インフィニット・デスゲーム   作:ホラー

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第139話

「お、織斑君、い、今……っ」

 

 楯無は一夏の言葉に愕然としていた。彼は自分に対し、気遣っている事を言ったのだ。しかし、後からの言葉は単に彼の呆れでもあった。彼は無駄な時間を使いたくないからだった。

 彼女はそれに気づきながらも少し悔しそうに俯く。が、一夏は言葉を続ける。

 

「俺はお前が何を言おうが、俺に対して、どう印象があるかは知らない。だが、俺はお前と触れ合う時間は愚か、それを有効な物とは思えない」

「…………」

「お前が俺に干渉して来ようが俺はお前に干渉するつもりはない。立場は従者……否、もう、お前に仕える義務も無い」

 

 一夏は言葉を続ける。それは彼自身、楯無との会話を避けたいようにも思えた。自分は誰とも干渉し、接する訳でもない。ジェイソンならまだしも、レクター博士を微かに怪しんでいるが信用した訳でもない。

 更には千冬、箒、束、鈴等の身内や顔馴染みにも冷たくあしらっている。更識姉妹や布仏姉妹、更識家の面々も例外ではないが一夏は独りで戦おうとしていた。

 ジェイソンはいざという時であり、あまり使わない。が、一夏は今、イライラしていた。楯無に対してでもあるが他のプレイヤー達が強大な力を手にしている事にだ。

 一也と一彦の二人がISを手に入れている。対等に渡り合える位の力を手に入れている。自分もISを持っているが右腕が無い今、不利だ。一夏は思考を走らせるがそれ以上に疑問を抱いている事があった。

 ドイツで出逢った全身包帯姿かつ、縫い合わされた布を被っている大男の存在。あれは何者で何の為に自分に接してきたのかを。彼はその事で色々と悩んでいる。

 手に追えない事が山積みだ。一夏はその事で苛立っている。楯無が何かを言い掛けている間、そんな事を考えていたからだ。一夏は色んな事を考えている中、楯無が呟いた。

 

「出来ない……」

 

 楯無の言葉に一夏は聞き逃さなかった。彼は思考を走らせるのを一旦止めると、彼女を見る。楯無は項垂れていたが途切れ途切れでも言葉を続ける

 

「私には、出来ない……いいえ、私達は貴方を見捨てる事が、出来ない……」

「……何だと?」

 

 楯無の言葉に一夏は眉を顰める。しかし、楯無は顔を上げ、彼を見つめる。辛そうであるが彼を心配しているが故の証拠。同時に彼女はもう、楯無としてではなく、刀奈の顔をしていた。

 一方で一夏は楯無の言葉に再び不信感を抱き始める。この女は一体何を考えているのか、と。すると、彼女は未だ言葉を続ける。

 

「私達は、貴方を見捨てる事は、しない……それに……」

 

 楯無は言葉を詰まらせる。が、何とか先を続ける為に頷く。もう逃げない、自分がすべき事はただ一つ、あれだけだ。

 

「私達は……何時でも、貴方の味方……よ」

 

 楯無はそう言った。否、言い切ったのだ。自分と、簪が思う事を自分が代わりに言った。が、一夏は何も言わずに眉を顰め続けていた。変に思っているのだろう。

 それでも楯無は言葉を続ける。

 

「貴方がどう思おうが……私達は貴方を見捨てない……それに、貴方は私達にとって、大切な人……」

「……俺はお前等を信用している訳ではない……ましてや、俺はお前達を利用している」

「……それでも良い……でも、貴方が私達を信じなくても……っ……私達は……」

 

 楯無は目尻に涙を浮かべると、言った。 

 

「織斑君……私達は,貴方を信じているわ……いえ、信じたい……!」

「…………」

「今まで私は貴方を信じていなかった! いえ、貴方の行動を咎めていた! 貴方は何をしていたのかを訊いていた! それなのに貴方は私を責める事もしたけど、それ以上の事をしなかった!」

「…………」

「貴方は何度も私達を助けてくれた! その度に貴方は自分の手を汚し、傷付けていた! なのに……」

 

 楯無は言葉を述べながら泣き出す。

 

「貴方は私達を責めなかった! 貴方は自らの命と引き換えに未知の敵に挑んだ! それなのに私達は指を咥えて見ているだけだった! 少ししか戦っていなかった!」

「……それで?」

「……それだけじゃない……それだけじゃない……私は……私は……っ」

 

 刹那、楯無は一夏に身体を預ける。否、抱き着いたと言い替えれば良いだろう。

 

「……何をする?」

 

 無論、楯無の行動は一夏は不審がらせるだけであり、効果はない。否、同情を誘う訳ではない、彼女が彼に抱き着いたのは、彼女なりの謝罪でもあった。

 行動で示すのではなく、口で言えば良いのにも関わらず、楯無はそうしたかったのには、理由があった。

 

