文芸Brand New Days!   作:片倉政実

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政実「どうも、学生時代は運動部だった片倉政実です」
愛「はい、どうも! 魚江愛です! 運動部かぁ……運動部って少年漫画の主人公がよく入るイメージが強いよね」
政実「確かに文化部よりは運動部がテーマの作品って多いかもね。そしてその種類も色々あるし、やっぱり運動部の方が書きやすいみたいなのがあるのかもね」
愛「ふふっ、そうだね。さてさて……それじゃあそろそろ始めていこっか!」
政実「うん」
政実・愛「それでは、第2話をどうぞ」


第2話 吹き始めた文学の風

「……うんっ、こんな感じかな♪」

 

 洗面所の鏡に映る自分の姿を見て、私は大きく頷きながらそう独り言ちた。鏡には寝癖一つ付いていない緑色のヘアゴムで纏めた黒いポニーテールの私が映っており、首に掛かっている青いペンダントは窓から射し込んでくる日差しを浴びて、まるで海の中のような穏やかな光を放っていた。

 

 ペンダントもいつも通りみたいだし、寝癖も本日は一箇所も無し。うん、今日もバッチリみたいだね。

 鏡の前でクルリと一回転しながら身嗜みを確認し、しっかりと整っている事が分かった瞬間、思わずふふっと笑ってしまっていた。すると、その声を聞きつけたのか、妹の(うい)がドアの影からヒョコッと顔を出した。

 

「お姉ちゃん、どうかしたの?」

「あ、ううん。身嗜みがしっかりと整ってるなぁと思ったら、それが嬉しくて思わず笑っちゃっただけだよ」

「そっか。でも、その気持ちは分かるかも。身嗜みに限らないけど、何かがしっかりと揃ってるのを見ると、何だか嬉しくなるもんね」

「そう、それそれ! たぶん、私の方もそんな感じだったのかもしれない!」

「ふふっ、お姉ちゃんは昔からキッチリとしてるのが好きだったからね。でも、そろそろご飯を食べないと学校に遅刻しちゃうよ?」

「あ、それもそうだね。それじゃあ行こっか、初!」

「うん♪」

 

 そして洗面所を出た後、楽しそうな様子の初と今日の事について話をしながらリビングへ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

「それじゃあ……行ってきまーす!」

 

 家の中にいるお父さん達に声を掛けながらドアをガチャッと開けた後、私は飛び出すようにして家の中から出た。その瞬間、少し強い春風が吹き抜け、それと一緒にほんのりとした桜の良い香りが届き、朝からとても良い気分になった。

 

 ふふ、やっぱり朝から良い気分になれるのは本当に良いなぁ……! 今日は高校生活二日目というこれまた気持ちが明るくなる日だし、今日も一日明るく過ごせるように頑張っていかないとね。

 

「よぉーし、今日も一日頑張るぞー!」

 

 あまり大きな声にならないように気をつけながら、右手を上へ勢い良く突き出しつつ言っていた時、近くから少し呆れ気味な声が聞こえてきた。

 

「……朝っぱらから本当にテンション高いね、アンタは……」

「あ、菊香(きくか)ちゃんだ! おはよっ!」

「ああ、おはよう。まったく……愛、アンタくらいじゃない? 朝っぱらからそんなにテンション高くいけるのはさ……」

 

 やれやれといった様子で、高校生活初日に出来た友達である筧菊香(かけいきくか)ちゃんが塀の陰から静かに歩いてきた。菊香ちゃんは、サラサラとした綺麗な長い茶髪の美人さんなんだけど、少し粗っぽく聞こえてしまう話し方や目付きの鋭さから、菊香ちゃんを知らない人にはどうやら不良のように見えているらしく、初日である昨日は私以外に進んで話し掛けようとする人はいなかった。けれど、昨日一緒に遊んでわかったけれど、菊香ちゃんは実はとても可愛らしい女の子で、スイーツやぬいぐるみが好きな上、犬や猫みたいな小動物にもこっそり目を輝かせているような子なのだ。そのため、そんな菊香ちゃんの事を他の人にも知って欲しいと思っているけれど、本当にそんな事をしようものなら、確実に菊香ちゃんは嫌がると思うので、今のところは断念している。

