フランドールと一週間のお友達   作:星影 翔

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文章的におかしなところを訂正させて頂くにつきまして、全体を少し改変させて頂きました。すいません。


3日目 紅い館の従者との再会、そして現れたその主人

 目を開くと久しぶりの白い天井だった。あの紅かった景色から一変したこの場所を見た僕にはまるで世界から色が抜けたかのように感じられた。

 

「帰ってきた…のか」

 

 病室のベッドの上で自身の両手を眺め、そして再び天井を見やる。

 不思議な夢でも見ていたのだろうか?辺りが紅色で包まれた屋敷のことも、可愛くもその胸に様々な思いを秘めた彼女のことも、ただの幻想だったのか…。

いや、違う。確かに彼女はいた。

確かに僕は彼女に触れ、会話し、笑い合った。その時の実感は間違いなく本物だった。夢のような朦朧としたものではなく、その一瞬一瞬がはっきりと頭に記憶されている。間違いなくあれはもう一つの現実だった。

 しかし、実際僕はこの病室で眠り、そしてその間にあの現実へと足を踏み入れた。僕が何を言ってるのか分からない人も大勢いるだろう。当然だ、僕もまだよく分からないんだから…。

 

「無事でよかった…。本当によかった……」

 

 そんな時でも、こうしてオーバーに心配してくれているのはいつもの母さんだ。母さんいわく、僕は一日中ベッドの上で昏睡状態だったらしい。僕に何かあったんじゃないかと母さんはずっと僕の病室から離れなかったとも看護師さんから聞いた。ありがたいんだけど、親バカなんだよなぁ…。

 

「大丈夫だよ。そう簡単に死ぬつもりないし」

 

 心配する母さんにそう言うと、母さんはなぜか目を丸くして、僕をずっと凝視していた。「何?」と口を開いてみれば、母さんは一瞬ぎょっと身体を硬直させると、慌てて「いやいや」と両手を横に振った。

 

「珍しいわね。いつもは後ろ向きな事しか言わない貴方が『簡単に死ぬつもりないし』なんて言うなんて…」

 

 母さんに言われて「あっ…」と思わず声をあげた。余命を宣告され、暗い絶望の底に沈んでいた僕はいつのまにか考えそのものすら暗くし、気付けば、僕なんてもう死んでもいいやと自暴自棄になっていた。そんな僕が生きたいと口にしていたんだ。何故かは分からない。

 

…いや、もしかすると、彼女に出会ったからなのかもしれない。

今思えば、彼女と会話したあの時は、確かに楽しかった。

 そして、それは僕が生きてて楽しいと気付かないうちに意識させていたんだ。

 

「母さん、僕さっきまで不思議な夢を見てたよ…」

 

 それを聞いた母さんは「そっか…」と少し微笑んで呟いた。まぁだからって何かが起こるわけもないが…。

 

「お母さんも昔にね、不思議な夢を見たんだけど、最近になってやけにその時の夢を思い出すの」

 

「母さんも?」

 

 母さんに問いかけると、母さんは虚空を見つめて暫く固まる。そして、

 

「あの紅かった月、その下には蝙蝠の羽をつけた女の子が私に向けて満面の笑みを浮かべていたの」

 

 そう母さんは懐かしそうに呟いた。

 

「もうほとんど覚えていないんだけどね…」

 

 それから母さんは「身体には気をつけるのよ?」と僕に釘をさすと、病室を後にする。僕は「はいはい」と適当に流しながら、病室のベッドの上から母さんを見送った。

 

 沈黙が再び辺りに漂う。

 

「…………よし、行くか」

 

 僕はベッドの中に潜り込んで再び眠る。正直言ってさっきまで眠っていたからあんまり眠くないんだけど…。病室(ここ)にいたって退屈だし、彼女と少しでも長くお話したいし。

 

 そして僕は半ば無理矢理眠りについた…。

 

 

 

「………はっ‼︎」

 

 僕は目覚め、辺りを見回す。いつもの紅い壁、天井、床、シャンデリア。

 しかし、前回と全く違う部分がある。

 

……拘束されてる‼︎

 

 気付けば、両腕両足が鎖で固定されており、自由が効かない。その上、鎖はかなりキツく巻かれており、箇所においては鎖が食い込んで皮膚から血が滲んでいた。

 

「やっと起きたのね。寄生虫さん」

 

 聞き覚えのある声だった。前にフランと口論になったメイドさんと声が似ていたのですぐ彼女だと断定することができた。

 

「なんだよこれ、早く解いてくれよ」

 

 僕は鎖をジャラジャラと鳴らしながら解放するように頼むが、にも関わらず、彼女の目は冷たいままだった。

 

「貴方が妹様と親しくなろうなんて…百年早いわ」

 

 すると、彼女の手にはいつのまにか銀色に光るナイフが何本も握られており、僕がそれを認識したその直後、気付けばそのナイフは僕の首筋を沿うようにして壁に突き刺さっていた。突然の出来事に硬直し、何も口にできなくなる。首筋に伝わる冷たい刃の感触が

僕に「死」を直感づけられる。小さく震えている僕に、彼女はまたしてもナイフを構え、僕の前に悠然とたたずんでいる。

 

「最期に何か言い残すことはあるかしら?」

 

