駅から歩いて20分、そこは王国辺境領。   作:河里静那

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29話 翔太、世界の成り立ちについて学ぶ。

 まず最初に、神が在った。

 

 永い永い思索の果て。ふと、神は独りでいることに寂しさを覚えた。

 そこで神は、自らの姿に似せて妖精を創り出した。そして小さな箱庭を創り出し、妖精をそこに住まわせた。

 日だまりと、そよ風と、枯れることのない花々と。その楽園で歌い踊る妖精たちは、永く神を楽しませた。

 

 永い永い歌と踊りの果て。ふと、妖精たちはその日々に退屈を覚えた。

 そこで妖精たちは、自分たちも神のように世界を創り、そこで遊ぼうと思い立った。神には秘密で。

 

 四重に冠せし妖精の主。

 風の主が空を創り、水の主が海を創り、地の主が大地を創り、そして火の主が世界に熱をもたらした。

 

 三重に冠せし妖精の王。

 山の王、川の王、湖の王、森の王、草原の王。それらの王たちが世界に彩りを加えていった。

 

 そして妖精たちはその冠の数に関わらず力を合わせ、自らの姿に似せて数多の人形を作り出した。

 細かいことを気にしない妖精たちの作った人形は、妖精から見てとても大きい物となってしまった。だが、やはり細かいことを気にしない妖精たちはそれにかまわず、人形たちと永く永く遊び暮らした。

 

 ある時、その世界の存在を神が知ることとなった。

 無断で勝手に世界を創ったことに神は怒り、永い永い説教をする為に妖精の主を箱庭へと呼び戻した。

 

 四柱の主が世界から去ったことにより、世界も人形も有限の存在へと成り代わった。

 世界はいつか終焉を迎える運命を背負い。そして人形は人間となり、死する運命を背負った。

 

 これが、この世界と人の始まりである。

 

 

 

「――そして神の箱庭では今も、妖精の主たちが神より説教を受け続けているという。正座で」

「……うん、問題なし。上手に読めたね、ショウタ君」

 

 何処か読み間違えてなかったかな。発音が変だったりしなかったかな。そんな不安気な面持ちで、音読に耳を傾けていた先生を伺う翔太。

 対してセリム先生は、一つ大きく頷いて。真面目に聞いていた顔に微笑みを浮かべて。そして翔太に、花丸をプレゼントするのだった。

 

 ここは辺境領セージ村、翔太にもおなじみのパティの家。そして今日は、週に一度の勉強会の日。習う科目はもちろん、王国語の読み書きだ。

 翔太とパティがセリムより教えを受け始めてから、気づけばそれなりの日々が過ぎ去って。あの頃よりも少しだけ背の伸びた二人が、ここは変わらず仲良く並んで、ちょこんと席に座っていた。

 

 季節はぐるりと巡って、春。

 村近くの丘の上では、暖かな日差しを一杯に受け止めてすくすくと育った虫除けの草。今年も悪餓鬼たちの目にキツい一撃を食らわせてやらんとばかりに、一面に咲き誇っている。

 そう。翔太とパティが出会ってから、もう一年が過ぎたのだ。翔太はこの春休みが終われば3年生。パティも既に10歳になっていた。

 

 そして今日行われているのは、これまでの勉強の集大成。いわば、卒業試験のようなもの。

 セリムが記憶を頼りに大学ノートに書き綴った、少し難しめの文章を、最後まで間違えずにきちんと読むことが出来るかどうか。これが出来るなら、日常的な会話と文章の読み取りは問題なし。話せて読めるなら、字を書くのも自然と上手くなっていくもの。とりあえずは、セリムが教えたいと思っていた内容も一段落。

 そして翔太は、見事にこの試練に打ち勝ったのだった。

 

「やったっ! パティ、僕やったよっ!」

 

 隠しきれない、というか隠す気など全くない素直な喜びを、笑顔と声に一杯まで詰め込んで。隣に座るパティに呼びかける言葉もまた、王国語。バイリンガルな翔太である。まあ、日本では全く役に立たなかったりするのだけれど。

 ところが、翔太が声をかけた先のパティといえば。常ならば翔太の課題達成を自分のことのように喜んで、一緒に手を取り合って大騒ぎして、そしてセリムに怒られているであろう彼女といえば。

 

「……違うわよ、ねえ? いや、だって……ねえ?」

 

 どうやら、翔太の言葉は耳に届いていない様子。ぶつぶつと、そんなことを呟いている。

 眉根をぎゅっと寄せて皺をつくり、口元はへの字に曲げられて。あごに手を当てて何やら訝しげな表情。視線の先をたどっていくと、そこは翔太の頭の上。

 

