鋼鉄戦記   作:砲兵大隊
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Teufels Beweis (11.悪魔の証明)

★―帝国査問委員会―★

ブレスト港への無断攻撃。後々に実は許可されていたらしく、残るはV1の無断使用に関しての査問委員会が開かれていた。
ただ許可された通りに輸送機で向かえば逃げられる可能性が高かったため後悔はしていなかった。今は少しでも敵の意志を挫かねばならないのだ。
ずらりと並んだ傍聴人はすべて軍の関係者だった。孤児院出身者であり、家族の行方も知れないとなれば圧力をかけるために席を埋め尽くすのは当然ともいえる。
発言台に立った私を出迎えたのは冷や汗を垂れ流した査問委員達。今や軍が実権を握っているため法務部は随分と肩身が狭い思いをしている。
軍による政治の介入は本来避けるべきにも関わらず国民が求めているのだから仕方ない。

「―――であるからして、貴官の疑義は独自裁量権の逸脱である。なお、貴官はこれらを事実として認めるかね?」

「はい、いいえ。少官は帝国勝利の一助となるため認可された裁量権に従ったまでであります」

詰問した検事に私が答える前に弁護人が手を挙げる。直ぐにでも司会役のエッカート大将が発言を認める出来レース。
そう、エッカート少尉の父君、ディータ・フォン・エッカート大将が司会役に収まっているのだ。親族が部下に居る者を司会に立たせるなど前代未聞である。
いっそのこと立ったまま寝ても判決は無罪から変わらない。デグレチャフ少佐の時にもいえることではあるが各所からの圧力による決定事項だった。
まだ未来の話ではあるがデグレチャフ少佐もまた確実に起訴されるだろう。それにしても隊長、副長と別件で起訴される大隊はうちだけではないだろうか。

「つまりバイエル大尉の行動に関して情状酌量の余地がある。また、多大な戦果を挙げたという実績は称賛されるべきことである」

本来ならばあり得ないとされていた戦艦の撃破によりV1は飛躍的に実験的価値を得る。とても費用対効果の悪い兵器であるが元の世界の史実を考えればロケット技術の発展は必要。
まさに一石二鳥ではないだろうか。適度に委員による賛辞を聞き流しながら無駄な思考をしていた。

「さて、議論は出尽くしたかね。本査問委員会はアリベルト・バイエル大尉の疑義が晴れたと認める。以上だ」

エッカート大将の号令と共に拍手が巻き起こり、私の無罪はとんだ茶番によって無事に証明された。振り返り、頭を下げるとデグレチャフ少佐が此方をじっと見つめていることに気付く。
どうやら私に用があるようだと急ぎ発言台から離れるが、責める者など誰も居なかったのであった。

「これに懲りたら少しは考えて動きたまえ」

「やはり座学は苦手でして」

わざとらしく肩を竦めると、やれやれと首を振ってくる。どうにも叱責が飛んでくるわけではなさそうだ。
だが向かう先は陸軍が唯一の癒しとしている将官用のバー。少なくとも今回の一件に関して一杯奢れということらしい。
残念なことにデグレチャフ少佐では年齢が引っ掛かり、バーに入ることが許されない。ただし保護者同伴という裏技があるからして。

「大尉殿、お疲れ様です」

あえてデグレチャフ少佐から視線を外している士官に対して、少佐は屈辱的な目を向けているのである。気づきながらも注意をしてこないだけ分かっている(・・・・・・)と思うのだが感情と理性は別のようだ。
笑顔の裏に冷や汗を垂らす青年士官に同情しながらもバーへと一歩足を踏み入れた。触らぬ神にと言ったところか。

「やはり将官用施設に関して参謀本部へと抗議文を上げるべきかと愚考するが、どうだろうか?バイエル大尉」

「あははは」

しかし相手から一歩踏み込んでくれば笑うしかないだろう。それが日本人らしさというもの、あ、まずいと気付いたときにはもう遅い。
恐る恐るデグレチャフ少佐の方へと視線を下げればがっつり視線が絡み合った。明らかに疑惑の目でバーカウンターを薦めてくる。
前々から疑われていたのは知っていたが、遂に突っ込まれる時が来たようだ。

「やはり貴様。いや、此処は上官として私が奢ろう」

一転してにこやかな笑みに変わったデグレチャフ少佐は外見だけいえば天使のよう。だが悪魔が皮を被っているに過ぎない。まるで尋問官を前にしたような状況に背筋が凍える。
これがラインの悪魔か、とでも戦慄すれば良いのだろうか。私を疑う材料は幾らでもあり、元の根が一般人の私が誤魔化せるとは思っては居ないが精一杯の抵抗はしよう。

