鋼鉄戦記   作:砲兵大隊
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Cultura mentis (07.心の教育)

★―ライン戦線中部防衛線後方/曇り時々砲弾―★

「教導任務をデグレチャフ少佐が私にやれと?」

私ことアリベルト・バイエルは天幕の隙間から砲撃降りやまぬ曇天のライン戦線を見上げながら、ゆっくりと口の中で溶けていく珈琲の熱を吐き出した。
どうやら戦場での束の間の休息さえ一兵卒には許されないらしい。何処もかしこも直ぐに補充要員に入れ替わるラインでは当然のことかもしれない。
なにせ頭上から砲撃が降り注がないか、戦車に塹壕ごと押しつぶされないか、狙撃兵の弾が外れないか、心配しながら救いもしない神に祈りを捧げることしかできない戦場だ。

「確かデグレチャフ少佐が一手に引き受けると仰ってなかったかな。タイヤネン准尉」

「はっ。しかしあまりにも二つの班の素行が悪いため教育せよとのことです」

既に偵察任務と遊撃任務を終えた中隊に休みを与えず追加の任務とは恐れ入る。本来なら死と泥に塗れた塹壕送りになるはずだったが救済処置は与えられたらしい。
デグレチャフ少佐が比較的原作より寛容なのはある程度の功績をきちんと部隊が上げられているからに違いない。
しかし、私の第二中隊も余裕があるわけではないのだと、塹壕送りを提案してみた。
人情としては助けてあげたい気持ちも、前世からの同情心もあるが飼うだけの資源はないのである。

「バイエル大尉に一任するとのこと。それと一言だけですが許可は貰っている、だそうです」

「……了解した。何人かね?」

「四班と七班の計8人です」

「では我が隊には腐ったジャガイモではなく缶詰を優先して回してもらうことで手を打とう」

隊の一員が食あたりで倒れてしまうのは心苦しい、折角の錬度を補充要員で落としたくはなかった。珈琲を一気に飲み干すと椅子から立ち上がる。
塹壕を整えただけの後方であるがトーチカよりは何時生き埋めになるか心配でない分マシ程度の差だ。
砲撃を受けるだけならば防殻で弾けるが、大地の肥やしにされてしまえば抜け出すことも叶わない。空を飛べない鳥は、とはよくいったものだ。
では防殻で防御することもかなわない前線の一般兵達はどうだろうか、前線のカナリアは皮肉が過ぎると心の中で吐き捨てた。

「失礼します。補充人員が到着致しました」

「結構だ。では顔を拝むとしようかね」

天幕を出た先にずらりと並んだ8人は成程、何処か抜けたところが多いようだ。一人二人は真面目な顔つきをしているが何処か浮ついた雰囲気を感じる。
祖国のために志願した者たちだろうか、戦場に何かを期待されても困ってしまう。血と硝煙の香りで噎せ返るだけだ。

「ああ、諸君。そう固くならなくていい。気楽で構わないよ、私はアリベルト・バイエル大尉だ」

どうせ直ぐに死ぬような目に合うのだからという言葉を飲み込んで、胸元の宝珠を96式に付け替える。これから大変な仕事になるため用意しておく必要がある。
あのデグレチャフ少佐を見た目だけで侮った彼らだ。印象重視ということで出来るだけフランクに接することにしよう。

「まずは、そうだな。貴様らはどうしてこの戦場に来たのか教えてくれるかね?」

返ってきた返事の多くは国の為等、何れも興味を惹かない事ばかりでやる気が失せるというもの。彼らは皆志願兵だというがナショナリズムが先行し過ぎていて身が出来ていない。
だが最後の一人の青年は瞳を輝かせて私に向かってこう告げたのだ、貴方の様な英雄になりたいと。此処は笑う所かと一瞬思考に耽る。
まさかこのアリベルト・バイエルの名を出して英雄と呼び、あまつさえ英雄願望を声高く主張するとは滑稽極まりない。
きっと帝国が誇るヴォルスンガ・サガでも読みすぎて頭が狂ってしまったようだ。防殻は確かに命を守ってはくれるが竜の血程万能ではない。

「成程、大変結構だ。まず貴様らは戦場にハイキングに行くとどうなるかを学ぶ必要がある」

教育に必要なのは反復と復習であり、地獄の戦場で戦うには生きて地獄の戦場を味わうべきだ。
私は到底御免であるがデグレチャフ少佐がやれと言うのならばやり遂げなければならないのが中間職の辛い所。

「なに、デグレチャフ少佐殿のように非魔道夜間浸透戦に慣れよなんて高等技術は貴様らに求めない」

ただ、飛べ。それだけだ。上手く統制も出来ず、鉄の塊で大地を肥やすだけの砲撃の中からこちらに向かってくるものだけを迎撃する任務である。
実用効果は然程ではないが多少味方に降り注ぐだろう砲撃を阻止できる上に、デコイとなって襲い掛かってくる魔導師を我々中隊が狩ることもできる。
なんだその程度かと安堵の笑みを浮かべる彼らに対して、私も笑みを返した。

