インフィニット・デスゲーム 作:ホラー
「…………」
あれから数時間後、否、既に翌日は過ぎていた。しかし、朝にも関わらず大雨であった。洗濯物は愚か、出勤する者達にはつらく、傘を差すのも億劫であり、邪魔としか思えないだろう。
そしてここは更識家の楯無の部屋。その部屋には教科書やIS関連の本が収められている本棚に机やイスは置かれていた。
そして、部屋の奥にはベッドが置かれていたがベッドの上には一人の少女が寝ていた。言わずとも楯無であるが彼女は静かに寝ていた。
その寝顔は何処か哀しそうであるが不意に瞼が微かに動く。刹那、彼女はゆっくりと目を開いた。
「……あっ……」
楯無はゆっくりと起き上がると、目を擦る。一時の眠気を消す意味でもあるが不意に壁に掛けられている時計を見る。七時前であった、それも数時間も寝ていたのだ。
楯無は時計を見た後、哀しそうに項垂れる。昨晩の事を思い出していた。それは一夏がジェイソンに連れ去られた事である。最初は一夏を連れて行かせまいと抵抗した。
が、従者の一人がジェイソンのホッケーマスクを……楯無はある事を思い浮かべ、顔を引き攣らす。彼女はあの大男、ジェイソンの素顔を思い出してしまったのだ。
酷く焼け爛れた様な形相にミイラのように腐敗した肌。それだけでなく数人掛りで一夏を引き剥がそうとしたにも関わらず、後ろから攻撃されているにも関わらず、彼はピンピンとしており、一夏を引き摺り出そうと力を入れ続けていた。
あの力は尋常ではない。それにあの醜い素顔は最早、化物としか言えなかった。一夏は化物に連れ去られてしまったのだ。
その後が大変だった。千冬は我を忘れるように暴れ、従者達が数人掛りで取り押さえるが半蔵が彼女の首筋に手刀を落とし、気を失わせた。
そして、源次は娘の自分や妹の簪、半蔵の娘達である布仏姉妹にはもう遅いから寝なさいと言ったのだ。簪や布仏姉妹は納得したが楯無は納得出来ないでいた。
反論はしたかったがそれさえも出来なかった。何故なら一夏を助けられなかった事で悔いていたのだ。楯無は源次に言われ何も言わず頷いたが簪は美和と寝る事となり、布仏姉妹は互いを寄せ合うように寝たのだ。
自分も寝ようとしたのだがさっきの事で寝られかった。寝たのは恐らく遅い時間なのだろう。楯無はそう思いながらも目に下唇を噛みながら悔しそうに顔を歪ませる。
助けられなかった……彼、一夏を。彼に手を伸ばしても彼は伸ばそうとはしなかった。あの時の自分を見る彼の表情は何も感じられなかった。
楯無にはあの顔は忘れる事は出来ない。彼は自分に対して軽蔑している。自分は一夏を保護すると言う役目があるがそれは未だ果たしていない。
彼を安心させる為なのに、彼の身の安全を保証する為なのに、彼を守れなかった。暗部の当主としての役目なのにそれを果たせなかった。
楯無は後悔した。が、彼が生きているか殺されているのかも判断出来ない。出来る事なら生きていてほしい、そう願った。
「……織斑君、絶対に生きていて……」
楯無はそう言うと着替える為に、ベッドから降りた。
「……む、村木まで……が」
ここは源次の部屋。源次の部屋では源次と半蔵が何かを話していた。その内容は従者の死であった。それは一時間前の事であるが他の従者からの連絡で知った。村木はビルの上から転落したのだ。
身体はぐちゃぐちゃになり、臓器は生卵のように割れ、散乱しており、骨も粉々に砕け散っていた。誰もが目を背けたくなり、吐き気を催す。
しかし、従者は、これで五人目であった。伊藤の死は昨晩知ったが昨日の今日で五人死んだのだ。それは手痛い事であり、嘆き哀しい。
彼等は更識の従者として、暗部の従者としても働いてくれた。死んだとなれば哀しいが、五人を喪うのは想定外であり、つらい。
源次は目元を押さえる。泣きそうであった。従者達は謎の死を告げたのだ。殺されたと言う方が正しいが犯人の目星はつかない。それ以上に問題なのは、一夏の件である。
「それよりも、問題なのは織斑君の事です」
「……そうですね、村木には悪いが今は織斑君の居所を掴むのが先ですね……」
「うむ……だがあれは一体、なんだったのか……」
源次は少し戸惑い、半蔵は首を左右に振る。二人が悩んでいるのは一夏の事であった。彼は連れて行かれたのだ、ジェイソン――否、ホッケーマスクを着けた大男に。
あれは突然の事であり、更には一夏を連れて行かれたのだ。それも、風のように消えたのだ。あれでは何処を捜しても見つからず、数時間も経ってしまった。