「んー? なんだー? 俺に用かー?」

 

 この場にいる者の中で、パティの視界だけに映っている、背中から蝶の羽を生やした小人の姿。

 いつもだったら、大人しく二人が勉強するのを見ていたり何てしない。翔太と一緒にここまではやってくるけど、その後は勝手気ままに過ごしているはずの、妖精。部屋の中をうろちょろしたり、ふらりと外に出て行ったり、問題を出しているセリムの後ろから笑わそうとしてきたり。それなのに今日は珍しく、翔太が読み上げるこの世界の創世神話を大人しく、目を瞑って聞いていた、モーリ。そんな彼がパティの視線に感づいたのか、薄目を開けて尋ねてきた。

 

 ……いや、待って。よく見たら、口の端から涎が垂れてる。寝てただけね、こいつ。

 うん。やっぱ、ない。ないわ。あるわけないわ。だって、モーリだし。

 

「おーい、パティってばー」

「どうしたの、翔太?」

 

 ふと気がつくと、翔太がこちらを見ていた。じとっとした拗ねた目で、少し怒った顔で見つめていた。

 

「どうしたのじゃないよ。僕、間違えないで読めたんだけど?」

「えっ? ああっ! やったじゃない、おめでとう翔太っ!」

 

 そうだった。今は翔太のテスト中で、世界の成り立ちについて読んでたんだった。

 ちょっと内容で気になるところがあって、思わず考え込んじゃったけど。でも、ちゃんと聞いてたんだから。本当よ?

 

「何か、てきとー。酷いよパティ」

「ちゃんと聞いてたってば。難しい言葉だってあったのに、すごく上手に読めてたじゃないっ!」

 

 そう言うとパティは手をすっと伸ばし、そして優しい手つきで翔太の頭を撫でた。撫でるのに邪魔なモーリはぺしっと払って、ゆっくり丁寧にいい子いい子。

 吹き飛ばされたモーリの、両手両足をぶんぶん振り回す王の抗議。ばたばたばたと、おもちゃを買ってもらえない駄々っ子のごとき、威厳ある抗議。

 視界の端にそれをとらえて、やっぱりないわーと。ちょっと安心するパティだった。

 

「……もう。少しだけお姉さんだからって、すぐそういうことするんだから」

「ふっふー。悔しかったら追い越してみなさいよ」

 

 時間旅行でもしろというのか。無茶を言うパティである。

 でも、翔太も文句を言いつつもやめさせようとはしないし、なんだかんだでちょっと嬉しそうだし。まあ、これもいつの光景という奴です。

 

「ほら、二人とも。おしゃべりはそのくらいにしておいて。次はパティの番だよ」

 

 仲良くおしゃべりを始めてしまった二人に、セリムからお叱りの声。パティも翔太もはっとして、ごめんなさいと前へ向き直る。

 パティのテストの文章は、王国の歴史について。後から読む方が有利にならないように、翔太とは別の内容だ。

 多くの小国が相争う戦乱の時代を経て、ついに統一を果たした初代国王の話をパティが読み始めた時。興味をなくしたように、モーリがふらりと部屋の窓から飛び出していった。

 

 

 

 

 

 パティも無事に試験に合格して、今日の勉強会はこれでおしまい。

 とはいえ、王国語の基礎意外にもまだ、セリムから教わった方が良いことは色々とある。王国や辺境領の制度についてとか、外国との関わりに関してとか。なので頻度は減るものの、勉強会自体はこれからも行われる予定だ。

 

 出来ればこの後、花畑や翔太の部屋で遊んだりしたかったのだけれど、もうすぐパティの家では夕食の支度が始まる時間だ。残念だけど、今日はこれでさようなら。

 家路につく翔太の横には、並んで歩くパティの姿。もう少しだけ一緒にいたくて、森の入り口までお見送り。それくらいなら、いいよね?

 

「さっきのさ、年のことだけど。もう少ししたら、少しだけ追いつくよ」

「どういうこと?」

「4月になったらね、僕の誕生日が来るんだ。去年は言葉が分からなくて上手く誘えなかったけどさ、誕生会やるからパティも来てよ」

 

 4月生まれで、もうすぐ9歳になる翔太である。

 去年は転校したばかりで家に呼べる友だちもいなかったし、家族三人での誕生会だった。でも今年は学校の友だちも呼んで、わいわい楽しめたら良いなと思っている。そこにパティも参加できるなら。それはきっと、とっても楽しいことに違いないのだ。

 

「誕生日……翔太の方は、生まれた日にお祝いするんだっけ」

「あ、そっか。パティたちは違うんだよね」

「うん。新しい一年が始まる時に、皆まとめて年をとるの」

 

