すべての艦たちのための艦娘解体   作:うずしお丸

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仁蔵艦隊の帰還

 ドッグ前には他にも何人かの艦娘が集まっていた。皆ざわついていて、ただならぬ様子が伝わってきた。

 

「通して! ごめんね」

 

 瀬名が艦娘の間をかき分けて、道を作る。そこに見えたのは、腰を下ろした陸奥と、その左腕の肘を先端として巻かれた赤く染まった包帯だった。陸奥の左腕は肘のつけ根から先が失われていた。

 

「酷い、何があったの……!」

 

「見ての通りの大被害だよ。哨戒中の鬼級に遭遇した」

 

 傍らに立っていた仁蔵司令が答えた。

 

「哨戒中の鬼? 鬼が哨戒ですって?」

 

 瀬名は疑問を唱えた。仁蔵が眼で頷く。その瞳は憔悴していて、悪夢を見た直後のようだった。

 

 鬼級。姫級と同じく、従来の艦種分けに当てはまらない、規格外の戦力を持った深海棲艦の通称。通常、鬼級や姫級の深海棲艦は、重要拠点の防衛につくはずで、彼女らが随伴艦を引き連れて海洋を哨戒するなどという前例は聞いたことがなかった。

 

 陸奥の周りにはそれぞれ損傷を受けている第一艦隊の面々がいた。重雷装艦大井。軽空母隼鷹。飛鷹。口々に不安げに話している周りの艦娘たちとは違って、当人たちは沈鬱な表情で何も語らない。その中に、正規空母赤城の姿があった。彼女の損傷は軽微のようで、ひとまず加賀は胸をなでおろした。

 

 指揮官である仁蔵は艦隊の損害を前にして頭を振った。

 

「前例のないことだよ。ひとまず僕は陸奥をドッグに連れて行くけど、あとで今後の打ち合わせになる。長官」

 

 波止場の縁に立ち、海を見ている芦木長官がいる。

 

「ああ。今回のもそうだが、最近の奴らの動きには不審な点が多い。俺の予想が当たっているなら……近々かつてない規模の決戦になるだろうな」

 

 彼はもう次の作戦のことでも考えているのだろうか。負傷した艦娘を気遣う素振りは見えなかった。

 

「芦木長官。皆が不安がってます」

 

 瀬名が強い語気で言った。

 

 周囲に集まっている艦娘たちがまた騒がしくなる。彼女たちの間には傍観者としてではなく、戦線に立つ者としての不安や恐怖が拡がっていた。いやそれだけではなかった。何かに気づいた者がいて、それとは別のざわめきが起こった。ざわめきの方向から人だかりをかき分けて、戦艦長門が現れた。

 

「陸奥! ああ、腕が……なんてことだ……。おいしっかりしろ! 陸奥!」

 

 負傷した陸奥の姿を認めると、長門は駆け寄って彼女を抱き寄せた。

 

「長門……?」

 

 陸奥が弱々しく声を絞る。

 

「しっかりって……半分死人に鞭打たないでよ……私なら、大丈夫だから……。それよりも……」

 

 陸奥は右拳を鬱血するほどに強く握っていた。

 

「それよりも、雪風が――」

 

 そう言われた長門と、電が、そこに第一艦隊が五隻しかいないことに気付いたのがほぼ同時だった。

 

「あれ、雪風さんは……どうしたのですか……? 雪風さんはどこに……?」

 

 第一艦隊、最後の一隻は駆逐艦雪風だった。しかし陸奥は黙って何も答えない。赤城を含めた他の四隻も、みな沈黙している。

 

「え? みなさん……どういうことなのです? 雪風さんは?」

 

 途方に暮れるように電が辺りを見回しても、彼女はいない。どこにもいない。周りを囲んでいた艦娘たちも何があったのかを察したらしく、それに気づいていた者に合わせて、いつの間にか静まり返っている。電だけが、雪風の姿を探していた。

 

 耐え難い沈黙を破ったのは陸奥だった。

 

「雪風は……沈んだわ……。ごめんなさい。私の力不足で、彼女を守れなかった……」

 

「え?」

 

 電がその言葉を飲み込む前に、長門が陸奥の胸ぐらを掴んでいた。

 

「陸奥。戦艦が他の艦を守れなくてどうするんだ」

 

「ごめんなさい……」

 

「このままでいいのか」

 

 陸奥は長門の目を見据える。

 

「いいわけ……ないじゃない……!」

 

 それから陸奥は仁蔵の肩を借りてなんとか立ち上がった。ただ立ち尽くしている電に「ごめんなさい」と呟き、それ以上かけられる言葉もなく、修復ドッグに向かって歩いていった。

 

「この体、絶対に直すわ。直してまたこの海に立つから」

 

 長門とすれ違いざま、強く押し殺すように彼女はそう言った。

 

 雪風が沈んだらしい。それはこの場にいた誰にとっても、信じがたいことだった。加賀は彼女が底抜けに明るい性格の艦だったことを記憶している。幸運艦として語り継がれている話も知っていた。水底の冷たさとは最も縁遠い艦だと誰もが思っていた。しかしあまりにもあっけなく唐突に、彼女は呉からいなくなってしまった。二年以上の月日を彼女と共に過ごしてきた電の胸のうちは、加賀にはとても察することができない。彼女の心に開いた穴を、直視することすらできなかった。

 

 電がとぼとぼとその場を歩き去っていく。周りの艦娘たちも何も声がかけられず、道を開けるだけだった。

 

「電!」

 

 遠く、駆逐寮の方向から、少女たちが駆けてくる。あれは、曙だ。その後ろに吹雪、漣、島風―

 

「あ……」

 

 その四人の姿を見て、電はくずおれてしまう。こらえていたものが、折れてしまったように。

 

「みなさん……」

 

「電! 何があったの……? この集まりは、」

 

「……ゆっ……ゆきかぜさん、……ゆきかぜっ……さんが……」

 

 嗚咽を漏らす電に、少女たちが駆け寄る。雪風のいなくなったのを知って、悲しみを共有して、五人の駆逐艦たちはさめざめと声を上げ涙を流した。その姿をそこにいた艦娘たちは見ていて、泣き出す艦もいた。空いてしまった大きな穴を一人で抱えることはできなかった。あの五人は、これからその穴を共に抱えて生きていくのだろう。ここにいる者たちも、出来る限り手を貸して抱えてあげようとするのだろう。

 

 加賀はその光景を見ていると胸の奥が痛かった。

 

「赤城さん」

 

 加賀は赤城に声を掛ける。

 

「私たちも、行きましょう。ここにいても、仕方ないです」

 

「うん……そうね」

 

 その場を立ち去る二人の足取りはどうしても重い。


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