すべての艦たちのための艦娘解体   作:うずしお丸

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加賀と瑞鶴

    三

 

 ロケット弾ポッドを積んだ飛行体が青白い稜線を描いて墜落する。

 

 珊瑚海沖を水飛沫が舞った。左右を流れていく小島を目の端に捉えて、両舷(りょうげん)の速度を尚も上げる。背後の空を飛んでいる海鳥、岩間に潜んでいる一体の敵駆逐艦、複雑な岸壁の隆起、風の湿り気、一帯の緻密な海流、すべてのパラメータが手に取るように感じ取れる。良い心身状態(コンディション)だった。

 

――前方に標的、敵空母ヲ級。まるで一瞬先の未来が見えているかのように、加賀は標的の後ろ髪に向けて弓を引き絞る。

 

 彗星の如く一筋の線が引かれた。身を挺するようにヲ級の間に飛び出してきた駆逐イ級、その全長五メートルの中心の、口腔から尾部に掛けてが一直線に穿たれた。加賀の弓から発艦された爆撃機《彗星》が、それの体内に攻撃を叩き込んだのだ。イ級はかすれ声を上げて爆沈する。機体はツバメのように翻って加賀の飛行甲板に戻る。

 

 イ級によって加賀の視界が一瞬遮られた間に、敵空母は小島を回って岸壁の向こう側に行こうとしていた。この辺りは小さな島々が点在していて、迷路のように複雑な地形になっていた。ヲ級が逃げ込んだ先はまず直前に三叉路があり、その先も無数に枝分かれして海流もまず読めない。だからそこに逃げ込まれたらとても追いつくことはできない。

 

 そう思考したのだろう。深海棲艦には確実に知性があり、論理に基づいた判断をする。そうした合理性によって導かれる最善は、逆説的に常に限られる――

 

 撤退のために飛び出した海路に張り巡らされた爆撃機の大群の影を見て、ヲ級は自らの死を覚悟した。自分を取り囲む爆撃機の奥に一人佇む加賀の冷たい目線に歯ぎしりをした。ヲ級は最期の命を賭して、すべての艦載機を発艦させる。発艦させた飛行体のチェーンガンの連打で、一機また一機と加賀の爆撃機を撃ち落とし押し返そうとした。

 

 その横合いから現れた戦闘機《烈風》がヲ級の飛行体を追いかけ次々と爆破させていく。手を出した先から潰され、爆破し、切り結ぶ。実力の差が違った。ヲ級はひりつくほど身に迫る爆撃機のプロペラの音に、熱に、圧力に、敗北を悟った。そして、歯を見せて笑った。

 

 岩場に潜ませていた駆逐ロ級たちの雷撃が、加賀の足元で起動したのが見えた。大型艦でも吹き飛ぶほどの魚雷の一斉射。旗艦の自分を囮にしてでも、死なばもろとも――

 

 爆音が轟く。崖の向こうに姿を消したはずの敵空母ヲ級が、直後その方向より吹き飛ばされるのが確認できた。ヲ級は空を仰いで沈んでゆく。

 

「ギ…………」

 

 敵旗艦の轟沈を確認。

 

 正規空母瑞鶴は、それを見届けた。そして、先ほど爆発が起きた岸壁の方を見やって、もうもうとした黒煙の中から、加賀が一人悠然と戻ってくるのを見つけた。

 

「いい加減にしなさいよ! あんた独断で突っ走りすぎだっての!」

 

「瑞鶴先輩、敵艦隊の全滅を確認しました」

 

「そういうことじゃないっての――」

 

 そう揉め合っているうちに続々と味方の艦隊が現れた。瑞鶴は、加賀に説教を続けている。

 

「まったく空母が単独行動なんて訊いたこともないわよ! あんた何様のつもり?」

 

「何様、と言われましても。そうするのが最善だと判断したまでです。……実際、あそこで仕留めなければ逃げられていました」

 

 瑞鶴の舌打ちが聞こえた。

 

「それでいいのよ…………。あんたねぇ、一番大事なのは自分たちの命なの。そんなことも分からないで艦娘やってんの?」

 

「まあまあ落ち着くんじゃ二人とも」

 

 重巡利根(とね)が間に割って入った。

 

「加賀の単独行動は今に始まったことじゃないし、わしも以前から言及すべきじゃとは思っとった――が、反省会は帰ってからするもんじゃ。お主たちの言い合いが始まったらこのまま海の上で日が暮れるわ」

 

 そう言って仲裁をする。利根は呉の最古参の一角で、発言の重みも大きい。主力部隊として重用されている艦だ。

 

「そんときは置いて帰っちゃえばよくなーい?」

 

 海上をつーっと横滑りして、軽巡北上(きたかみ)が無責任なことを言った。その軽い態度とは裏腹に一撃必殺の重雷装。そして彼女のくだけきった言動は艦隊の空気を緩めるのに一役買っていた。言い方を変えれば、いまいち空気が締まらないのはだいたい彼女のせいだったりもする。

 

「意外と意気投合して戻ってくるかもよー?」

 

 にへら、と北上は笑う。

 

「それだけは有り得ないわ……」

 

 瑞鶴がこぼす一方で、加賀は肯定的な意見を述べる。

 

「一度、長く話し合いの場を作ってみてもいいかもしれません。私の立場にも一理はあるはずです。単独突破は陣形戦術にも何らかの形で組み込めるかもしれません」

 

