フランドールと一週間のお友達   作:星影 翔

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アデノウイルスにかかってやられてました。申し訳ないです。


2日目 願う者と説く者 その弐

「一体こんな所になんの御用かしら?」

 

 私たちはピンク色の髪をした女性にそのまま案内され、そこで改めて向かい合った。妙な雰囲気を醸し出す彼女を相手取るのには少し緊張と恐怖を感じたが、俊を生き返らせるためだ。背に腹はかえられない。

 

「単刀直入に言うわ。俊を生き返らせて…」

 

 すると、彼女は「まあまあ」と嘲笑にも似た笑いを浮かべると、どこからか扇子を取り出して広げ、口元を隠した。洞察されないためだろうと予想するが、実際はどうなのか分からない。

 そして、しばらく沈黙が続き、ついに彼女が扇子を下ろしたかと思えば、さっきまでの優しげのある顔はどこへやら、まるで威圧するような強い表情で私を睨みつけた。

 

「死というものは、生者が等しく持つ権利よ。死にかけていた者が蘇る程度ならまだしも、この世界の生活に慣れ、この世界に存在し続けて長い者にそれは許されない。死者が蘇るなんてことはあってはならないの。絶対」

 

 最後に強く「絶対」と言ったところに彼女の強い意志が感じられる。横を見てみれば、俊は何やら俯いて仕方ないとでも言いたげな姿を私にさらしていた。彼女がなぜそう答えるのかをおそらく彼は知っている。短くもあれだけ一緒にいた仲だ。なんとなくそんな予想はできる。

 けれど、だからといって私が俊を諦める理由にはならない。

 

「だから何?」

 

 そんな私の発言に彼女は一瞬戸惑ったようだった。

 

「私は俊を生き返らせたい。その思いで、その思いだけでここまで来たの。許されない?それが何?私に引き返せとでもいうの?それこそ勝手ね。言っとくけど、私は俊を取り戻さない限りあきらめるつもりは毛頭ないわよ」

 

 私はむしろ強気に出る。睨みつけられたのだからと逆に睨み返し、強い口調でそう言い放った。しかし、彼女は堂々とした姿勢を崩さず、むしろ不敵な笑みを浮かべたかと思えば、しまいには声をあげて笑った。

 

「ふふっ、なるほどねぇ…。でも、それがどうしたのかしら?貴方が諦めようが諦めまいが、私が協力しなければ彼が蘇ることもないのよ?」

 

 勝利を確信したかのように彼女は高らかに笑う。実際彼女の言う通り、どれだけ私が(わめ)こうが何しようが彼女からの協力が得られなければ無意味だ。さすがに館の周りをうろつく(バカ)の異名を持つあの妖精のような知識のないやつではないのだからこれくらいは考えついて当然だろう。いつもの(あいつ)なら知識がないために話が通じず、なぜか(あいつ)の方が腹を立てたりで弾幕による直接の戦闘に持ち込まれるのだが、今回ばかりはそんな甘い状況ではなかった。話が通じない相手とは大概最後は力ずくでの戦闘になる。そんな場合になってしまえば当然この私が負けるはずもなく、いつも相手をボコボコにして終わる。そんなことが大半だったし、力ずくでの戦いは余計なことに頭脳を使わなくて済むし、そのおかげで戦いに集中できるから楽だった。

 けれど、今回は違う。相手もなかなかの手練れ。弾幕戦などの直接戦闘に強いのはもちろんのこと、頭脳戦だって得意に違いない。こちらから動くのは恐らく分が悪い。そして何より…

 

 彼女には()がない…。

 

 念のため説明しておくと、この世界のあらゆる物体には()と呼ばれる一番緊張している部分があり、私にはその目を自由自在に動かし破壊することができる能力が備わっている。()を破壊された人間や物体はその存在を維持できず、まるで内部で爆発が起こったかのように体を破裂させ、人間なら血肉や骨、ぬいぐるみなら中に入っている綿などを飛散させる。目を自分の手元に動かしてそれを握りしめることで破壊することから私はこのことに「きゅっとする」という表現を使う。この事実を知る者なら私の言うこの言葉は悪魔の呪文とでも言い表せるかもしれない。