 彼女にそう諭され、僕はパニックになりながらも懸命に考える。どうせ僕の命そのものは長くはない…。

 

 でも、心残りがあるかと聞かれれば、僕にはある。あのフランドールという少女は家族の中で孤立しているらしく、その上、姉を嫌っている。そんな彼女に最期に言い残す言葉があるとすれば…それは………。

…ダメだ、彼女に相応しい言葉が見つからない。あの悲しげな瞳が映す彼女の傷だらけの心を癒してあげられる言葉が…。

 

「時間切れよ」

 

 そんな中、彼女の冷たい言葉が耳に木霊する。

 

「さようなら」

 

 そして、彼女はナイフを一本構え、身動き一つ取れない僕に少しずつ少しずつ近づいてくる。そして、目前まで接近すると同時にナイフを振り上げた。思わず目を瞑り、直後に来るであろう痛みに耐えようとした。

 

 その時だった。

 

「待ちなさい、咲夜」

 

 突然の声に戸惑う僕、しかし、メイドさんはすぐに僕の目前から姿を消し、気付けば彼女は僕から数メートル離れた地点でその場に膝をついていた。

 そして、その跪いた先の人物の姿に僕は驚愕せざるを得なかった。

 

 彼女の跪いた先にいた人物、それはいかにも幼い少女の姿だった。桃色のドレスに青い髪、頭にはドレスと同様に桃色のナイトキャップを被っている。

 彼女は跪くメイドさんの横を通過して殺される恐怖に震えていた僕の前へと立つ。

 何をされるのかと不審に思う僕。すると、彼女は壁に張り付く僕を引き出すべく鎖をその手で引きちぎり、彼女は僕を解放して僕に向かいあわせる。

 彼女は改めて僕を見つめてきたかと思うと唐突に問いただした。

 

「貴方に聞きたいことがあるの」

 

「は、はい」

 

 状況を理解できない僕はただその問いに「はい」と答えるしかなかった。

 

「まず貴方はどこから来たの?」

 

 彼女の質問は至って簡単でシンプルだった。だが、現状況の僕にとってその問いは他の何よりも難問だった。何しろ、僕ですら何故にここに来れるのか知らないのだから。

 

「……分からない」

 

 僕はそう回答せざるを得なかった。

 

「分からない?」

 

 当然彼女は首を傾げた。でも仕方ない。分からないものは分からないんだ。

 

「…ふーん、分からない…か」

 

「お嬢様、こんな意味の分からない答えを言うような奴です。第一、こうやって二度もここに来ているのですから絶対ここへの往来のしかたを知っているはずですわ。恐らくは私達に話したくない事、知られたくない事でもあるのでしょう。今なら始末できます」

 

 メイドさんは一刻も早く僕を殺してしまいたいようだった。危険分子は早く排除したいということだろうか。

僕は自らの行動でこの場をどうにかしようとすることを諦めることにした。僕は運命にすがることにしたんだ。これが報われずに死んでも本来余命が僅かしかない僕にとっては別になんとも思わない訳だから。

しかし……………

 

「いえ、この子は殺さない。いや、殺してはいけないの」

 

 彼女は僕を殺そうと進言するメイドさんを制止するばかりか、むしろ逆に僕を護ろうとしてくれている。何の為かは分からないが、ありがたいことには変わりない。

 

「フランはこの子を気に入ったのよ。その子を殺せば、またあの子(フラン)は心を閉ざしてしまう」

 

 いとも冷静にそう言い放つ少女の横でメイドさんが歯ぎしりする。

 

「貴方はフランとどれくらい関係が深いのかしら」

 

「えっと…」

 

 どれくらいって言われてもなあ、気軽にお話しする程度だし、言うほど親密でもないんだけど。

 

「そうですね…。だいたい………」

 

ドオォォォッン‼︎!

 

 その瞬間、館が揺れた。その場にいた全員がバランスを崩してよろめき、地面に倒されまいと懸命に堪える。

 

「な、なに⁉︎」

 

 動揺する彼女。それは僕も同じだ。地震かと一瞬思ったが、それにしては揺れ方がおかしい。初期微動なんてものはなかったし、揺れ方もあまりに突然だった。

 

 ふと前方の二人に視線を向けると、二人も不安を隠しきれないようで、館のあちこちに視線を向けてはお互いを見合っていた。

 

「フランが…、フランが暴れてる……」

 

 その時、僕は彼女が思わず零した一言に驚愕せざるを得なかった。この揺れが彼女によるものとは普通は考えられなかった。吸血鬼がそれくらいの力を持っていると考えるのは容易いのだが、僕が驚いたのはそこではなく、なぜ彼女はそのような行動に出たのかが納得できなかったからだった。

 

「フランが…」

 

「……………うっ⁉︎」

 

 突如として胸が痛み始めた。息切れし、冷や汗が止まらない。その上、目の焦点もあわずに僕は思わずその場に倒れる。

 

やめてくれっ!まだ覚めないでくれっ!

 

 懸命に願った。どことも分からない、言うなれば神のような者の存在に願った。もしかしたらこれが永遠の別れかもしれない。でも、せめて最期に彼女に一言言いたいんだ。

 

 しかし、僕の思いも虚しく、僕は胸の痛みとともに意識を失ってしまったのだった…。


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