フランドールと一週間のお友達   作:星影 翔

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4日目 想いと覚悟 その弐

「……しゅ…ん、な…の?」

 

 再会を果たし、今度こそ僕はしっかりとフランの顔を認識する。フランは頭を抱えながらも絞り出すように僕の名を呼んだ。

 

「あぁ、遊びに来たよ。フラン」

 

 一刻も早くフランを落ち着かせねばと、僕は彼女に近づいていく。

 

 だが…。

 

「来ないでっ‼︎」

 

 フランは叫び、突如として僕を拒絶した。僕は思わず足を止め、目を丸くして彼女を見つめる。

 しばらくぶりの再会に喜ぶ時間は与えられなかった。フランが暴れているのは分かっていたし、だからこそ僕はやって来た。その僕がしなければならないのは今のフランに落ち着きを与えてあげること。

 

「大丈夫だ。今行くから」

 

「来ないでっっ!!」

 

 今度は頭に響くほどの声で僕に叫んだ。そして、その直後に数発の光の弾丸がフランから放たれ、僕の足元に直撃し、爆発した。

 

「ぐわぁっ……!!」

 

 空中に身を投げられ、一回転すると同時に身体全体が地面に叩きつけられる。それが肺を圧迫してしまったせいか、何度も咳き込んで苦しい。じーんと鈍い痛みも走る。

 しかし、あれはフランが意図的にしたものではない。もっとこう、身体が勝手に動いたとでもいうべきか、反射的に行ったものだった。

 まぁ、単なる僕個人の勘に過ぎないのだが。

 

「ダメって言ってるじゃん…。私にこれ以上近づいたら、俊が…、俊が死んじゃうよ……」

 

 耳を澄まさないと聞こえないくらいの小さい声。その当人の華奢な身体に目を向ければ、肩が僅かに震えているのが分かる。

 彼女はきっと怖いのだろう。誰かを失うことが、誰かから生を奪ってしまうことが恐ろしくてしょうがないのだ。

 

「私…嫌だよ。今までの子たちみたいに…、今度はあなたに死なれたら、私は……生きていられない」

 

  幼くて小さな身体、しかしそれ以上にフランが小さく感じられる。彼女の悲痛が辺りを漂いながら僕に訴えてくる。

 

「逃げて…、今すぐ…ここから…」

 

 フランはその悲痛を懸命に振り絞った声で僕に伝えると、突然何も喋らなくなった。ただでさえ静かだった空間はまるで、もとより誰もいなかったと錯覚してしまうほどの静けさへと変化していた。

 僕も最初こそ不審に思ったが、じっとしていても何も起こらないと踏ん切りをつけて、彼女へ少しずつ歩みを進めていく。一歩ずつ、一歩ずつゆっくりと…。

 やがて、彼女との距離が目と鼻の先にまで迫ると、そっと静かに彼女へと手を伸ばした。

 

 その刹那、彼女の腕が僕の腕をがっちりと握る。

 

「つっかまえーた♪」

 

 見せた笑みの不気味さに、そして今までのフランとの雰囲気のあまりの違いに全身に寒気が走る。

 そうかと思えば僕の腕に針で刺されたような鋭い痛みが走っていた。目を向けてみれば、彼女は僕の手に牙を突き立てているのだ。

 

「なっ…!?」

 

 傷口と牙との間から漏れ出す赤い液体が指を伝って下へと滴り落ちていく。必死に振り払おうとするも牙ががっちりと刺さっているせいで取れない。下手をすればこっちの腕が取れてしまいそうだ。

 

「うわぁぁあぁっ‼︎‼︎」

 

 思わず声を大にして叫んだ。

 痛い!痛い!!痛い!!!