 

 あーあ……どうにかそういうアピールを出来る機会が作れないかなぁ……。

 

 そんな事を考えていた時、菊香ちゃんは私の顔を見ながら「……一つだけ言っておくけど」と、前置きをしてから更に呆れた様子で口を開いた。

 

「アタシのアピールの機会なんて物を考えても無駄だよ。そんな機会なんて来るわけ無いからね」

「え……なんで分かったの?」

「愛……アンタはもう少し自分の事に興味を持った方が良いよ。どうやらアンタは、考えてる事が顔に出るタイプみたいだからね」

「あ、そうなんだ……教えてくれてありがとね、菊香ちゃん」

「どういたしまして。さあ、そろそろガッコに行くよ。まだ時間には余裕があるけど、チンタラしてると遅刻しちまうからね」

「おっと……それもそうだね。それじゃあ行こっか、菊香ちゃん!」

「ああ」

 

 そして私の中に戻ってきた晴れやかな気持ちと高校生活に向けてのワクワク感を感じながら道の方へ出た後、私と菊花ちゃんは今日の学校の事や次の遊びの予定について話をしながら学校へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 学校に着いた後、私達がそのまま教室へ向かって歩いていた時、ふとある事を思い出した。

 

「そういえば……ねえ、菊香ちゃん」

「んー……何?」

「部活動見学って、今日からだったっけ?」

「あ……そういやそうだっけ。にしても部活かぁ……特に入りたい物も無いから、正直興味が無いんだよね」

「あはは……文月学園(ふみつきがくえん)は、部活動への所属は自由らしいからね。もしかしたら、先輩の中にも帰宅部の人はいるのかもしれないね」

「いや、普通にいるでしょ。仲間と一緒に青春を謳歌したい奴らは部活に入るだろうけど、アタシみたいに興味が無い奴とか入りたいのが無かった奴とかは普通に帰宅部だろうし」

「うーん……確かにそうだろうけど、何だか勿体なくないかな?」

「勿体ないって?」

「ほら、運動部に入らなくても体を動かすのは別に体育の時間でも良いけど、他の──特に文化部の活動って授業ではやらない事ばかりでしょ? だったら、そういうのにチャレンジしてみるのも、結構面白そうだし何かの力になりそうじゃない?」

「……アンタは、自分以外の事になると本当にポジティブだよね。朝も言ったけど、少しは自分の事に興味を持ったり、もっと自信を持ってみたりしても良いんじゃない?」

 

 菊香ちゃんが優しい笑みを浮かべながらそう言う中、私はふるふると首を横に振りながらそれに答えた。

 

「ううん、それはまた別の機会で良いよ。私は自信を持てるような物を持ってないし、それよりも他の事に興味を向けてる方が好きだからね」

「愛……」

「ふふっ、具体的には……菊香ちゃんの改造計画辺りを推進したいかな?」

「はぁ……!? アタシの改造計画って、一体何をする気なんだ!?」

「うーん……今考えてるところだと、まずはその長い綺麗な茶髪を活かせるような髪留めとかアクセサリーとかを探してみる感じかな……。後は、ヘアスタイルをヘアゴムとかリボンとかを使って色々変えてみるのも良さそうかな?」

「……何だか、スゴく大掛かりな事になってるんだけど……。それに、色々変えてみたところで、他の奴から怖がられるのは変わらないって」

「えー……そんな事ないと思うけどなぁ……。菊香ちゃんはスゴく美人さんだし、その魅力を最大限に引き出せば、老若男女問わず大人気だと思うよ?」

「いやいや、そこまで人気になっても困るだけだって! そもそもアタシは人気者になりたいと思った事は無いし!」

「あれ、そうなの?」

「そうだよ! というか、そういうアンタだって人気者になれる性格とか容姿をしてると──」

「……そんな事は無いよ」

 

