すべての艦たちのための艦娘解体   作:うずしお丸

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あきつ丸に呼び止められる

「御二方、しばし待たれよ……であります」

 

 空母寮に続く道を加賀と赤城が歩いていたところ、見覚えのあるモノクロの艦娘が壁に身体を預けて立っていた。制帽を押し上げる仕草がやたらに気障で、加賀は無視してその前を通り過ぎる。

 

「いやいやいや、ほんとうに待って欲しいのであります!」

 

 あきつ丸が嘆願した。

 

「何か用でも?」

 

「どうして加賀殿は自分にそう辛辣なのでありますか!」

 

「間が悪いんですよあなたは……」

 

 前回もそうだったが、今回は特に最悪だ。今は、正直彼女の顔も見たくなかった。

 

「どうしても今でなくては駄目ですか?」

 

 排他的な加賀と悄然とした様子の赤城を見て、あきつ丸は不思議そうな顔をした。

 

「何か……あったのでありますか?」

 

 二人は顔を見合わせる。加賀はあきつ丸に先ほど起こったことを話して聞かせた。第一艦隊が大被害を受けて帰ってきたこと。呉から大事な仲間が欠けてしまったこと。

 

「それは……確かに大変間の悪いことをしてしまったでありますな」

 

 流石の彼女もどうやら自覚したらしい。あきつ丸は腕を組んで考え込む素振り。ところが食い下がるのをやめた様子はなかった。

 

「……しかし、こちらも大事な話なのでありますよ。まさか呉の精鋭が、戦術敗北一つで寝込むわけにもいきますまい」

 

「赤城さん、取り合う必要はありません」

 

 見え透いたあきつ丸の挑発だった。目の前で雪風を失うところを見て精神的に弱っているはずの赤城を加賀は守りたかった。しかし。

 

「私なら、大丈夫です。聞きましょう加賀さん」

 

 あきつ丸が赤城の自責の念を利用したことが加賀には分かった。加賀は相手の表情をさっと見た。

 黒い艦は赤城のことを見て薄笑いを浮かべていた。加賀はかっときそうになるのを必死に抑えた。

 

「恩に着るであります、二人共。……一つ聞きたいことがありました。加賀殿、この間渡した二年前の加賀殿の日記は読まれましたかな?」

 

「……ええ、読みましたが」

 

 釈然としないまま加賀は答えた。

 日記の話だ。加賀はあれから一通りを読み通してみた。日々起こった出来事や任務の内容を秘書官の立場から淡々と記述しているのが多く目についた。たまに歴史小説の感想が書かれていたが、物語に対する考察や、時代背景との関連性、そして加賀の所感が走り書きされている程度だった。つまり、事件の核心に迫る事柄は何も察せなかった。

 

「何か感じたことは無かったでありますか? あの記録のような日記帳から」

 

「いえ、特には……」

 

 意味のある情報は引き出せず、まるで事件のことを気取らせないように巧妙に設計されているという印象を受けていた。だから加賀は言葉に詰まったが。

 

「どんな感想でもいいのでありますよ。事件に関係なくてもいい。加賀殿の印象を教えて欲しいであります」

 

 あきつ丸はそう言った。やけに食い下がると思った。何か裏でもあるのか……。色々と勘ぐったが、結局加賀は自分が読んだときの第一印象をそのまま語った。

 

「……個人的に、二年前の加賀がどのような人物だったのかというのは興味がありましたから、加賀という艦の像が、日記を読むことで何となく見えてきたのは有難かった。あまり自分のことを他人に語らなそう()だと思った……。それと、歴史に興味があるようだったわ。でもこれは自分のルーツが戦史にある私たちにとって珍しいことじゃない。《彼女もまた艦娘の一人だった》」

 

 あきつ丸は満足気に頷いた。二年前を思い出すように語った。

 

「当時の彼女は、呉の第一線で活躍する艦でした。後進は皆彼女に憧れて、一歩離れたところから彼女を見ていた。彼女には、他者に見せられず背負っていたものもあったのだと自分は思います。そのせいで追い詰められていたところがあったのかもしれない。……これは勘ぐりでありましょうか。しかし、今の加賀殿の言葉を、自分は故加賀殿に聞かせてやりたいかもしれません」

 

 加賀はあきつ丸の意外な一面を見たと思った。自分の素朴な感想が受け入れられて、決して不快ではない居心地の悪さに戸惑った。一方であきつ丸の本意を測りかねている。この艦は何か用事があって自分たちを呼び止めたのではなかったのか。

 

「そう……それは残念でしたね。これでこの話は終わりですか?」

 

「ええ、加賀殿。加賀殿に対して自分の話はここまでであります。しかし自分は先ほど『御二方』と呼び止めました。今回はどちらかというと、赤城殿の方に話があったのでありますよ」

 

 そう言った。

 

「私……ですか?」

 

