駅から歩いて20分、そこは王国辺境領。   作:河里静那

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23話 パティ、魔獣を大いに愛でる。

「遅いっ!!」

 

 それがパティの第一声。

 なんだか見慣れちゃったけど、ここって異世界なんだよなあ、と。トンネルをくぐって草原に立った翔太が辺りを見渡し、さあパティの家まで行こうと第一歩を踏みしめようとした、その半瞬前。横合いから、いらだちとともに抗議の声が上げられた。

 

 おっとと蹈鞴を踏み、そちらへと顔を向けた翔太の視界に入ったのは、膝を抱えて座り込んでいるパティの姿。ほっぺを膨らまし、じとっとした目で翔太を見ている。

 

「パティ、ずっとここにいたの?」

「そうよっ! 日が昇ってからずっと待ってたんだからねっ!」

 

 ふんだっ、と。拗ねた様子のパティに翔太も苦笑い。いくら何でも早すぎだよと、少し前に母から言われたことを棚に上げて、翔太がごちる。

 でもそういえば、うっかり忘れていたけれど。今のこの時間はパティにとって、もうとっくに一日が動き始めている時間なのだった。今日の朝に迎えに行くとは言ったけど、ここと日本の感覚は違うのだった。

 何時に行くと、きちんと時間を伝えておけば良かったんだろうけど。でも、それは難しかったりする。だって、こっちの世界には時計がないから。

 

 パティたちの時間管理は、日本人から見るととても大雑把。日の出、お昼、日の入り、それぞれの間の時間。これくらいの分け方で、十分に世界が回っていける。お城に使える文官たちとか、もっと時間に厳しい職業の人たちもいるけれど、農民たちはどこでもこんなものだ。

 

 今度、パティに時計をプレゼントしよう。高くて立派なものは無理だけど、最近は100円ショップでも時計くらいは売っている。まあ、すぐ壊れてしまうような質の悪いものだけど。でもこれなら、翔太の月当たり500円のお小遣いでも何とかなる。

 喜んでくれるといいな。パティはいつでも感情表現がまっすぐだ。素直に怒るし、素直に喜ぶ。そんな彼女が贈り物をもらって、ぱあっと顔を輝かせる様子を思い浮かべて、翔太の顔がにんまりと。

 

「私、怒ってるのに。なに笑ってるのよ?」

 

 ますますじっとりと湿り気を増していく、パティからの視線。

 それを翔太はごめんごめんと笑ってごまかして。さあ行こうとパティの手を取り、森のトンネルへと歩き出した。

 

「俺様の後に続けーっ!!」

 

 意気揚々と先導を切るモーリも、今日のお出かけをとても楽しみにしていたようだ。普段よりも5割増しで羽をひらひらとはためかせ、高々と右手を天へと突き上げていた。

 

 

 

 

 

 翔太の家から気軽に行ける動物園としては、大きい所が2カ所ある。

 一つは都心の、美術館や博物館なども連なる大きな公園の中にあるもの。

 もう一つは、逆に郊外へと向かった場所。ちょっとした山の中にあり、高低差の多い敷地が斜面に広がっている。

 

 今日の目的地はこの、山にある方の動物園。

 移動にかかる時間はどちらもさほど変わらない。そういう意味ではどちらへ行ってもかまわないのだが、都心の方を選択した場合には一つ大きな困難に遭遇する。この動物園、立地がいいだけのことはあってとても混み合うのだ。特に今日は夏休みの、更に週末である。その人口密度はいかほどのものか。

 なので、比較的に空いている方が選ばれた。まだパティには、街の人混みは早すぎる。

 

 その動物園の駐車場に今、一台の車が到着した。ステーションワゴンと呼ばれる、人も荷物もたくさん運べるタイプの車だ。

 その後部座席のドアが開かれ、中から待ちきれないとばかりに転がり出てくる人影二つ。

 

「着いたーっ!」

 

 翔太が拳二つを突き上げるようにして、歓喜の叫びを上げる。

 

「着いた着いたーっ!!」

 

 その横でパティが、同じく喜びの舞。

 更に2人はどちらがより高く飛べるかを競うかのように、次々に飛び跳ね始める。

 

「こらこら。今からそんなに元気じゃあ、すぐに疲れて歩けなくなるぞ」

 

