インフィニット・デスゲーム   作:ホラー

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第52話

「「…………」」

 

 数分後、一年一組の教室内は異様な空気が流れていた。沈黙、恐怖、といった負のオーラが醸し出されていた。

 原因は、一夏と箒のやり取りだった。一夏が箒の後ろへと回り、腕を捻ったからだ。それが原因で周りは一夏に対して、畏怖の感情を抱く。

 ある者は泣きそうになり、ある者は冷や汗を流し、ある者は嫌悪を抱く。一番最後は女尊男卑主義者の者達であるが共通しているのは、一夏という青年にそれぞれの感情を抱いている事だろう。

 

「……あ、あの」

 

 そんな中、この異様な雰囲気にクラスを受け持つ教師、真耶はたじろいでいた。さっきまでとは様子が違う事に気づいていた。

 明るいと言う雰囲気ではない。暗い雰囲気である事に。

 それだけでなく、一番前の窓側の席にいる箒は何故か腕を押さえていた。

 彼女は一夏に捻られた腕の痛みがまだあったからだ。箒は腕の激痛を堪えつつも、教卓の前にある席に座っている一夏を見る。

 彼は無言で腕を組みながら瞑目していた。彼女の方を見ていないのだ。箒は一夏を見て目を逸らすと、うっすらと涙を浮かべる。

 彼は変わってしまった。転校する前に見た最後の哀しそうな彼の顔と、さっき逢ったばかりの彼は全然違う。

 あの時は優しさがあった、なのに今は微塵も感じない。箒はそう思うと強く目を閉じる。

 いつもの彼に戻ってほしい。そう願っていた。

 

「お前達、これはどうした? 何が遭った?」

 

 箒がつらそうなのに気づいていない者がいた。このクラスを受け持つ二人の教師の内で、担任をし、一夏の姉でもある千冬だった。

 千冬は真耶と共に教室へと入って来たのだが、クラスの生徒達の様子がおかしい事に気づき、訊ねていた。

 しかし、誰一人話そうとはしなかった。一夏が怖いからだろう。

 言えば一夏に何かをされる。そう思ったからだ。が、一夏はそんな事をするつもりはない。

 彼は更識家の従者であり、簪と本音が彼に護衛される兼監視者でもあるからだ。一夏が何かをすれば逐一、楯無に報告する。

 楯無からの命令でもあったが箒の腕を捻った事で報告する義務ができた。簪と本音は互いを見合わせたと、再び一夏を見る。

 後ろを向いているが行動を起こす気配はない。二人はそう気付くが危険が排除された訳でもない事に気づいていた。

 が、一時でしかないとも感じていた。また行動を起こすだろう。二人はそれを危惧していた。

 

「お前達、一体どうした? それになぜそれを言わない?」

 

 千冬は彼女らに尋ねる。が、誰も口を開こうとはせず、閉ざしていた。これには千冬も呆れると、話題を変える意味で先を進める。

 

「仕方ない。諸君、授業を始める前に、このクラスのクラス代表を決めたい」

 

 千冬は教卓の前に立つや否や、それを言った。千冬の言葉に周りは微かに驚き、一夏は無言で瞼を開くと、視線を千冬の方へと向けた。

 

「諸君、クラス代表とは、このクラスで一人決めるだけだ。まあ、強いて言うならば委員長のような物だが選ばれた者は一年間、学校の行事や会議に参加しなければならない」

 

 千冬は腕を組みながら言葉を続けた。が、千冬の言い分は正解であった。クラス代表はクラスにとってリーダー格を担う意味もあった。

 しかし、それは一年間行なうため、選ばれた者はそれを遂行しなければならないのだ。

 

「クラス代表に選ばれた者は辞退できない。それだけではない、選び方は簡単だ。諸君らが誰かを推薦すればいい。無論、自分も推す事も可能だ。誰かいいかは各自の判断で決めてくれ」

 

「はい! 私は織斑君がいいです!!」

「私も!」

 

 千冬の言葉を聞くやいなや、生徒達は一夏を推し始める。理由は簡単だ。

 彼女達は一夏に怯えているからだ。彼の箒への行動は女性にも容赦しないという印象を釘付けにしてしまったからだ。

 彼の癖でもあるがそれを知らない彼女等から見れば怖いとしか言いようがない。

 逆に彼をクラス代表に推すのは、彼がいない事を認めたかったからだ。彼がいなければ、教室は少し安心できる。

 身を守る為でもあったのだ。周りは一夏を推していく。一人、また一人と。

 そんな中、簪や本音は戸惑う。彼女達の行動が一夏を危惧しているようにも感じたからだ。

 彼が悪い訳ではないのだが、そう思えざるを得なかったからだ。

 二人は互いを見合うが、不意に教卓前の席にいる一夏を見やる。後ろ姿であるが彼は無言であった。

 彼がどう思っているのかは判らなかった。が、二人は知らないだろうが彼は眉間に皺を寄せながら歯軋りしていた。

 怒りを隠せないでいた。箒の事でもあるが悪気があってやった訳ではないのだ。

 一夏は怒りを隠しきれないでいる中、周りは一夏を推していく。自分の保身でもあるが一夏の事を気にもしていない。

 