「ただしノルマと時間制限を設ける。降りることは許されない。成し遂げられなければ戦意不十分として宝珠を剥奪し、ザニになってもらう」

事実上の死刑宣告。ザニとは戦場をかける衛生兵であり、負傷した兵がいれば最前線であろうとも飛び込まねばならない地獄の職。
砲撃を集中的に受けることになる通信班とどちらが死傷率が高いかと言われれば難しい話だ。どちらも死ぬが正しい回答だろう。
地獄に魔導師としての修練しかしていない新兵を朝日の拝めぬ職に送り出そうとしているのである。結果は分かりきった話。

「では諸君、早速仕事に取り掛かろうか」

満面の笑みで笑いかけるも、彼らの顔は引きつったままだ。早速動き出さないとはノルマを熟す気がないのかもしれない。
どうせデグレチャフ少佐が全責任を負うのだと構わなかったが、達成人数0人では寝覚めが悪い。発破をかけるとしよう。

「ああ、エッカート少尉。彼らが独断で落ちそうになった時は抗命行為として処理したまえ」

「はっ」

最初の一日だけで無事に生還することが出来たのは6人だけであった。しかし生き残ったうち2人もPTSDで強制送還。
心身ともに限界まで追い詰められた4人は2日の休息の代わりに、倍以上のノルマを宣告されることになる。
既に憧れは立ち消えてはいたが、問題は生き残ることだと膝を突き合わせて相互の協力と専用の術式案を出し合った。
こうして地獄の4日を乗り越えた4人は後に小隊を組み、新兵とは思えぬ巧みな連携と柔軟な発想力で帝国の空を守り続けることになる。

ただ、半分を使い潰したことでバイエル大尉はデグレチャフ少佐より叱責を受けていた。

★―1925年5月4日 アレーヌ市上空―★

後に帝国が起こした最大の汚点の一つとされるアレーヌの惨劇、その場に立ち会うことになるとはなんたる不運なことだろうか。
魔導師用に支給されるチョコレートを齧りながら双眼鏡で市全体の様子を一望する。
中心を川が流れる都市は赤煉瓦造りの家々が区画整理により、城壁へ向けて広がっている。後で炎に包まれるのだから今のうちによく眺めておこう。大嫌いだとしても第二の故郷だ。
今はもう武装蜂起した市民と共和国魔導師が跋扈する敵地に過ぎないのだから。

「そういえばバイエル大尉はアレーヌの孤児院出身であったな。今回の作戦、特別に降りてもいいぞ」

かけられた声に振り返ればデグレチャフ少佐が身の丈に合わぬライフルを、油断なく構えていた。どうやら心配してくれているのではなく、単純に私の裏切りかあるいは離反を警戒しているらしい。
もう少し数多の戦場を付き合った仲だというのだから、信用してほしいものだが人の心が如何に移ろいやすいか、私もまたよく知っている。

「いえ、ろくな町ではありませんでしたから。町一番のカレリアン大聖堂に住む聖職たちは私腹を肥やしていたのをよく覚えています」

かつての戦争により帝国の領土になったアレーヌは今日まで大きな領土問題を抱えていた。彼らは市内部で帝国派と共和国派に分かれナショナリズムに沿った泥沼の小競り合いを続けていたのである。
当然ながら治安は悪化し、警察機構も殆ど麻痺していたため、スラムは拡大を繰り返す悪循環に陥っていた。

「一度全てを更地に変えてしまえばいい」

確か半数しか生き残らなかったアレーヌではあるが、バイエル大尉としては子供一人すら逃す気などない。目撃者がいなければ後世以外で騒がれることもないのだ。
半世紀後に戦犯として仕立て上げられ貶められようとも、どうせその頃には生きてなどいないか耄碌した老人になっているだろう。
今必要なことは帝国が来たるべき世界大戦に勝利するため、流れを制御しながらもより有利に戦いを進めていくことだけだ。
もっとも第二〇三魔導大隊に組み込まれた以上大尉程度に出来ることなど限られている。

「作戦時刻だ。警告は出した。返答はナインだ」

帝国から告げられた勧告に対して行われたのは『我らアレーヌ市民。捕虜などおらず。ただ、自由を求める市民あるのみ』という糞ったれな文章だ。
共和国のプロパガンダと魔導部隊の降下により気を大きくしたのだろうが帝国を舐めすぎている。
確かに外交力は不十分ではあるが、強国に上り詰めたのは徹底した管理体制と軍事力によるものが大きい。逆にいえば対外姿勢を殆ど憂慮しないのだ。
故に下された命令として既にアレーヌ市には捕虜などいないし、いるのは女子供であろうとも敵国の武装した兵士たちだけである。

「逆探に成功しました。大隊長、狙撃の許可を」

「……なに?いや、構わない。やれ」

私の眼は逆探するまでもなく民家に潜伏する魔導師の姿を捉えていたが、普通ならば魔力も漏らしていない魔導師に気付けるはずがないのだ。
しかしデグレチャフ少佐は私の意図に気付いてくれた。つまり、此処で私が先達を務めることで他人員の精神負荷を軽減することが出来ると踏んだのだ。
虐殺は虐殺だが赤信号は皆で渡れば怖くないとは良く言ったものだ。