村木の死は元より、一夏の事も気がかりであった。源次と半蔵はジェイソンの事で悩む中、半蔵は何かに気付く。
「そういえば源次様、一つに気なる事があるのですか……」
「何だ? 気になる事とは?」
源次は半蔵に訊ねると、半蔵は静かに頷き、静かに語る。それは最近起きている殺人事件。それは全て殺され方は別々であるが殺された者達は皆、殺人を犯した者が大半の犯罪者ばかりであった。
半蔵はその事と従者達の死が似ている事に不信感を抱いたのだ。もしかしたら彼等や従者達を殺したのは恐らく……。
「も、もしかしてですけど……奴等や従者達をやったのは、あの大男ではないでしょうか?」
「あ、あの大男が!?」
半蔵は源次に対し訊ね、源次は驚きを隠せない。半蔵は他の殺人者達や従者達をやったのはジェイソンではないかと疑っていた。
理由は幾つもあるが大抵は力による捻って殺したり、身体に風穴を開ける等が大半であった。凶器はある物の鋭い刃物が原因でもあった。
殺人者達は兎も角、従者達は同じ様な手口で殺されているのだ。ジェイソンがやった……そう思っていた。
「憶測ではありません。私はあの大男がやったと睨んでいます」
「そうか…………しかし、判らないのは何故、織斑君を連れて行ったのかだ」
「……そうですね」
源次と半蔵は思考を走らせる。彼等はジェイソンの行動に疑問を抱いていた。彼が何故、犯罪者達や従者達を殺し、一夏を連れて行ったのかを疑っていた。
彼は男性操縦者である以前に怨みを買われる様な事は
ない訳ではないが二人は考える。ジェイソンの目的と、一夏とはどういう関係なのか?
二人はその事で考えるが不意に襖の方から声がした。
「お父さん、半蔵さん、おはようございます、楯無です」
襖の方からの声は楯無であった。源次はその声に気付くと訊き返した。
「刀奈か? おはよう。どうした?」
「部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「……構わん、入りないさい」
源次がそう言うと、襖が開く。其処にいたのは楯無であるが彼女の表情は暗い。おそらく一夏の件だろう。
「おはようございます」
「おはよう、刀奈……よく寝れたかい?」
源次は優しく問い掛けるが楯無は首を左右に振る。
「そうか……それよりも朝食は?」
「……いえ、まだ摂っていません」
「では何故? ……」
源次は何かに気付き、哀しそうに訊ねる。
「まだつらいのか?」
「……はい、つらいです」
「……来なさい」
源次がそう言うと、楯無は頷く。楯無は部屋に足を踏み入れ、後ろ手で襖を閉めると源次の隣に座る。
楯無は源次を見ているが何処か哀しい。一夏の事であるが、楯無は項垂れた。
「……刀奈……」
源次は楯無の頭に手を置と、撫でた。彼は父として娘を心配していた。娘が落ち込んでいるのだ。前当主と当主としてではなく、親子として心配しているのだ。
一方、楯無は源次に頭を撫でられながらも安心していない。一夏を心配しているからだ。それだけでなく、あの大男の、ジェイソンの存在が彼女を脅かしているのだろう。
楯無はその何方かで悩む一方、源次は楯無を見てやるせない思いを隠しきれないでいた。彼女は娘であるが楯無である。それは源次にとって父として、娘を心配しているが今はこれしか出来なかった。
出来る事なら抱き締めてやりたいがそれは一時の行動でしか過ぎない。源次はそれに気付きながらも自分の無力さに下唇を噛み締める。
そして、半蔵は二人を見て何も言えず、目を逸らす。自分は他人であるが部下の立場である。同時に布仏姉妹の父であるが自分もまた、娘達が不安になっているのに何も出来ないでいる。
従者達が死んでいるのにも何も出来ないでいる。半蔵はそう思うと身体を震わせる。そして室内は不穏な空気に包まれていた。
楯無と源次、半蔵は其々自分の無力さに噛み締めていた。楯無は一夏を想い、暗部の人間としてでもあるが娘達を思う父として、心配していた。
三人は其々悩む中、襖の方からバタバタとした音が聴こえる。源次と半蔵は音に気付くが襖が開き、一人の女性が部屋になだれ込む。
「み、美川!?」
「どうした美川!?」
源次と半蔵は驚き、楯無はゆっくりと顔を上げるが美川は肩で息をしながら何かをいっていた。
「み、見つかった……」
「なっ!?」
美川の言葉に源次達は驚くが美川は言葉を続けた。
「み、見つかりました! お、織斑君が、見つかりました!!」