インフィニット・デスゲーム   作:ホラー

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第24話

「……一夏」

 

 その頃、ここは更識家の客間。そこにはテーブルしかなかったが一人の女性がいた。一夏の姉、織斑千冬である。彼女は今、更識の従者、美川により、客間に案内された。

 本来なら追い出される立場であるが美和の判断により、一夏の姉として様子を観に来たと言う事で招き入れられたのだ。

 テーブルの上には、千冬の近くには熱いお茶が注がれた湯呑みが置かれていが千冬は手をつけていない。彼女は弟に逢いたいという気持ちの方が強かった。

 緊張はあるが彼女は彼に逢えるのならばどんな事もするつもりであった。千冬は哀しそうに弟の名を呟く。刹那、襖が開き、千冬が視線を襖の方へとやる。千冬は瞠目した。

 襖を開け、客間に足を踏み入れたのは源次、楯無、そして一夏であった。千冬は更識家の二人は兎も角、一夏を見て涙を流しそうになった。

 しかし、一夏は千冬を軽蔑な眼差しを向けていた。彼女を憎んでいる彼自身の気持ちの表れでもあるが彼は最初、美和の言葉に驚いていたが直ぐに「断る」と言っていた。

 だが、源次が一夏を説得していた。姉が自分を思ってきたのだ、何故逢わないのかと。一夏は源次と軽く言い合っていたが最終的には一夏は折れた。否、彼は逢えば早く終わり、面倒くさい事はしなくて済むと片付けたのだ。 

 彼は千冬を憎んでおり、何を言っても無駄だろう。しかし、彼は千冬を拒絶するつもりでいた。楯無と源次は彼が千冬に何かをしないと言う意味で同行しているが口出ししないと言う約束をしてくれた。

 姉弟の話には干渉しないと言う意味で、だ。一夏は千冬と向かい合うように目の前に座る。間にはテーブルはあるが左右の少し後ろには楯無と源次が正座して事のやり取りを見守る。

 しかし、二人の間には会話はない。時間だけが過ぎ、沈黙だけが流れる。

 

「……一夏、元気か?」

 

 千冬が口を開き、訊ねる。つらいと言う訳ではない。彼女は弟を心配する意味で訊いたのだ。しかし、一夏は無言であった。

 

「実はお前に教えたい事があるのだ、実はお前はこの春、IS学園に入学する事が会議で決まった」

 

 千冬は一夏にIS学園へと入学する事を教えた。実はこれは十蔵や他の教師達と共に会議で決めた事であった。IS学園なら他国からの干渉はない。その為であった。

 同時に千冬は毎日、一夏に逢え、弟との過ごす時間が再び来た事に喜びを隠せなかった。教師としてはあるまじき事であるが、千冬は姉としてでもあるが教師としても彼に言葉を述べる。

 

「お前の入学手続きは此方で済ませとく。それからお前にはIS学園へ入学する為の試験も受けてもらう。試験と言っても筆記試験と実務試験だがお前はそれまでの間、勉強しといてくれ」

「…………」

「そ、それにそれまでの間であるがお前はここで過ごしてくれ……その後は、IS学編を入学した後、休みの日とかは、外出届けを出す時の間はその私と……私と」

 

 千冬は突然、口ごもる。何処かよそよそしいが一夏は直ぐに気付いていた。しかし、彼は千冬の言葉を待つ意味で何も言わなかった。

 すると、千冬は何かを決意したように彼を見る。

 

「一夏……その時は再び一緒に暮らそう、私と」

 

 千冬はそう言った。これには一夏は驚かないが眉間に皺を寄せる。しかし、千冬は一夏に対し、言葉を続けた。

 

「私が来たのもそれが理由だ。IS学園の入学もそうだが、私の本心は一夏、お前と再び一緒に暮らしたい……!」

 

 千冬は少し下がると、頭を下げる。

 

「私はお前に許されぬ事をした! それだけは解ってる! だが私はお前とヨリを戻したい! だから私の元に戻ってきてくれ! 私にチャンスをくれ!」

 

 千冬は頭を下げながら言葉を続けた。千冬の一夏を求める言葉とも見て取れるが姉として、弟と和解したい気持ちをも表していた。

 しかし、それは一時のいい訳にしか聞こえない……一夏から見ればであった。千冬を見る彼の瞳には軽蔑が見え、眉間に皺を寄せている。

 一夏なりの怒りでもあり、何を今更? としか思えなかった。一夏は千冬の説得に対し拒絶する。

 

「断る」

 

 一夏の言葉に千冬は瞠目し顔を上げる。彼は、一夏は怒っていた。そうであるが彼は言葉を続ける。

 

「断る。貴様がどういおうが俺は貴様の元には戻らない。俺は俺自身が決めた帰る場所へと帰る以外、何処にも帰る気はない」

 

 一夏の言葉に千冬は「っ!?」と言葉を詰まらせた。彼の弟の言葉には決意が孕まれていた。その帰り場所は千冬には判らないだろうが、一夏はジェイソンと一緒にいる家にしか帰る場所はなかった。

 誰が何て言おうと彼は自分がいた家にも、この更識家も帰る場所とは認識していない。否、認めていなかった。デスーゲームを制するまでの間だが今は一夏にとって、唯一の拠り所であった。