 車の鍵をしっかりとかけつつ父さんが、微笑ましくも呆れた視線を向けてきた。この動物園、立地が立地だけに坂が多く、見て回っているうちに気がついたら疲労困憊になっていたりするのだ。

 けれどそんな忠告も、2人の子供には聞こえていないよう。跳ねるのをやめた2人は手を繋ぐと、その手を中心にして独楽のようにくるくると、喜びの舞を舞い踊りはじめた。見ていて頬が緩みそうになる光景だが、全くもって落ち着きがない。

 そして次の瞬間には、動物園入り口の大きなゲートへと向かって、一直線に走り出してしまった。

 

「翔太、前に来たときはもっと大人しかったのにね」

「友だちが一緒だからな。兄弟でもいればまた違ったんだろうが」

 

 残された翔太の両親は、顔を見合わせて苦笑い。でもまあ、翔太もパティちゃんも、楽しんでくれるなら何よりだ。

 朝から大盛りのお弁当を作ってくれたお母さん。ここまでの運転手にここからの荷物持ちのお父さん。休日なのにお疲れ様です、2人とも。

 

 

 

 

 

 

 その獣は、獲物を引き裂く爪を持たない。

 肉を噛みちぎる牙を持たない――

 

「――そしてその異形としか思えない長い首を鞭のように振り回し、敵を討つのだ」

「それはもういいよ、パティ」

 

 象からキリンへと移動して、またもやかぶりつきのパティである。相も変わらずお目々はきらきら、口からはふわぁという感嘆の声が漏れ、しばらくはここから動きそうにもない。

 翔太といえば、そんな様子を眺めているのがどうにも楽しくて、視線は彼女の百面相に固定されたまま。一体、動物を見に来たのやら、パティを観察しに来たのやら。

 

 ちなみに、象を見る前から保護者とは別行動をとっている。テンションマックスで駆け回る子供たちを追いかけるのは、運動不足気味の大人勢には厳しいものがあったのだ。平地ならまだしも、坂ばかりだし、ここ。人が多くても都心の動物園にするべきだったかと、父は軽く後悔。

 仕方なく、他人に迷惑をかけるような行動はとらないこと。携帯での定時連絡を必ずすること。それ以外にも、何かあったら電話を入れること。以上を条件に別行動を許可したのだった。父と母は一足先に、お昼ご飯を食べる予定の休憩所で一休みである。

 

 それと、モーリとも別行動だ。

 園に入ってしばらくは翔太の頭の上を定位置にして、パティ同様に目をきらきらさせていたのだが。

 

「ちょっと俺、どっちが上ってやつかを教えてくる」

 

 という謎の言葉を残し、関係者以外立ち入り禁止の柵の向こうへと飛んでいってしまった。

 何に教えるのか。何を教えるのか。知りたいような、知るのが怖いような。パティも、彼女から説明を受けた翔太も、興味は引かれたのだけれど。まあ、柵の向こうまでついて行く訳にも行かないし。お腹が空けば、そのうち帰ってくるよね。

 

 

 

 キリンの長い首と長い舌、つぶらなようで眠そうな瞳などを十分に堪能し、次の場所へと移動する。そこは決まった時間にしか入れない場所なので、最初から予定に組み込んでいた。

 たくさんの子供たちと一緒に列に並び、順番に柵の中に入って。それぞれが気に入った子を抱え上げる。そう、ここはいわゆる、ふれあい広場。ウサギやモルモット、ひよこといった小動物を実際に抱っこっして触ることが出来るのだ。

 

「ふかふかで可愛いね-、パティ」

 

 にこにこ笑顔で翔太の膝の上に乗っているのは、モルモット。撫でられるのが好きなのか日だまりが気持ちいいのか、その表情はまるでうっとりとしているかのようだ。瞳が閉じそうになり、ちょっと開かれてまた閉じそうで。見ていてとても癒やされる。

 

 パティの膝にいるのは白いウサギ。

 そのウサギもまた、翔太のモルモット同様に気持ちよさそうにしている。でもそれ以上に、何故だかパティの視線の方が更にうっとりと。

 

「パティ、ウサギが好きなんだね」

「うん、大好き」

 

 可愛いもんね、ウサギ。女の子はだいたい大好きだ。

 そうだ。今度、ウサギのぬいぐるみとかプレゼントしてあげたいな。

 

