フランドールと一週間のお友達   作:星影 翔

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5日目 二人は互いに想い合う

─死は或いは泰山より重く、或いは鴻毛より軽し─

 

 人は命を重んじて犬死にしないようにすべきであるが、時にはその命を軽んじて潔く死ななければならない時もあるという意味だ。一見矛盾しているようにも思うだろうが、ちゃんと区別がある。

 それは、その死が義にかなっているかどうかということ。義なんて人それぞれに変わるものだが、本人が自分の義、人としての筋道を通せたと思うのなら、それはきっと筋を通せているのだろうし、逆に通っていないと考えるのなら通せていないことになる。義なんて曖昧なもので、これが義のある名誉なものだと周りが囃し立てれば間違ったことでも正義になってしまう。結局、義なんて周囲の人々と自分との間にある物差しにしか過ぎないんだ…。

 

 ……だが、そういう僕は自分が筋道を通せていると言えるのだろうか…?

 

「……ここは?」

 

 視界に入ってきたのはあの館の真っ赤な天井ではない。かといって、前まで当たり前のように見てきた病室の白い壁という訳でもなかった。

 今目の前に広がっているのは…

 

……広がっていたのは青空だった。

 

「僕は…死んだのか」

 

 照りつける陽の光が眩しい。ここしばらく感じていなかった感覚だ。

 

……本当に死んだのか?一体僕は何をして…。

 

 僕は慌てて上体を起こして辺りを見回す。しかし、そこには一面に咲き誇る花々以外何もない。あの赤かった館に似たものは一つもない。

 僕はあの館から外に出たことがないので、あの館の外見がどうなのかも、その周りに何があるのかも分からない。やはり、直前の記憶を思い起こすことでしか自分の状況を把握することはできなさそうだ。

 そう、確か僕はフランによって上空へと連れていかれ、それから僕は自ら彼女の腕をほどいて落ちた。雲より少しばかり上のあの地点から落ちれば間違いなく死んでいるはずだ。それがこの世界だというなら一応納得はできる。

 死は出来ればハッタリであって欲しいが、こんなにもさまざまな花々に囲まれているこの場所で、他に建物らしき物が全くないのを見ると、やっぱり死んでしまったんじゃないかと思わざるを得ない。

 

 

「ええ、そうよ。貴方は死んだの」

 

 そしてそんな中、答えは唐突に僕の耳へと届いた。誰かも分からぬ者の突然の肯定の言葉が聞こえ、慌て気味にその声の主を探して辺りをぐるっと見回してみるが、姿は見えない。

 

「どこだ、姿を見せてくれ」

 

 しかし、返事はない。出てくる気はないということだろうか…。

 声の主はしばらく押し黙ったまま返事をしない。そのせいで僕は静寂と暖かい風に打たれながら、ひたすら誰とも分からぬ者の返事を待たなければならなくなっている。

 

「…そうね。今後の為にも、姿くらいは見せておくべきね」

 

 やがて、一人納得しているらしいその人物はゆっくりと姿を現した。目の前の空間にぽっかりと大きなを穴を開けて…。

 そして、僕はその光景の異常さに目を丸くして、そこから姿を現した彼女に見入っていた。

 

「はじめまして…ね。宮岡 俊さん?」

 

 上品にお辞儀をして見せる彼女、本来ならそこで彼女のその上品さに目を奪われたりするんだろうが、あいにくそのようなことにはならなかった。

 なんだろう…。彼女の方からとてつもない程の胡散臭さを感じるのだ。年の功とでも言うのだろうか、年季がしっかりと身体に染み付いているのが見て…、いや、全身で感じ取れる。

 

 要は胡散臭いババアということだ。

 

「これはご丁寧に…ですが、なぜ僕の名前を?」

 

「なぜって…、あれだけ恋人に自分の名前を叫ばせてたのに聞こえないと?」

 

