Fate/Grand Order ~Ideal Happiness~   作:古花めいり

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1話『暗殺者とお母さん』

 

 

 朝起きて、ベッドから降りて着替える。

 椅子に座って本を広げる。

 

 しばらくしてドアが開き、白衣を着た女性──ドクターが入ってきた。

 

 

「おはようエイス」

 

「おはようございます。ドクター」

 

「体に異常はあるか? 今朝は呼吸困難にならなかったか?」

 

 

 テーブルにバッグを置き、薬品を並べる。

 

 

「はい。“彼”が治してくれました」

 

 

 発作の様なもので、魔術回路が勝手に発動して大気と同調、結合することで機能不全を起こし、呼吸ができなくなってしまう。

 幼い頃は原因が魔術回路だと判明しなかった為、人工呼吸されたものだ。しかし、魔術回路の誤作動なので魔力を乱せば結合は解除される。それは“彼”がやってくれていた。

 

 

「そうか、なら薬の投与は止めておくか」

 

 

 言いながらテーブルに並べた薬品をしまっていく。それを眺めながらドクターに問う。

 

 

「薬は義務なのでは?」

 

 

 実験体としての義務。

 生かされている事への義務。

 この施設にこれなければもっと早くに死んでいた自分の義務。

 それを聞いてドクターは表情を暗くした。

 

 

「すまない。我々は……いや、言い訳にすぎないな。我々とて、“彼”に敵対はしたくないんでね。君を害する行為は特に」

 

 

 デミ・サーヴァント被検体第8号(エイス)。成功するはずのなかった実験、英霊召喚。

 今は亡きマリスビリーが人間と英霊を融合させることで英霊を「人間に」するため遺伝子操作によって作り出した、英霊を呼ぶのに相応しい魔術回路と無垢な魂を持った人間。『デザインベビー』。

 デミ・サーヴァントは英霊を召喚させるための触媒として「英霊を呼ぶのに相応しい魔術回路と無垢な魂を持った子供」を用い、呼び出した英霊と子供を一つの存在にし、「人間に」なってもらおうというもの。

 だが、エイスはデザインベビーではない。だから英霊召喚は成功しないはずだった(・・・・・・・・・・)

 

 デミ・サーヴァント実験は英霊と人間を融合、結合させる。エイスのもつ魔術回路『疑似』はそれにもっとも適していた。しかし、英霊召喚には媒体と魔力が必要。

 魔力は石油基地エルストラの魔力貯蔵タンクと言われる物から回すことで解決した。

 媒体は『人』であるエイス自身だ。

 『器』と『量』と『贄』の問題をクリアした。それでも、成功するはずはない。

 職員の誰もが理解していた。失敗すると。にも関わらず実験は開始された。

 

 何故か?

 決まっている。彼らは職員である前に、魔術師であり、科学者だったから。

 だからどのように失敗するかが観たかった(・・・・・・・・・・・・・・・・) 

 好奇心は猫を殺す。きっと魔術師の、科学者の好奇心は神をも殺すだろう。

 彼らは己が過ちを理解せずに死ぬだろう。救われず、報われない。仮に彼らが報われた時、それは彼らと同じ思想が産まれた瞬間だ。

 

 失敗するはずだった英霊召喚は成功し、エイスはデミ・サーヴァントとなった。しかし、融合したことで“彼”から送られた記憶は、“彼”を英霊かと疑問を抱かずにはいられない。そんなものだった。

 それでもエイスを救ったのは“彼”で、“彼”もエイスに救われたと言っていた。だから、英霊かそうでないかはどうでもいい事なのだ。

 

 デミ・サーヴァント成功のその後は部屋に隔離、秘匿され監視されることとなった。

 自由がないことに“彼”は何も言わなかった。エイスも生きていればそれだけでよかったので何も言わない。それに、“彼”が体験した記憶を共有するには時間が必要だったのだから動かなくていいのはちょうどよかった。

 だが、ドクターや職員はそうではないらしく、いつ暴れるのだろうと腫れ物を扱うように、化け物を見るような視線を向ける。

 自分たちで選んだものだろうに。

 それには“彼”は鼻で笑っていた。『ふん。これだから人間は』と。

 それでも“彼”は人間が好きなのだろう。融合して、記憶を垣間見ているから分かる。

 どうしようもないくらい人間が好きで、救ってあげたくて、だから“彼”は……いや、“彼ら”は行動を起こしたのだろう。

 救ってあげたい。助けてあげたい。苦しみがない世界を望み、渇望した。自分達のためではなく、人間のために。

 だからあんなにも怒り、絶望し、そして望んだ。

 

 

「エイス、聞いているのか?」

 

「あ、はい。いいえ」

 

「どっちなんだ。まぁいい。明日、英霊召喚を行いらしい。その時迎えにくるから今日は速やかに休むようにな」

 

「僕は必要なのですか?」

 

 

 デミ・サーヴァント実験ならば迎えなど必要ない。立ち会う必要があるのだろうか?

