鋼鉄戦記   作:砲兵大隊
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Die zwei Flügel (04.二人の翼)

★―北方ロストック軍基地/天幕―★

国内へと軍が誇るネームドの戦闘力を誇示するために、多数の記者が珍しく軍基地へと招待されていた。
なんとイルドア王国の記者や大使館員も観戦するというのだから軍部の力の入れようは大きかった。
演習場の端に特別に用意された天幕の中、アリベルト・バイエルは西部陸軍司令のディータ・フォン・エッカートと、女中と共に居た。

「準備はどうかね?バイエル大尉」

軍服の袖のボタンをとめた後、襟元を直そうとした手を女中に払いのけられて直された。随分と積極的で遠慮がない。
気になって胸元を見れば格好は女中ながら階級章をつけていることからどうにも軍人らしい。

「たとえ体調がどれほど悪かろうともラインの空は待ってはくれませんでした。問題ありませんよ」

どうせ戦闘になれば着崩れるというのに律儀なものだ。前世では殆ど異性と触れ合う事もなかったから役得かもしれない。
エッカート司令へと肩をすくめて見せると朗らかに笑って返された。
今回の主人公であるデグレチャフ少佐との模擬戦は目の前の司令官が立案し私が乗っかったものである。
私は第二〇三航導大隊に所属したくなく、エッカート司令は体のいい駒である私を手放したくなかった故に意見の一致に至った。
もしも此処で私が負けたとしてても奮戦すればエッカート司令の面子は高まることになる。どちらに転んでもエッカート司令からしてみれば悪くない話だ。

「それにしても少し大げさがすぎませんか?」

天幕の隙間から覗ける先ではついでとばかりに魔導師によるアクロバット飛行が行われていた。その魔導反応から国防を担う中央軍の精鋭であるとわかる。

「丁度良い機会だったのだよ。他国への牽制は必要な事だ。どうせイルドアはこの光景を敵国へ報告するだろうからな」

煙管を口に咥えたエッカート司令の口元にすかさず女性がライターの火を差し出した。
良くできているというより手馴れている。私の視線に気づいたのかワザとらしくエッカート司令は煙管を離した。

「細かい事に気付くから良妻になると思うが、嫁にどうかね?」

どうにも今日のエッカート司令は容易く事情を話すし冗談が過ぎる。うっかり喋ってはいけない事まで聞きそうだと冷や汗が出る。

「まだ年若いですから身を固める気はありませんよ。それに祖国に妻を一人残すわけにもいかないでしょう」

確かに美しい金髪と碧眼は栄えある帝国系の血を引き継いだ美人だと思うが目元がきつい。何より本人の前で話すようなことでもない。

「おや振られてしまったぞ、ローゼ。ああこの子は家の娘でね」

悪戯が成功したと笑うエッカート司令に思わず沈黙しながら、胸元にエレニウム96式宝珠を輝かせた。

「ではもしもこの勝負に勝ったらディナーにお誘いさせて頂けますか?フロイライン」

負けたとしてもラインに行く事は多々あるだろうし、上層部との繋がりを保っているのは大事だ。切り崩すなら外堀からとも言う。

「私語は禁じられておりますが、期待しておきますね」

ならば頑張ろうとライフルを背負い、盛大に笑顔を浮かべながら天幕を押しのけて何もない更地の演習場へと出た。

★―北方ロストック軍基地/観測施設―★

ゼートゥーア准将からしてみれば目の前で起こる問題こそラインでの硬直の何倍も頭痛の種であった。
防殻への規定値の接触魔力にて勝敗を決めるため怪我をする心配は少ないだろう。
実はアリベルトではターニャ・デグレチャフの神による防殻を突破できないだろうからこその苦肉の策である。
ただしゼートゥーア准将が世界の裏側の事情など知るはずもなく、敗北の可能性があることに危惧を抱いているだけだ。

「さてどちらが勝つでしょうな」「ネームド同士の対決など見れるものではないですから」

外野は事情を知ってなお勝手な事を言ってくれると思わずため息を吐きそうになる。
あるいは第二〇三魔導大隊を作ったことによる軋轢がここにきて噴出しているのではないかとすら思えてきた。
吹きさらしの整備されただけの大地に設置された天幕より二人の英雄が遂に出てくる。

方や帝国人の血を色濃く残す幼子ともいうべき神が生んだ天才少女、ターニャ・フォン・デグレチャフ。
方やどこか亜細亜系の血を感じさせながらも金髪青眼の陸軍が誇る若き俊英、アリベルト・バイエル。

