フランドールと一週間のお友達   作:星影 翔

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ついに完結です。


7日目 ありがとう

 フラフラになりながらもなんとか地下へと降りる。どうやら彼女の言うとおり、本当にもう最期が近づいてきているみたいだ。そしてしばらくして、未だ認識したことはないが、あるであろう透明なあの壁を通り抜ける。今頃になって気づいたが、どうやらあの壁は一方通行の役目を持っているらしく、入るのはごく普通に通り抜けることができたにも関わらず、改めてその壁を反対から越えようとしても阻まれてしまう。

 まぁ、もう僕にはそんなことを気にする必要なんてないのだが。そもそも僕はフランに会うために、そしてここで果てることを覚悟で来たのだから。

 

 もはや慣れたあの薄暗い廊下を歩き、彼女と最後に会ったあの場所へと向かう。そして、ドアノブに手を掛けてそこで一つ、ここに来たばかりの頃を思い出した。

 そう、あの時は扉が全然開かず、しらみつぶしに開けていたところ、ここが最後の扉だった。ついこれも開かないなと勝手にそう考えて、開いてしまった時のことなんてまるで考えずにこの扉を押した。結果開いてその時僕は自分がどれほど余計なことをしたのかを痛感させられたのと同時にそのお陰で僕はフランという大切な存在に出会い、彼女と関わっていく中でいつのまにか生きることを喜べるようになっていた。

 そんな回想に少しばかり思いを馳せた後、改めて僕は扉を開けようとドアノブを捻った。

 

 今に力を入れようとしたその時……

 

ギギィィィ……

 

 僕が力を加えるその前にその扉は開かれた。そして、中から暗い表情を浮かべた彼女が下を向いたままこちらにやってくる。

 僕が唖然としている内、彼女は今までなかった僕という壁にぶつかることでその落ち込んだ顔を上げた。

 

 そして、目が合った。

 

 時間が止まる。あくまで感覚にしか過ぎないけど、この状況を言い表すにこれほどピッタリな表現はないと思った。彼女は僕の顔を見たまま固まり、僕も目を離すことなくフランを見つめ続ける。今のフランの表情とそれによる感情はそれとなく察しがつく。

 

「……ただいま、フラン」

 

 彼女へ一言そう言ったが、彼女は固まったまま動かない。

 

「嘘…本当に?」

 

 やっと声になっていたのがこれだ。どうやら僕がこうして立っていることが信じられないらしい。気づけば、彼女の両手は酷く震えていた。

 

「あなたは…本当に俊なの?」

 

「うん、本当だよ」

 

 この言葉を彼女に放った瞬間、彼女の目から光る雫が頬を伝った。

 

「うっ…グスッ、しゅうぅぅんっ!!」

 

 彼女は流れる涙を拭いもせずに僕の身体に抱きつく。それをなだめるように僕も彼女の背中を優しくさすってやる。会えて良かった。いつ死んでもおかしくないこの状況で、今こうして彼女に会えたことはある意味奇跡といえる。

 

「会いたかったよぉ!!」

 

 彼女は僕をこれほどまでに待ち望んでくれていたんだ。待たせて本当に申し訳なかったな。たった1日と言えども僕からしたら大きなタイムロスになるし、彼女にしてもこの1日がどれだけ苦しかったか察するに余りある。

 

「ごめん、もっと早く来れば良かったのに……」

 

 僕が力なくそう言うと、彼女は顔を埋めたまま懸命に顔を横に振った。

 

「そんなことないよ…。そんなこと言ったら私の方が悪いんだもの、あなたを壊そうとしたんだから……」

 

 俯きながら彼女は僕に詫びる。そんな暗い表情を浮かべている彼女をどうしてあげれば良いのか分からない僕は今一度強く彼女を抱きしめ、頭を撫でた。そんな僕の唐突な行動に彼女は目を丸くする。

 

「僕は自分から君の手を離したんだから、悪いのは僕、君は悪くなんてない。だから、そんなに自分を責めないでほしい」

 

「でも…でもっ……!!」

 

「それに…、僕は君に出会った時、君から決して離れないと約束した癖に僕は君との約束を破った。約束を破ったのだから責められるのは僕の方さ」

 