 あっ…、あれ聞こえてたんだ。意識もほとんどない状態だったから、どんなものだったのか気にもしてなかったけど、そんなに大きかったんだ。

 

 うん?なんか引っかかるぞ…。

 

「いや、それでもフランは僕の名前を叫んだだけで名字までは呼んでなかった気が…」

 

 僕の冷静なツッコミに彼女の眉が一瞬形を変える。僕にはそれが何かわかる。しまったと言わんばかりの失敗した顔だ。

 

「ま…まぁ、なんとかして分かったのよ」

 

 あっ、はぐらかした。ってか、なんとかってなんだよ。

 僕が不審そうに睨むと、彼女は僕の方を逆に堂々と見つめる。やましいことはしていないと言いたいのだろうが、彼女の目だけが僕の顔を覗くことを拒絶しているという点から彼女は人に言えないような事をしているんだと判断することができる。

 

「とりあえず、変態ですね」

 

 それだけ真っ先に彼女に告げる。しかし、彼女は至って平静であり、なんの影響もなかった…

 

「へ、変態……」

 

訳ではなかった…。

 最初こそ平然としていたのに時間が経てば経つほどじわじわと彼女はショックを受けていき、その引きつった表情を濃くしていくと、ついには地面に足をつけて大いに落ち込んだ。

 

「しっかりして下さい紫様」

 

 と、そこでもう一人の声が先ほどの穴の方からから聞こえてくる。

 視線を向けてみれば、そこにも一人の女性が立っているのだった。しかし、彼女から狐の尻尾のようなものが垣間見えるところから、彼女もまた人間とは違った存在なんだろう。妖怪みたいなものか…。

 

「ら、藍……」

 

 藍と呼ばれたその女性は素早く辺りを見回すと僕を認識し、向き直った。

 

「貴方ですか…。死んでもなお、生へ執着しようとしている人間というのは」

 

 彼女のあまりに鋭い目付きに僕は一瞬ドキッと身体を震わせた。さっきの女性は僕に気を遣ってか、優しい雰囲気を漂わせてくれていたが、この人にはそんな生易しいものは一切ない。人情が無い…と言うわけでは無いのだろうが、相手に同情して隙を与えるということは決してないのは一目見た瞬間に判別できる。

 

「まぁ、完全に死んでるわけじゃないんだけどね」

 

 とさっきまでショックで倒れていた女性が付け足す。

 そして、彼女はよっと飛び上がって着地すると、畳んでいた日傘を開いてこちらに改めて微笑みを見せる。何もかも見透かしてしまいそうな彼女の笑みは僕はあまり好めないが…。

 

「改めて…、自己紹介させてもらうわね。私は八雲 紫(やくも ゆかり)。そして、隣にいるのが私の式神、八雲 藍(やくも らん)よ」

 

 紫さんと呼ばれる女性が隣にいる藍さんの紹介をして、藍さんがそれにお辞儀をして応える。僕もそれに対して軽く頭を下げる。

 

「突然だけど、貴方はもう一度あの幻想郷(せかい)に蘇ることができるとするのなら蘇りたいと思う?」

 

 彼女は唐突に、そして、あまりにも重すぎる質問を僕に投げた。軽い、生死をそんなに軽く扱っていいものなのか。そして、蘇りたいのかと聞く限り、彼女には僕を蘇生させる力を持っていると断定できる。彼女は化け物なのか?人を蘇らせるなんて普通は不可能なことだ。

 

「君は…君達は何なんだ…?」

 

 僕の素朴な問いに彼女は唇を吊り上げて言った。

 

「ただのしがない一人の妖怪ですわ」

 

「さて、そろそろ結論は出たかしら?行くのかそれとも死を認めて逝くのか…」

 

 自身を妖怪と称した彼女はその少し不気味ともとれる笑みのまま僕に迫る。

 そして、僕自身の出した結論は……。

 