「私は貴方が傍にいてほしいと思ってる! 貴方が私達の為に傷付くのをもう、見たくない!」

「……それでも、俺はお前の言葉を信じない、俺は何所に行こうがお前には関係ない」

「それでも私は貴方を信じてる! 貴方がどんなに思っても私達は貴方の帰還を待ってる……!」

 

 楯無はそう言った後、一夏を見上げる。顔を涙でくしゃくしゃにしていた。

 

「それで貴方が何時でも……いえ、貴方が生きて帰ってくるまで何度でも言うわ! ……お帰りなさい、って!」

「…………お前」

「何度でも言うわよ! お帰りなさい、お帰りなさい! って!」

 

 楯無の言葉に一夏は驚きはしなかったが想定外な発言に一瞬だけ呆気にとられたのだ。しかし、楯無の涙は本物であった。嘘泣きではなかった。

 その涙は楯無自身が一夏を心配している証拠でもあった。否、刀奈としてでもあった。彼女はそこまで考えていなかった。否、簪の説得が彼女を少しだけ変えたのだ。

 この件の立役者は彼女の妹、更識簪だろう。彼女は一夏を想い、何度も傷付いている一夏を心配しての故でもある。姉は一夏を疎んでいる。そう思っていたからこそ、彼女に怒ったのだ。

 彼を責める理由は無い。彼は何度も窮地を救ってくれたのだ。返しきれない程の恩があるのだ。それを踏み躙った姉には怒りしか無い。だからこそ、一夏を信じろと言ったのだ。

 仲が悪いとかどうだって良い。今は一夏を想うのなら彼を信じろ、と。楯無は簪の言葉で微かに目が覚めた。自分は見ていなかった。もう遅いと知りながらも彼に言った。

 

「例え貴方が拒んでも私は拒まない! いいえ、私達は貴方を拒まない! 貴方は独りじゃない! 私達がいる! だから……」

 

 楯無は一夏の胸に額を当てると、自分の手に力を入れる。

 

「私達は貴方を信じる……でも、出来る事なら貴方を手助けもする……!」

「…………」

「口で言うのは簡単かもしれない、でも私達は……信じるから……貴方が私達を信じてくれるまで……!」

 

 楯無は一夏に懇願した。楯無としてではなく、刀奈として願っていた。彼は誰にも心を開かない。が、無理矢理こじ開けるのではない、彼が自ら凍った心を自ら氷解する意味で溶かし、周りに頼るのを待つ事にしたのだ。

 その為には先ず、自分達が彼を信じる事にした。同時に彼は独りじゃない、自分達がいる。そう訴えていた。そんな楯無に一夏は無言で見下ろしていた。

 

「……知るか」

 

 刹那、一夏はそう言った。これには楯無も目を見開くが一夏は無言で楯無をベッド側の方へと退かす。

 

「……っ!?」

 

 楯無は尻餅を突くが、彼を見上げる。彼は無言で楯無を見下ろしている。冷ややかな視線を送っている。それを見た楯無は肩を震わせるが一夏は何も言わず、視線を逸らす。

 

「織斑君……」

 

 楯無は一夏に対して手を伸ばそうとした。が、一夏は何も言わず風のように消えた。

 

「織斑君……っ」

 

 楯無は一夏の行動に驚くが説得は無駄だったのかと思った。楯無はそう感じると項垂れた。嗚咽を上げるが一美は寝ており、聞いていない。しかし、楯無の泣き声は室内に木霊した……。

 

 

「…………」

 

 その頃、一夏は、ある場所へと向かっていた。それは霧が漂い、湖に囲まれた小さな孤島であった。そこは彼とジェイソンが棲んでいる場所であった。

 彼はここへと戻っていた。彼は俯いているが楯無と居るのが厭であったからだ。それは彼の勝手な行動でもあるが彼は、ある事を思い出していた。

 

「…………っ!」

 

 刹那、一夏は俯きながら歯を食い縛る。肩を震わせているが左手を拳に変えている。強く握りしめていた。彼女の言葉が彼を追い詰めていた。葛藤させていた。

 自分は楯無を信じられない、周りを信じられない。なのに、彼女は自分を信じると言ったのだ。それは彼の心に迷いを来していた。自分はゲームを制する為に戦っているのに……。

 

「俺は……俺は……!」

 

 一夏は膝を突くと、左手で自分の顔を覆い隠す。葛藤しているのだ。否、全ての感情が忘れた訳ではない、彼自身が迷想しているだけである。

 しかしそれは、彼が変わる意味にも近かったからである。勿論、彼はそれを知らない。彼は今、その場を動けないでいるが彼から見れば無断行動であり、無駄な時間だろう……。

 

「…………」

 

 しかし、そんな彼を家にある窓から見ている者がいた。ジェイソンである。彼は一夏を見て動かないでいるが、彼は何を考えているのかは、彼にしか判らなかった……。


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