すべての艦たちのための艦娘解体   作:うずしお丸

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任務報告

「ふ、吹雪です。失礼します」

 

 吹雪は敬礼している。隣に並ぶ扉の上枠に頭をぶつけそうな長門を上目遣いでちらりと確認した。部屋の中にいる四人の顔ぶれを見て、吹雪の肩に一層の力が入ってしまう。執務机の奥には(あし)()司令長官、その手前に仁蔵(にぞう)第一司令官、瀬名(せな)第二司令官、そして秘書官である戦艦陸奥(むつ)の姿が揃う。自分の隣には長門だ。ここには呉鎮守府の全てがあるんじゃないかと吹雪は冷や汗を浮かべた。

 

 敷居の前で吹雪の足が止まってしまったのを見て、瀬名司令官が微笑んでくれる。上官というよりお目付け役の彼女に助けを求めたい気持ちをなんとか押し留めて、吹雪は部屋の中に入っていった。

 

「お疲れ様。いつもあんなに賑やかなのかい?」

 

 と、声をかけてくれたのは、仁蔵文七(にぞうぶんしち)司令官。吹雪は「そう」とも「違う」とも言えず苦笑して対応するしかない。やっぱり無線に会話がばっちり乗っていたのだ。

 

 彼の階級は大尉。先ほどの任務を担当し、細かい指示を出すために漣と無線通信をしていたのが彼だ。歳はいくつくらいだろうか、吹雪は知らないが、おそらく二十七、八ほどの若さだ。しかし年齢に見合わない確かな采配で、任務中の戦闘を幾度も勝利に導いてきた。物腰も柔らかく、彼が口調を荒らげるところは誰も見たことがない。漣など一部の艦娘には人気で、曙など一部の艦娘には一方的に不人気だ。女所帯に若い男ということで、気苦労が多そうだと吹雪は同情する。

 

 その隣にいるのは瀬名庵(せないおり)司令官。中尉。海軍では珍しく女性の司令官であり、姉妹艦以外での艦娘たちの姉代わり的な存在である。歳のほうは仁蔵司令の一つ下だと聞いている。吹雪の方を見て人差し指をそっと立てた。先ほど雪風や電と任務に関係のない無線通信をしていたことは長官たちには内緒にしておいてほしい、という意味だろう。

 

 通信記録、すべて保存されてる気がするのですが。と吹雪は思うが。

 

 この呉鎮守府には長官を補佐する二人の司令官が配置されている。第一司令と第二司令。そして基本的にこの二人が艦隊の指揮を執る。会敵が予想される重要度の高い任務は仁蔵が、危険性が少ない遠征などの任務は瀬名が担当することが多い。今回は瀬名が担当することの多い駆逐艦隊に、呉の今後の趨勢を左右する局面を任せるという特殊な任務であったため、瀬名も無線の補佐官となっていた。……のだが、後半はいつも通りにお喋りを無線に乗せてしまったようだ。

 

 長官の左隣にいた陸奥が一歩前に出る。長門型二番艦であり、秘書艦で、平時においては第一艦隊旗艦を務める。長門と同じく、栄光の象徴『ビック7』の名を持つ戦艦である彼女は、意志の強そうな瞳を長門に向けた。

 

「長門、ようやく会えたわね」

 

「…………陸奥か」

 

 陸奥に真正面に見据えられた長門は咄嗟に視線を切った。この二人は艦娘としては初対面であり、何も引け目を感じたり、気後れすることなどないはずだが。

 

「やっぱり姉妹艦はひと目で分かるものなのね」

 

 陸奥はもう瞳も声も穏やかに言う。

 

「また一緒に戦える日が来るなんてね……」

 

「ああ、そうだな。何故だろう、涙が出そうなほど懐かしい」

 

 長門は少しだけ苦しげに笑ってみせた。

 

 姉妹艦が再会を果たすこと、それは鎮守府では度々見られる光景だった。任務先で偶然保護された艦娘を総称して《ドロップ艦》と呼ぶが、今回長門はその分類として発見されている。長らく欠番だった長門の席がこれで埋まり、呉だけでなく海軍全体としても戦力が大幅に増強されたことになる。

 

「――――これで長門型が揃ったわけか」

 

 執務机の向こうに座っている男が言葉を発した。彼の一声によって吹雪の緊張が一層増す。呉鎮守府の全権を握っている男が吹雪を見据える。

 

「簡潔に報告を頼む」

 

「は、はい――」

 

 吹雪は今回のキス島沖作戦の経過を報告した。太平洋ラット諸島上に位置するキス島本土の民間人と守備隊を全員を収容完了し、本土に帰還したこと。ドロップ艦、長門の発見。道中三度、帰路で一度の会敵があったが、艦隊の損傷は総じて軽微であること。吹雪は一つ一つを説明している。

 

 それを黙して聞いていた彼は一度だけ頷いた。

 

 名は芦木草々(あしきそうそう)。階級は海軍少将。呉鎮守府の司令長官を務め、仁蔵や瀬名の直属の上司にあたる。二人が実務担当とするならば、芦木は政策担当といっていい。呉鎮守府の運営を行い、作戦を含むあらゆる方針の最終決定権を持っている。そして有事の際は、長官自ら《決戦艦隊》の指揮を執ることになっていた。