 赤城は意外そうな表情を浮かべている。過ぎた話、忘れようと努力したであろう二年前の話を再び彼女に振るあきつ丸に、加賀は意見を唱えたかったが、あきつ丸に斟酌する気はないようだった。

 

「自分、日記を加賀殿に渡したあの日から何かが引っかかっていたのであります。何かがおかしい……、と。御二方と交わした会話の内容に違和感を覚えていたのであります。そうして最近、ようやくその理由に思い至ったのでありますよ」

 

 笑顔を浮かべて、まさに自分の世界に(ひた)っているあきつ丸、何を言われているのか分からない赤城。

 

「赤城殿。あの日あなたは、『この手帳を見たことがある』と言いましたな」

 

「……ええ、言ったように思います」

 

 赤城が慎重に答えた。あきつ丸は首を傾げる。

 

「…………それはやっぱりおかしいのでありますよ赤城殿。

 あの日記は加賀殿の死後、こういう経過を辿って自分の元に渡りました。

 (1)日記は呉の司令部によって回収され

 (2)その時点で既にページが破られて前後半に分かれた状態で自分の手に()()()()渡り

 (3)それを自分がスパイ嫌疑を利用して陸軍に持ち帰った後に

 (4)陸軍で複製され資料として大本営に提出され

 (5)原本の方は自分の手に返却され

 (6)自分が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()あとに

 (7)分かれていた後半の部分は呉に返却したもの

 だったのでありますよ。

 つまりあの手帳は中身は前半部だけで元の日記とはもはや異なる外見だったのであり、特に装丁なんかは全く別物だったのでありました」

 

「えっ……」

 

 赤城が絶句する。一つはあまりの情報過多に。一つは嘘で以って嘘を暴かれたことに。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! あの時あなたは嘘を吐いていたってことですか? たしかこの日記は本物って……それに日記の全文は読んだことがないって」

 

 加賀が問い詰めようとするが、あきつ丸はひらひらと身をかわす。

 

「そんなことは自分、一言も言ってないでありますよー? まあ嘘とはいえ、日記の中身自体は本物であります。……もう一度言いますが、ページを破ったのは自分ではない。司令部から自分の手に渡る前には破られていました。そして破られた前と、破られた後の日記を自分は読んだ。それでも自分には真相は分からなかった。内容が気になるのなら、後で司令部に行って貰ってきて下さい。ただし、閲覧注意であることをお忘れなく。話を戻しましょう。ここにあるのはオリジナルと何ら内容の変わらない手帳であります。違うのは装丁だけ……」

 

 そうして彼女は赤城の方を睨んだ。今重要なのはこのことだと言わんばかりだった。

 

「装丁が偶然似ていたんです……」

 

 震える声で赤城は言う。眼が泳いでいた。

 

「本物は白、自分が使ったのは黒い装丁でした。いやあ自分の好きな色なもので」

 

 彼女は言葉と事実によって赤城を追い詰めていた。しかし加賀には話が見えなかった。まずあきつ丸の言う事実は、あきつ丸と赤城の二人にしか見えていない事柄だった。

 

「分かりません、あきつ丸さん。あなたは赤城さんが勘違いした程度のことを、どうしてそんなに重要そうに取り上げるんですか?」

 

 加賀が赤城を庇おうとすると、あきつ丸は困ったような、またその奥で薄笑いを浮かべているような表情を浮かべていた。そして言った。

 

「加賀殿、実は自分もそこを知りたいのでありますよ、それが重要なことなのかどうか。本の装丁を変えたのも、無意味な気まぐれだと思ってもらって構わないであります。だから赤城殿、どうしてあなたはそんなに動揺しているのでありますか? 聞かせて欲しいであります」

 

 赤城はびくっと肩を震わせた。

 

 その動揺をあきつ丸は見逃さない。

 

「赤城殿? これは根拠の弱いことなのでありますよ。そんなに困る必要はないのであります。しかし改めて問いましょう。どうして赤城殿はあの時嘘を吐いたのでありますか? あの日記を知っている、見たことがある、ということにしたかったのでありますか?

 

「いや……それは……」

 

「問い方を変えましょう。赤城殿は何故、二年前の日記なんかに拘っているのでしょう。どうして二年前の日記を覚えているという設定でいきたかったのでしょう」

 

 そうして彼女は、一呼吸置いて、一つの仮定を導いた。

 

「それは――今ここにいる赤城殿が()()()()()()殿()()()()()からではありませんか? 二年間、周囲を偽り続けた癖で、日記を覚えているという嘘を吐いてしまったのではないでしょうか」

 

「……一体どういうことですか?」

 

 加賀は待ったをかける。そうしなければならなかった。赤城が脱力したように、座り込んでいたから――

 

「私にも分かるように説明して下さい」

 

 加賀は呆然としている赤城とあきつ丸の顔を交互に見た。赤城にかける言葉が見つからなかったし、何が起きているのかも分からなかった。

 

「そうしたいのは山々なのでありますが、どうやら自分はものを語るのが苦手なようであります。続きは赤城殿に説明してもらうのがいいでしょう、ねえ――」

 