 にこにことパティを見つめながら、そんなことを考えている翔太。

 けれど、パティの思惑は少し違ったようだ。

 

「……ねえ翔太。多分ね、ここでこういうことを言うのは間違ってるんじゃないかって、私も思うんだけどね」

 

 どうしたのだろう。その口ぶりは普段と違い、なんとも歯切れが悪い。

 そしてパティは照れたように頬を染め、こう言った。

 

「この子ね、すごく……美味しそう」

 

 ……あ、うん。

 そっか。パティにとってウサギっていえば、そうだよね。

 

 うん。ぬいぐるみは、やめておこう。

 それからパティ、ウサギを抱っこするのも、もうやめにしておこうか。ほら、急におびえ始めちゃったから、その子。

 ほら、あんなこと言うから、周りの子供たちも涙目でパティのこと見ちゃってるから。

 

 一匹くらい連れて帰れないかなと、名残惜しそうにするパティ。

 そんな彼女の背を、お腹空いたなら母さんのお弁当があるからと言って押して、この場から立ち去らせようと懸命な翔太だった。

 

 

 

 その後はお昼に待ち合わせをしていた休憩所に行って、皆でお弁当を食べた。

 おにぎりは、中身の違う3種類。それに唐揚げとかフライドポテトとか、子供の好きなおかずがたくさん。普段はパン食のパティだけれど、おにぎりはかなり気に入ってくれたようだ。中身が違うのねと大はしゃぎ。

 右手に鮭のおにぎりを握りしめ、左手でタラコおにぎりをつかみ取り。あっ、もう一種類はどうしよう。悩んだところで、翔太におかかおにぎりをあーんとされて、頬が落ちそうな満面の笑みを浮かべていた。

 この瞬間は母さんのスマホで激写されており、これからしばらく彼女の待ち受けを飾ることとなる。

 

 

 

 さて。お腹いっぱいまでお昼を食べて、別腹だからとアイスクリームを買ってもらって。

 夏なのにっ! 熱いのにっ! 冷たい氷のお菓子ってっ! と、パティがはしゃぎ回ったりもして。

 そろそろ、午後の部の始まりだ。

 

 今度は4人そろって、皆で向かったのは昆虫館。動物コースからは少し外れたところにある、室内展示の建物だ。

 食後は、涼しい冷房が効いたところで休憩なのである。なにせ、太陽が一番高いところまで昇り、夏の日差しが随分と厳しくなってきたもので。

 

 昆虫館と聞いたとき、どういったものを想像するか。おそらくは、水槽なんかにいろいろな虫を飼育して、それを展示しているものが浮かぶのではないだろうか。水族館の虫バージョンみたいな感じで。でも、ここの展示はそうではない。

 もちろん、生きている虫も何種かいる。けれど中心となっているのは、トンボの羽の動きの解説だとか、ムカデの足運びを再現したロボットとか。あるいは、蝶の鱗粉が輝いて見える理由だとか。そういった、どちらかと言えば博物館寄りの建物なのだ、ここは。

 

 なので子どもたち、特にパティには少し受けが悪いのではないか。翔太の両親はそう懸念をしていた。その時にはまあ、涼をとるのは諦めて次に行けばいいかなと。けれど意外なことに、パティはこの場所にもかぶりつきだった。

 その様子を見た大人たちは、設置されたソファーに座ってもう少し体を休めることにする。アップダウンの激しいこの動物園、運動不足の体には厳しく、既に足にきているのです。

 

 パティは翔太を引き連れて、ゆっくりと時に足早に、展示を見て回っている。

 その中でも、ずらりと並んだ数々の標本には、特に興味を引かれたようだ。食い入るように、じっと見入っている。

 

「ねえ翔太。この虫だけどね」

「うん」

「うちの方にもいるの。他にも、この虫も、あれも、それも」

 

 パティが指差しているのは、蜘蛛やバッタ、蝶にカブトムシ。翔太の世界ではどこにでもいるようなごく普通の虫。そしてそれらは、パティの世界においてもごく一般的な虫であると、彼女は言う。

 

「虫だけじゃなくて、猫とか狼なんかもいるの。ウサギだっているし、他にもいっぱい。もしかしたら、何処かにはゾウやキリンもいるのかもしれない。それでね、もちろんんだけど、人間もいるのよ」