「噂には聞いていたが少女ではないか」「私の娘の年頃だぞ」「ポスターで見たが本当だったか」

口々にデグレチャフ少佐を見て声を上げる記者とは違いゼートゥーア准将はアリベルトの方を注目していた。
油断なく構えながらもその口元は獰猛に笑い、今から起こる戦争を心の底から楽しんでいるようだ。御せなければ内側から食い破る闘犬。

戦闘狂(ウォーモンガー)か」

もしも味方にいればこれほど心強い存在はいないだろうが、敵に回れば厄介なことこの上ない。ゼートゥーア准将ですら勝敗は神に祈るしかなかった。

「ではターニャ・フォン・デクレチャフ少佐とアリベルト・バイエル大尉の模擬戦を始めさせていただきたいと思います。始め!」

共にまずは小手先とばかりに背後をとろうと、螺旋を描きながら急上昇を開始した。その速度は300。かかるGと強烈な気圧の変動は魔導師見習いでは失神して泡を吹く速度だ。
さらに複数の光学術式がデコイを散らし、狙撃術式と貫通術式の応酬が魔力の花を咲かせた。

「高度8千、さらに上昇だと!?」「帝国の技術力はどれほど発展しているというのだ」

エースとして恥じない交戦はイルドア王国にさぞかし驚愕を与えたに違いない。最早視認することは不可能であり計測器と自動観測装置の映像だけが頼りだ。
高度9千にて停止した二人は、同時に其々の行動を開始する。デグレチャフ少佐は三人に分身、いや驚愕すべきことに自立型光学術式の鏡像を複数作成しているのだ。
対するバイエル中尉はまるで偽物など存在しないかというように目もくれず、デグレチャフ少佐本人に貫通術式をランスチャージの様に構えて突っ込んだ。
咄嗟にデグレチャフ少佐が宙返りで避けるも、貫通術式に仕込んであったのか放たれた爆裂術式が煌々と大空を染めてデグレチャフ少佐の防殻をわずかに削る。

耐高高度術式を組んでいる上でデグレチャフ少佐は5つ同時展開、バイエル中尉は4つ同時展開だ。
熟練したパイロットといえど2つか3つ程度が限界であるというのだからこの場で起こっていることは異次元の戦いに違いない。

「本当に光学系を見切るのが得意の様だな、バイエル大尉」

「デグレチャフ少佐こそどうすればその様な複数同時展開が出来るのか知りたいものです」

オープン回線で流れてきた音声でデグレチャフ少佐の言葉の端に喜びを感じ取れた。互角の実力に出会えて嬉しいのだろう。
さらに交戦が激化し、一撃必殺の攻撃が牽制程度に使われだす。魔力の渦によって計測班が悲鳴をあげるほどだ。

「遅れて申し訳ありません、ゼートゥーア准将殿」

思わず固まっていた顔をほぐして、見知った声に立ち上がった。どうやら試合に熱中しすぎていたらしい。

「構わんよ、レルゲン少佐。仕事を頼んだのは私だ」
使い走りの様に事態の調整に走らせてしまったレルゲン少佐に出来るだけの労いをかける。今回急遽必要となった軍基地への調整や各記者の身辺調査等を情報部と協力して一手に引き受けてくれたのだ。
デグレチャフ少佐を何処か目の敵にする所以外は非常に優秀な出世株といえる。

「レルゲン少佐、貴様はこの試合の勝敗をどう見る?」

私の問いに微妙な顔をしたレルゲン少佐に、嫌な質問をしたと内心で謝った。レルゲン少佐もまた、ここでバイエル大尉が勝てば大隊が危うくなることを知っていたのだ。

「心象としてはバイエル大尉の勝利を願いたい所でありますが、実務的問題と実力から言ってデグレチャフ少佐が勝利すると思われます。未だ用いていませんが96式より95式の方が出力、回路共に上ですから」

確かに彼らは未だにその本領を発揮していないのだ。専用宝珠と言ってもいい2つの奇跡は大いに戦意高揚に役立つだろうか。
より恐ろしい何かを目撃しているのではないか。再び上空を見上げるとまるで示し合わせたように双方が、向かい合うように停止していた。

「主よ、私に羊を導くすべを与えたまえ」

黄金の魔力が渦巻き、上下左右に同時展開された術式により天に巨大な十字架を顕現させる。神への祈りは使徒の如き荘厳さを持って威圧を放っていた。

「神は私たちを救ってくれたりはしない!」

黒き魔力が地獄の門より吹き出し、後背へ流出し連なる術式は巨大な黒翼を顕現させる。聖書に語られる堕ちた天使が如き威圧を持って空間を歪ませていた。

正反対の姿は神話の再現で、思わず誰もが沈黙していた。無機質な観測機だけが異常を知らせる警戒音を鳴り響かせている。
同時に解き放たれた一〇にも及ぶだろう術式の応酬は空に銀色の光を瞬かせて、太陽すら霞ませた。
本物の羽の様に高速で空を飛びまわり、時には魔力の塊である羽を叩きつけて術式を落としていくバイエル大尉。
対するデグレチャフ少佐はバイエル大尉の進路を阻むように、終わることのない多数の術式を同時展開しながら空中へと上昇していく。