 菊香ちゃんの言葉に被せるようにして思わず冷たく答えてしまった後、私は菊香ちゃんの表情を見てやっちゃったと思った。けれど、すぐに気持ちを切り替えながら私はニコリと笑った。

 

「私だって別に人気者になるつもりは無いから大丈夫だよ。だって、皆の人気者になるよりは、のほほんと暮らしてた方が楽しそうだもん」

「のほほんと、ねえ……まあ愛らしいと言えば、愛らしいか」

 

 私の答えに菊花ちゃんが納得した様子を見せた瞬間、私は心からホッとした。そしてそれと同時に、私達は教室へと辿り着き、そのまま教室内へと入っていった。

 

 

 

 

「うーん……部活、本当にどうしようかなぁ……」

 

 お昼休み、お弁当を食べながら一枚のプリント──入部届を見ていた時、菊花ちゃんは咀嚼(そしゃく)していた物をゴクンと飲み込んでから静かに口を開いた。

「アンタの場合は、適当に考えるって事が出来なそうだし、だいぶ悩みそうだねぇ。一応、午前中に部活動紹介をしてたんだし、それを参考にして決めるしかないんじゃない?」

「そうなんだけど、あの中のどれが参考になったかって訊かれると、ちょっと困るかも。こう言ったらアレだけど、どれも『楽しくやってる』とか『面白い部活動』とかみたいな有り触れた事ばかり言ってたからなぁ……」

「まあ、そんな風に言うのが一番だからねぇ。けど、その中でも何か気になった部活動は無いの?」

「その中でもって言っても、そんな部活動は──」

 

 その時、私はふとある部活動の事を思い出した。

 

「……()()()

「ん、文芸部?」

「うん。今思い返してみたら、あの部活動の紹介の時だけ何というか……びびっとくる物があったかも」

「びびっとくる物……あの部長さんに対してじゃなく?」

「あはは……確かにあの部長さんはスゴかったけど、文芸部自体に惹かれたような感覚はあった……かな? 国語はスゴく苦手なはずなのに、あの部活動には何だか惹かれたような気がするの」

「ふーん……なら、文芸部でも良いんじゃない? 愛が本当に入りたいなら、アタシは応援するよ?」

「うん、ありがとう。あ、そうだ……菊香ちゃんも一緒に入らない?」

 

 その瞬間、菊香ちゃんは心底驚いたような表情を浮かべ、手を全力でぶんぶんと横に振り始めた。

 

「アタシは絶対にムリだって! アタシなんかが入ったら、向こうさんに迷惑が掛かるかもしれないし、アタシは文芸なんてガラじゃないよ!」

「そう? だって、菊香ちゃんは本を読むのが実は好きでしょ? ほら、昨日一緒に街の中を歩いていた時、本屋さんの前を通り掛かったらちょっと入りたそうにしてたし」

「なっ……見てたのか!?」

「ふっふっふっ……この魚江愛(うおえあい)、こう見えて観察力とか洞察力には自信があるのだよ? さあ、正直な気持ちをここにばーんっと言ってみたまえ!」

「う……」

 

 菊香ちゃんはとても言いづらそうな様子で少しだけ俯いた後、頬をほんのりと赤くしながらぽつりぽつり話し始めた。

 

「……確かに本を読むのは好きだよ。小説や伝記、エッセイに図鑑みたいに色々な本を読むのが昔から好きだった。けど、アタシってこんな見た目をしてるだろ? 図書室の近くを通ろうものなら、図書委員の奴らがビクッと体を震わせていたから、アタシはただ通りすがった風を装って、そのまま通り過ぎてく日々を続けていたんだ」

「うんうん」

「だからってわけでも無いけど、夏休みとか冬休みとかの読書感想文も正直適当に書いてたよ。変に凝った書き方をしたところで、意外そうな視線を向けられた上、あまり良い気分にはならなそうだったから。だからその内、本を読むのは自分の家くらいになっちまったんだよね。いや……安心して読めるのは、かな……」

