インフィニット・デスゲーム   作:ホラー

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第45話

「謝れ……謝れ!」

 

 一夏はそう言いながら楯無の胸ぐらを強く掴む。彼女は胸ぐらを掴まれてかすかに声を上げるがランスを落としてしまう。

 ランスは音を立てて転げ落ちるが、一夏は楯無に対して胸ぐらを掴んだまま、言葉を続けた。

 

「お前にコイツの何が解る!? コイツはお前が思う程の奴ではない……!」

 

 一夏は楯無の胸ぐらを掴みながら淡々と言葉を述べる。怒りがわき上がってくるがジェイソンを侮辱した楯無に対してだろう。

 彼女はジェイソンの境遇を知らない。元々知らない方であるが知ったら知ったでどう思うのかは彼女次第だろう。

 しかし、今は楯無には怒りしかない。側近の身でありながらも当主に盾突いているのだ。立場がどうであれ、一夏は怒りを露にしている。

 

「謝れ……コイツに謝れ! 貴様がコイツをとやかく言う資格はない!!」

 

 一夏は楯無に対して、怒りを吐き出す。いつも冷静な彼が感情を出すのは珍しかった。彼は笑うどころか泣く所さえも見た事がない。

 しかし今は、楯無への憤りを感じていた。彼が悪いのもそうであるが、楯無はジェイソンの事を知らないのも原因だろう。

 一夏の言葉に楯無は何も言えなくなる。彼の怒りはそこら辺の怒りとは違う。そう感じていたのだ。

 そんな二人に周りは困惑する。簪と本音は泣きそうになり、虚と美和は戸惑い、従者達は動けないでいるのと怒りを隠しきれないでいた。

 

「い、一夏君! 止めなさい!」

 

 そんな中、源次が二人の間に割って入る。彼は二人を引き剥がすと楯無を背中に隠しながら、一夏と向き合う。源次の表情は怒りに満ちていた。

 同時に哀しみさえも隠れている。一夏への怒りはありながらも彼がジェイソンを信頼している事が窺えた事に気づき、哀しみは自分の娘がジェイソンを馬鹿にした事でつらい思いをしている事への同情でもあった。

 源次は一夏と向き合うが、一夏は無言で源次を睨む。視線を自分よりも一回り大きい源次へと向けているが怒りは消えていない。

 二人は互いの相手と向き合うが、源次の背中から楯無が顔を出す。彼女は困惑していた。一夏の怒りにたじろいだのだ。

 当主である自分よりも、当主らしいと感じてしまったのだ。彼が楯無ならば……一瞬だけそう思ってしまったのだ。

 

「一夏君、君の気持ちは解る。娘は化物を馬鹿にしたから、娘にも責任がある」

 

 源次は口を開き、彼に訊ねた。一夏は無言であるが源次は言葉を続ける。

 

「……だが、その化物は簪と本音ちゃんを怖がらせた。紛れもない事実だ」

「…………」

「その化物が何故、二人の部屋に居たのかは私にも解らない。だが、これだけは言わせてくれ」

 

 源次は瞑目すると、直ぐに瞼を開き、彼を見据える。

 

「一夏君、これは私からの命令だ。彼には首輪を付けてくれ。この屋敷をウロウロしないように言い聞かせてくれ」

「どういうことだ?」

「私も化物を信じている訳ではない。今の私は娘達を思い、家族を守る父親としての願いだ」

 

 源次は一夏に言い放った。彼はジェイソンを飼いならしている一夏にお願いしていた。彼ならばジェイソンは言う事を聞くだろう。

 しかし、彼の行動は簪達を怯えさせているとしか思えなかった。彼は簪に何をしたかったのかは解らなかった。

 それでも、源次はジェイソンを信用してはいない。完全ではないが彼は一夏よりもタチが悪いと思っていたからだ。

 暗部に置く事には躊躇はなかったが危惧さえも感じていたからだ。

 源次は一夏を見据える。視線は一夏を捉えている。逃がさないと言う意味にも近かったが切願でもあった。

 

「……チッ」

 

 一夏は源次の視線に舌打ちすると、ジェイソンを見る。ジェイソンは一夏を見ているが一夏は再び源次を見据える。未だ目を逸らす気配はない。

 一夏は源次の様子に気づくと、深く頷いた。

 

「……すまない、私の勝手なお願いでもあるが、娘達や従者達が心配なのだ……」

「…………」

「今の更識家は数週間前の事で多くの従者を喪っている。今は活動さえも難しつつある。今は次世代の者達の育成に注がなければならないのだ」

「それが何故ジェイソンと関係する? 理由にはならないだろうが?」

「関係なくはない……その化物は暗部にとっては危険かもしれない……しかし」

 

 源次は視線をジェイソンに向ける。ジェイソンは源次の視線に気づくが、源次は直ぐに彼を見た。

 

「君は違う、君には暗部としての力量を持っている。彼を手なずけるくらいは容易いだろう?」

「……まあな」

 