 王国では、個人の誕生日を祝うという風習はない。年明けと共に、誰もが一緒に年をとる。年始生まれと年末生まれでは、同じ年齢でもほぼ丸一年の差があることになるが、日本と違って学校があって学年ごとに行動するなんてことがある訳でもないのだ。それで特に問題なく回っている。

 

「楽しそうねっ! ……でも、翔太の学校の友だちも来るんでしょ?」

「うん。嫌かな?」

「嫌じゃないんだけどね。私がどこに住んでるかとか、知られたりしたら困るかなって」

 

 パティの言葉に、翔太も困り顔。

 それは確かに、そうかもしれない。適当にごまかして何とかなるかもしれないけれど、日本でパティと親しくする人は少ない方がいいのかもしれない。

 でも、なあ。

 

「でも、パティにもっと友だちを増やしてあげたいんだ」

「うーん」

 

 翔太には友だちが一杯いる。クラスの生徒はみんな友だちだし、同じ学年の子や前の学校の子まで合わせれば、それこそ友だち100人出来ました、だ。

 友だちは一杯いた方が楽しい。翔太はそう思う。まあ、一番の友だちは誰かって言われれば、それはパティなんだけど。

 けれど、パティに考えは少し違うみたいだ。

 

「私ね、翔太が友だちになってくれて、本当に本当に嬉しかった。今も、とっても嬉しい」

「うん」

「だからね」

 

 そしてパティはこう言った。繋いだ手にぎゅっと力を込めて握りしめて、少し照れながら彼女は言った。

 

「だから私は、翔太がいれば、それでいいの」

 

 はにかんだ笑顔。とても幸せそうな、微笑み。

 その表情が翔太には、どこかまぶしくて。何か特別なものに思えてしまって。あふれ出てくる気持ちがなんなのか、自分でも良くわからなくて。

 翔太はきゅっと、胸の辺りが少し痛くなったような。どくんと心臓が高鳴ったような。そんな、気がした。

 

 

「それにどうせ、そっちの友だちと遊ぶ時間とかないだろうし」

「僕と遊ぶのも週に一回とかだしねー」

「村のチビたちも結構大きくなってきたし。あと、ラニもいるしね」

 

 ラニって、あのエルフのお姉さんだ。モーリに迷わされたときに、村まで案内してくれた人。その後も、こっちでパティと遊んでいる時に、何度か会ったことがある。

 今までは言葉が通じなかったので話したことはないけれど、今ならもう大丈夫。今度会ったら、モーリを見る方法がないかとか、いろいろ聞いてみたいと思ってた。というかそもそも、王国語を覚えようと思ったきっかけの一つが、あのお姉さんとお話してみたいから、だったっけ。

 

「そうだわっ! ラニよっ!」

「突然どうしたの、パティ?」

 

 ラニの名前を挙げた後、いきなり何か思い出したかのように大きな声を上げるパティ。

 訝しげな翔太に、パティは言った。ニヒヒと、悪戯気に笑う口元を隠すようにして。何事か企んでいる、そんな悪い顔をして、言った。

 

「ねえ、翔太。誕生会って、こっちでもやらない?」

「え? 別に良いけど、セリムさんとかパティのお母さんとか参加してもらうの?」

 

 人の家に押しかけて自分の誕生会を開くというのは、何か違う気もするけど。でも、あの二人ならきっとお祝いしてくれるんじゃないかな。

 パティのお父さんはどうだろう? 何だか、たまに睨まれているような気がするんだ。もしかして、嫌われてる?

 あっ。何だろう、パティの笑顔がどんどん悪だくみしている時の顔になっていくけど。

 

「えっとね、ラニを呼ぼうと思って」

「ラニさん? お話ししたいことがあるから、僕は嬉しいけど……」

 

 一体、何を企んでるんだろうなあ、パティは。でもまあいいか、何だかとても楽しにしてるし。パティが楽しいなら、僕も嬉しいし。それに、僕が本当にいやがる事なんて、パティがするわけないんだし。

 のほほんと、そんなことを考えている翔太であるが、果たしてそれはどうなのか。パティのやろうとしていることは、予想の斜め下を行っているぞ、気をつけろ。

 

 パティにとって、翔太はとても大切な、一番の友だち。そんな翔太に、恩返しの大作戦。

 私、知ってるんだから。翔太って、ラニのことが好きなのよね。

 だから、ね。

 

 妖精の笑顔。この世界には、そんな言葉がある。可愛らしいとか、神秘的だとか、そういう良い意味では使われない。ではどんな顔を指すのかと言えば。

 パティの今の顔が、まさにそれだった。

 


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