「菊香ちゃん……」

「愛、正直な事を言えば、アンタとはまた別の理由で文芸部には興味がある。けど、さっき言ったような理由があるから、アタシには文芸部なんて──」

「ううん、それなら尚更文芸部に入った方が良いよ」

「え……?」

 

 菊香ちゃんが意外そうな表情を浮かべる中、私はクスッと笑いながら再び口を開いた。

 

「思ったんだけどね。確かに菊香ちゃんと文芸部って、他の人から見たらスゴいギャップなのかもしれない」

「そうだよ。だから──」

「でもさ、そのギャップを良い方に利用できないかな?」

「ギャップを良い方に……?」

「うん! 菊香ちゃん、姿勢も良いから文字を書いてる時にスゴくカッコ良く見えると思う。それに、他の人から取っつきづらく思われてるなら、他の人が菊香ちゃんに歩み寄りやすくなるポイントを作っちゃえば良いんだよ。それこそ、読書好きな事を何かの機会でアピールしてみたり読書感想文で賞を取ってみたりしても良いと思う」

「自分に歩み寄りやすくなるポイントを作る……」

「菊香ちゃんは本当にスゴいって事を皆が知ったら、驚かれる以上にスゴい大人気になる。それは自信を持って言えるよ。だって、こんなにも美人さんなんだもん、自分は自分はなんて言って埋もれてるのは、スゴく勿体ないって私は思うよ」

「愛、アンタねぇ……」

 

 菊香ちゃんはとても大きな溜息をついた後、「やれやれ……」と言いながら首を横に振ってから半ば諦め気味に言葉を続けた。

「……分かった。そこまで言うなら、とりあえず文芸部のとこには行ってみるよ。ただし……」

「ただし?」

「アタシがやっぱり向かないと思ったら、文芸部には入らないからね」

「うん、それはもちろんだよ。そこまで強制する気は無いもん」

「それと、アタシにああ言ったからには、アンタも自分に自信が無いとか自分が可愛くないとか言うのは禁止な」

「……え?」

「アンタの過去に何があったのかはあえて訊かないよ。過去っていうのは、人にとって触れられたくない物だし、それはアタシだってそうだからね。でもさ、朝も言ったようにアンタだって十分可愛くて人気者になれる部類に入るんだ。だったら、アンタも少しは自分に自信を持ちな」

「自分に自信を、かぁ……」

 

 自分に自信を持てる──いや、()()()()()()のかな……?

 

 そんな疑問や不安が頭の中を過ぎったけれど、まっすぐな菊香ちゃんの目を見た瞬間、そんな物達が少しずつ消えていったような気がした。

 

 ……ふふ、何だか不思議だなぁ……。今まで重くのし掛かってきた物なのに、こんな風に言ってもらえただけで軽くなってくるなんて。

 本当の事を言えば、まだ私の中では不安や疑問などが混ざり合った物──淀んだ泥のような物が深いところに残っているし、そこに今みたいな『希望の光』は全く当たらない。けれど、その上のほうにある枯れた土のような物だけは、菊香ちゃんの言葉が与えてくれた太陽みたいな光と優しさの雨のおかげで潤いながら活き活きとし始めたような気がした。ここに自信の種を植えられれば良いんだろうけど、それにはまだまだ時間が掛かるみたいだった。

 

 ……少しずつ、少しずつやっていけば良いんだよね。少しずつやっていけば、きっといつかは大輪の花を咲かせられるはずだから。

 

 そんな期待を胸に秘めた後、私はニコリと笑いながら再び口を開いた。

 

「うん、頑張ってみるね」

「ああ」

 

 菊香ちゃんの優しい笑みに対して、私ももう一度微笑んだ後、私達は色々な話をしながらまたお弁当を食べ始めた。

 

 

 

 

「……失礼します、魚江先生に用事があって参りました」

 

 昼食後、今のところ先生の中では唯一の知り合いに当たる魚江青一(うおえあおい)先生に文芸部室の場所を訊くために職員室のドアを開けながらそう言うと、その声が聞こえたのか窓際でグラウンドを見ていた魚江先生が私達の方へ顔を向け、ニッと笑いながら右手で手招きをした。

