フランドールと一週間のお友達   作:星影 翔

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今回はレミリアとフラン、そして俊との関係性を裏付けるような感じに仕上げました。


4日目 共に歩んだあの日々を

 フランが俊の元へと再び向かい、美鈴に諭された私はしばらく館のテラスで紅茶を啜りながら空に浮かぶ満月を眺め、一度心を落ち着かせようとしていた。

 

「………」

 

 いつ見ても満月は美しい。妖怪は月の光なしには生きられないが、それ以前に月には魅力が沢山ある。この感性は妖怪特有というわけでもないようで、私達と同じように人間達も空に輝く月へ様々な思考を投げかけ、想像し、作り上げてきた。人間も妖怪も昔から月という存在に心を動かされてきたのだ。そして私もまた、そんな月に心動かされた者の一人だった。

 

「……咲夜」

 

「はい、なんでございましょう」

 

「あの子に出会ったのも確か今ぐらいの頃だったかしら?」

 

 咲夜は少し唸り、少し、確信半ばで答える。

 

「あの子というのは『宮岡 つぼみ』のことですか?」

 

「えぇ、正解よ」

 

 彼女に最後に会ったのはもう二十数年も前の話。私がフランへの認識を改めたきっかけでもあった。

 咲夜は彼女を知らない。私が話したことをいつまでも覚えているだけ。

 

 これは私が初めて仲を深めた人間との出会いのお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月が綺麗ですね」

 

 彼女は紅く輝く月をじっと見つめながらそれを口にした。

 

「…そうね」

 

 私は人間が大嫌いだった。狡猾(こうかつ)で卑劣で、何より私の大切なお父様とお母様を傷つけ、意識そのものを失わせた元凶たる存在。それだけではない。奴らは突如として私とフランを捕らえ、そして彼らは私達に(おびただ)しいまでの暴力を与えた。

 彼らは私が妹想いなのを承知の上で妹へ過激なまでの暴力を振るった。妹への暴力をむざむざと見せつけられた私にとって人間は憎悪と怒りの対象に過ぎなかった。結局、私は隙を見て反撃に出ると、不届き者どもを木っ端微塵に壊滅させた。そして、瀕死のフランを助け出し、彼女に刻まれていた傷や滲み出る血、そして何よりも苦痛に歪んだフランの顔を目の当たりにした私はある決意を胸に刻んだ。

 

『二度とフランを離しはしない。絶対に守り抜く』と…。

 

 それから私は辺りを力の限りを尽くして暴れまわった。そして、付近の人間たちを皆殺しにした。吸血鬼の存在を世に知らしめるために…。奴らが二度と私達に近づかぬ様に…。

 だからこそ正直な話、驚いた。人間は皆、吸血鬼を見れば恐れをなし、逃げ去っていくものばかりと思っていたのに、彼女は違った。私を恐れるどころか、むしろ誰よりも落ち着いてその場に佇んでいた。その光景を見た私は長年恐れられてきた吸血鬼が人間達と分かりあえる時がきたのかもしれないという淡い希望に一瞬喜びを感じ、その直後にやってくる忌まわしき記憶を嫌悪した。

 

「逃げないのか?人間」

 

 威圧するように彼女の背を睨みつけ、尖った口調で言う。

 そんな殺気溢れる私を(たしな)めるようにさらりと優しい風が吹き抜け、彼女の髪を揺らす。そして、私の方へと向き直ると、ニコッと優しく微笑んで見せた。

 

「はい、逃げないですよ」

 

 どうにも気に食わなかった。優しくもどこか気高いその姿が、真っ直ぐ見つめてくるその純粋な瞳が汚れきってしまった私との明白な違いを生んでいた。だからこそ、私はそんな純粋な人間を憧れようとしていた。けれど汚れた私にはもう届くことのない事実だということに気づかされて余計に彼女への怒りが込み上げてくるのだ。

 

「それはつまり、私に殺されても、とって食われても構わないと…?」

 

 食い殺される。そんな言葉の恐怖に頼ってみる。流石に恐怖心を呼び起こせるだろうと踏んだものの、そんな考えは彼女の直後の言葉に完全に破られた。

 

「別に構いませんよ」

 

 一切の迷いなく、彼女は言い切ってみせた。その笑顔を何一つ崩さず、しかも躊躇なくそう言う彼女に思わずこっちが狼狽(うろた)えてしまった。

 

「本気で言ってるの?」

 

「もちろんですよ。殺すならどうぞ、私の首をはねるなり、心臓を抉るなりお好きにしてください」

 

 気でも狂ったか、もしくはこれ以上生きたくないのか…。いや違う、彼女の表情から見ても全てを諦めたようなそんな顔とは程遠い。希望に満ちている私の憧れる人間そのものだ。その優しげな目も決して錯乱しているわけではない。優しくも真っ直ぐなその瞳はしっかりと私を見つめている。