「……織斑さん」

「オリム〜……」

 

 簪と本音は一夏を見て不憫に感じた。これでは彼がかわいそうだと思ってしまったのだ。

 周りは一夏の事を知らないだけであるが、二人から見ればつらいとしか言えなかった。

 二人は一夏の事を呼ぶが、周りの騒音にかき消される意味で彼の耳に届いていなかった。

 

「お待ちください!!」

 

 刹那、一人の少女の叫び声が教室内に木霊する。その声に周りは声を止め、声がした方を見やる。

 一夏は肩越しで見るが、その声を上げた少女は立ち上がると、こう叫んだ。

 

「クラス代表は私が相応しいですわ!! それに素人当然の、それも男にクラス代表をやらせるのは、侮辱でしかありませんわ!」

 

 少女はヒステリックに近い口調で言葉を述べた。彼女は白人であった。

 腰まである美しいブロンドに青いカチューシャを付け、青い瞳が特徴的な少女であった。

 しかし、少女は怒っていた。彼女は暮らす代表になりたいのと同時に、一夏にクラス代表をやらせたくなかったのだ。

 

「……あいつは、セシリア・オルコットか?」

 

 一夏は彼女を知っていた。しかし、彼女の名を知っていたのは自己紹介でもあった。

 それだけではない、彼女の言葉は男性を拒絶しているようにも思えたからだ。

 恐らく彼女は女尊男卑主義者。一夏はそう気付いたのだ。

 この時世、ISのおかげで男は弱い。女は強いというイメージが付着していた。

 その所為であるが一夏は無言で彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

「そもそもなんですの!? そんな男にクラス代表をやらせるのは、この上ない馬鹿げた事ですわ! それだけではありません! 私は勉強しに来たのですわよ!? 故国、イギリスから、こんな極東の地にまで来たのに、おかしいですわ!」

 

 彼女、セシリアは一夏を否定する事を言った。それだけではない、日本も侮辱するような発言をしているのだ。

 これには周りは、特に日本人である彼女達から見れば不愉快な気分に襲われた。

 誰だって自分の故国を馬鹿にされたらいい気分ではない。それにイギリスは日本とは同じくらいか、それ以上に小さい国だ。

 紳士の国と言うイメージがあるのに、彼女のせいで崩壊しているようにも感じたのだ。

 周りはセシリアに対していやな気分に覆われる。一夏よりもタチの悪い少女と認識してしまう。

 周りはセシリアの否定的な言葉に、誰もがつらそうになる中、一夏は彼女を肩越しで見て、ある事を思い浮かべた。

 懲らしめる意味でもあるが、恐らく言わなくても彼はやるだろうと思った。一夏は不意に前を向き、と軽く瞑目した。

 彼はセシリアの相手をする訳でもなかった。喧嘩を売っても更にヒートアップするだろうし、しなくても彼女は孤立するだろうと感じた。

 

「だいたいなんですの!? そんな男にクラス代表は馬鹿げていますわ!」

 

 セシリアは一夏を指差す。その行為はしてはいけない事であるが、セシリアは気にもせずに言葉を続ける。

 

「そんな暗そうな男にクラス代表をやってほしくはありません! もしもやるのならば、私が貴方を倒しますわ! 倒して、私の前にひれ伏せさせますわ!」

 

 セシリアはそういい放った。彼を、男は奴隷として服従させるつもりであった。こき使うつもりであった。一夏はセシリアの言葉に何も言わなかった。

 周りはセシリアの言葉に更に不快な気分に襲われ、顔を引き攣らす。

 

「貴方に織斑さんの何が解るの……!!」

 

 そんな中、一人の少女がつらそうに叫んだ。周りは声に反応し、セシリアは眉間に皺を寄せながら声がした方を見る。

 そして、一夏は瞼を開き、声がした方を肩越しで見た。声を上げたのは、簪であった。

 簪は怒りを隠せないでいた。セシリアは簪を見て不愉快そうに「なんですって?」と聞き返すが、簪はつらそうに立ち上がると、はずかしながらも彼女にこう言い放った。

 

「貴方に織斑さんを知ってる訳でもないのに……織斑さんを馬鹿にしないで……!!」




 次回の月曜日の投稿はお休み致します、次回は火曜日からの投稿です。

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