 

「魚江、筧、こっちだこっち」

「あ、いた。行こ、菊花ちゃん」

「あ、ああ」

 

 そして、菊花ちゃんと一緒に魚江先生のところへ歩いていくと、魚江先生は私達を見ながら嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「はは、まさか最初に俺の事を訪ねてくる生徒がお前達だとは思わなかったからビックリしたよ。それで、俺に何の用なんだ?」

「えっと……実は私達は文芸部に入ろうと思っていて、それで文芸部室の場所を教えてもらいに来たんです」

「なるほどな……それにしても、魚江が文芸部に入ろうなんて意外だな。何かきっかけでもあったのか?」

「えーと、きっかけと言えるか分からないですけど、部活動紹介の時の文芸部の発表を見た時にその……ビビッときたというか……」

「ビビッときた、か……」

「やっぱり、入部を決める理由としてはちょっとおかしいですか?」

「ははっ、良いんじゃないか? 何かを始めたい時なんてのは、大抵そういう物だからな。実際、俺も今までそんな感じだったしなぁ……」

「え、そうなんですか?」

「おう。まあ、その話は後々してやるとして……文芸部室の場所だったよな。文芸部室は特別教室棟の三階にあるんだが、あそこは他にも色々な部活の部室があるから、何か興味がある部活があったら、文芸部の次にでも見学してみると良いかもな。なーんて、文芸部の顧問の俺が言うのは流石にアレだったかな?」

 

 魚江先生が冗談めかしてそう言い、驚きから私と菊花ちゃんと顔を見合わせていると、魚江先生は少し驚いた様子で私に話し掛けてきた。

 

「ん? 魚江、お前の父さんから何も話を聞いてないのか?」

「え、いや……昨日の夜に魚江先生が担任の先生になった話はしましたけど、お父さんは少し嬉しそうに『そっか』って言うくらいだったので……」

「ははっ、アイツらしいや。まあ、そういう事だから、もしも本当にお前達が文芸部に入る事があったら、その時はよろしくな?」

「あ、はい……こちらこそよろしくお願いします」

「おう!」

 

 魚江先生がニッと笑いながら答えた後、職員室を後にして、教室へ向かって歩き始めた時、菊花ちゃんがクスリと笑ってから話し掛けてきた。

 

「まさか、文芸部の顧問が担任だったなんてビックリだね」

「あはは……そうだね。まあ、だからと言って文芸部に入るのを止める気は無いけどね。全然知らない先生が顧問の先生っていう状況よりはずっと良いもん」

「そうだろうね。まあ、アタシは文芸部がどんなもんか見てからだし、とりあえず放課後になってからだね」

「うん」

 

 菊花ちゃんの言葉に返事をした後、私は菊花ちゃんと他愛ない話をしながら教室へ向かって歩いていった。

 

 

 

 

「えーと……文芸部の部室はこの辺なんだよね?」

「そのはずだけど……うーん、中々見つからないな……」

 

 放課後、私達は文芸部の部室を探して特別教室棟の三階をウロウロとしていた。思ったよりも特別教室棟が広かったせいか、それらしい教室をまったく見つけられずにいた。

 

「それにしても……ここって色々な部室があるみたいだね」

「ああ、演劇部に落語研究部、それに軽音部に天文学部かぁ……。このガッコ、思ったよりも部活の数が多いみたいだけど、そんなに金があるのかねぇ……」

「うーん……どうなんだろうね──っと、たぶんここかな?」

 

 ある教室の前で止まった後、教室の名前が書いてあるプレートの方を見上げると、そこには『文芸部室』と書いてあるプレートが嵌まっていた。

 

「うん、やっぱりここみたいだね」

「文芸部室……そこそこ広いみたいだけど、そんなに広い必要なんてあるの?」

「たぶんアレじゃないかな? お話を書いたり書類を書いたりするのにも、手書きの人とパソコンで書く人の二種類がいるとか今までに発行してきた部誌みたいなのを保管する場所が必要とか」

