鋼鉄戦記   作:砲兵大隊
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Zertifikat der Inkompetenz (06.無能の証明)

★―ノルデン沖帝国艦隊歩哨地域洋上―★

遂にこの日がやってきてしまった。協商連合の後背をついた帝国は敵後方へ兵を浸透させようと輸送作戦を開始した。
海上封鎖を行い、敵艦の撃破かつ輸送船の積極的防衛に努めるのが第二〇三魔導大隊に与えられた任務である。昨日の今日で任務とは随分と人使いが荒い。
ノルデン後の海上歩哨任務ともなればアンソン・スー大佐を殺し、銃を我らがデグレチャフ少佐殿が奪う日でもある。

「視界がかなり悪い。通信を密にしろ、編隊を崩すな」

防殻を使って雨をはじいていては魔力など持つはずもなく、防殻の感知範囲から外しているため当然濡れ鼠だ。
一応この任務事態を知っていたため防水用の厚い上着を着てきたが、手が悴み体温は容赦なく奪われていく。
荒れ狂う自然の容赦ない環境下で戦う海上では堕ちればたちまち藻屑となって消え去るだろう。

「空軍は特殊強行偵察中隊が索敵任務に出撃中。誤射に注意しろ」

ずっと考えていた。今日を機にメアリー・スーが神の使徒へと変貌していくのだが、阻止するリスクは大きい。
アンソン・スー大佐をデグレチャフ少佐が殺すのを阻止するとなれば敵補助で私が銃殺される。
今はまだ死なずとも、いつかは戦時中にスー大佐が死ぬかもしれない。しかしここで生かしてもまた戦場に出てくれば本末転倒だ。

「バイエル大尉?」

ならば私が、アリベルト・バイエルがスー大佐を殺そう。銃さえ奪わなければ仇だと気付かれず因縁もない。
復讐とは大きな対象であるほど形骸化し易いと歴史が全てを証明している。精々帝国を恨んでくれると良い。

「問題ない、エッカート少尉」

「爆発音!?」

視界を閉ざす豪雨の中を駆け抜け抜けていると、遥か海面下で計6つの爆発が水柱を噴き上げ荒波を粉砕した。
確か潜水艦が敵艦隊を魚雷で攻撃しようとしたが早爆し攻撃に失敗する。
帝国防衛策の関係上、史実ドイツと同じく地上戦力を重視する傾向にあったため、研究が遅れているのだ。
遅れて照明弾が上がり、敵の艦隊の姿を荒れ狂う水面にくっきりと映し出していた。

「大隊、ブレイク!ブレイク!突入態勢をとれ!」

逆落としが如く駆逐艦へ突撃をかます第二〇三魔導大隊に対して、駆逐艦の固定機銃が火を噴き弾幕の雨を張る。
しかし魔導大隊は対艦戦闘経験がなく、敵艦隊もようやく戦闘機対策の機銃を積んだ程度であり不慣れなのだ。
たとえ精鋭の大隊といえど戦艦の装甲を抜ける程の火力はなく爆裂術式による火力集中だけが活路。
故に一瞬の硬直を破ったのは当然敵艦隊であり、スクランブル発進した海兵魔導部隊が空へと上がっていく。
だが視界不良かつ既に展開していた第二〇三魔導大隊により、専門部隊であるはずの海兵魔導部隊が頭を押さえられることになる。

「第2中隊各員、私に続けぇ!目標は駆逐艦、爆裂術式用意!爆薬が詰まっているだろう後部を狙え!」

一気にバイエル大尉はデグレチャフ少佐の命令が出る前に駆逐艦へと突貫する。遅れて中隊が魚鱗陣形をとって追従した。
独断専行ではあるが、活路を見出したならば隊長判断として正当化できる今しか駆逐艦を守っているはずのスー大佐を殺せる機会はない。
前回の失敗で学んだことだが96式は目立ち、集中的に狙われてしまうため安全性が逆に欠如している。
だが今ここでは逆に敵の攻撃が集中することで魔力の流れを逆探し一番大きな魔導反応を発見できるのだ。

「キサマがァ!!」

「お前じゃない!」

貫通術式を叩き込み、見知らぬ敵兵の頭部をザクロに変えた。間髪いれず強烈な狙撃術式が私の居たところを刺し貫き、その下手人の顔を見てスー大佐だと確信する。
宙を蹴り強引に方向展開したことで生じる強烈な負荷に肉体が悲鳴をあげるが構ってはいられない。私が殺らねばならないのだ。
叩きこまれる爆裂術式を無理やり防殻の出力をあげて防ぎきると黒煙を突破、魔導刃を突き出した。

