鋼鉄戦記   作:砲兵大隊
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Rote Blumen ist aufgeblüht. (05.赤い花が咲く)

★―中央軍基地商業区―★

どうせノルデン行きが決定していると分かっていたとしても、進みだした歯車は大尉程度では変えることが出来ないのだ。
特に元上司からの直接の言伝てともなれば断ることは不可能に近い。公私混同になろうとも軍は明確な縦社会だった。

「アリベルトはどちらが良いと思いますか?」

くるりと回って両手の服を見せてくるローゼ・フォン・エッカート少尉の言葉に思案顔を浮かべる振りをする。
どうせ彼女自身のなかで決まっているに違いないのだ。目線から白のワンピースと答えると照れくさそうに笑った。

「少し若すぎませんかね」

「とても素敵だと思いますよ。まるで一輪の白薔薇の様だ」

ヴィーシャに叩き込まれた言葉の中から最適なものを捻り出せば、どうやら正解だったようだ。頷いて花柄の方を戻した。
エッカート少尉、今はロゼだが女性との付き合いがこれほど面倒とは知らなかった。
前世でクリスマスのカップルを呪ったものだが隣の芝生だったらしい。とても女性と付き合えるとは思えない。
デグレチャフ少佐との模擬戦の後に正式にロゼとツーマンセルを組んだが、エッカート司令から絶対に護るようにと忠告されている。
ただ、仕事だけでなく休暇中ですら駆り出されるとは思っていなかった。

「良い娘だろう?」

そもそも親同伴の時点で気まずい処の話ではない。後ろ手に組んで煙管を揺らすエッカート司令に出来るだけの笑顔を返す。ひきつっていないか心配だ。

「ええ、この時代の女性は強かですから。例に漏れずロゼ嬢も周囲への目を忘れていない」

「やはり君は少し固すぎるよ、アリベルト君。もっと柔軟な対応が求められるものだ」

困惑した表情を浮かべて誤魔化すのも様式美だ。娘が心配だというのはわかるが過保護が過ぎるというもの。
どうせ本格的な世界大戦が始まれば建前など何処かへ崩れ差って、地獄の様な光景が各地で見られるようになるのだ。
かの雪中訓練をエッカート少尉は乗り越えたと言うのだから、ヴィーシャ同様に外見とは裏腹に強い女性なのだろう。
ただ一番一致しないのは我らが大隊長殿であることには違いない。

「それにしても戦時下というのに盛況な限りで何よりです」

首都といえども日常よりは娯楽品等の販売も下がっていたというのに、軍基地の商業区は賑わいを見せていた。
母子は当然のことながら居ないが、動きから軍人であることがわかる若い男女が多くみられる。

「最近では高い志を持って徴兵されずとも志願する者たちが後を立たなくてね」

苦々しく、それでも笑みを崩さないエッカート司令に納得する。金を落としてくれる程の裕福さを持つ家の出に、戦場での塹壕暮らしは文句も多いことだろう。
数だけは居る兵士というやつだ。そういうのはソ連……ルーシー連邦の仕事だろうに帝国の人材不足は更に加速するに違いない。
それでも勝たねば私にもデグレチャフ少佐にも未来はない。

「お父様、アリベルトと何をお話で?」

「ああロゼ。大したことではないよ。ちなみに家は娘以外に金の使いどころがなくてね」

年甲斐もなくウィンクをしたエッカート司令は会計をしにロゼの手を取った。やはり娘愛が過ぎるというものだ。
確か妻が早いうちに亡くなったそうだからわからなくもないが。
ため息を吐き出して背後に立つ気配に振り向いた。別段防殻をいつでも展開できる魔導師相手に刺客もないだろうが警戒だけはしておく。

「アリベルト・バイエル大尉殿。ターニャ・デグレチャフ少佐が第3指令室にてお待ちです」

見事な敬礼をされては此方も敬礼を返すしかない。帝国軍人らしい刈り上げた黒髪黒目の面長な顔立ち。
商業区だというのに軍服を着た若い青年将校はデグレチャフ少佐に使い走りにされたらしい。
上の駒使いとして使われる以上命令は絶対であり元上司よりも上司が優先される。だが感情論でいえば元上司を優先したかった。

