インフィニット・デスゲーム   作:ホラー

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第138話

「ぐすっ……」

 

 あれから数分後、一美は一人、一夏のベッドの上で彼の枕を抱き締めながら横向けになっていた。哀しそうであるが目には涙の痕があるが泣き疲れ,眠っている。理由は簡単、彼女は幼いながらも父親を喪ったのだ。

 まだ四歳の彼女には辛く、重い現実だ。まだまだ誰かに甘えたい年頃だからだろう。彼女には家族の温もりが欲しい年頃だ。が、彼女の父親は間違った道へと行ってしまった。

 それは彼が復讐者としてゲームに参加し、更には娘の彼女にも重荷を背負わせているのだ。何れも運命の悪戯としか思えないが致し方ない。

 彼女がゲームにどう影響しようが、脱落しようが関係ない。が、今は彼女が寝ている事に変わりは無い。一美は寝ている中、彼女を間近で見ている者がいた。一夏だ。

 

「…………」

 

 彼は自分が使っている机近くにある椅子に腰を下ろしながら彼女を見ている。表情は険しいのが信用していないからだ。同時に彼女のプレイヤーになった経緯を知ったのだ。

 それは怒り、それは呆れ等の二つの感情が渦巻くように沸いてくる。怒りは主催者に対してだ。彼は本来のプレイヤーであった彼女の父親の代わりとして、彼女をプレイヤーにした事。

 呆れは主催者がゲームを面白くする為にゲーム自体を混沌とさせた事だ。自分にはレクター博士の存在を、一也にはISを与え、彼女にはプレイヤーにしたからだ。他にもしたのかもしれないがそこまでは判断出来ない。

 一夏は主催者に対して負の感情を抱く。一美に同情している訳ではない。主催者と言う男に対してだ。一夏はそう考えているが頭の中での事であり、それを呟くつもりも無い。

 彼は無言で一美を見ているが不意に音に反応し、視線を走らせる。その先には、この部屋を出入り出来る扉があった。扉は何の変哲もないが外から軽くノックされていた。誰かが来た、一夏はそれに気づいた。

 彼は眉を顰めるが扉が開いた。一人の少女が部屋の中へと足を踏み入れる……否、その前に驚いていた。

 

「お、織斑君……!」

 

 彼女は驚きながら彼の名を言う。楯無であった。右手にはトレーを持っている。その上にはラップに包まれたお皿があったが、皿の上には二つのお握りがあった。誰の物かは判らないが恐らく、一美の為に用意したのだろう。

 が、それ以上に驚いているのが一夏がいた事だ。彼は昨晩から戻ってきていなかった。楯無は心配したのだが彼には罪悪感があった。それは簪からの説教とも言える説得に自身を責めていたからだ。

 一夏には悪い事をした。簪の言葉で目が覚めたようにも思えたが未だに罪悪感がある事に変わりは無い。しかし、楯無は一夏を見て驚いていたが我に返ると、部屋の中に入り、扉を閉め、鍵を掛ける。

 

「織斑君……」

 

 楯無は哀しそうに一夏を見ながら部屋の奥へと歩く。彼に歩み寄っているのだが不意に、ある事に気づく。

 

「一美ちゃ……あれ?」

 

 楯無は一美に気づく、が、幼女は一夏のベッドの上で寝息を立てている。とても安心しているようにも思えるが表情は何処か哀しい。楯無はそれを見て微かに怒る。

 一美にではない、一夏に対してだ。彼が一美に何かをした。そう思ったからだ。何故自分よりも一回り年下の彼女を責めたのか、と。否、それは一方的であり、一夏が悪い訳ではない。

 彼は一美からゲーム関係での事を訊いただけであり、それ以上に何もしていないのだ。楯無から見れば苛めたとしか思えないが彼女は何かに気づき、目を見開く。

 刹那、楯無は哀しそうに彼から目を逸らすと、手に持っていた皿を近くにある彼の机の上に置く。そして、再び彼を見た。一夏は眉を顰め続けていたが楯無を警戒しているからだ。

 また、何かを言うつもりか? 彼はそれを気にしていた。反論は勿論、ゲーム自体のルールを話すつもりは無い。が、彼女が怒っているのは一美の事ではないかと気づきながらも警戒していた。

 一夏は楯無を見据えているが楯無は哀しそうに彼を見つめている。見ている事に変わりは無いが互いの見る目は違う。一夏は警戒、楯無は後悔している。

 何方も言葉を交わす気配はない、否、交わす事自体が出来ないからだ。重い空気が流れ始めているがそれは何方かが話しかければ良いが生憎、それは無いに等しい。

 時だけが流れていくが交わす気配はない。

 

「…………ねえ」

 

 刹那、楯無が口を開いた。重苦しい空間に耐えきれなかった訳ではない、彼女は一夏に訊ねているのだ。彼女の言葉に一夏は何も言わないが楯無は言葉を続ける。

 

