フランドールと一週間のお友達   作:星影 翔

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 感想などでこのままじゃフランが可哀想じゃないという感想をいただいたのでついに番外編を出すことになりました。駄文なのには変わらないと思いますが、楽しんでいただけると幸いです。
 内容としては続編になるのですが、自分としては本編はあの8話で完結という形なので、あくまで番外編です。(まぁ、本編だけでも楽しめるけど、続きは欲しいな…的な感じの方は見て言ってください。)

 少し内容を変更しました。


番外編
1日目 綻びた糸を紡ぎ直して


 彼を失ってから数年後、私はお姉様の起こした異変に便乗してこの狭い地下室を出た。そして私は俊の言っていた嘘を信じ、その嘘にもしもの可能性があればと彼を探してあちこちを飛び回った。けれど、この幻想郷中を駆け回って探しても彼に会うことは叶わなかった。

 

「あなたは…どこにいるの?」

 

 彼に会いたい。けれど、どれだけ探しても彼に会うどころか姿を一目見ることすらできない。そんな状況に幾度となく置かれた私は何度も何度も咽び泣いた。

 認めたくない現実が私の耳元で囁く。

 

 もうこの世に彼はいない…、と。

 

 たしかに私は外の世界へと解放されて自由になれた。

 けれど、私にとってそんなことはなんの意味も持たなかった。私はただ外に出たかったんじゃない。

 

 私は彼と一緒に外に出たかった。

 

 今でも私は彼を探し続けている。いつか再会できるその日を、またお互いの名を呼べるその日を待ち望んで…。

 彼と出会うことを夢見ながら月日は流れた。

 

 

 

 

 

 

 季節は春の始め、桜や梅がその枝に蕾をつけ、開花させるのを今か今かと待ち望んでいる…頃だと思う。

 私がこう思ってしまうのも当然だった。辺りには未だに雪があちこちに降り積もり、一面が銀色に埋め尽くされ、草木の芽生えなどは一向に進む気配すらない。そして、それは吸血鬼にとって、いや、特に私にとってこれほど不都合なことはなかった。

 吸血鬼は流れる水が苦手だ。つまり雨の中を歩くことはできず、館にこもっていることしかできない。雪がシンシンと降り続けている今もそうだ。雨よりかは幾分かマシであろうが、結局は水に濡れることになるのであまり変わらない。

 パチェが言うには、何でも吸血鬼は雨に打たれると体を巡る魔力が水によって抜け落ちてしまうのだそうだ。だから翼で飛ぶこともできなくなるし、魔力は吸血鬼の生命の源であるのでそれがなくなるということはつまりは死を意味すると、そうお姉様に言っていた。

 

「…まだ止まないのかしら?」

 

 本来ならそれでも別に構わない。この自然の調和がなくては私達は生きていけないということはもう学んだ。しかし、これでは彼を探しに行けない…。

 

 そして、この雪の異常さの一つとして、いつまでたっても止むことがなかった点が挙げられた。雨や雪は降っては止み、晴れ間を見せる。当たり前でかつ自然な考えでいけばこうなるのだが、今はそんな摂理とはかけ離れた異常ともいえる現象が起こっている。

 

 そして、それは私の彼を探すという行為を阻害する結果になる。

 

「きゅって出来たら良いのにな…」

 

 当たり前だが、雲に目はない。気体に緊張している部分なんてないし、似たようなことが出来たとしてもそれは封印された結界を破るくらいだ。空中を破壊することはできない。

 

 今一度、窓ガラスに映った自分を見つめてみる。酷い表情だ。彼がこの顔を見たらなんて言うだろう。またあの時みたいに優しくしてくれるのだろうか。あの時みたいに背中を優しくさすってくれるのだろうか。

 

「俊…、あなたに会いたい…」

 

 そんな思いが届くはずもない。私はとぼとぼとした足取りで後ろへ振り返る。

 すると、私の前にある人物が私に同情からきたのであろう悲痛な表情を向けていた。

 

「……お姉様」

 

「…………フラン」

 

 お姉様は私がこうなることをきっと分かっていたのだろう。彼を失った私が館を飛び出してまで彼を探し、結果として彼には会えず、故に私自身が孤独による絶望を味わうことを…。だから、お姉様は私を幽閉から解き放った瞬間から私に寄り添ってくれた。私は何度もその胸に顔を埋めて泣いた。その度にお姉様は私を慰めてくれた。その時、私はようやくお姉様がどういう存在かを確信できた。幽閉されたという事実が生んだ私とお姉様との心の溝もそのお陰で埋めることができた。

 しかし、やはりそれも彼の口添えあってのものだ。彼がそれを願ってくれなかったら、きっと私は今もお姉様とまともに口も聞いていないに違いない。彼には返しきれないくらいの恩がある。