 フランはまだ何か言いたげだったが、僕にうまく言いくるめられ、口に出せずに終わる。実際、僕が落ちたこと自体、彼女に非はない。僕は彼女の腕を勝手にほどいて自ら落ちたのだ。それなのにどうして彼女を責められようか。

 僕がこう言っていても、彼女の表情は暗い。今も自分を責め続けているのだろう。

 そんな状況を察した僕は仕方ないとばかりに一つ溜め息を吐いた。

 

「そこまで思ってくれているのなら、ひとつお願いしようかな」

 

 こう言うと、フランは顔を上げ、僕を真っ直ぐに見つめてくる。その表情はどこか嬉しそうで、かつ明るかった。察するに償いたくて仕方ないんだと思う。そして、その方法を教えて貰えるなら全力でやろうと考えているのだろう。

 

「何をしたら良いの?あなたの肩でも揉んだら良いの?」

 

「確かにそれもありがたいけど、違うな。僕が君にお願いしたいのは、『君のお姉様と仲良くして欲しい』ってことかな」

 

 その瞬間、ピクッとフランが反応し、そしてその数秒後、殺意にも似た凍りつくような空気が辺りに漂い始める。

 

「あの…あのお姉様と仲良くしろと言うの?」

 

 雰囲気が一変し、辺りがピリピリし始めているのをこの肌で感じた。彼女は怒ってる。それもかなり。しかもそれだけじゃない。彼女の心の中に潜む姉への感情の中に怒りだけではなく、同時に深い憎しみも抱いているんだ。きっと自分を何の理由もなく閉じ込めたことがいまだに納得できていないのだろう。でも、僕も伊達に死にかけた訳じゃない。今更これくらいで臆したりなんてしない。

…いやぁ、僕も強くなったもんだ。

 

「僕が君にお願いしたいことはこれだけさ。無理なら無理でも構わない。君の意思を尊重する。僕は別に君を束縛したい訳じゃないから」

 

「でも、僕の意を汲んでくれると言うのなら、この気持ちをわかって欲しい」

 

 そう、あくまでこれはフランの気持ちの問題で僕が決めることではない。強制がどれほど人の心を縛り上げ、苦しめるかということを短い時を生きてきた僕でも知っている。だからこそ僕が決めるのではなく、フラン自身が決めなければならない。

 

 

「……うん、分かったわ」

 

 完全に納得した訳ではないようだが、彼女は僕の出した願いを飲み込むことにしたらしく、先程まで彼女を覆っていた冷たい殺気は霧散し、彼女は小さく頷く。取り敢えずは納得してくれたようで僕はほっと安堵した。

 

「そのかわり、あなたも約束を破った罰を受けてもらうわよ?」

 

 しかし、フランもそれだけでは済まさないとばかりに僕に話を突きつける。いつ言われても良いようにと覚悟はしていた。

 

「もちろん、何なりと」

 

 僕も肯定し、合意を得たとほぼ同じタイミングで彼女は僕に抱きついてきた。そしてその直後の一言、それこそが彼女からの罰であった。

 

「……一緒に寝よ?」

 

 彼女に言われるがまま、ベッドに転がり、そのまま彼女と向き合う形になる。

 

「えへへ、なんかちょっと恥ずかしいね」

 

 顔を赤らめるフランを見ているとなんだかこっちも微笑ましくなる。改めて見てみてもやっぱりフランは可愛い。彼女の為にこうして来てみて、そしてこうなった運命を嬉しく思う。

 そして、同時に切なくも思う。

 

(もう…君の笑顔を見ることは出来ないんだな…)

 

 思えば、彼女と出会って以来、あれだけ自分に残された人生のタイムリミットに絶望していた僕が、いつのまにか生きることに希望を持ち、残された時間を精一杯生きようとしていたことに今更ながら驚く。

 『幸せ』という文字を体現しているような彼女の笑顔が眩しく感じる。

 

「幸せかい?」

 

「えぇ、とっても幸せよ」

 

 目の前に見える赤い天井、周りにある家具も恐らく数時間後には見ることができないものになっているだろう。そして、今こうして普通に会話しているフランとも…もう会えないだろう。

 

 でも…、この一週間は本当に楽しかった。あれだけつまらなかったはずの僕の人生はフランというたった一人の少女によって救われたといっても決して過言ではない。

 