 一夏は目を逸らす。不意に楯無と目が合う。彼女は一夏を見て驚くと、直ぐに目を逸らした。

 一夏への怒りはある訳ではないが、ジェイソンを疎ましく思っているからだ。

 一夏は楯無を見て呆れるが視線を源次に向ける。源次は何も言わなかったが不意に一夏に訊ねる。

 

「一夏君、出来る事なら彼を説得してくれ。暗部の仕事以外、出て来なくていいと」

「…………アンタもジェイソンを疎ましく思っているのか?」

「そう言っている訳ではない、更識家の事を思うが故だ……君もそうだろ?」

「なんだと?」

 

 源次の言葉に一夏は眉間に皺を寄せる。彼の言葉に違和感を覚えたのだ。

 自分が更識家に何をした? 暗部の仕事をしている以外、何もしておらず、感謝される覚えもなかった。

 

「一夏君、君は何故、あの時、したのだ?」

「何がだ? それにあの時とはどういう事だ?」

 

 一夏は何かは解らなかった。自分は何をしたのかを覚えていない。一夏は少し思考を走らせる。しかし、どう考えても、答えは出なかった。

 

「惚けなくてもいい……私の娘と半蔵を助けた事だ?」

「? ……それがなんだ?」

 

 一夏は警戒する。しかし、源次は言葉を続けた。

 

「では何故あの時、楯無と半蔵を助けた?」

「知らないな」

「そうか……では話題を変えるが、あの時、私は君を暗部に入れたい事を覚えているか?」

「それが覚えている。だからそれがどうした?」

「それに……私の言った事を覚えているか?」

 

 源次は一夏に訊ねる。彼は何も解らなかった。源次が言った事を忘れていた。否、彼はその事を否定したからだ。

 源次の言った事等、単なる妄言を吐いたとしか思えなかったのだ。一夏は思考を走らせる。刹那、源次が答えた。

 

「あの時も言ったけど、君には微かに優しさが残っている、という事を」

「……はっ?」

 

 源次の言葉に一夏は惚ける。戸惑いはなかった。彼が何を言っているのかを理解出来なかった。そんな一夏に源次は言葉を続ける。

 

「一夏君、私は信じているんだ……君は誰よりも優しく、誰よりも強い……君は娘や半蔵を助けたのは君自身の優しさが残っていると感じていた」

「……単なる妄言は止めろ……聞くだけでも吐き気がする」

「なっ!? お、織斑君、なんて事を言うのよ!?」

 

 一夏の言葉に楯無は怒ると、彼に詰め寄ろうとした。しかし、源次が楯無を制止する。

 

「止すんだ刀奈!」

「でもお父さん! 彼はお父さんを馬鹿にしたのよ!? それでもいいの!?」

 

 楯無は怒りながら源次に指摘した。父親を馬鹿にされた事が許さないのだろう。それでも、源次は答えた。

 

「それでもいい、だが今は彼と一対一の話をしているのだ。部外者のお前が横槍を入れるんじゃない」

「でも……!」

「刀奈!!!」

 

 楯無が何かを言い掛けようとした。それを聞いた楯無はビクッとし、簪や本音、虚や美和、従者達は身体を震わす。彼の怒号が周りに影響を与えていた。

 前当主としての威厳は失われてはいなかった。源次は娘に対して怒っているのは勝手に割り込もうとしたからだろう。

 楯無は源次を恐る恐る見るが源次は哀しそうであった。娘に怒った事に罪悪感を感じている訳ではない。楯無に話を逸らされる危険があったからだ。

 

「刀奈、私は今、一夏君と話をしているのだ。話に割り込んではいけない」

「……ごめん、なさい」

 

 楯無は素直に応じた。父親の言い分が正しいと思ったのだろう。彼女は静かに後退りする、不意に彼を、一夏を見た。

 一夏も自分を見ていた。その瞳には呆れが籠っている。楯無はそれに気づきながらも不意に目を逸らし、項垂れた。

 

「……すまない、娘が出過ぎた真似をした……」

「……気にもしない。それよりもアンタに言いたい事がある」

 

 一夏は源次を見た。源次は一夏の言葉に「なんだい?」と聞き返すが一夏は答えた。

 

「俺は娘やそこの奴等の父親を助けたのは、俺の気まぐれだ」

「なっ!?」

「「「「!?」」」

 

 一夏の言葉に周りは驚く。それでも、一夏は言葉を続けながら腕を組む。

 

「俺は二人を助けたのは俺の気まぐれだ……俺にはソイツらを助ける義理はない……ましてや、見捨てる事も出来た……」

「では、何故助けたんだ?」

 

 源次は彼に訊ねる。が、一夏は目を逸らす。

 

「何故だったのか、俺にも、判らない……」

 

 一夏はそうはっきりと言った。自分でも判らないのだ。どうしてかも、判らなかったのだ。どんなに考えても、思考を走らせても、判断出来なかった。

 しかし、それもその筈だった。彼は二人を単に助けたのではない。彼等を助けたのは無意識でもあった。

 それも、彼には自分でも気づかないうちに微かに情が残っていたからであった……。

 彼がそれに気づくのは、彼自身も判らないだろう……。

 


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