Fate/Grand Order ~Ideal Happiness~   作:古花めいり

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幕開は今後の展開(1章まで)のネタバレを含みます。見ずとも問題はありません。



幕開『選ばれぬ者と選んだ者』

 

 1年前、辺りを砂漠で囲まれたとある石油基地に、その“マスター”は連れてこられた。

 

 

 

     『 選ばれぬ者 と 選んだ者 』

 

 

 

 

 

 ある部屋の一室にて、ランスロットはマスターの向かい側に座っていた。

 テーブルに突っ伏すことはなく──膝にジャック・ザ・リッパーを抱えているので突っ伏すことはできないが──雑談に花を咲かせていた。

 

 

「そういえば、もう半年ですか。マスターに呼ばれてから」

 

 

 その言葉に、マスターは苦笑いする。

 周りには一面の砂漠。聖杯戦争ではないにも関わらず、英霊(サーヴァント)を呼べたのには想像を絶する経緯があった。その経緯はマスターに、ではない。サーヴァントでもない。

 この場に、この施設に居ない人物が(おこな)った偉業の産物だった。

 

 『カルデア』と呼ばれる施設が行った“人理修復”。

 一年という時間で解決した巨大な事件。

 

 

「僕には『カルデア』の人のような勇気はないかな」

 

 

 その人物の情報は多少だがあるにはある。

 しかし、カルデアは雪山で、こことは大海を挟んだ向こう側のお話であり、他人事であった。

 海洋油田基地『セラフィックス』

 前所長マリスビリー・アニムスフィアの虎の子の財産の一つ。北海に建設された、アニムスフィア家所有の海洋油田基地。

 そしてもう一つの財産であるここ、石油基地『エルストラ』

 表向きはただの石油基地だが、カルデアやセラフィックスで発見、成功したシステムの試作運用兼実験施設である。

 

 その代表たるシステムはやはり『守護英霊召喚システム・フェイト』だろう。

 2004年に完成したカルデアの発明の一つ。冬木の聖杯戦争での英霊召喚を元に前所長マリスビリー・アニムスフィアによって作られた召喚式。英霊とマスター双方の合意があって初めて召喚出来るシステム。

 カルデアはこれを用いて三騎のサーヴァントの召喚に成功している。第一号は魔術王ソロモン、第二号はマシュ・キリエライトの中に召喚された円卓の騎士ギャラハッド、第三号は技術開発部部長として常駐したレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 第三号を除くサーヴァントは機密事項となっており、第一号であるソロモンに至ってはマリスビリーがひた隠しにしていた為か現所長のオルガマリーすらも知らなかった。

 このシステムの基礎は第二号であるギャラハッドの協力によってようやく実証にこぎつけたらしく、マシュがデミ・サーヴァントとなってからは彼女の宝具である十字の大盾を触媒に用いて召喚サークルの設置を行う他、英霊の召喚システムを応用してレイシフトを行う。

 人理焼却という未曾有の災害が起きたこと、またカルデアの英霊召喚システムの未熟さによる「その隙間の多さ、曖昧さのおかげ」で、通常ならば例外・不可能・極低確率とされるサーヴァントの召喚も可能となっているらしい。

 

 それも1年前の話。

 1年前、人理焼却はカルデアの役員と一人のマスター候補によって解決された。魔術師の中ではその事件を『空白の1年』と呼称するものもいる。

 

 あいにくと僕には関係ないし、興味はない。

 しかし、世界は──『エルストラ』の役員は納得しなかった。

 

 

 特異な魔術回路をもつ僕の死は時間の問題だった。そんな僕を『エルストラ』の責任者である所長は引き取った。

 当然、実験に使用するために。

 

 『守護英霊召喚システム・フェイト』。

 マシュ・キリエライトの様に内部に英霊を入れる事が出来れば、僕の生命活動を持続させる事ができるらしい。理論上は。

 もちろん不可能だ。英霊を入れる器として生まれたわけではないのだから。

 しかし、それを可能としてしまったのが僕の魔術回路『疑似』だった。

 他者の魔術、魔力に同調し結合させる事ができる。

 それはモノでなくても、魔力であれば勝手に結合してしまい、大気にすら同調して体から魔力や体力だけでなく存在すらも同調しはじめた。僕にはそれを操作することはできず、ただ自分が消えるのを待つだけの存在だった。

 

 

『そうか、貴様も消えたくないのだな』

 

 

 そう言って、彼は手を差し伸べてきた。

 

 

『私も死にたくない。消えたくない。だから、私が貴様を生かす代わりに、貴様が私を生かしてくれ』

 

 

 その言葉に僕は頷き、手をとった。

 

 

 

 

 

───────── 1

 

 

 

 

 

「マスター?」

 

「ん……ランスロット?」

 

「いえ、私です」

 

 

 いつのまにか寝ていたらしい。ぼやけた視界でベッドから起き上がり、声の主を探せば彼女はベッドの横に椅子を置いて座っていた。

 赤い軍服のうっすらとした桃色の髪を三つ編みにした女性。

 

 

「婦長」

 

「ナイチンゲールです。魘されているようでしたが、体に異常は? まず上着を脱ぎなさい」

 

 

 拒否権はないようだ。しかし、僕も言われるままではない。

 

 

「大丈夫だよ。夢を見ていただけさ」

 

 

 微笑むがナイチンゲールは納得せず、足元に置いといたであろうバッグから鋏を取りだし、ベッドに乗り出してくる。

 脱がないのであれば脱がすまで。というか上着を切るつもりだろう。

 勘弁してもらいたいのでナイチンゲールとは反対側からベッドを下り、早々にドアへ向かう。

 

 

「待ちなさい!」

 

 

 待つものか。

 廊下へ出て、しばらく走ってナイチンゲールを撒く。この程度で逃げられるとは思わないが途中でなにか別の、ナイチンゲールが興味を引かれるようななにかがあれば撒ける。

 この間は役員が汚れた服を着用していて、それを見たナイチンゲールが役員全員の服の清掃と職場の洗浄を行って2日稼げた。

 フローレンス・ナイチンゲールはクリミア戦争に従軍し、兵舎病院の衛生改善に努力した看護師。それが英霊としてああなるのはどうしてか。生前もあんなだったのたろうか?