 けれど、この行為が行えるのは相手に()あったときのみだ。何らかの理由で目がない相手は当然だが殺す(こわす)ことはできない。目がない奴なんてほとんどいないものだが、例外だって少なからず存在する。それは幽霊や亡霊などの()()()()()()()()だ。実態を持たない者というのは簡単に言えば直接相手に触れられない者のこと。そういう輩にはどうしてか目が存在しない。そして面倒なことに今目の前にいる相手も亡霊であり、私の能力は行使できない。全くもって不利な状況だ。

 でも、それが何だっていうんだ。私は俊のことが大好きで、俊を生き返らせるためなら何でもする覚悟でここまで来た。協力してくれないのなら…

 

 だったら、無理にでも協力させればいいだけの話だ…。

 

「何となく分かってたわよ。あなたが俊の蘇生に協力してくれないことくらい。でもね…、なら無理やりにでもいうことを聞かそうって考えることぐらいあなたにはお見通しよね」

 

 私の好戦的な笑みに対して彼女も受けて立つといわんばかりの不敵な笑みで返してくる。一触即発の事態に俊が隣でおどおどしていたが、この際関係ない。彼のためでもあるんだ。

 

「やめてくれフランっ!僕のためにわざわざそこまで危険を侵さなくても…」

 

「黙って俊。私はただあなたを救いたいだけなの。あなたと一緒にまたあの館に…今度はお姉様たちも一緒にあの館で暮らすの。そのためだったら命なんて軽いもんよ」

 

 俊はまだ何か言いたそうだったが、私が少々威圧気味に言葉を発したせいか、彼は黙り込んだ。直後、少し強く言い過ぎた気がして後悔したが、それほどまでに私が彼を大切に想っていることを理解してほしかった。けれど、今はとにかく目の前の彼女をどうにかしなければと、さっきまでの後悔を心の中で揉み消した。

 

「ふふっ、美しいわね。相思相愛っていうのかしら?少し妬けちゃうわ」

 

戯言(ざれごと)はもういいわ。おとなしく言うことを聞かないのなら力ずくで行くまでよ」

 

 私は全身に魔力を巡らせ、臨戦態勢を整える。それと同じタイミングで彼女の笑みがひときわ大きく不気味なものへと変化した。

 

「良いわ。嫌いじゃないわよ、そういうの」

 

 彼女は立ち上がると、身体を宙に浮かせて、屋敷を出る。広い空中へと身を投げた彼女を追う形で私も空を飛び、屋敷上空で対峙した。

 

「素直に従わなかったこと、後悔させてやるわ」

 

 私は魔力を凝縮させ、一本の剣を作り出す。ぼうぼうと赤い炎が剣を包み、斬るものすべてを焼き尽くす獄炎の剣が私の右手に握られた。

 

―禁忌―『レーヴァテイン』

 

 燃え盛る剣を持つ私に対して、彼女は穏やかに、そして余裕を持った笑みを浮かべるだけで何一つとして戦闘準備らしいことはしていない。チャンスだとそう考えた私は扇子で相変わらず口元を押さえる彼女に向かって全力で距離を詰めようと力一杯に一歩目を蹴りだした。

 その時だった…。

 

「そこまでよっ!!」

 

 聞き覚えのある声に制止された。しかし、この時にはすでに私は彼女の目の前まで接近していた。唐突なその声に一瞬硬直したが、即座に彼女から距離をとって安全な領域まで退避する。その声の主は私の目の前に背中を堂々とその姿を現していた。その瞬間に漂う懐かしい匂い。たなびく青い髪。それは誰であろう私のよく知るあの人だった。

 

「……お姉様」

 

 そこにはあのお姉様の姿があった。間に合ったと言わんばかりに息を切らしながらも、強く堂々とした姿で、まるで壁のように私とピンク髪の女性との間に立ちはだかった。

 

「そこをどいて、お姉様。そいつは今から私が…」

 

「黙りなさい…」

 

 お姉様は顔を捻って視線だけを私に向けると睨みつけるようにしながらそう私に言った。その言葉はいつになく真剣なもので、かつ厳しいものだった。そして、真剣なのは言葉だけではなく、その目、その雰囲気からも感じることができる。もしかしたら勝手に館を出たことを怒っているのかもしれない…。