 一夏の言葉に千冬はテーブルを叩く。お茶の注がれた湯呑みが横に倒れ、お茶が零れた。しかし、千冬は気にもせず、一夏に。

 

「そ、それは違う! それに帰る場所はお前が決めた場所ではない! お前が帰るべき場所は私達の家だ!」

 

 千冬は一夏に反論した。彼女は認めるつもりはなかった。否、弟に対しての罪を償う意味でもあった。出来る事なら再び一緒に暮らしたい。

 姉としての純粋な願いであった。しかし、一夏は反論する意味で口を開く。

 

「断る。貴様は俺の事等、どうも感じていないように思えるからな」

「違う! 私はお前とヨリを戻したいのだ! それに更識家に来たのもそれを言う為だ!」

 

 千冬は頭を下げる。

 

「頼む、私の元へ戻ってきてくれ! これからお前の話もちゃんと聞く! だから」

「だからそれで俺が戻ってくるというのか?」

 

 千冬が言い終わる前に一夏は冷たく言い放つ。刹那、千冬は言葉を詰まらせる。彼の一言が氷のように冷たい。殺気の怒りとは違う……拒絶が孕まれていた。

 千冬は身体を震わせながら全身に冷や汗が流れるのを感じた。恐怖……彼女は心を支配されていた。弟を喪った恐怖よりも、彼に拒絶された事の方が強かった。

 そのせいか汗は止まらず、再び弟を喪うという恐怖がち冬を襲う。千冬はそう感じながら恐る恐る顔を上げる。

 

「うっ……!?」

 

 千冬は戦慄した。目の前にいて、テーブルの向こう側にいる弟、一夏の視線に戦慄していた。彼の自分を見る眼は酷く濁っていた。彼女への同情は微塵も感じられず、ただただ無言で見ていた。

 同時に負のオーラを醸し出している。拒絶と怒り、冷酷さを表している。あの頃の自分が知ってる弟、織斑一夏ではない。

 今の彼は身内ではなく、他人当然の弟、織斑一夏であった。千冬は一夏を見て何かを言いたかったが一夏は無言で頷くと静かに立ち上がる。

 

 楯無が「織斑君?」と呼ぶが源次は彼を見て何も言わなかった。刹那、一夏は口を開く。

 

「二度と来るな……更識の奴等に迷惑だ」

 

 一夏は千冬にそう言った。拒絶であるが後者は更識家の為ではない。彼は自分の秘密を

更識家に教えるつもりはないが、今は単に隠れ家として利用していた。

 しかし、一夏の言葉に千冬は「あ……あ、ああ!」と言葉を出せないでいた。弟からの拒絶が何よりも彼女の心に暗い影を落としていた。

 千冬は何かを言いたいのを遮り、それを拒むように一夏は踵を返し、襖を開け、客間を出ていった。楯無は「織斑君!?」と言いながら立ち上がり、彼の後を追い掛ける。

 しかし、楯無は何故か立ち止まる。彼は後ろに立たれる事を嫌い、攻撃してくるのだ。楯無はそれに気付きながらも下唇を噛む。

 

「お前は彼の傍にいなさい」

 

 刹那、源次が楯無にそう言う。これには楯無は驚くが源次を見る。源次は眉間に皺を寄せていたが深く頷く。

 彼をお前に任せる。そう伝えていた。楯無は父の言いたい事を理解したが彼女は深く頷くと一夏の後を追い掛けるように客間を出た。

 客間には源次と千冬しかいないが源次は千冬を見る。千冬は俯いているが眼には涙を浮かべていた。彼の言葉が何よりも千冬にはつらかったのだろう。

 そんな千冬に源次は溜め息を吐くと、眉間に皺を寄せながら口を開く。

 

「織斑先生、他人の私が言うのもなんですが、今の貴女では、今の彼が貴女を許せる筈はありません」

「……私は、私は只……」

「貴女と彼に何が遭ったのかは判りません。ですがこれだけは言っときます。時間はたっぷりあります」

 

 源次の言葉に千冬は力なく顔を上げる。源次は眉間に皺を寄せていたが瞳は哀しい。それでも源次は言葉を続ける。

 

「貴女が彼に何をしたのかは私達には判りません。ですが和解出来ないと言う事で諦めるのは考えないで下さい。諦めた時点で彼の心は一生氷解しません。彼の姉は織斑先生、貴女しかいないのです」

「あ……ああ……!」

 

 千冬は源次の言葉を聞いて嗚咽を上げる。源次の言葉には怒りではなく慈悲が含まれていた。それは前当主であり、前楯無としてではない。

 彼は楯無と簪の父、更識源次として彼女に言っていた。子を思う親や兄弟としての事を千冬に言っていた。諦めるな、そう言っていたのだ。

 これには千冬も嗚咽を上げる。彼の優しさに少し気が楽になり、励まされているようにも感じたのだ。千冬は源次の言葉に感謝していたがそれをうまく言えず、嗚咽を上げ続けていた。

 そんな千冬に源次は何も言わず、千冬が泣き止むまで何もしなかった。慰めるよりも見守る事を選んだのだ。千冬から見れば源次の気遣いは嬉しいだろう。

 だが、千冬は嗚咽を上げ続けていた。そして、千冬が泣き止むまで、室内に千冬の嗚咽が木霊し続けていた……。


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