「拝命した。待ち人に説明するまで待っていてくれるかね?」

困惑した表情を浮かべる青年を巻きこめたことに安堵する。
どうせ不機嫌になるエッカート司令を相手にしなければならないのだ。この青年将校に責任を全て押し付けてしまえばいい。
ヴィーシャに言われてプレゼント用に買っておいた小包を少し予定よりも早いが取り出した。


★―1924年11月6日 北方管区クラグナガ物資集積地点交戦地点―★

「西方で確認されたネームドが現れました!個体照合ラインの悪魔…違う。ラインの悪魔と、アルデンヌの烏です!」

突如現れたネームド、それも二人の出現に連合王国の観測手が動揺しながらも声を上げた。悪い冗談だと笑っていた噂だ。
ラインの上空を荒らしまわった悪魔と、アルデンヌの森への浸透を全て啄んだ烏。
デスゾーンの死神で、既に大隊規模の魔導師戦力が屠られている、単騎で中隊規模の戦力を有する等。
共和国の連中は戦場の熱気にあてられて狂ってしまったのだと思っていたが存外現実は小説より奇なりだ。
さらに大隊増強規模の魔力反応が確認されたというのだから、噂通りならば化け物クラスのネームド二人に率いられる部隊となる。
これは戦線が大きく動きかねない事態だと観測班は計測器に意識を集中させた。

「魔力で同定、間違いありません……なッ。あ、あり得ない!長距離砲撃術式を高速展開!」

「逆探されていた!電源を落とせ!」

だからこそ気付けた魔導反応に声を上げるが遅い。正確に用意されていた術式の通りに衝撃は司令部へと突き刺さり暴威を開放する。
魔力により膨張・拡大された爆発は吹き荒れた司令部内部を蹂躙し機材に引火したことで盛大な花火を打ち上げた。
火炎から吹き上がる黒い煙と巻き上がった白い雪が交じり合って大地を汚く染め上げる。
中の人員どころかデータも回収不可能なほどに消し飛んだ観測地は最早雪上のシミでしかない。

「バイエル大尉。性急に過ぎないかね?」

対物ライフルをおろし96式から97式に切り替えて、空中で見下ろしてくるデグレチャフ少佐に肩をすくめて見せた。
原作通りならば遅れれば周囲へ注意喚起されていただろう。また後々のため、残骸でも痕跡が残るのを阻止したかったのだ。
事情を知っていれば事前に7層の術式を組んでおくことなど容易く、瞳をもってすれば逆探せずとも位置は丸分かり。
撃たないという選択肢はない。

「不快なことに此方を探知しておりました。覗き見野郎は居ない方がよいでしょう?」

対物ライフルのコッキングレバーを引いて調子を確かめる振りをしながら視線を逸らす。排莢した薬莢が地へと落ちて見えなくなった。

「敵通信量激増しました。敵魔導師からのコールを多数確認。敵の戦闘指揮所だったと思われますが…」

ヴィーシャがおずおずと助け船を出してくれたお蔭でデグレチャフ少佐の視線が和らぐ。
デグレチャフ少佐に転生者だと気付かれずに行動することを失念していた。今度からは気を付けるとしよう。

「確かにその通りだ。ジェントルマンとしては注意してやらねばな。査定に加えておいてやろう。大隊諸君、どうやらバイエル大尉は敵を蹂躙したくて思わず手が出てしまったらしい。彼に全ての功績を持って行かれないように気を付けたまえ?」

「ははははっ鴨撃ちは得意です」「負けた小隊のおごりといきましょう」「25年ものがありますよ」

デグレチャフ少佐の言葉を即座に笑いで返す大隊の戦意は十分。満足げに頷いて振りおろされる鎚の如く、拳を敵に向けた。
向かう先は此方の上空をつけ狙うどこかの国から支給された爆撃機だ。

「よろしい。ならば私はあの肥え太った豚を潰すとしよう。貴様らは群がる蠅を叩き落とせ。バイエル大尉」

「はっ!では諸君、簡単な仕事だ。敵が居なくなるまで殺し尽くせ」

瞬時に展開した魔導大隊は網の如く敵中隊を包み込んでいく。司令塔が殺られた後の強襲を防ぐことは軍として規律を守る以上不可能に近い。
軽機関銃に持ち替えたバイエル大尉もまた紙の様な防殻を貫いて多数の敵を屠っていた。上空ではデグレチャフ少佐により次々と爆撃機が撃墜され大地に染みを残していく。