 お姉様は威圧のこもった言葉を放って私を黙らせると、そのまま彼女の方へと向き直った。直後、お姉様は私が思ってもいない行動にでたのだった。

 

「お姉様っ!?」

 

 お姉様はその場に(ひざまず)き、土下座という形で彼女に向かって頭を下げて詫びた。その光景は私を絶句させるには十分なものであり、直後、思わずそんなお姉様から視線が逸れた。この状況を作り出したのが私だという事実に、過去に人間を壊し続けていた頃のあの喪失感が重なって余計に心が締め付けられる思いになる。

 

「私の妹が迷惑をかけて本当に申し訳ない。この通りだ、許してほしい。もし謝意が足りないというなら私の命でも貰ってくれ…。どうか妹の命だけは助けてほしい」

 

 耳に入ってくる一言一言が胸に刺さってくる気がした。お姉様が私のために自分の大切としているプライドをも投げうって頭を下げてくれている。それが申し訳なくて、それがとても苦しかった。そんな中、彼女がお姉様に言葉をかけるのも耳に届いた。

 

「…そもそも、私はフラン(その子)を殺すつもりなんてなかったわ。少し痛い目は見たかもしれないけど、最終的には貴方のお屋敷にでも送り返そうかと思っていたのよ。殺生は嫌いなほうだし…。それに……」

 

(この子)がどう思うか…、考えないわけじゃないしね」

 

 私が目を開いたのとほぼ同時に、彼女は私のほうを向いて優しげに言う。

 

「良かったわね、色んな人に好かれて…。お姉さんや、従者、果てには亡者になってしまった恋人にまでも愛されてるなんて、うらやましい限りよ」

 

 どこか慈しみのあるそんな言葉に包み込まれたような感覚を覚えた私はなんとも言えない安心感を得たような気分になる。そして、同時に頭を上げたお姉様が私に向かって静かに、そして何とも残酷な一言を告げる。

 

「……帰るわよ」

 

「え…?」

 

 それは、俊を諦めるということ。つまりは彼を諦めろ、この恋を諦めろと、そういう意味になる。けれど、そんなことは到底許容できるものではない。許容してはいけない。私は俊に救われた。壊れかけていたこの心を…彼は救ってくれた。その人に恩返しがしたくて、助けたくてここまで来て、その人が目の前にいるというのに、救うこともできない。そんなのは嫌だ。

 

「嫌よ!お姉様、それだけは絶対に嫌っ!!」

 

「分かって、フラン。いえ、分かりなさい。これは仕方のないことなの…」

 

「嫌!私は俊と一緒に帰るのっ!」

 

 涙が浮かび、頬を伝っていく。悲しみが流れ出て止まらない。理解はしている。彼女は強い。彼女の言う主張だって筋は通っている。死人を生き返らせることはできない。我儘(わがまま)を言っているのは自分だという自覚だってある。けど、けど……

 

 それでも私は俊と一緒にいたいっ!!

 

「やだやだ!俊と一緒がいいよぉ!やっと会えたと思ったのにまた離れるなんてやだよぉ!!」

 

 子供が駄々をこねるように、私はその場に座り込んでひたすら泣き叫んだ。泣いてしまえばもう理性の抑止力なんてなく、私は心の奥にしまっておいたはずの本心を何でも吐き出すように周りにぶつけていった。

 

「もう失うのは懲り懲りだよっ!これ以上私に失わせないでよ!!」

 

 しかし、私の思いもむなしく、お姉様は座り込んでいた私の腕を使って強引に持ち上げるとその手を引いて飛び始める。私は身体は持ち上がり、地面から段々と離れていく。同時に当然、彼との距離も遠いものになっていく…。

 

「俊っ!俊っっ!!しゅううぅんんっ!!」

 

 俊が段々と小さくなっていく。自由なもう片手を懸命に伸ばすも、届くはずもなく、彼の姿は豆粒のように小さくなっていき、やがて消滅した……。




ほかの作品を見させて頂いたり、旅行に行くのって自分の知識や今まで気づかなかったことを知るのに大切ですね。改めて感じました。また、ご意見や感想ございましたらぜひ教えてください。よろしくお願いいたします。

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