「…やっぱり、潔く死んだ方がいいのかもしれない…」

 

 その選択はフランを見捨てて消えてしまうということ。そしてそれは僕にとっても心苦しいことでもある。だが、僕があと数日の命で蘇ったところで何が変わるというのだろう。フラン冷たく閉ざされた心を少しでも和らげてあげようとしたが、結局は自分の力不足で出来なかった。

 そんな僕が蘇って何になるんだ。

 

「どうせ蘇っても、数日中に僕は死ぬ。たかが数日ではフランに何もしてあげられない」

 

 悔しい。時間が圧倒的に足りない。フランを喜ばせてやりたくても、身体がきっということを聞かない。これでは動かぬ人形も同じこと。唯一違うところといえば自分で考えて会話することぐらいだ。

 これでは……

 

「本当にそう思う?」

 

 見上げてみると、紫さんはその手に水晶玉のようなものを持って僕のすぐ目の前までやって来ていた。

 

「これを見てみなさいな」

 

 そう彼女に言われ、僕はそっと水晶玉を覗き込んだ。

 

『いや…嫌だよ。死なないで…。壊れないでよ…。お願いだから私を置いてかないでよ…』

 

「……フラン」

 

 そこに映っていたのは溢れんばかりの涙を流し、僕の身体を必死に揺らすフランの姿だった。

 

『あなたがいなくなったらまた私はひとりぼっち…。もう…もうひとりぼっちは嫌だよっ!』

 

『私だってあなたのことが好きだよ!大好きだよ‼︎妖怪の私を恐れもせずに接してくれた、そんなあなたが大好きなんだよ』

 

 肩を震わせて泣き続ける彼女の姿に胸が苦しくなる。

 

「彼女、食事もロクに摂らずにあなたを呼んでばかりいるのよ。周りの人がどれだけ説明しても、どれだけ引き離そうとしても、彼女はあなたが今に笑って立ってくれることを信じてあなたのそばから離れようとしないでいる。自分が犯してしまったことへの懺悔の気持ちもあるでしょうけど、それ以上に───」

 

「あなたは彼女に愛されてる。それも誰よりも深くね…」

 

 そんなフランの姿を見た直後、僕は決断した。

 

「…紫さん。僕、幻想郷に帰ります」

 

 その発言を聞いた紫さんの笑みが不気味だったものから暖かく、そして優しい笑みへと変わり、そのままその優しい目で僕を見つめる。

 

「その言葉を待ってたわ。…あの子をきっと助けてあげてね」

 

 

 彼女はそう言うと、水晶玉を隣の藍さんに預けてどこからか扇を取り出す。そして、その扇をひろげた彼女がゆっくりと目を瞑ると、突如として彼女の周囲が赤紫の光に包まれ始める。やがて、その中にポツリと人一人が入れそうな穴が出現する。

 

「さあ、そこから行きなさい。あなたを待つあの子の為に…。ここからは貴方次第よ」

 

 僕はそっとその穴に足を伸ばす。まるで水面に足先を浸けたような冷たさが神経を通じて僕に訴えてくる。だが、僕は前に進む。フランの為…。そして、僕自身の為にも…。

 たとえ、短くても、最期まで一緒にいてあげよう。それが僕の決意であり、僕にとっての義だ。

 

 そうして、僕は意を決して穴の中へと飛び込むのだった。

 

 

 

 

「………紫様」

 

「なにかしら?」

 

「なぜ紅魔館の、しかも幽閉されているような者の為にあの者を蘇らせたのですか?」

 

「……なんででしょうね。私にもよく分からないわ」

 

「…でも、もし説明すると言うのなら───」

 

──昔の私と同じ境遇にたっている者に対する私なりの同情かもしれないわね。──




久しぶりの投稿です。相変わらずの拙さっぷりですが、ここまで読んでいただけることには感謝しかないです。これからも駄文ですが読んでいって頂けると嬉しいです。

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