「これはスコアには乗せられない。余りにも脆すぎる、ラインの方がまだ固かったな。エッカート少尉」

「了解しました。では大尉のスコアは0ということで構いませんか?」

「はははははははっ!仕方ないな。大隊諸君!私の奢りだ、代りに華麗なダンスを見せたまえ」

『有難うございます、大尉』『降り注ぐ砲弾の雨に比べれば可愛いものです』『曲は何がよろしいでしょうか?』

片手で短機関銃を適当に乱射しながら通信途中に無粋にも自爆覚悟で突っ込んできた敵に対して片手に魔力を込めて防殻を貫き、心臓を穿つ。
限界まで稼働していた敵の宝珠を砕いて死体を大地へと蹴りおとし、血塗れの自分の手を見た。

「誰かハンカチを持っていないかね?」

★―ノルデン司令部 ルーデルドルフ少将執務室―★

バイエル大尉は一端空で暴れるのをやめて先行的に北方方面軍司令部参謀室へと招かれたデグレチャフ少佐の付添に立っていた。
司令部にて大いに面々を侮辱したデグレチャフ少佐はバイエル大尉を引き連れて少将の部屋へ訪れていたのである。
ルーデルドルフ少将からしてみれば目の前に立つ二人の俊英こそが天才であり、北方軍の連中は頭が固すぎると確信していた。
当然ながら決闘ともいうべき模擬戦の映像記録と、バイエル大尉とデグレチャフ少佐の戦術理論は読んでいる。
後方における兵站・防衛理論は試験的に制圧したダキア方面で実行されている程だ。階級が上がり参謀となれば化けるに違いない。

「ゼートゥーアの奴が高く買うわけだ」

デグレチャフ少佐は軍人らしく礼を忘れず鋭い眼差しを輝かせるのに対し、バイエル大尉はどこか虚空を見つめる無表情だが呆けているわけではない。
正反対の印象を感じさせるこの二人が率いる部隊はなるほど間違いなく既存の理論と常識を粉砕してくれるに違いない。

「よろしい、本題に入ろう。二人(・・)の忌憚なき意見を聞かせてくれたまえ」

まずはとばかりにデグレチャフ少佐が口を開いた。

「ほぼ、間違いなく助戦として完璧なタイミングだと思われます。失礼、別の主攻を前提とした陽動ということでありましょうか」

頭の回転は悪くない。実戦部隊としてだけでなくやはり参謀適正すらあると思われる。この年頃の子どころか、軍人でも極わずかだろう。

「ふむ……、ではバイエル大尉はどう考えるかね?」

私が声をかけた直後に明らかな空気の変動が起こった。笑っているのだ、声を出してではない、表情も変わっていない。
それでもどうしようもなく目が物語っている。一歩前に立つデグレチャフ少佐も気付いたようでぴくりと眉が反応した。
今まで関心すら浮かばせなかったアリベルト・バイエルが笑っていた。

「では失礼させていただきます。後方への大規模揚陸作戦、その陽動でありますか?」

あまりの衝撃にルーデルドルフは思わず言葉を詰まらせて呆けていた。アリベルト大尉には何のヒントもなく、会議では護衛として後ろに控え話を聞いていただけに過ぎない。
よもや軍のスパイか、あるいは情報がどこかから漏れ出したのかと思うほどに正確な発言だ。通常の理論展開では思いつくはずがない。
実際は小説を知っているからこそ、後方への配属のため参謀能力を示そうとする浅ましい発言なのだがルーデルドルフが知るわけはない。

「成程…後方の兵站を分断…浸透作戦」

バイエル大尉の発言を一瞬で理解してしまったデグレチャフ少佐もまた異常が過ぎる程に優れている。
まるでこの新戦術を既にどこかで知っているかのような理解の良さだ。神か、あるいは悪魔でも見ているのではないか。

「それはゼートゥーア…いやなんでもない」

大隊を預かるデグレチャフ少佐にならまだしも一介の大尉にして中隊長に過ぎないバイエル大尉が知らされているわけがないのだ。
思わず伝った冷や汗を、背を向けて窓の外を見ることで誤魔化した。シューゲル技師の報告では神の奇跡と書かれていたが思わず納得すらしてしまう。