「めあ……り」

かなりの抵抗を見せた固い防殻を貫き、心臓へと刃をたたき込む。スー大佐の口から噴き出た血飛沫に片目の視界が閉ざされる。

「バイエル大尉!自爆する気です!」

「なっ」

片方の視界が潰れたことで判断が遅れ、逃げようとした時にはスー大佐に渾身の力で抱きつかれていた。
心臓を貫かれたとは思えない腕力で逃げることもかなわず、閉じられていない瞳で宝珠を見れば限界まで光り輝いており
―――閃光と爆音が周囲に響き渡った。
同時に爆裂術式を集中させたことにより駆逐艦の内部にまで被害が浸透し引火した爆発物の暴威が解き放たれる。
衝撃によって耐え切れず中折れした駆逐艦はぎちりぎちりと軋みをあげて渦を生み出しながらゆっくりと轟沈し始めた。

「十分だ!目的は達した。離脱するぞ!」

「ば、バイエル大尉が」

「大尉は……分かった。第2中隊の指揮はエッカート少尉が引き継げ」

僅かな沈黙が大隊に降り立った。敵が自爆したのを多くの隊員が目撃している。かの英雄的存在である黒翼が落されたとなれば無理もない話だが、切り替えねばなるまい。
なによりこれ以上海域にとどまるのは自殺行為であり、リスク管理を考えれば軍人である以上当然の務めだ。

「勝手に殺さないで下さいよ」

声の方を向けばぼろぼろのバイエル大尉の姿があり、珍しくデグレチャフ少佐が呆ける姿が見られたとヴィーシャは後に語った。

★―北洋軍陸上基地食堂/祝賀会―★

第二〇三魔導大隊は祝賀会に見舞われていた。駆逐艦を沈めた後、航行中の潜水艦を拿捕、北洋艦隊との合同練習を経てきた。
相応の功績を得ているため戦功報告などもあり休暇ではないものの、次の任地が決定するまでの待機命令である。
一兵も欠けることなく多数の戦場を駆け抜けた第二〇三魔導大隊は精鋭といえた。そんな彼らだからこそ、今回借りた北洋軍陸上基地食堂の一角には近づかないのだ。
寄れば食われると戦場に身を置いたことで開花した勘が囁いている。

「バイエル大尉、もう一杯注ぐといい」

そこには丸テーブルを囲む、黒翼アリベルト・バイエル大尉が珍しく困惑した表情でワインのボトルを握りしめていた。
対面にはすでに顔を赤く染め上げた白銀ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐がグラスを突き出している。
別に甘い色恋などではない。ただデグレチャフ少佐がワインを共にしているというだけだ。

「少佐の年頃の少女に酒を注いだとなれば私が軍法会議にかけられかねませんよ」

ただ文句をたれながらもバイエル大尉はデグレチャフ少佐にワインを注ぐのを辞めはしなかった。
転生してから幼い頃は飲酒が出来なかったことをバイエル大尉も身に染みてわかっているためついつい注いでしまうのである。
デグレチャフ少佐の陶磁器の様な白い肌が真っ赤になるのを楽しんでいるともいう。

「意外と仲いいですよね」

「同期のライバルの筈で、正反対に見えますから。でもたまにこっそりデグレチャフ少佐にお酒をお裾分けしているとか」

何時もとは違う少佐の様子に他の隊員が戦々恐々とする中で、ヴィーシャとロゼだけは面白そうに見つめていた。
第二〇三魔導大隊の花はどちらも、少佐と大尉のプライバシーをよく知っている仲なのだ。
ライン時代から少佐とずっと共に空を飛び続けたヴィーシャと、エッカート司令からの後押しにより関わる事の多いロゼだからこそといえた。

「少女趣味……?」

「私も少し不安ですがあの少佐ですよ?」

二人の見ている先では遂にデグレチャフ少佐がバイエル大尉に絡み始めた。はたから見れば年の離れた兄妹がじゃれあっている様にしか見えない。
実際は少佐によるお説教が始まり、バイエル大尉が肩身を狭くしているだけだ。

「バイエル大尉は少し独断専行が過ぎる。貴様は限度や規律というものを知らんのかね?」

「いや、あははは」

笑ってごまかそうとするバイエル大尉にデグレチャフ少佐の容赦ない叱責が飛んだ。机に叩きつけられた小さな拳は何時もと違って威圧感がない。
バイエル大尉はデグレチャフ少佐の中身を知るからこそ、威圧感等よりも苦労人というイメージが先行しているが。

「判断は間違ってはいないが、周囲の人間は貴様ほど優秀ではないのだよ。無駄を極限まで切り詰めた任務を確実に成功させられる人材は一握りしかいない。大隊諸君もまだ脇が甘いところがある」