 

 

「必要だ。単体で召喚してもらうらしいからな。通常の召喚だ。初めての召喚(・・・・・・)になるし体調は万全の方がいいからな」

 

「そうですか。わかりました」

 

 

 

 

 

────────── 1

 

 

 

 

 

 

「ドクター。第8号の様子はどうだったかね」

 

 

 廊下を歩いていると呼び止められた。

 振り向けば局長がタバコに火をつけているところで、私はいつもの質問だと察して答える。

 

 

「“彼”の名は聞けませんでしたよ」

 

 

 器用にもタバコをくわえながら舌打ちする局長に、私は疑問をぶつけた。

 

 

「エイスの中にいるのは本当に英霊なのでしょうか?」

 

「英霊召喚で英霊以外が召喚できたのならばそれでも構わん。だが、それが名も正体も明かさないのでは我々にはどうすることもできん。やはり自白剤なり投与すべきだと私は思うが、ドクターの意見は?」

 

「認められません」

 

 

 当然だ。

 エイスの身体は自白剤に耐えられない。下手をすれば中毒症状が出るか、末梢性麻痺を起こして死ぬだろう。

 そんなことはさせないし“彼”も認めないだろう。それに……

 

 

「そんなことをすれば“彼”の正体はわかるかもしれません。しかし、“彼”を敵に回すほどの価値があるかどうかもありますから」

 

「……確かに。やはり新たに英霊を召喚するしかないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

────────── 2

 

 

 

 

 

 召喚室に来るのは2度目だ。

 前回は“彼”と出会うために。

 今回は魔方陣の中ではなく外に立ち、手を添えて魔力を流し込むらしい。

 

 

「英霊召喚、開始しろ」

 

 

 そう言われてもエイスには魔力を十分に扱えない。

 だから“彼”にお願いする。

 

 

(ごめんよ。僕じゃ魔力を扱えないから)

 

『……』

 

 

 返答はなく、添えた手から魔力が流れて魔方陣を黄色と赤色が染める。

 “彼”の魔力色は綺麗だと思う。

 

 英霊は召喚できるだろうか。

 媒体は折れたナイフを渡された。

 刃は錆びていて切れ味はなく、奇妙な形状をしていた。

 媒体があり、魔力がある。条件は揃っているだろう。しかし、英霊召喚はそんな簡単ではないことは“彼”の記憶で知るエイスは疑問だらけだった。それでもやらなくてはいかない。やらなければここでのエイスの価値はなくなり、生きられないのだから。

 願わくば、“彼”の仲間が召喚されることを。

 

 

我ら(同胞)など望むな。死ぬぞ』

 

(え、あ、うん。ごめんよ。なら諦めよう。僕もまだ死にたくない(・・・・・・)から)

 

 

 魔方陣が一際輝き、左手の甲に赤い刺青が浮き上がる。光が収まると魔方陣の上には短めの銀髪に外套を身に付けた少女がいた。

 

 

「死にたくないの? おかあさん(マスター)

 

「え?」

 

 

 少女の開口一番の台詞に困惑した。まさか“彼”に娘がいたとは!

 あ、やめてください。体の自由を盗らないで。

 

 

『……』

 

「えっと……キミは?」

 

 

 少女の前に屈み、アイスブルーの瞳を覗きこむ。

 

 

「ジャック。ジャック・ザ・リッパー」

 

 

 ロンドンにおける連続猟奇殺人の犯人とされる人物。

 切り裂きジャックの名で知られるジャック・ザ・リッパーその人だった。

 少女であるのは意外ではあったが、“彼”の記憶を辿ればたしかに姿が合致した。ジャック・ザ・リッパー本人で間違えないのだろう。

 

 

「第8号、自室にもどれ。英霊ジャック・ザ・リッパー、一緒に来てもらう」

 

「……はい」

 

 

 職員に言われて自室に戻ろうと踵を返す。

 不意に裾を引かれて振り向けばジャックが掴んでいた。

 

 

「おかあさん。いっしょにいこう?」

 

 

