鋼鉄戦記   作:砲兵大隊
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Begegnung des Teufels (01.悪魔の遭遇)

★―2017年12月24日 地獄の底―★

世界に神というもの存在Xが存在するのならば、どれだけ残酷なことだろうか。彼らは哀れで矮小な信心深き子羊達がどれほど祈ろうとも救いを齎すことはない。
ただ一方的に信仰を求め、作り出したシステムに則って反する人々に罰を与えるだけである。

神は死んだ!

今では誰もが知るニーチェの言葉である。本来の意味合いは違うものの、これ程現代における信仰の在り方を示したものはない。
発展した科学技術は知性の発露を促し本来神から与えられた筈の十戒ですら過去のものとして扱う。まるでアダムとイブが禁断の果実を食した時のようではないか。
人は神と同じ知恵を得てしまったが故に追放され、知恵を得てしまったが故に神は人から追放されるのだ。
だから今目の前で哄笑を上げる存在もまた最早人と関わるべきではない。

その男とも女ともとれる中性的な美貌は万物を魅了し、蠱惑な肉体は聖職者でさえ涎を垂らすことになる。巨大な黒き羽は全てを包み込むように広がり、四肢を玉座へと鎖で繋がれていた。

「ルシフェル、サタン、明けの明星、魔王、好きに呼びたまえよ。私自身もまた堕天してより、名が増えたことで己の真の名がどれか忘れてしまったくらいだ」

鎖に繋がれながらも尊大な態度を崩さない魔王様は何処か滑稽であったが、私もまた魔王様を嘲笑うことは出来ないで居た。
首を鎖で繋がれ、口輪をつけられ犬の様に地を這いつくばるしかないのだから。振り下ろされた魔王様の足が頭の上に乗せられ地をなめさせられる。噛みしめた歯がぎしりと軋みをあげた。

「長居 敬、歳は22か。生まれも育ちも血筋も日本人。たった一人で敬虔なる信者を62人も殺害し、教会を二つ焼き払った上に神の像を冒涜した男。これ程までの経歴は現代どころか古今東西の異教徒にもいまい。輪廻転生すら許されず地獄の底へと落とされたのも頷ける」

淡々と語られる経歴はまさしく私が過ごしてきたもの、だが違う!違うのだ!叫ぼうとする口をきりきりと鎖が締め上げる。
口の端より零れ落ちた血の味が広がり涙が零れ落ちそうになる。どうして自分がこのような目にと思っても叫ぶことすら許されない。
ただこうやって超常の存在に玩具にされて苦しみ続けることになるのだ。

「ハハハハハハハハ!抵抗は逆に締め上げをきつくするだけだ。私もそうだからな」

私は生きるために殺すしかなかったのだ。どうして己の命がかかった状態で、天秤に乗った見知らぬ他人を選ぶことが出来るだろうか。
誰も彼もが私の現状を知りながらも救いの手を差し出すこともなく、幸せな家庭を築いている者達に違いない。
けして殺したいわけではない。しかし、大した痛みも苦労も知らずに神に縋る糞共のことなどを慮らなければならないのだろうか。

「だがしかしダメだな。これだけの事をなしたというのに面白みがひとつもない」

炎に包まれる中、私は言語道断の理不尽に遭遇したのだ。
全てが止まった世界の中で、その存在は神存在Xと名乗り私に二つの選択肢を突き付けてきた。
私の屑のような生涯を贖罪へと費やし敬虔なる一生を終えることを選び、後に輪廻の輪へと戻るか。それとも地獄の底へと落ちて永遠の苦しみを味わうか。
実質の選択肢など私にはなかった。現世も地獄で来世も地獄ならば何時私に幸福が訪れるのだろう。ただ、もう一度この苦しみの現世を繰り返すことなど出来るわけがない。
だから神存在Xを殴りつけ、ただただ地獄へ落とせと叫んだのである。

