

 

「じゃあ、何を言うつもりなの?」

 

 楯無は訊ねる。彼が何かを言うのだけは判った。が、彼は違うというや否や眉間に皺を寄せる。

 

「……目的は言えない……が、これだけは言える」

 

 一夏は目を逸らす。何か疾しい事があるようにも思えた。楯無は一夏の言葉を待つ。ジェイソンの行動も気になっていた。

 簪や本音も楯無と同じ反応であった。彼が何を言うのかを待っていた。彼は何を言うのかを、気にしていた。

 一夏は未だ目を逸らし続けている。が、不意に楯無を見る意味で視線を楯無へと向けた。何かを決意している。楯無はそれに気づきながらも生唾を吞んだ。

 

「……俺は目的は言えない……が、俺はアンタや簪様を守る義務だけは忘れていない……それだけは覚えておけ」

 

 一夏はそう言った。利用するためでもあるが嘘ではない。暗部の従者としての使命でもあった。その言葉を聞いた楯無と簪は目を見開いた。本音は驚いているがジェイソンは一夏の言葉を聞いて首を傾げる。

 が、誰も一夏の言葉に反論できなかった。いや、しなかった。なぜなら、彼の言葉は更識姉妹にとって嬉しくも、驚きを隠せない物であったからだ。

 そして、彼の言葉に別の意味でも重苦しい空気が流れていた……。


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