「全能を示したまえ!」「堕ちろッ!!」

ついに接近を許したデグレチャフ少佐によって振り下ろされた魔導刃が、突き出されたバイエル大尉の魔導刃と激突し半ばで折れて吹き飛んだ。

「信心深き者に主の救済を!」

咄嗟にデグレチャフ少佐は腰の拳銃を引き抜いて、爆裂術式を発動させバイエル大尉を吹き飛ばし大地へと失墜させた。
吹き上がる煙の中クレーターの様にくぼんだ大地に魔力をぶつけてバイエル大尉は一気に急上昇した。
ぶつかった魔力は交じり合い、空間へと干渉を引き起こすほどに増大していく。周囲の雲が丸ごと吹き飛び、真下の大地が抉れる。
既に規定値を超えて双方の防殻に干渉しているというのに誰も指摘することはなかった。
膨大な閃光は膨れ上がり全てを煌々と照らし出す。その日起こった魔導反応はアルビオン連合王国ですら観測できたのだという。

★―1924年9月24日―★

訓練用に担いでいた装備一式に実弾を詰め込み、ずらりと大隊の者たちが戦列を組んでいる。完璧な出撃体勢はほれぼれするほど。
これより始まるのはけして戦争ではない。大した戦闘能力もない弱者を苛めるだけのマンハントに過ぎない。

「大隊傾注!大隊長より訓示を!」

公式用の軍服につけられた外套をなびかせて二人の人間が壇上へと上がった。精悍な顔つきの第二〇三魔導大隊をして尚尊敬に値する文字通り最強の二人だ。
方や我らが聖人の如き奇跡を引き寄せる実力も兼ね備えた歳の若すぎる少女、大隊長デグレチャフ少佐。
そしてもう一人は金髪に青い瞳を昏く輝かせる大隊長と互角に実力を持ったバイエル大尉。

「ご苦労、中尉。さて大隊諸君、戦争だ。いやバイエル大尉に言わせればピクニックか」

協商連合が“ピクニック”と呼んで越境行為をしてきたことにより始まった戦争に対する痛烈な皮肉であった。冷酷な笑みをデグレチャフ少佐は浮かべる。
今日はターニャ・フォン・デグレチャフの誕生日でありこれ程喜ばしいことはないだろう。
相手から飛び込んでくる功績に、自身が神への祈りを捧げた時に追いすがるほどの実力の持ち主がいるため万が一もない。

「諸君は哀れなダキア人を銃殺してもよいし、爆撃しても良い」

最後の一撃で規定値を先に超えたのはバイエル大尉であり、デグレチャフ少佐が勝利したことに違いはないがそれ以前の問題であった。
まるで天使と悪魔の如き相対的姿はデグレチャフ少佐への心象を軽くさせ問題なく大隊の設立に成功したのだ。

「では、実弾演習を再開する。ジェントルマン諸君、スポーツの時間だ」

握りしめられた小さな拳は鉄槌となってダキアを粉砕することになる。最早原作以前の決められた既定路線。
デグレチャフ少佐による解散の号令の後に外套をはためかせ壇上を降りたバイエル大尉は思わずやってくれるとため息を吐き出した。
視線の先では楽しそうに何事かを話し合うヴィーシャとローゼの姿があった。どうやらエッカート司令は一枚も二枚も上手らしい。
流れ込んできた気まぐれな悪魔の力をもってしてでも神の力に追いつくことは出来なかったのだ。メアリー・スーと敵対したとき私は負けるだろう。
しかしこの光景を神に見放された矮小な腕でも守りたいと、ただ思ったのであった。

1924年9月25日ダキアの先鋒を文字通り蹴散らした第二〇三魔導大隊は共和国に援助されたカルベリウス兵器工廠を攻撃。
集積所を含めて完全に破壊しつくしたことでダキアの政府は混乱し、瞬く間に帝国によって鎮圧されることになる。
世界の予想を裏切った攻防はさらなる戦火の拡大になることを未だ2人しか知らない。



今回は苦手な戦闘描写が多く少し短めです。ダキアとかいう小国の話は改変しようもなく圧勝なため、ばっさりカットしました。小国相手なんてフィンランドじゃないので当然ですね。今後の原作でも出てきそうにない国筆頭です。次話はオリジナルを入り混ぜつつ原作を進めていくことになると思います。