「しかし、口もとは。貴様の思想が口から漏れ出るのさえ恐れているのか。やはり天は滑稽だ」

確かに糞みたいな人生だった。両親には沢山迷惑をかけてきた。大学もろくに通わず、就職すら困難を極めた。
結局入った中小企業では2年で退職。以来、バイトと派遣をしながら細々と命を繋いできたのだ。
未来の展望もない。死ぬ時は不本意ながらも安堵したのは確かである。だがなんだこれは、死の後も私は苦しめられ続ける。
母はどうしようもない子だと息子である私に向かって軽蔑の目を辞めることはなく、家に私が暮らせる場所などなかった。
悲鳴をあげる全身の四肢を無視して両手の爪を大地に突き立てる。

「私の玩具として遊ばれるといい。壊れたならばそこらに捨ててやろう」

ふざけるな

「どうだね?外道としては不本意かもしれないが、それが定めだ。諦めろ」

痛みが奔ろうとも身をゆっくりと押し上げていく。繋がれた首輪がぎしりと軋み、縮まることで締め上げてくる。
こみ上げてくる吐き気と赤く染まりゆく視界すら気にならない。一度死に、苦しんだ人生であるが故にもう一度死ぬことへの恐怖などない。
頭も悪い、体も丈夫とは言えない。痛みが唯一の教育方法だと父は告げ、振り上げた拳が迫る様を今でも私は覚えている。

「ほう、存外。屑というものも見るべきところがあるらしい」

ァア亜あああああああああああああああああああああああああああァ!!

崩れ解けていく意識を私は覚えている。少し前にも味わったばかりの救済への希望と滅びへの恐怖は心を蝕んで離すことはない。
死、たった一文字で表現されてしまう数多の感情も人生も無意味へと変えてしまう恐ろしく甘美な存在。しかし死すら救いでないと知った私はもう何が残るというのだろう。
震える肉体が大地に叩きつけられたことで耐えていた最後の一欠片さえ崩壊し、完全に世界のすべては闇へと沈んでいった。
ふと最後に視界に映ったのは麗しい足と、『幼女戦記』と題された小説であった。

幼女戦記とは、アニメにもなったカルロ・ゼンによるローファンタジー小説である。第一次世界大戦に似た状況で主人公のターニャ・デグレチャフは魔導師となり戦場を駆け巡る物語。
神存在Xによって運命を捻じ曲げられ、現代の倫理観を兼ね備えたターニャは周囲へと勘違いを広げながらも徐々に名をあげていくことになる。
この物語の中に一つ矮小な石が投じられることになった。

統一歴1906年、何処にでもある普通の孤児院で入口で捨てられていた赤子の瞳は昏く澱んでいた。
赤子はその意味不明な言動と瞳により孤児院の他の子より敬遠され、成長を遂げた少年もまた状況を受け入れた。
故に少年は自ら軍へと志願し、一般的魔導師より高い水準の魔導の才覚を認められたことから軍事学校へと入学したのである。
それから17年後、物語は遂に始まりを迎えようとしていた。

★―1923年6月 北方軍管区ノルデン戦区/第三哨戒線―★

「ノルデンコントロールよりトイフェル01!そこは既に戦闘地域です。すぐに退避を!」

多数の魔導反応の中でさえ明瞭に聞こえてくる通信に舌を巻く。山間部の上に、ブリザードが吹いているにも関わらずここまでの精度など現代の技術力でさえ難しいのではないかと思う。
それでも高度6千フィートにおいて宝珠を輝かせながら高速で移動することを止める理由にはならないのだ。
未だ訓練期間中ではあるがこの状況で命令違反をしてでも功績を得る必要がアリベルト・バイエルにはあった。

「トイフェル01、通信不良につき正確な情報の伝達が行えていない。軍事規定に従い現場における独自行動を行う」


「ノルデンコントロール、トイフェル01通信を……ザッザ……」

魔導式を作ることで通信妨害を自ら行い、ノルデンコントロールからの通信を切断する。
大地は一面の白銀景色であり、まばらに枯れた木が点在する様はもしも訓練がなければ美しい景色に目が惹かれたことだろう。
しかし今や多数の火砲の硝煙により空は薄暗く黒い靄で覆われ、多数の魔導による光と泥と血が大地を汚している。
この景色を見れば誰もが訓練ではなく戦争であると納得する。
事実、緊迫した祖国の外交は失敗し協商連合からの侵略を許してしまっているのが現状だ。