 英霊であっても姿が子供では接し方に困る。

 屈んでジャックの肩に手を置いて言い聞かせる。

 

 

「ジャック、僕はキミのお母さんではないよ。でも、今はあの人についていってくれないかな?」

 

「おかあさんはおかあさん(マスター)だよ?」

 

 

 平行線の予感がした。

 話が通じてないのか、エイスの言葉を理解しようとしないのか。下手に時間をかければ職員はどういった行動に出るかは想像できた。故に早急に言い聞かせなくてはならない。

 

 

『暫し代われ』

 

(うん、お願い)

 

「『娘』」

 

「だれ?」

 

 

 雰囲気で察したのか、ジャックは怪訝そうな表情でエイスを見る。無論、喋っているのはエイスではないが。

 

 

「『母を求めるならば、母親の言うことは聴け。聴かねば母親は貴様から離れるぞ』」

 

「わたちたちからおかあさんを奪うなら……」

 

 

 何処から取り出したのかナイフを構えるジャックに慌てて“彼”と代わる。

 

 

「じゃ、ジャック! あとで。あとで会おう? 今はあの人についていって、その後一緒にいよう。ね?」

 

 

 不満そうな顔をするも納得したのかナイフを仕舞う。

 

 

「じゃあ、あとでね、おかあさん」

 

「う、うん。あとで……」

 

 

 そう言い残し別れた。

 エイスは職員付き添いのもと自室に戻る。

 

 

 

 

 

 

─────── 3

 

 

 

 

 

 

 

 自室について早々ベッドにダイブ。

 

 

「なんか、疲れた。英霊って皆ああなの?」

 

 

 話を聞かないのか。と言う意味で聞く。

 

 

『知らん。クラス別に寄るものだ。狂化を持つものであればアレの比ではあるまい』

 

「ならあの子は、ジャックはバーサーカー?」

 

『アレはアサシンだ』

 

 

 狂戦士(バーサーカー)暗殺者(アサシン)

 英霊とは、聖杯戦争に際して召喚される特殊な使い魔。根源の座より来たる、死者の精霊。死者の記録帯。人類史に刻まれた影。言ってしまえば手駒である。

 七人の魔術師と、魔術師一人一人と組む七騎のサーヴァントによるバトルロワイヤル。

 生き残った一組の勝者のみが手にする願望機『聖杯』。

 召喚される英霊は七つのクラスに分けられる。

 剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎乗兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)だ。

 しかし、人の歴史はそう簡単なものではない。業が深いと言うべきか。聖杯を求めた者。聖杯を手にした者。それらによってその都度聖杯戦争は形を変えた。

主な聖杯戦争は第五次まで行われ、他にも平行世界で行われた聖杯大戦、亜種聖杯戦争などもある。

 

 そう、本来、英霊は聖杯よる補助がなければ召喚できず、それを何騎も召喚するなど不可能。

 だから、召喚室から出る時に聞いた言葉に疑問しかなかった。

 

 

──一騎ではダメだろう……。

──はやり他の媒体も用意して召喚するしか……。

──七騎全て召喚させるか、特異(エクストラ)クラスも……。

──他に召喚が可能な魔術師を呼ぶのも……

 

 

 そんなに英霊が必要なのだろうか。

 人理焼却という未曾有の災害は防がれた。それに類似する危機が世界に迫っているのなら事前準備で理解できる。

 しかし、カルデアの英霊召喚システムを応用した未熟さなシステムで不完全であり、穴だらけ、曖昧な魔方陣にそこまでできるだろうか。召喚者にかかる負荷はどれ程だろうか。

 

 考えるのをやめて、チラリと時計を見れば夕方だった。

 

 

「お腹すいた……」

 

 

 ベッドに突っ伏したまま動かないでいればドアが開く。

 ドクターがご飯を運んでくれたのだろうと見れば、銀髪に外套を着た少女──ジャックだった。

 外套には赤い液体が付着して汚れ、顔にもその赤い液体はついていた。

 

 

「じ、ジャック!?」

 

 

 飛び起きて駆け寄り、顔についた赤いところを見る。

 

 

「怪我は? 痛いところは?」

 

「だいじょうぶ だよ。おかあさん」

 

 

 ジャックの笑顔にホッと胸を撫で、汚れた状態のままにするわけにもいかないので脱衣場へ。部屋に取り付けられた風呂だ。

 外套を脱がせて息を飲んだ。赤いものは血だったがそれは驚かない。外套下のジャックの体に怪我がなかったことには安心した。しかし、しかしだ。

 

 