「ああ、なるほどね。そう考えれば、この広さも納得かな」

「だね。さて……と、それじゃあ入ってみよっか」

「ああ」

 

 菊香ちゃんの返事と同時に、ドアに静かに手を掛けて、私はゆっくりと文芸部室のドアを引き開けた。するとそこにいたのは、部活動紹介の時に話をしていた文芸部の部長さんと少し背丈が小さめの優しそうな顔をした男子生徒の二人だった。そして私達がゆっくりと部室内へ入っていくと、「……ん?」と不思議そうな声を上げながら部長さんの方がこっちへ顔を向け、私達の姿に気付くと、優しく微笑みながら声を掛けてきた。

 

「こんにちは。もしかして、部活動見学に来てくれたのかな?」

「あ、はい。一年生の魚江愛と言います。よろしくお願いします」

「同じく一年生の筧菊香と言います。よろしくお願いします」

「うん、こちらこそよろしくね。私は津藤恵愛(つとうえあ)、この文芸部の部長をしています。そして後ろにいるのは王子蒼空(おうじそあ)、この文芸部の副部長をしている私の幼馴染みです」

「どうも、副部長の王子蒼空です。どうぞよろしくお願いします」

 

 王子副部長が丁寧なお辞儀をしながら挨拶をしてくれたのに合わせて私達も深々とお辞儀をした後、私は津藤部長と王子副部長の事をもう一度しっかりと見た。津藤部長は、背中の中間辺りまで伸ばした黒のロングヘアの色白の美人さんで、立っている姿もとてもしっかりとしているため、とても育ちの良いカッコいい人だと感じた。そして王子副部長は、背丈こそ少し小さいけれど、黒いストレートヘアの同じく色白の優しい顔をした人で、色々な悩みを話してもしっかりと聞いてくれそうな感じの人だった。

 

 ……うん、部長さんも副部長さんも良い人そうだし、少しは安心したかも。

 

 そんな事を考えていた時、王子副部長が津藤部長の方を見ながら少しホッとした様子を見せた。

 

「……それにしても、部活動見学に来てくれる子がいてくれて本当に良かったよね。正直恵愛の力があっても難しいと思ってたから、心からホッとしてるよ」

「え、それって……?」

「あはは、魚江さん達は新入生だからまだ知らないよね。幼馴染みとしてはとても誇らしい事に、恵愛はこの学校の生徒からとても人気があってね。異性である男子からはもちろんの事、同性の女子からも人気があるんだ。そして校内の恵愛のファン達からすると、どうやら王子様のように見えるみたいで、ファン達からは『黒麗の王子』という呼ばれ方をしてるみたい。そしてそんな事情もあってか、二人が揃ってると『王子コンビ』なんていう風に言われるんだけど、僕の方はどうやら『名前負け王子』って呼ばれてるらしいんだよね」

 

 頭を軽く掻きながら笑ってそんな事を言う王子副部長に対して、津藤部長は哀しそうな表情を浮かべながら深く溜息をついた。

 

「蒼空……いつもそうやって笑い話みたいに言うけど、そんな風に言われて悔しいとは思わないの?」

「うーん……あまり思わないかな。僕としては、恵愛が皆から好かれてるのはとても嬉しいからね」

「はあ……まあ、そう言ってくれるのは嬉しいけどね……」

 

 和やかな笑みを浮かべる王子副部長とは反対に、津藤部長の表情には哀しみの色が浮かび、その表情すらもとても綺麗な物だったけれど、正直な事を言えばあまり長くは見ていたくない物だった。

 

 津藤部長が皆から好かれるのが嬉しい王子副部長と王子副部長にもう少し光が当たるようにしてあげたい津藤部長。どっちもお互いの事を想っているけど、その想いはお互いに届いていない。うーん……何か私にも手伝える事は無いかな……?