「まずはビールだな。大尉」

「はっ!」

思わず背筋を伸ばしてカウンターにつくマスターに声をかけた。基本的に秘密の会談場所としても使われるバーのマスターは弁えている。
大声をかけられるまでは視線を下げ、出来るだけ客から離れることで機密を守っているのだ。きっと他国でもバーのマスターを締め上げれば軍事情報がぼろぼろ出てくる。

「兎も角まずはおめでとう、といったところか」

「有り難うございます」

結局のところ裏ではデグレチャフ少佐も私の無罪主張に尽力してくれたらしい。部下思いの、と取るべきか、どうせ義務を果たしたまでと返ってくるに違いない。
心の中だけでため息を吐き出して、視線を逸らし陳列された高い銘柄を眺める。今できる精一杯の抵抗だった。

「酒といえばバイエル大尉は日本酒を知っているかね?」

「いえ、存じません」

いきなりの直球に戦慄を禁じ得ない。飲みたくなり調べたからこそ知っていたものの、この世界に日本酒というものはないのだ。
清酒とそのままの呼び方をされ、極東の秋津島皇国で主に生産されている。少数だが帝国にも高額で流れてきたことがあった。
まずはジャブとばかりにデグレチャフ少佐は頷いた。

「そうか。秋津島皇国産の清酒のことを一部ではそう呼ぶらしい」

呼ばないが、否定できるだけの材料もなく黙って頷く。意趣返しに今度自慢気に隊の皆に同じ話を語って聞かせよう。デグレチャフ少佐から聞いたという一言を添えて。
さりげない復讐に燃えたぎっているとマスターが鈴を小さくならし、酒が用意できたことを告げてくる。一時無言になる暗黙のルールに救われた。

「……っでだ」

マスターを一瞥して勢いよくビールをラッパ飲みした少佐は、ジョッキを音を立ててカウンターに置いた。どうやらまだ詰問は終わってないらしい。

「貴様はその奇っ怪なペンダントを何時から付けていた?」

「は?」

★―1925年8月24日 帝国参謀本部第一晩餐室―★

帝国陸軍が調度品に金をかける余り、食事の内容を改善する程の予算が残っていない事は良く知られた話だ。慣れ親しんだザワークラウト、チーズとソーセージだけが救いといえる。
幸い畜産業が盛んな帝国は、アルビオン連合王国に比べればまし。勿論、かの連合王国の住人は舌が慣れ過ぎてフィッシュ&チップスでなかろうと不味い料理を普通に食らう。
現在の仮想敵国は兵站の大切さを知らないらしい。あるいは安く兵が養えるだけ効率的といえるのかもしれない。
ゼートゥーア中将は代用珈琲で胃に流し込み、軽いため息を吐いた。歳のせいか最近は腹にものがつめられなくなった。

「やはり不味いな。うちから予算を出すことを検討しようか」

「デグレチャフ少佐は前線の味だと言っていたがね」

対して対面に座る二人は年を感じさせない食いっぷりだ。だから軍医に肥満を指摘されるのだと心の中で負け惜しみを吐き、注意を引くために机の上を軽く指で叩く。
最近腹が出てきたと愉快そうに笑う金髪碧眼の帝国人らしいエッカート大将と、恰幅のいい北方系の軍人らしさが伺えるルーデルドルフ中将。
この場に居る3人は共和国への勝利に対して階級が一つ繰り上がった。いわば帝国の勝利に貢献した共犯者である。
西部陸軍司令とはいえ畑が違うエッカート大将とは第二〇三魔導大隊、ひいてはバイエル大尉に関わることがなければ繋がりを持つことはなかっただろう。

「前線は前線なりに食事に工夫をこらしているものだよ。稀に芋が痛んでいるがね。それでも芋をすり潰しただけのものを食事と呼ぶのは避けたいところだ」

「おそらく兵站管理の士官が日付を間違えたのでしょうな。多数の道理を分からぬ物知り(能無し)な新兵の陳情には苦労させられましたとも」

皮肉にはきっちりと皮肉で返しておく。前線には前線の、後方には後方の事情があるのだと分かっていようとも割り切れないものだ。
それでも勝利を手に入れたのだから良しとしよう。不謹慎な話ではあるが帝国は戦争の経験を得たと言ってもいい。
お蔭で理論だけを声高く叫ぶ参謀も、突撃を繰り返す士官もいなくなり軍の上層部は随分と風通しが良くなった。