 

 呉では何事においても彼の采配次第というわけだが、しかし吹雪は彼のそのような権力を前に萎縮してしまっているわけではない。眼が怖かった。鋭い三白眼だからというわけでもない。吹雪を含めた艦娘を見る彼のその眼が、まるでモノか何かを見ているような冷たさを持っていた。

 だから彼に畏怖の念を抱く艦娘は多い。

 

 説明している最中、吹雪は彼の眼の奥をうっかり覗き込んでしまった。そこに一瞬見えたのは退屈や不満の陰り……? 吹雪は咄嗟に自分の説明が不十分ではないか、何か大切なことを取り落としているのではないかと自問した。それとも本当に彼は退屈しているのだろうか。何に? 生きることに? ……ではここで一つ小話でも。ぎろり、と射すくめられる。ひええ。

 

 吹雪が任務の経過を話し終え、内心でほっと一息つくと、芦木長官が口を開く。周りの者に指示を飛ばした。

「民間人が672人、関係各庁に保護申請の手続きを瀬名、頼めるか」

「分かりました」

「長門、彼らの中に英語を話せる者はいるか? なるべく発言力のある者が好ましい」

「守備隊の者なら大抵話せます。平時から合衆国とも連絡する必要がありましたので」

「そうか。それでは俺は今から保護された方々の元へ向かうとしよう。仁蔵、付いてこい」

 仁蔵司令はそわそわしていた。

「あの、長官自らが行かれるのですか?」

「当たり前だ。キス島防衛のためその身を以って戦っていた者たちなのだ。最大の敬意をもって迎えるべきだろう」

 

 そうして司令官たちが次いでの行動に移っていたところで、吹雪はぽつんととり残された気分だった。長門と陸奥の所在なげな様子に気づいて、芦木は彼女らにひと声をかけた。

 

「……ああそうだ。陸奥は長門に鎮守府の案内でもしてやってくれ。これから共に暮らす仲間だからな」

 

 芦木が上衣掛けから外套を翻す。紺羅紗(こんらしゃ)が深い海のように広がった。

 

「ご苦労だった長門。慌ただしくて済まないが、お前の呉への着任を祝福しよう」

 

 長官は長門に向かい合って言った。

 

「お心遣い感謝する、提督」

 

 長門が頭を下げる。

 そうして去り行く長官を仁蔵が追いかける準備をしていた。退出しようと、芦木がドアに近づいていく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ドアの向こうから聞こえてきた気がした。

 

 長官がドアを開ける。

 

「―ふぶ…………あ、芦木長官! お疲れ様ですっ!」

 

 曙の上ずった声だった。それから廊下の方からばたばたとした物音が流れこんでくる。振り返った吹雪の視界には、開いた扉の前で立ち止まっている芦木長官の背中と、その隙間から見える駆逐艦たちが見えた。

 

 曙?

 

 体をずらすとドアと長官の隙間から、敬礼ポーズの状態で固まった曙、漣、電、雪風、島風の五人が縦に連なったトーテムポールのような形でのぞいていた。……もう少し具体的に説明すると、直立している最上段の曙から順に中腰になっていって、扉の隙間から中の様子を伺っていたのだ。もちろん彼女たちは会議を盗み聴きする気があったわけでなく、きっと吹雪が長官室から出てくるのを待っていたのだろうが……。まさか長官が出てくるとは思わなかったらしい。

 

「そこに居られると邪魔だろう?」

 

「しゅびばしぇ……」

 雪風が涙声で応答した。

 そんな一幕があり、長官と仁蔵司令が部屋を出て行ったあとに、少しだけ部屋がしんとした。

 

「ぐっ……! だがその感じが可愛い……!」

 

 長門が何か口走った。

 

「あのー、ひょっとしてまだ終わってなかったです?」

 

 部屋の中を覗き、恐る恐る聞く漣。瀬名司令と陸奥が、苦笑しながら顔を見合わせた。

 

「もう大体終わったけど、まだほんのちょっとだけ」

 

「す、すみませんでしたぁ……」

 

 雪風が声を震わせた。

 

「いいのいいの。あとは吹雪に報告書のお願いをするだけだから」

 

「じゃ早速」と陸奥が吹雪の両手に紙束を渡した。

 

 突然の重みに若干よろけつつ、吹雪は疑問に思っていた。何で皆は長官室の前にいたんだろう?

 

「……別に、あんたを待ってたわけじゃないんだから」

 

 と曙。

 

―あ、そうか。

 

 吹雪は瀬名を含めたみんなでおやつを食べる話をしていたことを思い出す。

 

 待っていてくれたんだ、みんな。 

 

「吹雪」

 

 陸奥が呼んだ。

 

「報告書、明日までなんだけど量が量だし、ちょっとくらい遅れてもいいからね。まああなたのことだから頑張っちゃうんだろうけれど」

 

 少し心配げに陸奥が微笑んで、

 

「は、はい。任せて下さい!」と真面目な吹雪は元気良く言う。

 

 両手がふさがっているので敬礼はできなかった。


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