「その、何所に行って、た、の?」

 

 彼女はぎこちなく訊ねるが途切れ途切れであった。一夏に怒るのは間違っているのと、それを上手く表現出来ないでいる。何時もの彼女らしい、人誑しではなく、一夏の勝手な行動に怒る訳でもない。

 彼女は一夏を一人の男性として、訊ねているのだ。生徒会長としてではなく、当主としてではない、楯無でもなく、刀奈として訊ねているのだ。

 しかし、それが上手く表現出来ない。それを一夏に言える事も出来ない。出来る筈だった事がいつの間にか、出来なくなっていた。否、一夏に対して、前まで怒りがあるからだろう。

 それを抑えるつもりでもあったがどうしても、怒りが沸いてくる。楯無はそれに気づきながらも困惑していた。どうすれば良い、どうすれば怒りを抑え、一夏に対し、普通に接する事が出来るのかの言葉を探していた。

 どんなに考えても判らない、一夏の今までの行ないのせいでもあるがそれが楯無は一夏を見る。彼は何も言わずに自分をジッと見ている。その一美には怒りと呆れが含まれている。

 楯無はそれに気づくが困惑していた。

 

「そ、その……」

「どうした? 何かあるのか?」

「っ……!」

 

 楯無は青褪める。このままでは彼をまた怒らせる、そう思ったのだ。刹那、一夏は立ち上がると、彼女の前に立つ。

 

「っ!?」

 

 楯無は驚きを隠せない。自分よりも背が高い事だけは理解出来るが怒っている事も判断出来た。このままでは、怒られる。そう思った。彼女は肩を震わせながら俯く。

 泣きそうになった……刹那、楯無は目を見開いた、理由は、自分の額に誰かの手が当たっているのだ。これには驚かない訳にもいかないが、楯無は驚きながら顔を上げる。

 そこには一夏がいる。それだけは判るが驚きを隠せないでいた。何故なら、彼は自分の額に手を当てているのだ。それは楯無にとって一驚しか無いのだ。

 彼は何故、自分の額に手を当てたのかは彼にしか判らない。が、一夏は訝しげに訊ねる。

 

「……熱でもあんのか?」

「っ!?」

 

 彼の言葉に楯無は愕然とした。彼は自分に熱があるのかを尋ねているのだ。不思議でしかないが楯無は一夏を見続けている。が、彼は舌打ちすると、楯無の額に当てていた手を下ろすと、それをポケットに突っ込むと口を開いた。

 

「どうした? ……熱が無いみたいだが……」

「……ち、違うわよ……!」

 

 楯無は一夏の言葉に怒ると、そっぽを向く。が、心無しか何処か頬を紅くしている。

 

「……っ」

 

 楯無は不意に視線を彼の方へと向ける。一夏は訝しそうに彼女を見ていた。何かある事には気づいているがそれを言う気配はないのだ。

 しかし、それは楯無から見れば辛い物であった。何かが自分の心の中に込み上げてくる。ある感情が芽生えているからだ。それは……罪悪感である。

 元々あったにも関わらず、それが別の意味で込み上げているのだ。簪が原因でもあるが今はそれどころではない。彼女は耳まで真っ赤にすると、彼に背を向けました。

 自分を落ち着かせる為でもあった……しかし、罪悪感が自分の心を支配していく。彼に悪い事をした事には気づかなかった。簪がいなければ一生、彼を罵倒したのだろう。

 彼女はそれを理解しているが今までの行動を思い出すと、それが出来ない。簡単の事なのに、今更とも言えるからだ。

 

「……おい、どう言うつもりだ?」

 

 一夏は彼女の行動に不信感を抱き始める。楯無はそれを聞き逃さなかった。謝らなければ、否、謝って赦してくれるかどうかも判らない。彼に嫌われる。既に嫌われているかこれ以上、嫌われたくない。

 身勝手な考えでもあるが楯無はせめて、謝罪だけはしたかった。なのに……楯無は身体を震わせると、項垂れる。やはり出来ない、それはどんなに考えても罪悪感が邪魔しているのだ。

 楯無はそれに気づき涙を溜める。謝りなさい,自分のそう言い聞かせているが出来ないでいる。彼女は自分の愚かさに後悔する。このまま、自分は彼に謝らないつもりか? そう感じていた。

 

「……無理に言わなくても良い」

 

 刹那、後ろから声がした。これには楯無は泣きながら目を見開く。そして、恐る恐る振り返る。そこには彼、一夏がいる、それだけは理解出来るが彼の言葉に愕然としているからだ。

 が、一夏は楯無を見て舌打ちすると、彼女から目を逸らしながら口を開いた。

 

「無理に言うんじゃねぇ……時間の無駄だからな……」


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