 

「どうして?どうしてそこまで言えるの?」

 

 分からない。理解が追いつかない。 死にたくないなら逃げればいい。人間らしく尻尾を巻いて吸血鬼に恐れ戦けばいい。なのに彼女はなぜ平然としていられるのか。

 

「どうして…ですか…、そうですね……」

 

「あなたは簡単に人を殺すような人じゃない。今はそんな殺気溢れる顔をしていますけど、あなたの顔から見ていれば本当はそうじゃないことぐらい分かります」

 

「……っ…」

 

 気付けば視界がぼやけていた。生ぬるい何かが目の辺りから零れて私の口元にそれが入り込む。それがまたやけにしょっぱく感じて、その正体が涙ということに気づくのにそう時間はいらなかった。

 嬉しかった。きっと今の私の感情はそういうやつなんだろう。会ったばかりなのにも関わらず、彼女は私が広めた吸血鬼(バケモノ)という先入観にとらわれることなく、私を一人の『人』として見てくれたことが嬉しかった。

 

「……なんで」

 

 嬉しいはずなのに、泣く理由なんてなかったのに涙が止まらない。私が涙を懸命に拭っていると、彼女は一つの望みを口にした。

 

「私の友達になってくれませんか?」

 

 その言葉が何よりも重く私の心に突き刺さった。「友達」になる。心の大半はそれを歓迎したが根底に潜む呪縛が私に巻きついて離さなかった。

 

(お前は吸血鬼だ。吸血鬼が卑劣な人間ごときと肩を並べるなど、あってはならない。それにお前は吸血鬼である以前に一人の殺人鬼なんだよ。人殺しの分際が自分への救いの光を欲するなどおこがましいにもほどがある)

 

 人間は私のお父様とお母様の意識を奪い、最愛の妹に耐え難い傷を負わせた。許せないのは当たり前であるし、それに復讐したのは間違っていないと今も思ってる。

 けれど、目の前の彼女は違う。彼女はまだ人を殺すことも傷つけることすらもしたことがないに違いない。彼女の目を見たらわかる。人を殺すというのはその時点で二度と這い上がることの出来ない沼に足を伸ばしてしまうということ、最初は白かった服が一度黒く染められてしまえば、もう元の白色には戻せないのと同じ。

 この子は純粋な子だ。故に私と一緒にいるというのは良くない。きっとこの子は私に染められてしまう。戻ることない濁った世界(わたし)に……。

 

「私がいたら貴方はきっと穢れてしまう。貴方は私が羨ましくなるくらい純粋で穢れていない。それに対して私は既に沢山の人間を手にかけて、殺し、蹂躙した…」

 

 何度も止まりそうになる口を心の中で必死に叱咤してそれを絞り出す。

 

「わかる?貴方が友達になりたいという吸血鬼はこんな愚かな奴なのよ?それでも貴方は友達でありたいと思う?」

 

「もちろんですよ。当然じゃないですか」

 

 目を見開いて彼女から視線が離せなかった。ここまで言ってもまだ私と友でいたいと望む。その心が正直なところ良く分からなかった。理解が出来なかった。もしかしたらただ単にからかわれているのかもしれない。騙されているのかもしれないとさえ思ってしまう。

 でももし、もし私が望んでもいいのなら…私は……

 

 

 私は彼女と友達になりたい!!

 

 気づいた時には私の肩は酷く震えていた。

 

 

「…いいの…?本当に友達に…なってくれるの?」

 

 ふと頬に触れるとさっきとは比較にならないくらいの涙が次々と零れだしていた。けれど、それは辛いとか悲しいとか、そんな悲観的なものではなく、純粋に嬉しいという感情からくるものだった。

 

「ええ、もちろんですよ。よろしくお願いします、レミリアさん」

 

「…そういえば名前をまだ言えてませんでしたね」

 

「私は、宮岡 つぼみです。ではまた今度会いましょうね」

 

 そう言いながら一人帰っていく彼女の笑顔が何よりも明るく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日以来、彼女とは毎日のように顔を合わせた。一緒にお茶会したり、部屋でチェスをやったり、とても時が経つのが早く感じた。からかいあったり、何気ない会話に花を咲かせ、とても幸せな時間があっという間に過ぎていった…。

 その頃にはすでにフランは私によって地下へと幽閉されていた。涙の流して必死に哀願するフランと目を合わせることも出来ないまま、私はフランと離別した。施設での一件以来、フランも時々、人間に苦しめられた忌まわしい記憶がフラッシュバックするらしく、突然暴れまわることが多くあった。当然、私やパチェがすぐさまフランを止めるのだが、彼女の暴走によって少なからず周りのメイドたちは傷を負った。下手をすると死んでしまう者さえあったくらいだ。それによって今までは良好な関係を築いていたはずのフランとメイドとの関係はすぐさま崩壊し、メイドたちはフランに恐怖して寄り付かなくなってしまった。その光景を見た私は恐怖した。従者が殺されてしまうかもしれないという恐怖があった。だが、それ以上に私が恐れたのはフランの人間関係の崩壊だった。もし仮にフランが外で親しい友達が出来たとして、その時にフランが暴走してしまえば、きっとその友達はフランに恐怖し、メイドたちと同じような道を辿ることになるに違いない。あの子の為にもそれだけは何とかしたかった。