「承知しております。先達を務めるため先陣をきらせて頂いております」

「確かにエースによる牽引は部隊の士気を大いに高める。だが、現代戦術理論を忘れたかね?統制された火砲の前に英雄など存在しない。一部を除いてな」

「では私は一部になれるよう努力致しましょう」

誤魔化すように半笑いをして、どうぞもう一杯と進める酒をデグレチャフ少佐は浴びるように飲み干した。

「まるで日本人の様に玉虫色の……いやなんでもない。忘れてくれたまえ、大尉」

思わず口走りそうになった言葉を途中で止めて、デグレチャフ少佐の酒気は一気に引いて行った。酒に任せて言いそうになったことは、到底荒唐無稽なことで精神病院を進められかねない。
少し崩れた軍服を直し、素面に戻ったデグレチャフ少佐は徐に席を立つとそのまま食堂を出て行った。

「……失敗したか」

頬をかいて酒瓶とターキーを手にバイエル大尉もまた、食堂を出て行った。騒ぎながらも恐る恐る様子を伺うという高等技術を行っていた魔導大隊の面子は深い安堵のため息を吐き出していた。
それから仕切り直しとばかりにヴァイス中尉が新しいボトルを開けたことで再び騒ぎ始める。

「まるで拗ねた恋人を追いかける優男、ですね」

吐いた言葉をヴィーシャは即座に後悔した。私怒っていますと言わんばかりに不機嫌を晒すロゼの姿がそこにはあった。
どちらが本当の意味で拗ねた恋人かわかったものではない。少しカラカイ過ぎたかもしれない。

「いえわかっているのですよ。私には似合わないことくらい。お父様のお力に甘んじていますし」

ロゼことローゼ・フォン・エッカート少尉は若き頃から魔導反応が見受けられ、英才教育を施されてきた才女だ。
実際に一代しか名乗りを許されないフォンの名も軍大学所属時に自らの成績で勝ち取ったものである。
純帝国人を思わせるプラチナブロンドはヴィーシャから見ても羨ましい。容姿端麗、文武両道のロゼであるが軍では違う。
能力主義の帝国ではあるが、古くから根付いた軍人は男の職業という傾向は今でも残ってしまっている。
この時に役に立つのがディータ・フォン・エッカート西部陸軍司令という偉大な父の名だ。姓を語れば誰もが態度を変えて道を譲ってくる。
少尉にまで順調になったものの、後ろ盾もなく自らの力だけで道を切り開いたバイエル大尉とデグレチャフ少佐を見れば劣っていると感じるのは仕方のないことであった。
それでも諦められないからこそ乙女なのだ。

「噂を聞いて、父からの話を聞いて、実際に会って話してしまったんです。英雄ですよ?英雄、惹かれない方がおかしいと思いませんか」

「あはははは」

ヴィーシャは乾いた笑いを浮かべるしかない。この押しの強さは長年の友達であるエーリャに準じるものがある。
そういえば最近会えていないなとヴィーシャは思考を逸らしながらロゼの話を聞くふりをするのであった。
だがわからない話でもないのだ。己もまた先陣をきり、常に目指す場所であり続けてくれるデグレチャフ少佐に強く惹かれたのだから。

★―連合王国波止場―★

握りつぶされた新聞が地に落ち、一面の記事を晒した。紙面の内容は、祖国に対して行われた帝国の進撃である。
大分詳しく書かれた記事は軍関係者によってリークされた内容なのかもしれない。
ただ一つ言えるのは亡命しようとしたカゾール評議員の死と、殺害者であるアルデンヌの烏の情報だった。
懇意にしている連合王国のジェントルマンからメアリー・スーは煌めく黒翼が己の父の心臓を穿ったのを知った。
父の決死の覚悟により自爆に巻き込まれ死んだとされる烏だが、メアリー・スーは確信している。

「ゆるさない」

おお、神よ!何故かくも我らに辛き試練をお与えになるのでしょう!

「絶対に、許さない」

少女とは思えぬ鬼の形相をしたメアリー・スーはひしゃげた新聞を踏み潰し、踵を返す。仇は生きているのだ、ならばやることなど決まっている。
何故神は救いの手を差し伸べてはくれないのか。日が落ち始め、茜色に染まる湾には海風に飛ぶカモメを襲う烏の姿があった。

誰もが地獄の戦争はまだ終わらないのだと心の奥底で理解していた。戦後の人々が幾ら物を書こうとも、この過酷な時代の真実を知ることが出来るのは当事者だけだ。
血に対する支払われるべき血の代償は未だ果たされていないのだから。



表島太郎様、御月様、junq様より誤字報告を頂きました。感謝です。