 

 部長達を見ながらそんな事を考えていた時、津藤部長は不意に私達の方へ顔を向けてハッとした表情を浮かべた後、すぐに申し訳なさそうな様子で頭を下げた。

 

「……ごめんなさい、貴女達の事を放っておいちゃって」

「あ、いえ。気にしないで下さい」

「そうですよ、それだけお互いにお互いの事が大事なんだって分かりましたし、そういうのを見るのは別に嫌いでは無いですから」

「そう、それなら良いけれど……」

「ところで、他の部員の皆さんはどちらに?」

「他の部員はそれぞれの作品作りのために外とか図書室とかに行ってるよ。部活動見学と言っても、僕達の場合は他の部と違って座ってひたすら書いてみたり部員同士で感想を言い合ったりするのがメインだからね。なので、そういったところを見せるよりも今回は僕達で簡単な説明をしつつ、この文芸部誌を読んでもらう事にして、他の皆にはいつものように作品作りに努めてもらってるんだ」

 

 王子副部長は机の上にあった一冊の部誌を手に取ると、静かに私達へと渡してくれた。文芸部誌の名前は、どうやら『ムーサ』というみたいで、表紙には様々な作品名の他に可愛らしいイラストが載っていた。

 

「『ムーサ』……あれ、何だか聞いた事あるような……?」

「ムーサは、ギリシア神話における文芸の女神様達の名前だよ。英語やフランス語だとミューズって言うから、そっちの方が馴染み深いかもしれないね」

「あ、そうかもしれないです。そっか……文芸部誌だから、文芸の女神様のお名前を使わせてもらっているんですね」

「そうね。ムーサの中にも様々な担当がいるように、私達も様々な作品を載せているからピッタリだと思っているわ」

「ですね」

 

 津藤部長の言葉に返事をした後、菊香ちゃんはムーサをペラペラと捲った。そしてあるページを開いた瞬間、勢い良くパタンッと閉じた。

 

「え、どうしたの?」

「……ビビった。何の気なしに開いたページにホラー小説が載ってたんだけど、少し読んだだけでもかなり怖かった……」

「そ、そんなに……?」

 

 菊香ちゃんが怖がるって……一体どんな人が書いてるんだろう……?

 

 疑問に思っていたその時、王子副部長が「あ、あはは……」と笑いながら頭を軽く掻き始め、津藤部長はそれに対して小さく溜息をついてから私達に話し掛けてきた。

 

「それを書いたのが、ここにいる蒼空よ」

「……え!?」

「王子副部長……ホラーなんて書くんですか!?」

「意外でしょ? こう見えて昔からホラーが大好きで、様々なホラー作品を見て読んできた経験を活かして、自分でも書いてみたところ、一年生の時点で何人もの犠牲者を出してるわ」

「ぎ、犠牲者って……」

「そしてその怖さへの才能が評価され、文化祭では私達のクラスは毎年お化け屋敷で、夏になるとクラスメート達がたまに怪談で盛り上がってるんだけど、蒼空はいつもそれに呼ばれてるわね」

「そうなんですね……ところで、津藤部長は何を書いてらっしゃるんですか?」

「私は推理物よ。因みに、他の皆だと和歌や短歌、俳句に詩なんかもあるし、他にもファンタジー小説もあるかな」

「何と言うか……本当に色々なんですね」

「うん、そうね。そして私達の活動は『ムーサ』を毎月発行して校門で配ったり新聞部が書いてる校内新聞に作品を載せたりと色々あるけど、別にそういう経験の有無は問わないわ。この文芸部の活動の中で少しずつ書きたい物を見つけて、それを書くために勉強をしていってもらえれば良いだけだからね」

「なるほど……」

「そういえば……貴女達がこの部の見学に来てくれた理由を聞いてなかったけど、もし良かったら聞かせてもらっても良いかな?」

「あ、はい。えーと、アタシはこんな見た目をしてますけど、元々本を読むのが好きなんです。それで、その事を愛に話してみたら、それを活かして文芸部に入ってみれば、って言われたので、とりあえず見学だけでもしてみようと思ってですね」

「なるほど。それで、魚江さんの方は?」

「私は……部活動紹介の文芸部の紹介を見た時、ビビッと来たからです」

「ビビッと来たから……」

「はい。理由は分からないんですけど、何と言うか──心の中で『この部が良いよ』って誰かに言われたような感じですね。もちろん、ここまでして頂いた説明を聞いてとても良いなと思いましたけど、一番の理由はビビッと来たから……ですね」