「では―――」

短機関銃を一端背に回すと、中折れしていた対物ライフルを組み直し空中に魔力で座標固定した。
96式を全力稼働し、巨大な黒翼と7枚に及ぶ巨大な魔方陣が重なるように展開されていく。対人用の時限式燃焼術式を挿入した砲撃術式だ。
私の行動に動揺したのか、目に見えて目標に設定した対象の魔導反応が活性化した。今更防殻を張ったところで神の加護を得ているわけでもない人間が防げる筈もなし。

「我らが祖国に足を踏み入った野蛮人に鉄槌を下すとしましょう」

銃身を強化し魔力を限界まで弾に注いだ瞬間、引き金を引く。遅れて固定したはずの対物ライフルから全身にびりびりと衝撃が伝わってきた。
硝煙を上げる対物ライフルのコッキングレバーを素早く引くと二発目を解き放った。

「たまや、でしたか?大隊長」

遠い此方にまで伝わる風圧を伴って、爆発が黒煙を噴き上げて家を粉砕した。更に広がった炎は他の家々へ飛び火していく。かつてゲリラを焼いたナパーム弾を真似た術式である。
粘性は薄く拡散性に優れ、周囲の酸素濃度を急激に下げる燃焼反応により一酸化炭素中毒を引き起こす。当然、中の魔導師が生きているはずもない。

「汚い花火だよ。大尉」

蜂の巣を突いたように激化する敵方の魔導反応は落ち着きがない。ただ此方の部隊もマシとは言えど似たようなものだ。
軍人と軍人が戦いあう儀礼的な戦争に固執した国は負ける。これは総力戦である。徹底的に民衆の交戦意欲を削がなければ終わりはない。

「エッカート少尉。降りても構わんよ。特別に診断書を書かせよう」

もしも取り返しのつかない精神負荷でも負ってしまえばエッカート司令に怒られるだけではすまないだろう。後ろ盾の居ない大尉など戦争の生贄にさせられるだけだ。
それよりは少尉として戦線離脱した方が、後ろ指は刺されるだろうが後方に下がれる。だがエッカート少尉は首を振って否定した。

「いえ、小官は問題なく任務を遂行出来ます」

言葉とは裏腹に魔力の流れは酷く乱れているが他人の自由を侵害するつもりはない。ただし義務や力なき自由は今のアレーヌのように蹂躙されることになる。

「結構。嫌な時代になったものだな。守るべき相手に中指を突き立てられるとは」

正確な狙撃により恐慌状態に陥った市民が逃走しようとした市民を打ち殺しているのをしっかりと映像に録る。どうせ勝利すれば後の世には“必要な損害(Notwendige Schäden)”と呼ばれるようになるのだ。
最早ネームドとして名が知られた以上、勝たなければ道はない。ならば勝てばいいのだ、どのようなことをしてでも。
デグレチャフ少佐の号令と共に動揺する敵魔導師へと一斉に第二〇三魔導大隊は襲い掛かった。

《エンゲージ!なんだこいつらは!》《くそっ、お構いなしに爆裂術式を展開だと》《あ、悪魔だ!悪魔が来るっ》《そこには市民がいるんだぞっ》《あぁああああああああ》
《聖堂が崩壊した!下敷きになる前に退避しろ!》《何処もかしこも燃えてやがる。生きている隊はあるのか!》《ダメだ!逃げ切れない!至急応援を》《たすけ……》

「アレーヌが、燃えている」

瓦礫に半身を飲み込まれた男が必死に天へ向かって手を伸ばす。直後に降り注いだ砲撃によって塵すら残らなかった。
焼夷弾と榴弾の雨が降り注ぎ、追い立てるように外縁部から中央へ向かって炎の渦が広がっていく。神話に語られるソドムとゴモラの如き様。
既に市民や魔導師からの抵抗等ありはしなかったが、虐殺による精神負担と駆り立てる恐怖は更に砲撃を激化させた。

「はっはっはっはっ」

荒い呼吸のエッカート少尉の肩を掴み、向けられそうになった銃口を叩き落とした。やはりというべきか愛されて育った彼女には辛いものがあったらしい。
魔導反応も明滅して普段では考えられないほど消耗している。魔導は精神状態によって左右されるのだ。

「も、申し訳ありません。バイエル大尉」

「下がれ、エッカート少尉。命令だ」

宝珠を無理やり取り上げて抱き上げ、ゆっくりと後方の天幕へと飛行術式を走らせる。もしも未だ居るかもしれない民兵から狙撃されれば今の彼女は耐えられなかっただろう。
ふと振り返るとデグレチャフ少佐が此方をじっと見つめていたが暫くして目を逸らした。今は許すという事だろうか、有り難い。
アレーヌは燃えていた。空から雨が降り注ぎ始めた後でさえ瓦礫の隙間から覗く、僅かな炎は舌を出し続けた。

これがどうしようもない戦争の引き金だった。



御久様、陽華様より誤字報告を頂きました。有難うございます。