最近のニュースを聞きながら、僕はこの世界に住む人間という存在に飽き飽きしていた。僕がこうして死の時を待っている今も、何処かの国がミサイルを発射したとか、そうかと思えば、芸能人のつまらないゴシップニュースが目につく。全くもって死が間近に迫った人間にはどうでも良い話ばかりだ。
どうせ、僕が一人世界から消えたぐらいでこの世界が変わる訳でもなければ、悼んでくれる人間が大勢いる訳でもない。いないよりかマシであろうが、この気持ちだけは中々上向きになれない。
暗く荒んでいた僕だったが、ある日、僕はとても奇妙な人に出会ったんだ。
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「起きた?」
目が覚めた僕は、すぐそばで覗き込んでいた彼女を見て少し驚いたものの、特に慌てることなく「おはよう」と挨拶する。驚き慌てる僕を見たかったのか、予想外に冷静な反応に彼女は少しムッとした表情を見せた。
「お〜は〜よーーうっ」
無駄に長く、ムッとした彼女の挨拶に苦笑いで返しつつ、ベッドから起き上がった。
彼女の名前はフランドール・スカーレット。昨日知り合った吸血鬼の女の子。特徴を挙げるならば、金髪でサイドテール。白に赤い紐の巻かれたナイトキャップに服は全体的に赤を基調としたドレスで、吸血鬼の最大の特徴である深紅の瞳と翼を生やしている。
ただ、彼女の翼は僕らの世界の史料に載っているような蝙蝠の翼ではなく、翼に宝石のようなものが七つ、それぞれに赤、オレンジ、黄、黄緑、緑、青、紫の順にぶら下がっている。思わず、見入ってしまいそうな程綺麗なのだが、それが彼女の持つ翼だと思うと少し違和感を覚える。翼膜がないので飛べるのかと疑問にも思うし…。
「フランの
思いきって質問してみると、彼女は自分の翼を見ながら二、三回揺らすと、「うん、勿論飛べるよ」と無邪気な笑顔でそういった。僕も彼女の翼についたその綺麗な翼に触れてみる。
そんな時だった…。
カッ、カッ、と誰かがこちらに近づく足音が耳に響く。
誰か来たのかと無意識に彼女を見ると、彼女は青くなって、
「早く、どこかに隠れて!」
そう言って、辺りをキョロキョロと見回す。
あまりに突然の出来事に僕は彼女の言っている意味を理解できぬまま、狭いベッドの下へと隠れる。そして、そこで息を殺しながら、この部屋の扉をじっと見守った。
すると、ゆっくりと部屋の唯一の扉がギィィと軋んだ音を立てて開いていく。
そしてそこには、華奢な足がこちらに向かってやって来ている。そして、眼前にまでやって来ると、上にいるフランに声を掛けた。
「妹様、ご無沙汰しております」
「えぇ、本当に退屈しているわ」
やって来た人は女性だった。しかし、その女性に対してのフランの声には、さっきまで僕に言っていたような優しげと可愛げがまるで感じられなかった。もっと冷徹で今にも殺してしまいそうな冷たい声にはそれ以上の悲痛のようなものを感じた。
ただ、それだけしか言葉を交わしていないにも関わらず、もう既に辺りにそれ以上会話することのできないような冷たい沈黙が続いていた。
「お元気そうでなによりです」
「そうね、残念ながらまだ死ねないようだわ」
何を言っているんだフラン⁉︎けれど、そんな疑問の回答は意外にも簡単に知ることができた。
「お姉様にとっては、私なんて邪魔なんでしょ?だからこんな暗い部屋に私を閉じ込めた。人間だったらあんなに簡単に壊れるのに…、私は残念ながら吸血鬼として生まれてしまった。お姉様としては、要らない存在だったのよね。きっと」
「そんなこと……」
「はいはい、分かっているわ。『お姉様は私を思ってそうしている』でしょ?」
訳を話そうとする女性の声を遮り、フランの悲痛が声に出る。
「言っとくけど、今の私がお姉様に会おうものなら、お姉様を壊すことは必至よ。そして、それ以上お姉様の話を持ち出すのなら、咲夜、あなたの命も保証できないわよ?」
「……私は、いつか妹様とお嬢様が仲を戻して、お互いを家族として大切になさってくださる日を待ち望んでおります」
女性は身体を翻し、ゆっくりと扉を開け、そして「失礼します」と残して扉を閉めた。
女性の気配が完全に感じられなくなると、僕はホッと一息。
「お姉様、大っ嫌い…」
フランも一言、そんな独り言を呟く。
その後、ベッドの下で大きく溜め息を吐いている僕の目の前に彼女は顔を覗き込む。
「ごめんね。あんなとこ見せたくなかったんだけど…」
少し微笑を浮かべて言った彼女に僕は何も言ってやれなかった。
かける言葉が見つからない。っていうのはこういうことなんだなとつくづくそう感じた。今もこうして彼女は微笑んでいる。胸の中に計り知れないほどの闇を抱えて…。
「私って、必要ない存在なのかな…」
「そんなことないよ」
ベッドの下から這い上がりながら僕は彼女にそう伝える。
「君は僕の落ちていく気持ちを変えてくれた。君自身は分からないかもしれないけど、僕には君がいなければ、多分、何もしないまま死んでたかもしれない」
実際、本当に変わっているのか僕にも分からないところがある。でも、この不思議な出会いが僕の心持ちを変えていっているのは分かっていた。彼女のお陰で、この絶望ばかりだった日々に少しずつ希望を持てている。
「あなたって不思議な人間ね。今までも何人か人間がこの地下にやって来たけど、あなたみたいな人は初めてよ。皆、私を見るなり逃げちゃって話にならなかった」
彼女も悲しかっただろうことは想像に難くない。見た目もそう変わらないどころか可愛いと思えるような姿なのに、ただ一つ、吸血鬼だという理由で避けられたんだから。でも、多分僕も同じことをしていただろうと思う。吸血鬼と聞いて恐れを抱くのもあるし、殺されるんじゃないかという恐怖もある。ただ、僕が周りの人間と違うのは、僕には寿命がすぐそこまで迫ってきているということだ。だから、吸血鬼に会ってもなんとも思わなかったし、むしろその先の人間性を観察できていた。
だから、僕はこの娘が純粋で無邪気な姿を知っている。彼女が周りの環境に悩んでいるのも分かる。おそらく、彼女が出会ってきた人間という存在の中では一番彼女の心に寄り添ってあげられるんじゃないだろうか。もしも、彼女の心に寄り添えるのなら、僕はこの娘の為に死ぬ最期まで寄り添ってあげたい。それが、死があと僅かに迫った僕にできる唯一の人助けだから…。
「もしも、君のお姉様が君のことを嫌っていたとしても、周囲の人間が君に恐怖を抱いたとしても、僕は君から離れないからね」
「絶対に?」
「絶対だよ」
そう言って僕は彼女に右手の小指を差し出した。
「これは、約束を守りますっていうおまじない。フランも」
フランもそっと小指を差し出し、そして僕は言う。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」