「……なるほど、ビビッと来たからか。うん、何だか面白いし、運命的な何か──『縁』みたいな物を感じるわね」

「あはは……そんなに大層な物でも無いかもしれないですけどね」

「ううん、きっかけなんて誰でも最初はそんな物。大事なのはそのきっかけをどう受け止めて、どう付き合っていくか。少なくとも私はそう思ってる」

「きっかけをどう受け止めて……」

「それとどう付き合っていくか……」

 

 津藤部長の言葉をそれぞれ繰り返した後、私達は不意に顔を見合わせ、どちらともなくコクンと頷いた後、同時に津藤部長の方へ向き直った。そして──。

 

「「津藤部長、王子副部長。私達、文芸部に入ります」」

 

 と、打ち合わせたわけでも無いけど、微笑みながら同時にその言葉を口にした。すると、津藤部長達も同じように顔を見合わせて静かに頷いてから、同時にニコリと笑いながら口を開いた。

 

「ええ、歓迎するわ。魚江さん、筧さん、これからよろしくね」

「これからよろしくね、二人とも」

「はい、こちらこそよろしくお願いします!」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 その後、入部届を書いて部長に提出をし、その日はこれで解散した。そして昨日と同じ菊香ちゃんとの下校中、私はふと浮かんだ疑問を口にした。

 

「ところで、菊香ちゃんはどうして文芸部に入ろうと思ったの?」

「んー……あそこなら落ち着けそうだったから、かな」

「落ち着けそうって?」

「さっきも言ったように、アタシは読書が好きだけど、それを周囲には知られないようにしてた。けど、あそこ──文芸部ならそういう気兼ねをしなくても良さそうだし、自分らしい自分って奴を出せるような気がしたんだよ」

「……そっか。確かに、津藤部長もスゴくリラックスした感じだったよね。もちろん、王子副部長が一緒にいるからっていうのもあるのかもしれないけど、津藤部長にとって文芸部は砂漠のオアシスみたいな物なのかもしれないね」

「ははっ、そうかもしれないね。そういう意味では、アタシにとってもそうなり得そうかな。愛、アンタはどうだ?」

「ふふっ……私も同じだよ。それに、あのビビッと来た感覚が本当に正しいのかも気になるしね」

「あー、津藤部長が言ってた『縁』みたいな奴か」

「うん、そうだね。国語が苦手な私が文芸部に対して『縁』を感じた。それって何だか不思議だと思わない?」

「確かにな。まあ、こうなった以上、部活も精一杯頑張りながら愛のビビッと来た理由探しも手伝ったげるよ。アタシも何だか気になってきちゃったしね」

「ふふっ、ありがとうね、菊香ちゃん」

「どういたしまして。それと、昼の件は忘れないでよ?」

「うん、それはもちろん。少しずつでも良いなら、自分なりに頑張ってみるよ」

「ああ」

 

 私の言葉に菊香ちゃんは嬉しそうにニカッと笑った。そしてそれに対して笑い返した後、烏が鳴きながら飛んでいく夕焼け空を静かに見上げた。

 

 ……自分に自信を持つ事、そして文芸部に対して『縁』を感じた理由を探す事、やりたい事とやらなきゃいけない事は多いけど、それはこれからの学校生活でどうにかしていけば良いよね。これから始まる()()()()()()()()の中で。

 

 そんな事を考えて思わずクスリと笑ってしまった後、私は菊香ちゃんと一緒に茜色の空の下で明るい未来に期待を感じながら家に向かって歩いていった。




政実「第2話、いかがでしたでしょうか?」
愛「今回は津藤部長と王子副部長の登場回だったけど、他の部員は次回から登場するっていう事で良いんだよね?」
政実「そうだね。もっとも、次回の投稿予定はまだ未定だけどね」
愛「うん、了解♪ そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします♪」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
愛「うん!」
政実・愛「それでは、また次回」

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