 その思いがどんどん僕の心に恐怖と焦りを生み出していく。

 だが、どれだけ僕が苦しみ叫ぼうと、フランは一向に牙を離すつもりはないらしい。そればかりか、逆に力が強まっていっているように感じる。

 

「そうよ。もっと叫びなさい。もっともっと、も〜っと恐怖しなさい」

 

 牙を抜いたフランが不気味さに加えて満足げにそう告げると、僕の腹を思いっきり蹴る。

 僕は何の抵抗も為せないまま、壁に身体を打ちつける。一体いくつ打ち身しているだろうか、一体いくつあざができたであろうか。だが、それでも彼女は容赦なく僕を潰しにやってくる。彼女が懸命に抑えていたのはこれだったのかと、そこでようやく理解できた。

 

「まだよ、まだ死んではいけないわ。あなたは私の可愛いおもちゃ。勝手に死ぬなんて許さないんだから♪」

 

 狂気にまみれている彼女はただゆっくりと優しい笑顔で僕の方へ近づいてくる。

 対して僕は慌てて立ち上がろうにもどうしたことか身体が動かない。血まみれの手にどれだけ力を込めても、一向に立ち上がれる気配がない。

 その上、目の前にいる少女は今にも僕を抹殺しそうな勢いでいる。心が恐怖から来る焦りに支配されているような気がする。

 

「フ…ラン」

 

 どれだけ脳から指令を送っても身体はピクリとも動かない。指一本すらも動いてくれない。

 

「もうおしまい?つまんないの。せっかくもっと遊んであげようと思ったのになぁ」

 

 残念だと言わんばかりに僕を冷たい表情で見つめるフラン。

 

「フラン…、目を覚ませ」

 

 懸命にフランに語りかけてみるものの、彼女の冷笑が一層深くなるだけで、何一つとして効果はない。

 

「目を覚ます?それはあなたの方じゃないの?」

 

「あなたは勘違いしているわ。あなたは私のおもちゃ。忠実で、何も喋らずにただ私に遊ばれていればいいの」

 

 フランはハァハァと息切れを起こしてその場に動けずにいる僕に目を向けると、そこで膝をついて僕の頬をその手で優しく触れた。

 

「壊されてみない?みんなみーんな私の手の中で…。大丈夫よ。痛いのは一瞬だけ」

 

 優しい笑み。しかし、それには相手を慈しむ心など無く、代わりにこれでもかというほどのおぞましい狂気が見え隠れしている。

 心も身体も凍りつきそうになる。ただでさえ動かない身体に加え、思考まで止まってしまいそうだ。

 だが、その割に僕は彼女を本気で恐れてはいなかった。何故か、僕には彼女が僕を殺さないと確信していたからだ。理由などない。ただの一人間の勝手な直感であり、妄想に過ぎない。なのに僕はそれを信じて疑わない。一体何故なのか自分にも分からないのだが。

 

「痛いのは勘弁してほしいな…。できればもう少し穏便に……」

 

 平静を装って極めて穏便に彼女に近づく。彼女はそんな僕の願いを意外にも聞いてくれているようで、少しうーんと唸っている。いつものフランが帰ってきたのかと少し期待しながらも咳き込んで彼女を見上げていた。

 

「そうね。確かに壊すのはないわね」

 

 その瞬間、僕の胸がほっと安堵…、今まで生きてきた中で最も安堵した瞬間だった。

 だが、現実とは僕が思っていた以上に非情なものだった。

 

「ふつうに壊すだけじゃつまらないものね?」

 

「……へっ?」

 

 唖然とする僕、彼女のあの恐ろしい笑みが零れるのにまたもや背筋が凍る。

 すると、気がついた時には僕の体は彼女によって抱き上げられ、持ち上げられていた。

 

「落ちよっか♪」

 

「えっ?どこに……うわぁぁぁあぁ!!」

 

 彼女は何をしたのか、僕らのちょうど天井に大きく丸い穴を開ける。それは上に存在する館をも貫通しており、上を見上げれば、綺麗な星空が覗いていた。

 そして今、僕の体は彼女によって雲を越えている。

 

「うわぁぁあぁっっ‼︎‼︎」

 