 もう一度、一度だけでいいから彼に会いたい。会いたくて胸が苦しい。もう彼は私の手の届かないところにまで行ってしまったというのに…。私自身もそれを理解しているはずなのに…、それを認めたくなくて、彼がまだいると思いたくて、それが私の身体に冷たい何かを感じさせる。

 

「……うぅっ、…お姉様…私…」

 

「…私、俊に会いたいよぅ。…ぐずっ…また俊と一緒に暮らしたいよぅ…」

 

 気づいた時には私の目から沢山の雫が頬を伝っては床へと滴り落ちていた。肩、そして両手まで震えてしまって、今にも力が抜けてその場にへたり込んでしまいそうな気がする。

 私はただ彼と一緒にいたいだけなのに、一緒にご飯を食べて、一緒に遊んで、一緒に寝る。ただそれだけでいいのに、それすらも運命は許してくれなかった。出来るのはこうして彼との別れを悔やんで泣いていることだけ…。

 

「フランっ!」

 

 その時、私の冷たく冷えきった身体が抱かれた。ぎゅっと力強く私を抱きしめるお姉様の温もりが冷たい私の心に少しばかりの安心を与えてくれる。

 

「彼は貴方をずっと想っていたわ。他の誰よりも、もしかしたら私よりも貴方を一途に想っていたかもしれないってくらいに」

 

 お姉様は私を力強く抱きしめながら背中をさすってくれる。

 

「私も彼には死んで欲しくなかった。きっと彼も死にたくはなかったはずよ。そんな彼が命を投げ出してまで貴方に会いに行ったということは、きっと貴方に幸せになって欲しかったってことなんじゃないかしら」

 

「けれど、その貴方がこんなに泣いていたら彼も報われないじゃない」

 

 諭すようにお姉様は言う。その優しさが余計に心に響いて涙が溢れでてくる。それでもさすってくれている手は止まらなかった。

 

「……俊か…」

 

「俊に…会ったことがあるの?」

 

 私の問いにお姉様は「もちろん」と笑顔で答えると、遠い目をしながら上を見上げた。

 

「彼には何度も助けられたわ。貴方との仲立ちを買って出たのも彼だった」

 

 知らず知らずのうちに私を抱きしめているお姉様の腕が微かに震えているのが分かった。見上げてみればお姉様はずっと上を向いたままじっと黙っている。そんなお姉様の頬には一筋の雫が伝っていた。

 

「お姉様…」

 

「バカみたいな話よね…。人ってどうして失わないとその人の本当の大切さに気づかないのかしら…。私達吸血鬼だってそう…、何百年と生きてきてもやっぱりその意識は変えられないまま…」

 

 吸血鬼も人間と同じ、ただの人間が何百年と寿命を得て、その上に少しパワーとスピードを与えられただけに過ぎない。私なんて精神の強さだったらもしかしたら俊より劣っているかもしれない。強さなんて私と俊が一緒にいる為には決して必要ない。むしろなくていい代物だ。

 

─強さなんて所詮は相手を傷つけるための道具なんだから…─

 

「…ねえ、フラン?」

 

「なに?お姉様」

 

「貴方はもし俊に会えるとしたら会いに行きたい?」

 

 そうお姉様は比較的平静に私に言った。そして、それは私の身体に再び熱をもたらす。

 

「会いたいわ。絶対に!!」

 

 私が強く頷くと、お姉様は私からそっと手を離し、踵を返してすぐそこの窓から降り続ける雪に目を向けた。

 

「この雪はね、異変なの。春が来ないという異変…。だから花は…、命は芽吹かない。そして雪は降り積もる。だから、咲夜が今、その原因の張本人を退治しに行ってるの。その場所は死んだ者の辿り着く地で『冥界』って呼ばれているわ」

 

 『冥界』、お姉様から発されたその言葉が不思議と私の胸を強く打った。

 

「めい…かい?」

 

 私は思わず聞き返した。

 

「えぇ、死んだ者がそこで転生を待つのだと聞いたことがあるわ」

 

「もしかしたら俊もそこにいるかもしれない…」

 

 その後、しばらくの間私とお姉様との間に沈黙が流れた。お姉様が言っていたことがなにを意味するのか。それを頭で理解したが故に起こった沈黙は私の心に安堵と焦燥をもたらしていた。

 

「俊に…会えるの?」

 

「多分ね…」

 

 彼に会えるのなら、それが冥界であろうと、たとえそこが地獄のような世界だろうとも、私は彼に会いに行こう。

 私はお姉様に悟られぬよう笑って

 

「ありがとう、お姉様。お陰で少し気持ちが楽になった気がする」

 

「そう?ならよかった」

 

 お姉様は少し呆気に囚われていたけど、私はそんなお姉様をそのままに部屋を後にした。彼に会うという強い決意を胸に秘めて…。


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