 そうだなぁ、もし生まれ変われるのなら今度はフランとずっと一緒にいてあげられたらいいな。

 

「フラン…」

 

「ん?どうかしたの?」

 

 だんだん意識が遠ざかっていく。少しずつ少しずつ確かに、僕にはそれがもう永遠に目覚めることのない眠りだということを薄々気づいてしまっている。

 でも、もう僕に後悔はない。彼女が姉と二人で仲良く生きていってくれれば僕にとってこれ以上の喜びはない。家族は仲良く助け合って生きていくものだ。

 

「今まで本当にありがとうな。フランのお陰で僕の人生はかけがえのないものになったよ」

 

「何言ってるのよ。死ぬわけでもないのに変なの…。そうでしょ?」

 

 突然の僕の放った言葉に彼女は信じがたい様子で否定気味に聞いてきた。

 

「ごめんな、もう限界みたい」

 

 僕の絞り出すような声から放たれた言葉が彼女の表情にじわじわと絶望を与えてしまっている。

 

「嘘、そんな…」

 

「お姉さんと仲良くな。フランならきっとうまくやっていけるよ。君は強い、もう僕がいなくなっても立派にやっていけるよ。」

 

「嫌よ!そんなの絶対嫌!!」

 

 フランは勢いよく布団から起き上がると、僕を夢中で揺する。

 

「ダメよ!そんなのダメ!やっとあなたに会えたのに…せっかく幸せを掴めたと思ったのに…。私だってあなたが大切なのに、あなたが必要なのに…、今死なれたら私はこれからどうやって生きていったらいいのよ?」

 

 彼女の表情にはさっきまでの明るい無邪気な笑顔はすでになく、いつのまにかその目には大量の涙が今にも流れそうなくらいに湛えられていた。だが、そんな彼女の顔をこうして見ていても悪魔は僕に猶予はくれないらしく、僕の意識はどんどん深い闇の中に引きずり込まれていく。

 

「よく聞くんだよ、フラン。君はこれから自由に生きられるんだ。こんな地下に閉じ込められなくたっていい。君は君で自由に空を飛べるようになれるんだ」

 

「……俊」

 

「けど、僕がいたら君は飛ぼうとしない。君は僕と一緒に居られることに甘えて外に行くことを諦めているんだ。だから、僕は君より先に向こうへ飛んでいることにしたよ」

 

 悲愴な表情を浮かべる彼女に僕は敢えて笑ってやる。

 

「大丈夫、僕は先にあの空を飛んでるだけだから、会いたくなったら外に出て僕を探してくれたらきっとこの空のどこかで会えるはずだから…」

 

 なんとも下手な嘘。彼女だって分かっているはずだ。意識が朦朧としているせいか、うまく思考がまとまらない。それでも懸命にまとめたのがこんな意味のわからないことなのだから。

 もう僕には時間がないのだろう。

 そして…、彼女は涙を拭う。しかし、その表情は僕の予想していたような暗いものではなく、少しバカにしたような苦笑だった。

 

「…分かんないよ。本当に……」

 

 あぁ、僕でも何言ってんのか全然わかんないよ…。意識が遠いせいでもう訳のわかんないことしか言えなくなったのかな…。

 そんな事を考えているうちにも意識はもう消えかけている。話すのもだんだん辛くなってきた。

 けど、せめて最期に彼女に言わなきゃ…。

 

「フラン、たった一週間だったけど、君と一緒に過ごせた今日までは本当に楽しかった。そんな君に最期に言いたい」

 

 そして、彼女が俯いたその顔を上げた時、僕はありのままの気持ちを伝える。この一週間を、いや…この人生を救ってくれたお礼の気持ちを…。

 

「本当に『ありがとう』。そして…『大好きだよ』。また会える日まで……元気でいて…」

 

 最期に彼女へそう感謝の言葉を伝えると、僕は満足したせいか懸命に保っていたはずの意識が急激に抵抗を弱めた。それと同時に限界にまで達していたその閉じかけていた瞳をそっと閉じ、最後に心の中で絞り出すように呟いた。

 

フラン…僕は君に会えて本当に嬉しかった。

 

ありがとう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、俊?」

 

 突然、彼は何も言わなくなった。

 

「どうしたのよ?起きなさいよ。俊?」

 