「弁が立つこと」

 

 瑞鶴は肩をすくめた。

 

 瑞鶴は加賀の先輩にあたる艦だ。昔から呉に所属していて、二年前の加賀の除籍と入れ替わるようにして前線を任されるようになった。同じ艦種であることと練度の差を考慮して、瑞鶴は長官に加賀の実戦指導を任されている。

 

 しかし加賀は戦闘の腕だけなら既に一定の水準を軽く超えていて、そして納得できないことを経験不足で片付けられるほど聞き分けのいい艦でもなかった。今のように主義主張は通す。その様子に瑞鶴はどうしても二年前の加賀の姿が被って、可愛がろうにも可愛がれない、どうしても手に余る後輩だった。

 

――これはやっぱり、対等に接するべきね……うん。

 瑞鶴は思う。

 

「あっはっは! まぁなんだ。加賀の性格もだんだんと掴めてきたな。どうしてか、私は昔の島風を思い出しているぞ」

 

 二基の巨砲を両翼のように携えた旗艦の長門が笑っていた。戦闘の名残で黒煙がまだ僅かに上がっている。

 

 その砲塔の陰から、駆逐艦島風の姿。

 

「それどういうこと長門? 私に似てるかなあ……」

 

「なんとなくな」

 

 首を傾げる島風に長門は言った。

 

 加賀は昔の島風を知らないので、何も言及することがない。

 

 長門、瑞鶴、加賀、利根、北上、島風の遊撃艦隊は、針路を母港へと向けた。これより呉に帰投する予定だ。

 

 今回の任務の目的は、深海棲艦が形成したコロニーの調査、及びその一角を侵攻することだった。現在目の前にしている諸島より先の海域に、姫級が確認されたのが数ヶ月前のこと。コロニー攻略の場合は周辺の鎮守府や泊地などと連携して大規模な作戦が組まれる。今回の任務は、近日中に行われるだろうその殲滅作戦のための前準備だった。

 

 海上を滑走しながら、加賀は頭のなかで今回の作戦の流れを反芻していた。

 

 敵艦隊を発見した加賀たちは、開幕の先制打撃で相手部隊を半壊まで追い込んだ。その時点で勝ち目がないのを悟ったのか、残った数匹の深海棲艦は逃走をはかった。それを追うかどうかで既に口論になっていたのだった。

 

 加賀は任務前に記憶した付近の地形を思い出し、敵が逃げ込むであろうポイントを予測した。そしてそのポイントに先回りするべきだという意見を口にした。そのための兎追い役を自分が買って出ると宣言して。

 

 しかし加賀以外の艦は、実行の必要性は薄いと考えたらしい。瑞鶴は「非現実的」と肩をすくめ、北上が口笛を吹く。加賀が入り組んだ近辺の地形情報を完璧に暗記しているなんてとても信じ難いことであるし、逃げ込むポイントも絶対ではない。しかもそこまでに敵艦隊が待ち伏せていないとも限らない。そこまでの危険を犯す必要があるのだろうか、と。基本として、呉の方針は艦隊が全員生存し帰投することが最優先なのだ。そのことは加賀も知っている。

 

 しかし加賀はここで敵を逃して、情報を敵の中枢に伝えるリスクを天秤にかけた。この地域まで艦娘が攻めてきたことを敵が知ったら、必然周辺の防備は固くなる。それは次にこの地点から侵攻する艦娘たちの生還率を下げるだろう。その艦娘の命と、この艦隊を一時的に危険に晒すことの価値をそれぞれ比べた。いった方がいいと思った。

 

 自分なら失敗しないだろうと思っていた。そう判断した加賀は、旗艦の判断よりも先に自分の計算を優先して疾駆してしまった。それはもちろん離反行為だった。

 

 水飛沫に打たれて頭が冷えたのか、そういえば失敗した場合のことは何も考えていなかったと思った。その後の艦隊の雰囲気のことも考慮していなかったと、加賀は内省していた。

 

 自分は仲間を信じていないのだろうか。仲間の可能性を信じきれていないのだろうか。それとも旗艦の判断を遵守するという基準が、自分には欠けているのか。それは……つまり――

 

「――賀、加賀! ……聞いてんの?」

 

 瑞鶴が何かを言っていた。

 

「……はい、なんでしょう?」

 

 考え事のせいで、瑞鶴の声が頭に入っていなかったようだ。

 

「はあ、また考え事? 邪魔しちゃった?」

 

「いえ、大丈夫です。……どうしたんですか?」

 

 一瞬口ごもった瑞鶴はしかし、思い切って加賀に提案した。

 

「あんた、今日の夜私に付き合ってよ。鳳翔さんのところで一杯やらない? 私の奢りでいいからさ」

 

 加賀は驚いて目を丸くした。

 

「ええ、是非よろしくお願いします」

 

「まぁ、さ。楽しみにしてるから――」

 

 少しはにかんだ瑞鶴は、それから速度を少しだけ上げていってしまう。

 

 誘われて嬉しいと思った。同時に、自分はそのように相手に歩み寄ることをつゆとも考えていなかったことに気づかされた。何故だろう――加賀は、そんなこともできない自分を知った。

 

 前を行く瑞鶴のほんの少しの速度の違いが途方もなく遠い距離に見えて、加賀は目をこすった。


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