「結構、やはり貴様らの隊を使うことにしよう。少佐、大尉、転属命令だ。貴様らの部隊は軍港で待機しろ」

「「はっ!拝命いたします!」」

退出していく二人を見送って、ルーデルドルフ少将は大きなため息を吐き出した。
バイエル大尉の後ろにはエッカート中将が着いているというが、納得が出来るというものだ。たとえ部隊から離れようとも将来が約束された人材を手元から離すわけがない。
ただそれでも認識が甘いとしか言いようがなかった。化けるではなく、既に完成した一個の怪物だ。

★―オース・フィヨルド沿岸要塞上空―★

夜明けと共にエンジンすら切った輸送機が雲の上を這うように飛んでいた。乗せられているのは非魔導の空挺装備をつけた第二〇三魔導大隊だ。
所詮一世紀前の戦術理論を前提とした沿岸要塞にすぎない。デグレチャフ少佐は己が部隊の面々を見つめた。

「目標は繰り返すがフィヨルドを防護する各砲台と魚雷陣地だ。制圧が難しければ無力化ないし機能の損傷でも構わない」

何れも信じて疑わない勇猛果敢なブルドッグ共だ。キャリアを傷つけることなく忠実に任務を遂行してくれるだろう。

「大尉、貴様はアルベルト砲台の制圧を指揮しろ。私は予定通りナルヴァ砲台を押さえる」

「敵増援はどういたしましょう?」

「煮るなり焼くなり好きにしたまえ。だが任務は遂行しろ、貴様は少し戦闘狂(ウォーモンガー)過ぎる」

「餌を啄むのが得意ですから。ですが烏は綺麗好きでもあります」

「よろしい、祖国の船を邪魔する砲台を掃除したまえ。では降下!」

一斉に飛び出していく大隊の面子に恐怖などない。たとえHALO降下が特殊な部隊にのみ許された行為だとしても、彼らは魔導師である。
空中姿勢などお手の物。限界ぎりぎりでパラシュートを開き魔導反応を煌めかせて任務を開始した。

「敵魔導反応多数!魔導大隊規模と思われます!」

「確認している!セレブリャコーフ少尉、第一中隊の指揮をとり制圧を続けろ」

「少佐!」

「……それに、大尉が既に先行している。あの戦闘狂(ウォーモンガー)め!」

半数の指揮をヴァイス中尉に預けて隊の半数で突貫するバイエル大尉の姿がそこにはあった。既に96式を展開しており、凶悪な黒い羽が大空に舞うのが見える。
どうやら既存の理論というものを何もわかっていないらしい。だが帰ってくる答えなどどうせ殺れたと思った程度だろう。
此方を信用しているのかわからないが、続くようにデグレチャフ少佐も一個中隊を率いて大空へと舞った。

《なんだこいつはっ!》《火力を集中させろ、頭を押さえるんだ》《くそっくそっ》《第4小隊指揮を引き継ぎます!》

本来存在する術式の応酬などそこにはなかった。輝かんばかりの血と鉄に塗れた術式が多数放たれるも既存の速度を大幅に超えた乱数軌道と多数の光学術式は防殻を削ることすら許さない。
吹き出す黒い魔力は目立ち、思わず大隊の火力もまたバイエル大尉へと一気に集中していくことになる。だからこそ、他の隊の手が空き駆逐していく。

「己をデコイにする、か」

デグレチャフ少佐からしてみれば自ら身を危険に晒すなど信じられない話だ。古式の隊長を先頭にした突貫が許される時代ではない。
それでもなし得るからこそ英雄というのだろうか。己と違った天然ものの才能は更なる血と戦火を呼ぶに違いない。
あるいはかの赤いナポレオン、白い死神や悪魔爆撃の魔王の様に人類史の必然か。それでも消耗戦となれば数が少ない此方が押され始めるのは必定。

「増援部隊か!」

大空を舞う新手の大規模魔導大隊は帝国側のもの、一気に協商連合魔導師の士気は下がり駆逐されていく。
これよりオース・フィヨルド要塞を失陥した協商国連合は後方を荒らされ兵站の減衰により前線は崩壊することになるのであった。

赤い花が咲く(Rote Blumen ist aufgeblüht.)