 いけ図々しくも、言うのだ。この黒い艦は。

 

「赤城殿。自分の推論《あなたが二年前の赤城殿とは別人》というのは正しかったでありますか?」

 

「赤城さん……?」

 

 赤城は辛そうな表情で顔を上げた。

 

「そう……ですね。……あきつ丸さんの言うとおりです。私は二年前、事件のあったあの日に《建造艦》の赤城と入れ替わった《ドロップ艦》です。でもどうしてそこに気付いたんですか? ……というか、どうしてそのような発想が出てきたの……?」

 

 問われたあきつ丸は、「やはり《不正建造》でありましたか」と呟いた。それから赤城の疑問形に答えた。

 

「それは、もうすぐ戦争が終わるからでありますよ」

 

 あきつ丸は、再び話を飛躍させていく。撹乱していく。戦争が終わる。先ほど誰かが――芦木長官が言っていた、『近々かつてない規模の決戦になる』という言葉を加賀は思い出していた。それが、戦争が終わることを意味していたのか。あきつ丸はそのことについて言っているのか――

 

 考え過ぎだと、加賀は自らを戒める。続くあきつ丸の言葉の含意に集中していた。

 

「戦争が終われば、兵器は必要ない。そうでありましょう? 艦娘が人間にとって兵器ならば、我々は要らなくなってポイなのであります。だから艦娘が人間にとってどういう存在なのかは、我々にとって最大の問題となる。その動向を占うのが、二年前の事件に隠されていると自分は睨んだのであります。

 もし艦娘が人間として扱われていないのなら。呉は隠蔽のための入れ替わりでもなんでもやるでしょう。それはメンテナンスのようなもの。部品の交換と何が違うのでありましょう。そしてその際にネジが一本失くなっても、誰も気に留めないでしょう」

 

 あきつ丸の口から信じられない言葉が踊っていた。加賀の脳裏を瀬名司令の顔が掠める。

 

――私はあなたのことも兵器だなんて思ってないからね。

 

 同時に芦木長官の冷然な態度も思い出していた。傷ついた艦娘に視線を落とすこともなく、海を眺めていた姿。

 

 あきつ丸は赤城に正面から向き合った。

 

「赤城殿、自分は艦娘システム運用初期からの呉の任務報告の全てに目を通していた。だから最初期の呉の戦果記録におかしな点があったことを知っていました。呉は、所有戦力に対しての戦果が他の鎮守府と比べて高水準すぎていた。それは誤差の範囲だったかもしれません……しかし赤城殿がドロップ艦として発見された頃の報告資料には、戦果記録にそのような違和感がなくなっていたと自分は思いました。――やはり正規空母赤城の不正建造はあったのでありますな。呉は同名艦の複数所有の禁止というルールを破り、倫理規定を犯していた」

 

 冷たく薄い夕景の空気の中に一番星が見えた。くるくると遠くでサイレンが鳴っていた。あきつ丸は、赤城の入れ替わりと、艦娘が人間として扱われていない場合の持論を結びつけて語ろうとしていた。

 

「赤城殿。ほんとうのことを教えてほしいのであります。あなたの入れ替わりがどのように行われたのか。入れ替わり以前ではドロップ艦の赤城殿が、以後では建造艦の方の赤城殿が常に行方不明なのであります。自分の結論はこうであります。あの時死んだ艦は二名いた。それが加賀殿と――赤城殿だったのであります」

 

 そして赤城は観念したように、目を瞑って夜空を仰いだのだった。

 

「あなたの言う通りです。でも私は加賀さんの事件で何があったのか、ほんとうに知らないんです。それだけは信じて欲しい……二年前まで私は()()()()いたから」

 

「なるほど……。死因は聞かされましたか?」

 

「『後追い自殺』だと、言われました。そしてこの秘密は誰にも話さないようにと」

 

「案外口が軽いのでありますな」

 

「いえ……」

 

 あきつ丸は感情の読めない表情で、赤城を蔑んでいた。加賀は先程から深い衝撃で口を継げなかった。最も信頼のおける艦だと思っていた赤城が、自分を騙していたことになる。加賀はもう誰を信じて良いのか分からなくなりそうだった。

 

「自分の話はここまでであります。あとは赤城殿の口から起こったことを、真実を教えて欲しいでありますなあ」

 

 加賀はあきつ丸の魂胆にようやく気付いて愕然とする。どうして無関係である筈の加賀をこの話に加えたのか。それは第三者に会話を訊かせることで、赤城を追い込むためだったのだ。

 

 赤城はもう無言を貫くことはできない。加賀の不審の念を、取り除かなければならなかった。

 

「……分かりました。話します。私が知っていることならば。でも、この場のみの話にすると約束してくれませんか……?」

 

「ふむ。(おか)の魂にかけて誓いましょう」

 

 最後の最後まで、信用ならない艦だと加賀は思った。




次回更新は 9/12 22:00 を予定しています。

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