地球の史実であるドイツとは違い、この世界では他国に侵略されたことで一気に戦火が広がっていくことになる。
ただ今はまだ誰も世界大戦という言葉すら知らないのであった。

「くそったれの魔王がっ」

帝国に新たな命を持って生まれた長居 敬は『幼女戦記』という物語を偶然にも本屋で立ち読みをしたことで知っていた。
何れ若い青年達は否応なしに軍へと召集され、その命を簡単に散らす戦場へと放り込まれることになる。
未来を知っているからこそ長居、いやアリベルトは功績を立てることで兵ではなく将になり安全な未来を目論んでいた。
自殺行為ともいえる行動は小説の中で描かれた功績を得られる、アリベルトにとっては逃すことの出来ない場面である。

ちなみに主人公であるターニャ・デグレチャフをアリベルトは見かけたことがあるが会話したことは一度もない。
交友関係を持ったことにより、軍の配慮で第二〇三魔導大隊に配属されることになってしまうわけにはいかないのだ。
なにが楽しくてあのような戦場を転戦し続ける部隊に入ろうと思うだろうか。安全安心な後方で負けた場合は他国に亡命しよう。
そう考えるアリベルトの思考は奇しくも原作においてターニャが考えていたことと同一であった。

「あれか」

遠くで術式の展開とともに閃光が放たれ膨大な魔導反応により感知が乱れる。魔導師にのみ許された身と宝珠さえあればできる最大火力、自爆だ。
協商連合と思われる部隊の隊列は完全に乱れ、茫然と広がる爆発と閃光へと目を向けていた。

原作において訓練中ながらも戦時下におかれたことで観測手をさせられていた。しかし、急速接近した協商連合の魔導師部隊に襲われ、撤退ではなく死守を命じられたターニャは自爆し成し遂げる。
この献身的貢献により後に錆銀と恐れられるようになる白銀という二つ名と勲章を得るのだ。此処まで分かっていれば漁夫の利を得ることなど容易い。

アルベルトの青い瞳が仄かに黒く染まりだし、在らざるべきものを見通す。先天的にアリベルトには他者より優れている点があった。正確には授けられたというべきだろう。
かなり強力な先天性であり誰もがきっと喉から手が出るほどにほしがるに違いない。しかしけして完璧ではなく、魔王からの皮肉であることは間違いなかった。
お前は力を得ても何も為せない人間だと言われているとしか思えない。肌を刺す寒さに歯が軋みを上げる。

《自爆だと……》《中佐限界です!補足されます!》《……観測手は潰した!離脱する!》

原作通りの展開に笑みを浮かべ、極限まで抑えていた魔導反応を活性化させ高度8千、魔導師が到達できる限界ぎりぎりでアルベルトは停止し己の長距離用ライフルを構える。
同時にもう必要ないとノルデンコントロールへの通信妨害を解除した。

「トイフェル01よりノルデンコントール。偶発的戦闘に巻き込まれた。撤退は出来そうにない判断を仰ぐ」

黒い輝きが世界へと干渉し、翼のように背後へと固定化による衝撃を逃しながら巨大な術式が何重にも重ねられて展開していく。

「此方ノルデンコントール。180秒後に増援が行く。それまで遅滞戦闘を続けよ」

《な、中佐!強烈な魔導反応を確認!》《上を取られていただと?》《第6層まで確認!》《馬鹿な!到達までの猶予はあったはずではないのか、各員散開!》

「トイフェル01。了解」

2個小隊規模の魔導収束により放たれるはずの空間爆裂術式が展開されたたことで処理能力を超え、宝珠が火花を散らした。
トリガーを引くと共に放たれた弾丸は、収束した魔力を推進力に加速し強烈な爆発を産み出す。そのまま退避に失敗した協商連合の兵士を飲み込んだ。
咄嗟に防殻で防いだのは流石正規兵だと感心するが、中心にいた二人は耐えられず焦げ滓となり大地に失墜していく。