 覗き込んでみるけれど、彼の目は閉じたままだった。余程深い眠りにでもついてしまったのだろうか。

 

「…もしかして、寝ちゃったの?」

 

 突然何も言わずに眠るなんて何があったのか。取り敢えず起こさないと…。

 

「起ーきーてーよ、こんな中途半端な状態で寝ないでよ。風邪引いちゃうよ?」

 

 けれど、彼は起きない。

 

「俊?早く起きなさいったら」

 

 懸命に身体を揺らしてみるけれど、彼は起きるどころか何の反応も示してくれない。

 

「ねぇ、俊ってばっ!」

 

 つい力を込めすぎたせいで彼の頭を壁にぶつけてしまう。慌てて手を離してみるも、それでも彼が目覚めることはない。そんな彼を見て、私の脳裏に嫌なものがよぎる。

 

「…まさか、嘘よね?寝てるだけよね?」

 

 問いかけてみても答えてくれない…。

 

「起きてよっ!悪い冗談はやめて早く起きてよっ!!」

 

 彼は死んだ。そんな考えが一瞬頭に浮かんだが、すぐに理性が揉み消した。彼が死ぬ筈がない。あれだけ一緒にいてくれた彼がそんな突然死ぬ訳がない。それを認めたくない!

 

「…何で起きないの?どうしてよ?」

 

 けれど、そう考えれば考えるほど彼が目覚めない理由が分からない。

 

「目を覚ましてよ…、あの時みたいに『おはよう』って言ってよっ!」

 

 そんな錯乱しかけの私の頭に舞い降りるように想起したのは彼と一緒に過ごし始めて最初の頃の記憶。彼が笑い、私が笑い、二人して会話したあの時の記憶が今になって鮮明に蘇ってくる。

 

「まだ笑ってあげられるから、今のうちに種明かししてよ」

 

 これはきっと彼の冗談だ。そうに決まっている。と、彼の死を否定する私がいる。そして、あまりに起きない彼に対して思わず強く叫ぶ。

 

「ねぇってばっ!!!」

 

 しかし、それでも彼は目覚めない……。

 

「……ぐずっ…ひぐぅっ……」

 

 いつのまにか私の視界は歪み、頬には生温かいものが流れていた。

 

「どうしてよ?どうして起きないのよ…」

 

彼の顔に触れてみる。まだ暖かい。彼が死んだなんて信じられないくらいに…。

 

「ほら、今までみたいにわたしを見てよ」

 

 今一度、彼の顔を覗き込んでみる。今の彼の顔にはあの時に見せてくれたような笑顔はなかった。

 

「いつもみたいに笑ってよ」

 

 涙が止まらない。彼の死を認めなくない。けれど現実がそれを許してくれない。

 

「あの笑顔をわたしに見せてよ」

 

 あの明るかった笑顔ももう彼は見せてくれない。

 

「…ダメなの?そんなことも聞いてくれないの?」

 

「何がダメだったの?わたしの何がいけなかったのよ!?言ってよっ!言ってくれたらいくらでも直すからっ!!お姉様とだって仲良くするわっ!!だから!」

 

「…わたしはただあなたと一緒にいたいだけなのに…」

 

 そう、ただそれだけ…。それだけが私の願い。

 

「もう…もう一人は嫌だよ…」

 

 彼と一緒にいたい。ただそれだけなのに……。

 

「わたしはただ、もっと…あなたと……もっと……」

 

「いっしょにいたかったよぉ……」

 

 私が涙ながらに懇願してもやはり彼の目は開かなかった。

 私はただひたすらにもはや動くことのない彼の亡骸の前で延々と喘ぎ続ける。それがもはや届かないことを知っていても私は泣くのをやめなかった。




ついに本編完結です。ここまで来られたのも皆様の応援のお陰です。本当にありがとうございました。後日談的なものは投稿するかもしれませんが…、それは気まぐれなので書くかは分かりません。
取り敢えず、何か投稿した小説を完結させたくて書き始めこの度、ようやく完結に至りました。応援してくださった皆様には感謝が絶えません。本当にありがとうございました!
あと気まぐれで挿絵描きました。(下手ですが…)

【挿絵表示】


※今回を踏まえて、ハッピーエンド予定の番外編を投稿しました。読んで頂けると嬉しいです。

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