「なんでこんな露出度が高いの?」

 

『理解できん』

 

 

 ええ、まったくその通りですとも。

 スカートを履き忘れたとかそう言う類い以上だった。

 兎にも角にもジャックを脱がせ、風呂に入る。

 

 

「あぁ! 走らないで!」

 

 

 何故か湯気にはしゃぐジャックを捕まえて、赤が混じった銀髪を洗う。体を自分で洗ってもらい、湯船に浸かる。

 子供が遊べるような物がなく、退屈だろうと両手を使った水鉄砲──ただ勢いよく水が発射されるだけだが──で水を洗剤の入れ物に当てる。それにジャックは終始楽しそうであった。

 

 

「エイス! いるか!?」

 

 

 風呂から上がり、ジャックの髪を拭いていると部屋からドクターの慌て声がした。

 

 

「ドクター?」

 

「脱衣場か、入るぞ!」

 

 

 言うが早いか、ドアを開けようとしたドクター。その刹那、右手が勝手に動いて壁に触れると金と赤の稲妻が走る。

 

 

「いったっ! なにこれ!? 刺!?」

 

「あー、すみませんドクター。“彼”が……」

 

「あ、あぁ、そうか。わかった。なるべくすぐ出てきてくれ。俺はこちらで待つ」

 

 

 たまに“彼”はこうして体の一部の主導権を奪って行動に出ることがある。

 いつもは明確な理由があった。呼吸困難の時は魔力を流してくれたり、食事に薬剤が紛れていたらそれを捨てたりと。しかし、今回はわからなかった。

 

 

『覚悟しろ』

 

 

 一言。それで察することができた。

 ジャックの外套に付いていたのは血で、それは全て返り血。ジャックは職員と一緒だった。それにドクターのあの慌てよう。答えは──

 

 

(職員はロリコンだったか! いたいけな少女に口では言えないようなことを!)

 

『違う!』

 

「ジャック、安心しなさい。(ロリコンどもから)僕が守ろう」

 

『おい』

 

(ジャックをそんな視線で見る輩はお母さんが相手になろう!)

 

 

 しかし、俺と言っているがドクターは女性なのでロリコンの敵。エイスの味方になってくれるはずだ。

 すぐにジャックに着替えをさせる。サイズのものがないのでエイスの上着だが。

 ドアを開けて部屋に戻ると、ジャックを背に隠してドクターに宣言する。

 

 

「ドクター、戦争です! (ロリコンどもを)駆逐しましょう!」

 

「……いや、待て。君は何をいっているんだ」

 

「ジャックに口では言えないようなことをしようとしたのでしょう?」

 

「なんだそれは」

 

『さすがの私もこの女に同情するぞ』

 

 

 “彼”の言葉は無視してドクターとの会話を優先する。

 

 

「正当防衛です。過度な防衛は女性の特権です。ジャックの母として抗議します!」

 

「いつから英霊の親になった。それに君は男だろう」

 

「些細なことです」

 

「わりと重大だ!」

 

 

 ドクターはため息をつきながら椅子にもたれ掛かり、頭を押さえる。

 

 

「まぁ、それは置いとくとして。ジャック・ザ・リッパーが職員を殺害したのは変わらない。退去させる事を命じられるだろうね」

 

 

 危険なものは側に置いておきたくないと。

 そんなことは認めない。

 

 

「僕はジャックの判断を尊重します。残りたいと言うのであれば死力を尽くします」

 

「それは君だけの判断か? “彼”はどうだ?」

 

「それは……」

 

 

 言葉に詰まるがエイスの体は動き、床に右手を付くと

ドクターの横にあるテーブルとその上にある薬品箱を、床から突き出た針が貫いた。

 

 

「『答えはこれで十分か? エイス(これ)を害するならば好きにすればよい。私は全力をもってそれらを払うだけだ』」

 

「……そ、そうか──そうですか。わかりました。局長には伝えておきます」

 

 

 ドクターは穴の空いた薬品箱を持って部屋を出る。

 ジャックの件は後ほど詳しく聞くとして、時間を見れば22時を過ぎるところ。

 

 

(もう寝よう)

 

 

 まだ部屋を割り当てられていないジャックはエイスのベッドで寝るとして、エイスは床にでも寝ればいいと思っていた。しかし、ジャックの要望で同じベッドで寝ることになり、この施設に来て初めて他者の暖かさを感じながら寝ることができた。

 

 

 




「おかあさん♪」

「すやぁ……」

『おい、ベッドにナイフを持ち込むな。突き立てるな!』

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