「だが、終わってはいない。何時まで続くやら」

食事を終え、ナプキンを置いたエッカート司令があまり見せぬ弱音を吐く。ポーズかもしれないが溺愛する娘がかの大隊に居るため戦争の継続は気が気でないのだろう。
なにせ数々の戦功をあげた第二〇三魔導大隊はいまやネームド部隊として知れ渡っている。実際、ゼートゥーアからしてみても使わないという道理はなかった。
不思議な話だと漏らした言葉に頷いた。なにせ陸も、空も、海でさえも叩き潰したはずの共和国は未だに戦争(guerre)を叫び続けている。
神が戦争を望んでいるかのように戦火は弱まりを見せようとも収束しない。従来の戦っては条約を結び、植民地を奪うような戦争とは形態が違う。まるで

「……世界大戦」

「デグレチャフ少佐とバイエル大尉の理論かね。私も彼らの理論は何度も読み返したものだよ」

どうやら思っていた言葉が自然と口から漏れ出したらしい。耄碌したものだと代用珈琲に口をつけて気分を紛らわせた。

「彼らの思考は独特だ。あるいは革新的とも言っていい。数々の試行錯誤の末に出された結論をたった一回で突き付けられた気分だ。どれだけあれらの理論が精緻で効率的か理解できる者は少数だろう。才能とはかくも、と言ったところか」

「おや、軍大学最高記録を保持し続けた貴様の言葉かね?」

だからこそだ、と吐き出した。軍は良くも悪くも均一化を目指すようになっている。使えない99人と天才の1人よりも使える100人が必要だからだ。
貴族の地位を与えるなど将官教育用の軍大学は比較的まともであるが、試験などの形式を見れば既存の理論を重視する傾向にあるのは明らか。
天才が発掘しにくい環境下でよくも孤児院という不利な始まりから駆け上ったものだ。未だ底を魅せない才能には恐れすら感じる。

「兎も角、終わっては居ない。南大陸と東、それから海だ」

連合王国と連邦、それから合衆国。距離が遠すぎるため合衆国は精々義勇軍と物資の提供だろうが、兵站の大切さは誰もが知るところである。
三国を叩き潰したばかりだというのに気づけば仮想敵国の戦力は跳ね上がっている。勝てるか?と聞かれれば勝つと答えるしかないのが軍人だ。
だが海は陸軍出の三人では畑が違いすぎる。連合王国の艦隊は海洋国家で知られる秋津皇国と比べても段違いの艦隊を保有している。
潜水艦技術と海兵魔導師に関しては一日の長があるとは確信しているが、艦隊決戦の花形はやはり戦艦。沿岸上陸を阻止出来ているだけ良くやっている。

「幸いダキア大公国の領土化は殆ど抵抗もなく進んでいる」

「大公国は国民に大きな負担がかかる前に電撃的勝利を得たからな。逆に技術の共有化による恩恵も得ている、上が変わった程度にしか考えておらんだろう。問題は」

血の報復。流された血に対する戦果を得なければならないという当然の思いが足を引っ張っていた。それは帝国だけではなく、共和国もだ。
総力戦に勝つには民衆の戦意を挫くか、出血を強いるしかない。終わりの見えない戦争に対する結論は一致していた。

「揚陸か」

「それしかあるまい」

アリベルト・バイエル大尉によるブレスト襲撃は既存では考えられなかった魔導師による対艦戦術への光明を照らしていた。魔術師でもやり方次第では制海権を握れる。
いまや海軍からの問い合わせが相次ぎエッカート大将は笑いが止まらないらしいが、兎も角連合王国の硬い意志を撃墜するには上陸しかないのだ。
島だから安全だと勘違いしている民衆に戦争の重さを教え、自重で国を傾かせる。

「だが、南はどうする」

「共和国の抵抗は小さい。あのド・ルーゴが指揮しているようだが、こちらはローメル将軍を送る」

「ああ、あの鬼才か」

近しい分デグレチャフ少佐やバイエル大尉が目立つが、帝国が誇る将校は二人だけではない。むしろ軍人というカテゴリーにおいて帝国は多数の優秀な人材が居た。
その中の一人が機甲戦術と電撃作戦の信奉者、ローメル将軍である。最低限の兵団さえ与えておけば南部の前線は固定化できるだろう。

「では連邦との戦線を固定化させた後となるでしょうな」

「まるで焼き回しだ。芸がないが、一度成功した実績は確か」

帝国はライン戦線崩壊まで各国に対して拮抗する戦力を置き、主力を一方向に集中運用することで撃滅する戦術を取っていた。
不味い代用珈琲の最後の一杯を掲げ、飲み干す。

「祖国の勝利のために!」



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