 やはり、兵士相手にあの強引さがなくては勤まらなかったと? うーむ。

 

 

「おや? マスター、どうしたんだいこんなところで」

 

 

 呼ばれて見れば金髪の青年が窓枠に座り、銃を指で回していた。

 

 

「ビリー」

 

「あーあー、靴も履かずにまぁ」

 

 ビリー・ザ・キッド。アメリカン合衆国の早撃ち少年ガンマン。彼も英霊だ。

 ビリーは近づき、屈んで僕の足を見始めた。

 

 

「怪我は……無いね。なんで靴を履かなかったんだい?」

 

 

 ビリーは笑っているがその笑みは咎める時のそれだ。

 視線をそらしつつ正直に答える。だいたいナイチンゲールが悪いと。あとで病室に連れ込まれそう。

 

 

「なるほど。彼女は……まぁ、仕方ないね」

 

 

 納得してくれた。

 なぜか屈んだまま背を向けてくるビリーに首をかしげる。

 

 

「おぶるよ。施設の中とはいえ、さすがに廊下を裸足はまずいでしょ?」

 

 

 お言葉に甘えて背に乗る。

 

 

「マスター、ちゃんと食べてるかい? 軽すぎるよ? 生まれたての子羊よりも軽いけど」

 

 

 失礼な。子豚ほどはあるはずだ。

 そんな会話を行っていれば部屋にたどり着いた。ナイチンゲールが居ないことを確認し、下ろして貰う。

 

 

「食堂からなにか持ってくるけど、出掛けないでね」

 

 

 頷き、ビリーが出ていくのを見送る。

 暇になってしまった。

 ナイチンゲールは戻ってくるだろうか。ビリーはどのくらいで戻ってくるだろうか。ランスロットとジャックは自分の部屋だろうか?

 静かなへや。特に飾り気があるわけでもない殺風景な部屋。

 一人は嫌だ。

 あれから“彼”も語りかけてはくれない。

 

 

「…………」

 

 

 椅子にもたれ掛かり、天井を眺める。

 天井の染みでも数えていれば時間は早く進むだろうか?

 と思ったが残念、タイルの天井は染み一つなかった。

 

 暇だ……。

 

 

 

 

 

 

────── 2

 

 

 

 

 

 何分、何時間たっただろう。

 

 ナイチンゲールもビリーも戻っては来ない。

 ランスロットもジャックも部屋には来ない。

 一人だ。

 誰もいない。

 独りだ。

 誰も気づかない。

 

 暗い。

 見渡しても光はない暗闇。

 消えるのだろうか。誰にも気づかれないまま。誰にも気づいてもらえないまま。それは嫌だ。死ぬのは怖い。消えるのはもっと怖い。

 

 ふと、光が見えた。

 暗闇に輝く星の様に。その輝きは増え、幾千もの輝きになる。

 しかし、その輝きが動き出した。その時、気づいた。その輝きは“暗闇(僕たち)”を殺しているのだと。

 

(嫌だ。死にたくない)

 

 輝きは数を増す。

 

(嫌だ。消えたくない)

 

 輝きと暗黒が拮抗し始めた頃、一際輝く星が──

 

 

「んっ…!」

 

 

 息苦しさに目が覚めた。

 ベッドに横になっているのが感覚でわかる。部屋は暗いが間近にナイチンゲール顔があるのは確認した。いや、間近というより目の前であり、接吻されていた。

 驚くがすぐにナイチンゲールを押し退けて──

 

 

「かっ……はっ」

 

 

 息苦しさに悶える。

 身体が空気を求めるが上手く吸えない。息苦しさは増して、『死』が間近に迫ったと錯覚した頃、体を仰向けにされ、誰かが上に乗ってくる。

 ナイチンゲールは馬乗りになり、暴れないようにか僕の両手を押さえると顔を寄せ、再び接吻した。

 口から空気が無理矢理流され、これが人工呼吸だと察すると手から力を抜き、ナイチンゲールがそれを確認すると押さえていた手を離して鼻を摘まんで空気の逃げ場を塞ぐ。口を離して空気を吸い、再び唇を合わせる。それを何度か続けてた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

「脈拍、心拍共に正常ですね」

 

 

 ナイチンゲールは手首を押さえ、胸に耳を当てて確認する。

 目を覚ます前から呼吸が止まっていたのだろう。だからナイチンゲールは人工呼吸をしていた。なぜ呼吸が止まったのか。あの夢だ。

 

 

「マスター?」

 

 

 馬乗り状態から退こうとしたナイチンゲールに抱きつく。

 さぞ情けないだろう。手は震え、泣いているのだから。

 

 

「……どこか異常が?」

 

「怖いんだ」

 

「……」

 

「すごく、怖いんだ」

 

「痛みを恐れてはいけない。痛みは“生きている証”なのだから」

 

 

 ナイチンゲールは優しく背を擦る。

 声を殺して嗚咽をあげた。

 

 

「子供が声を殺して泣くものではありません」

 

 

 

 

 


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