《ブレイクッ》《バルド!カンニガム!》《反応ロスト!中佐!》《糞が、わかっている!ケツに付かれたら逃げ切れん!一撃離脱後、撤退だ!》

やる気かと身構えた瞬間、術式から放たれた閃光が私の防殻に突き刺さる。さらに挟み込むように両側から近接戦闘を仕掛けてきた。

「やはり来たかッ」

震える体に活をいれると防殻への魔力供給を増大させ、あえて閃光へと突き進む。同時にデコイを出して僅かな間近接戦闘を仕掛けてきた奴等を遅滞させる。

「おおおおおおおおオオッ!」

《敵魔導師急速接近!》《馬鹿な!一人で突っ込んできただと!火力を集中させろ!》

展開された術式から死角を逆算。大きく旋回行動を取りながら突き上げるように銃剣を構えた。逃げられないのなら活路は前にしかない。

「撃てぇ!絶対に近づけるな!」

統制された射撃を防殻で防ぎ無理やりこじ開け、最大出力を込めて魔導刃を突き出した。大きく動揺し集中力が乱れた防殻は脆い。
僅かな抵抗の後にするりと刃が入り込んで敵兵の肩口に突き刺さる。血飛沫が舞い散る中、敵魔導師と共に高度を一気に下げていく。

「まだ生体反応はあります!」「くそっ!」

僅かな判断の遅れが致命的になるのだ。止まった射撃にくるりと回り、魔導師に銃剣を突き刺したまま盾として狙撃術式をばら蒔いた。

「やめろ!やめろぉぉお!」

体内で発動した術式の熱量より肉が焦げ付く嫌な香りが漂ってくる。痙攣し動けなくなった死体を投げ捨てながら大地に爆裂術式を射って雪を巻き上げ、身を隠す。

「ちっ、こいつはもうダメか!これはっ」

多数の魔力反応が上空で展開された。

「……増援だな、有難い」

上空で始まった戦闘と共に今度こそ散開しながら離れていく協商国連合の魔導士官達を見送ってゆっくりと高度を下げていく。
雪原には雪に埋まりかけたターニャ・デグレチャフが軍服をぼろぼろにし意識を失いながらもきちんと胸を上下させていた。

「トイフェル01よりノルデンコントロール。友軍の観測魔導師が重傷を負っている」

「此方ノルデンコントロール。増援に随伴し撤退せよ。代わりの観測魔導師を送る」

観測を引き継げと言われるか冷々したが流石に今はまだ祖国にも人的余裕があるようで何よりだ。

「トイフェル01了解」

通信を切って安堵の溜め息を吐き出し、黒い空を見上げる。
訓練生にすぎない人間が救助と足止めと撃墜をこなしたのだ。序盤にしてはまずまずの功績と言えるだろう。どうせこれから先は功績がインフレするのだ。
気を抜いた瞬間、限界まで魔導を酷使したことにより疲労と激痛がぶり返す。糸が切れたように肉体が雪の上に放り出され意識を失った。

青年、アリベルトの瞳は魔導を見通すことが出来、これにより通信も使う術式すらも見通すことが出来る。
純粋な火砲をよけることが出来るようになるわけでも、弾幕の如き銃弾の雨を潜り抜けることが出来るようになるわけでもない。
しかしながら対魔導師戦闘において凶悪な性能を発揮するため生き残れば出世するのは約束されたようなものだ。

「まさか文句もあるまい。しかしこの世界の運命は全て決まったようなものだ。大筋を変えることは不可能に近いだろう」

玉座に縛り付けられた男とも女ともとれる存在。神話の中だけに語られてきた魔王は担架で運ばれていく青年を見つめ壮絶な笑みを浮かべた。
神からの干渉は面倒くさいことこの上ないが新たな楽しみを邪魔されるわけにはいかない。なにより天の思惑を外してやればとても愉快なことだろう。

「地獄よりはマシ程度の惨劇が始まるぞ。精々足掻くことだな」

この世界は信仰の力が徐々に強まっていくように出来てしまっているのだ。それでは魔王として面白くない。

「人は人らしく、神を冒涜し科学を信奉する。ぁあ、なんと素晴らしい。私は大好きだ」

天の力が弱まれば何れ魔王を縛る鎖もまた解けるだろう。小さな石ではあるが水切り遊び程度には丁度良く、波紋を生み出してくれる。
誰もが何れ沈黙することになる地獄の底の底で久方ぶりに魔王は哄笑をあげたのであった。