「そりゃあ、パティは人間だもんね」

「そうなの、人間なのよ。……ねえ翔太、不思議だとは思わない?」

 

 そんなことを言って眉根を寄せ、何やら考え込んでしまったパティ。

 何を言っているのだろう、パティは。パティが人間だなんて当たり前のことなのに、何を悩んでいるんだろう。首を傾げる翔太に、彼女は言葉を続ける。

 

「だって、世界が違うのよ?」

「えっと、パティ?」

「世界が違うんだから、住んでる生き物だって全然違ってても不思議じゃないと思わない?」

 

 うーん、と。

 言っていることはわかるんだけど、そんなに気にするようなことなのかな?

 

「気になるわよ。世界が違うはずなのに、生き物は同じなのよ。番いになってもおかしくないくらいに。これって……」

「これって?」

「……ううん。やっぱり、いい」

 

 何かを言いかけ、でも自分でもなんと言っていいのか分からずに。言葉にすることが出来ないパティ。

 そんな彼女を不思議そうに見る翔太。パティが何を気にしているのか、どうしてそこまで気になっているのか。どうにも自分には良くわからないけれど。だけど、この後に呟いたパティの言葉は、長く翔太の心に残ることになった。

 

「……私もっと、いろいろなことが知りたい」

 

 

 

 

 

 パティと翔太の心に波紋を残した昆虫館。この場所も、最後の展示でおしまいだ。そして、今日の動物園巡りもこれでおしまい。

 本当だったら、もう少し見て回るだけの時間はあるのだけれど。けれどパティの門限を考えて、おやつの時間には翔太の家に辿り着けるようにしておくのだ。

 

 最後の展示は、これまでのものとはひと味もふた味も違っている。今までに見てきた今ひとつ子供受けしない博物館めいたものとは、一線を大きく画している。

 

「……なに、ここ」

 

 二重になった扉をくぐった先、そこは地下から二階を超えて天井までの、吹き抜けの大広間。通路に沿うように、それ以外の場所にも点在して、南国風の木や草が植えられている。仮にも屋内だというのにもわっとした湿気が襲ってくる。そして、外とそう変わらない高い気温。

 

 けれど、そんなものは些事でしかない。

 ガラス張りの天井も、立派な吹き抜けも。不快な湿度も気温も、珍しい木や草も。そんなものよりももっと遙かに目を引きつけるものが、その空間には存在した。

 

 それは、蝶。

 蝶、蝶、蝶。蝶の群れ。

 

 白地に黒い斑点。赤にオレンジの縁取り。艶やかな黒に散らした赤い飛沫。様々な羽を持つ数多の蝶が放し飼いになり、視界のあちらこちらで舞い踊っている。

 まさに、圧巻。危害を加えられることはないと蝶も分かっているのか、人を怖がる様子もない。手を伸ばせば掴めるほどの、いや、わざわざ伸ばさずとも体に触れるくらいの近くを、ひらひらと飛ぶ。

 

 まるで、おとぎ話の妖精の里のよう。そう、うっとりとその光景を眺めるパティ。

 ラニから聞いた、どんちゃん騒ぎする妖精と妖精族の姿は、思い浮かべないように気をつけよう。何か色々と台無しになるから。

 

 ゆっくりと、右手を差しのばしてみる。するとどうだろう、遠慮がちに躊躇うように、一匹の蝶が指先に止まったではないか。

 沸き起こる感動。首筋から震えが上ってきて、頭のてっぺんへと抜けていくかのような思い。でも、普段のようにそれを素直に表現してしまえば、きっとひらりと逃げてしまう。だから、我慢。じっとこの態勢のまま、我慢。

 

 やがて、羽を休めていた蝶が再び宙へと舞う。

 感嘆のため息を、一つ。そこでくるりと振り返り、後ろにいた翔太へと向き直る。

 

「ねえ翔太、今の見てたっ!? 私の指に、蝶が止まった……」

 

 なんと言うことだろう。

 指先などではなく、翔太の頭の上に。ひときわ大振りの一匹の蝶が。……って。

 

「なんだ、モーリじゃない。お帰り、どこ行ってたの?」

 

