7話 遊べない日も時にはあります。
ショーターが来ない。
朝からずっと待ってるのに、パティを訪ねてきてくれない。
花畑まで行ってみても、森まで足を延ばしてみても、どこにもいない。
どうしたのかな? 今日は来れないのかな? なにか、あったのかな?
……もしかして私、怒らせるようなこと、しちゃったのかな?
思い悩むパティに、答えを返してくれる人はいない。
今の彼女に出来ることはただ、じっと待つことのみだった。
初めてあった日は、草の引っ張りっこをして遊んだ。
何かコツがあるのか、パティの葉ばかりがブチッとちぎれるばかりで悔しかったけど。でも、負けたら飛んでくる虫除け花を避けるのは、妙にうまくなった。かわしたからと油断をしないのがコツだ。たまに連続攻撃が来るので。
何度目かの勝負の後、ようやくパティが勝った時。パティの目が、キラリと光る。これまでの恨みとばかりに、籠一杯に摘んでいた花を、ショーターの頭の上から降らしてやった。目を押さえて転げ回る姿を見るともう、おかしくておかしくて。勢い良く放り投げた花がこっちにも飛んできて、自分の目まで痛くなったけど。それすらも何だか、楽しくて楽しくて。お腹が痛くなるくらい、思いっきり大笑いしたっけ。
次の日も、彼は来てくれた。
持ってきてくれた遊び道具は、パティの初めて見るもの。長い紐の付いた、四角い何か。ショーターはその紐を引っ張って、地面に転がせて遊んでいた。でもそれ、楽しいの?
引っ張っては転がして、引っ張っては転がして。引っ張っては、転んで。正直、ちょっと微妙。でも、一生懸命な彼を見ているだけでも、それなりに面白いかな。
でもそんな気持ちも、パティの番になったときには、あっという間に吹き飛んだ。ショーターの時は転がるだけだったのに、パティが引っ張ったときにはそれは、鳥のように空に舞い上がったのだ。
すごいっ! びっくり!! 感動っ!!!
それからはもう、ずっと最高に楽しいまま。その日は、2人ともくたくたになるまで走り回って、転げ回って、遊び回った。
次の日も、そのまた次の日も、毎日毎日。彼は、パティを誘いに来てくれた。
紐を使って放り投げるようにくるくる回す木のおもちゃとか、信じられないくらいに真ん丸でよく弾む球とか。ショーターの持ってくる物はどれも見たことがないものばかりで、とても珍しくてすごく面白い。
一番びっくりしたのは、小さなガラス窓の中に世界が詰まった、魔法の道具。窓の中では、剣を手にした逞しい戦士が、竜と戦っていた。しかもどうやらその戦士は、ショーターが操っているらしい。
もう不思議すぎて訳が分からなくて、そしてなんだか怖くて仕方なくて。自分でやるなんてとんでもない。ショーターの背に隠れるようにして、こっそり見ていることしかできなかった。
それだというのに、どうしても目だけは離せなくて、気がつけば一生懸命に戦士を応援していたりして。ついに竜を打ち倒したときには、大声で歓声を上げてしまったっけ。
毎日が、夢のような時間だった。
一緒に遊ぶ友達がいるというだけで、世界がこんなにも変わってしまうなんて。
もちろん、パティだけではなく、ショーターもとても楽しそうにしていた。
それが何より、嬉しかった。
それなのに。
今日は、彼が来ない。
でも本当は、なんとなくそんな気がしていた。
いつもショーターは帰るときに、手を振って「じゃあね、また明日」って言ってくれる。彼の使う言葉は、少しづつだけどわかるようになってきている。これは、また遊ぼうねって言う意味。多分。
でも、昨日は違った。
ちょっと悲しそうな顔をして、聞いたことのない言葉をしゃべっていた。あれは、何ていう意味だったんだろう。
さようならって、言う意味なのかな。もう来れないって、言ってたのかな。もしかして、国に帰っちゃったのかな。
……もう、会えないの、かな。
……。
…………。
………………。
「って、あああああああああああああああっ! もうううううううううううううううううううっ!!」
なによなによ、私はっ!
情けないぞ。かっこ悪いぞ。何をうじうじしてるのよ、パティ!
相手は、帝国のお貴族様。私は開拓村の農民の子。釣り合わないって、父さんにも言われたじゃない。
身分が違う。国が違う。言葉が違う。住む世界が違う。何もかもが、違う。普通だったら、友達になんてなれない。知り合えることすらないのがあたりまえ。
そんなこと、わかってた。今が特別なだけなんだって、私だってわかってた。
……でも、それが。
それが、どうしたっていうのよっ!!
身分が違う? 偉くなればいいじゃない。
国が違う? 帝国に移住すればいいんでしょ。
言葉が違う? 覚えればいいだけのこと。
住む世界が違う? この世界の、一緒の空の下にいるんだからっ!!
決めた。
ショーターが行っちゃったなら、もうこの村に来ないんだったら、私が追いかける。
言葉を覚えて。偉くなって。帝国に行って。もう一度、会って。
それで、こう言ってやるんだ。
「私の名前はパティ。クリス・ショーターさん、私達、友達になりましょう」
って。
下を向いていた顔を上げる。
目尻にたまった涙をゴシゴシ拭い、不敵な笑みを作ってみせる。
ただなんとなく毎日を過ごしていた女の子は、もういない。セージ村のパティ、9歳。ここに覚醒。
まずは、やらなくちゃいけないことを、やらないと。出来ることから、しっかりと。
ここのところは毎日、遊んでばかりだった。でも、それじゃ駄目。
まずは、村の仕事から。
チビ達の面倒は母さんに押し付けちゃってた。虫除けの花だって全然、摘んでない。これじゃただの無駄飯ぐらいだ。こんなんじゃきっと、ショーターと友達になる資格なんて、ない。
それから、字を覚えよう。
ショーターが置いていってくれた、本がある。大きく絵が描いてあって、その横に少し字が書いてある本。きっとあれは、字を覚えるための本なんだ。他にも何冊も、似たようなものから、もっと字がいっぱいのものまで。
本なんてとてもとても高いものを、気軽にプレゼントされても困るって思ってた。押し切られて受け取っちゃったけど、もし言葉が通じてたら、きっと断って返していたと思う。でも、今となってはとても助かる。あれのおかげで、私は一歩を踏み出せる。
さあ、やるぞ。
明日からじゃない、今日からだ。今からだ。
パティは力強く頷き、えいえいおーっと、鬨の声。
泣いていた女の子はもう、どこにもいない。
パティは心に決意を込め、しっかりとした足取りで村へと戻っていった。
……そうだ。
次に会った時、ショーターじゃなくて、クリスって呼んでみようかな。
友達だもんね。名前で呼んだっていいよね。
そう、ちょっと楽しげに、企みごとを考えながら。
ところで、その頃の翔太は。
「新しく2年生になった皆さん。今日からみんなと一緒に勉強することになった、転校生を紹介しますね」
「栗栖翔太ですっ! よろしくお願いしますっ!!」
学校が始まっていた。