「フフッ、ウフフッ、アハハ!」

 

 僕の叫びを聞いた彼女はそれはもう堪らないと言わんばかりに嬉しそうに笑っている。

 猛スピードでの上昇、風圧が凄まじくて上を見上げられない。息をするのも厳しい。

 そして、ある程度、言うなれば紅魔館がアリぐらいの大きさになったぐらいで上昇が止まる。

 

「ハァハァ……」

 

「そろそろねぇ…」

 

 彼女はそう言って、前から変わることのない笑みのまま僕の方を向き、僕に告げた。

 

「最期に何か言いたいことはある?」

 

 彼女の甘い吐息が鼻腔をくすぐるが、こんな状況下ではそんなことに意識を持っていくいとまもない。どうすればこの状況を打開出来るのか。いや、そもそもこの状況を打開出来るものなのか。いや無理だ。彼女が僕を連れたまま地上に帰るなんてまずない話だし、今彼女から離れれば天国ルート一直線だ。

 今、間違いなく僕は文字通り修羅場にいる。

 

「本当に落とすのか?」

 

「えぇ、もちろんよ。何?今更助けて欲しいの?」

 

「もちろん。それが叶う願いならば、僕は生きたい。君の為に…」

 

 僕の発した一言、するとフランは動きを止めた。それだけではない。彼女に先程まであったはずの狂気じみた笑みが消えていた。

 

「僕はあと一週間も無い命だ。でも…、その短い間にもしも君の心に少しでも安らぎをあげられたらと思って、僕は君の元を訪れたんだ…」

 

 僕は次々と言葉を彼女に投げかけるが、彼女は相変わらず口をあんぐりさせている。

 

「君が本気で僕を壊したいのなら壊せばいい。それで僕が君を恨むことはない。君が僕のことを必要としないのなら、おもちゃにでもなんにでもしたらいい。」

 

「でも、これだけは君に言いたい」

 

 

 

 

 

「僕は…、()()()()()……」

 

 

 静かに一言、僕は彼女に流れるように本心をぶちまけた。この気持ちに嘘はない。彼女を動揺させようとか、自分が助かりたいと思ったからとか、そんな気持ちは微塵もない。全ては僕の全力の気持ちだ。本当ならこんな事を口にするのは少し抵抗があるのだが、こんないつ死に誘われるかもわからない状況で本心を言わないのはそれこそ心残りになると思ったから、だからこそ思い切って言った。

 彼女は、その言葉が耳に届くや否や、「へっ?」と言わんばかりにパニックになっていた。突然の告白に心が耐えきれなかったのか、顔を赤らめて僕から目をそらした。そしてその時だ、彼女の瞳に一瞬の光が戻ったのは。

 

「………嘘」

 

 しかし、戻った光もまた、直後の彼女の一言でまたもや濁ってしまう。

 

「嘘嘘嘘、嘘よ‼︎あなたは…、あなたは私をたぶらかそうとしているのね。きっとそうよ!」

 

「君がそう思うならそう思えば良い。僕は本心を伝えただけだよ」

 

「うるさいうるさいうるさいっ!!嘘だ、私は騙されないわよ!」

 

 必死になって僕の言葉を否定するフラン。それはある意味、彼女があのいつもの状態に戻るのを恐れていたようにも見えた。まるで、二人のフランが中で葛藤しているような、そんな状態になっている気がする。

 

 なら……、思い切って賭けてみるか。

 

 成功すれば生、失敗すれば死。そして、その鍵となるのはフランの心。

 

「今まで…ありがとう。さようなら……」

 

 彼女は僕の言葉の意味を察したのか、一瞬表情を強張らせた。

 僕は意を決すると、彼女の腕をほどき、その意味通り……

 

 落下した…………。

 

 

「しゅぅぅっっんっ‼︎‼︎‼︎」

 

 最後、フランが僕の名を叫ぶのが聞こえた気がした…。


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