 翔太の頭に座っていたのは、別行動をとっていたモーリだった。得意気な顔をして、ふんぞり返っている。

「おうっ! きっちり上下関係たたき込んできてやったぜっ!!」

「誰によ」

 

 この建物の中でも一等立派な蝶の羽を持っているというのに。なんだろう、この残念な生き物は。

 返せ。この感動に満ちた時間を返しやがれ。

 

「なんかよ、この山の妖精が俺様に向かって誰だ誰だってうるさかったからよ」

「えっ! こっちの世界にも妖精っているの?」

「ああ、いるぞー。数はずっと少ないし、見た目もかなり違うし、弱っちいけどなー」

 

 いるんだ。妖精まで、いるんだ。

 どうしてなんだろう、全然違う世界なのに。まるで、同じ世界のようにも思えるほど、一緒のところがある。

 

「パティ、モーリ帰ってきたの? 妖精とか言ってたけど」

「あ、うん。なんかね、こっちの世界にも妖精がいて、お話ししてきたみたい」

「いるんだ、妖精っ! すごいね、何か感動だねっ!」

 

 翔太、今日一番のきらきら顔。

 ゾウを見ていたときのパティにも負けないくらいの、輝く笑顔。

 

「ねえっ! 僕にはモーリは見えないけどさ、こっちの世界の妖精だったら見えるかなっ!?」

「どうなの、モーリ?」

「知らねー。あんまりあいつらのこと知らないしー」

「使えないわね、この駄妖精」

「てめー、王に向かってっ!」

「王じゃなくて、武将じゃなかったの?」

「そうだったっ! 我こそは毛利守盛なりぃぃっ!!」

「もうっ! 僕も話しに入りたいよっ!」

 

 ぶー、と。口先をツンと尖らす翔太。

 モーリじゃわかんないんだって。そう伝えられて、さらにがっかり顔だ。

 

 一回、またラニに相談してみよう。

 翔太がこっちの妖精だったら見えるようになるかとか、二つの世界についてとか。ラニにも分からないんだったらお手上げだけど。でも何となく、このまま放ってはいたくない。

 

「翔太、今度ラニにも聞いてみるよ」

「あの、エルフのお姉さん?」

「妖精族。こっちじゃエルフって言うの?」

「多分、そうだと思うけど。本物はいないからなあ」

 

 妖精族はいない、らしい。妖精はいるのに?

 うーん、基準が分からない。

 

 って、翔太。

 何、照れた顔をしてるのよ。何、頬を染めちゃってるのよ。

 

「翔太ってさ、ラニのこと好きなの?」

 

 聞いてみた。

 前から気になっていたことを、ぶっこんでみた。

 

「……え?」

「だから、ラニのこと好きなの?」

「あ、えっと……」

 

 もう、どっちなのよ。好きなの? 嫌いなの?

 男ならはっきりしなさい、はっきりっ!

 

「……別に嫌いってことはないけどさ。でも、話したこともないんだよ? 好きかどうか何てわかんないよ。綺麗な人だなーとは思うけど」

「あ、そっか。忘れてたわ」

 

 そうだった。すっかり忘れてたけど、翔太は王国語を話せないんだった。

 それともう一つ、忘れてた。翔太に王国語を教えるって約束してたんだった。

 

「じゃあ、翔太。しばらく学校ないのよね。だったら、毎日お昼前にうちに来てよ。王国語、教えてあげるから」

「えー、毎日勉強?」

「そうよ。早く覚えたいんでしょ?」

「そりゃそうだけどさー。せっかくの夏休みだよ?」

「こっちは夏休みなんてないんだから、知らないわよ」

 

 渋る翔太と、無理矢理に約束。2人の小指を絡めて、指切りげんまん指切った。翔太から教えてもらった、約束するときのおまじない。

 

 そうだ、私は翔太の友だちなんだから、手伝ってあげるんだ。

 王国語だって教えてあげる。本当にラニのことが好きだって言うなら、恋のお手伝いだってしてあげるんだ。

 だって。翔太は私の一番の友だちで。そして私は、翔太の一番の友だちになりたいんだから。

 

「ねー、翔太っ!」

「何が、パティ?」

「なんでもなーい」

 

 ケラケラと笑うパティと、困り顔の翔太。

 そして、そんな2人をにやりとした笑みを浮かべながら、モーリが眺めているのだった。






 

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