 私の行動は間違っていないと信じていたものの、私の脳内からフランへの心配が消えることはなかった。私が彼女を幽閉したことで、少なからずあの子の心に傷を負わせてしまったのは間違いない。それを癒すことは私ではもう叶わない。もう何をしてもフランの私への怒りが消えることはないだろう。動かしようのない事実が私の頭を悩ませ続けた。

 そんな日常から一年が経った頃、私はふと彼女にフランのことを告白した。フランの能力は誰にも抗えず、危険だったから地下へと幽閉したこと。私の家族のこと、私の決意についてのことも…。

 

「確かにフランちゃんの能力は危ないのかもしれない。けど、だからってフランちゃんに外の世界を見せてあげないのはその子の成長にもならないわよ?」

 

 理解していた。自分に自信を持てない私にはそれを言ってくれる人が必要だった。そして、今こうして私に言ってくれるつぼみのお陰で決心がついた。

 けれど、その頃からフランは私を憎んでいて、とてもじゃないけど話なんて聞いてくれる状況ではなかった。つぼみも協力してくれたが、フランを取り巻く感情は私や私の友達であるつぼみでも取り除くことはできなかった。

 そして、つぼみはある提案を私に持ちかける。

 

「こうなったらフランちゃんの心を開いてくれる可能性のある人間を定期的送ってみるしかないと思うわ…。いつ心を開いてくれるかは分からないけれど……」

 

 苦肉の策を私に明かすつぼみ。けれどそれは途方もなく遠い道のりであり、身を結ぶ可能性も極めて低い。もしかすればこのまま和解できないまま、つぼみを失い、最後には私も死ぬことになるかもしれない。

 しかし、つぼみの考えはそれだけではなかった。

 

「私ね、外の世界に行ってみようと思うの…」

 

「えっ…?」

 

 私は驚愕し、同時に酷く悲しみを覚えた。あれほど親しかったつぼみと離れるのは心苦しくてたまらなかった。しかし、これもつぼみなりの可能性の模索でもあった。

 

「外の世界の人間を幻想郷に送ることができるのか分からないけど、幻想郷の中だけだったら人間も少ない。限界があると思うの…。だったら私が向こうに行って少しでもその小さな可能性に賭けてみようと思ったのよ」

 

「でも、外に行ってしまえばもう私達は会えなくなるかもしれないのよ?せっかく仲良くなれたのに離れるなんて嫌よっ!」

 

「じゃあ、レミリアはフランちゃんが苦しんでてもいいっていうの?」

 

「それは…」

 

 何も言えなかった。確かにフランには助かって欲しい。心の支えになる存在に出会って欲しかった。けれど、フランのために自分の心の支えを失うのもまた、辛く苦しいものだった。

 結局、私の制止にも関わらず、彼女は外の世界へと旅立ってしまった…。

 

 

 あれから二十年、今も彼女とは連絡を取れていない。けれど、きっと彼女は元気にしているだろう。なぜなら…

 

 こうして俊がフランの心を開いてくれているのだから…。

 

 あの子が貴方の代わりに約束を果たしに来てくれたのよね、つぼみ。

 なら、あの子を助けるのは貴方の友達である私の役目でもあるのよね。

 分かっていた。きっとこれは彼女のメッセージでもあるんだと、フランを助けてあげてという言葉を俊を通じて私に伝えてくれたのだと。でも長い時を経るに連れて私の心はどんどん小さく荒んでしまって、いつのまにかそんな事も察せないところまでになっていた。

 

 もし、俊がそのためにフランに会いに来てくれたのだとすれば…。だったら…私は彼女の友達として、フランの姉としてその役目を果たす必要がある。

 

「咲夜、ちょっと出かけるわ。ついてらっしゃい」

 

「はい、仰せのままに」

 

 私は館を発つ。翼を大きく広げ、力一杯に地を蹴ると、空中に身を投げた私は全速力でフランの後を追った。




最後の方が手抜きになってしまった…。一応説明しておきますと現時点での咲夜は十八、九歳くらいの設定です。あと、つぼみも俊の母なので、今の年齢的には大体四十一、二歳くらいに考えています。なのでつぼみとレミリアが出会っている頃には咲夜は生まれてなかったことになりますね。
まだまだご意見、ご感想お待ちしています。気軽にどうぞ。

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