がらんとした部屋に、箪笥やクローゼット、本棚が置いてある。ここも掃除が行き届いているようで、埃っぽさはほとんどない。窓から差し込む光が穏やかに部屋を照らしていた。
ここに暮らしていたのか、と加賀は思う。二年前の物がいくつかそのままになっていることに違和感を覚えた。
「どうして物を処分しなかったんですか?」
赤城に訊ねる。
「……私じゃ捨てていいかどうか分からなかったから。新しく着任してきた加賀さん――今の加賀さんに決めてもらったほうがいいかなって」
赤城が言いながら困ったように目を伏せた。こんなことを今の加賀に言っても困るだろうというのを口にしながら気づいたのだった。
「前の加賀と私は赤の他人ですから……」
艦娘は艦の名を背負う。それは自分が艦そのものになることといってもいい。しかしそのことと自分が自分であることは奇妙な交差関係にあって、加賀の名を冠した艦娘が自分以外にたくさんいたとしても、自分が自分であることは確かに保たれる。その辺りの境界線をはっきりと引くのが艦娘によっては難しく、また混乱しやすいところでもあった。
加賀が本棚に目を落とすと、時代小説が並んでいた。表題も著者名もほとんど知らない。加賀はそのうちの一冊を手に取り、中を開いてみた。ページの縁がよれており、熱心に読んだであろう痕が残っている。今の加賀はとりわけて小説を読んだりしないので、意外に思った。
――私が読まない本を、彼女は何度も読んでいたのか。
「赤城さん。二年前の加賀は、一体どんな艦娘だったんですか?」
ふと気になったことを加賀は口にした。
逆にどうして今までそのことを気にしなかったのだろうと、更なる疑問も浮かんでくる。加賀は今まで二年前の加賀を一度も意識してこなかったことに気付いた。
「ん、そうですねぇ……」
赤城は懐かしい記憶を思い出すかのように少しだけ目を瞑った。記憶の中の加賀に再会して、時間を忘れて耽溺しているようでもあった。それからはにかむように笑って、一言を口にした。
「
花言葉は『高貴な美人』。
自分の知らない《加賀》を語っている目の前の人は、まるで自分の知らない赤城みたいで、加賀は胸の奥が鈍く痛んだ。
「でもまたこうして加賀さんが私の傍にいるなんて、不思議なこともあるものですね」
嬉しそうに赤城は言う。加賀は頷いて、同意しようとして、それからやめた。
「赤城さん……赤城さんは自分が艦娘という存在だと知らされたとき、どのように思いましたか? 自分がクローン兵士で、深海棲艦と戦って、そして海に散る存在なのだと知らされたとき――」
加賀は少し突飛に思える質問をしたが、赤城は考えて答えようとした。
「どのように……ですか。最初は、もちろん恐ろしかったですけど……赤城という艦を知って、同じ運命を共にする仲間のことを知って、呉のみんなを知るようになって、徐々に自分の運命を受け入れていきましたかね……」
「私は何も感じなかったんです」
そう言いながら、加賀はクローゼットの戸を開けた。
「そんなものか、と思いました」
クローゼットの中には何も無かった。故人の服は既に整理されているようだ。たしかに、誰も必要としないのが明らかなものは処分されていた。がらんとした内側のスペースの中、その床上に、何か黒い者が縄で縛られて転がっていた。
それは手足を縄で雁字に縛られた艦娘だった。
「あっ……やっ……た、たすけてー! であります」
その艦はやけに棒読みな救助要請を口にしていた。