我思う、故に我有り   作:黒山羊

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仲良きことは美しきかな

 使徒サキエルが水中に没した翌日。

 

 碇ゲンドウは『老人達』に呼び出されていた。

 

 理由は単純。未だに使徒を駆除できない事への説教である。

 

『碇君、君は真面目にやっとるのかね? 一回目は国連軍の指揮だから除外するにしても二回目は手早く処理された挙げ句に見逃され、三回目に至っては遊ばれたというじゃないか』

『然り。今まで掛かった費用もバカにならん。ビルの補修、クレーターの埋め立て、エヴァの修理、全て合わせれば国が一つ買える値段だよ、これは。死海文書によれば使徒は17体。このままでは全てを倒す前に金が尽きるぞ』

「しかし、パイロットが未熟な現状では……」

『大の大人が言い訳かね?』

『そんな心構えだから一向に使徒が倒せんのだ』

「しかし、あの使徒には知性が……」

『知性があるから何なのだ? そんなもの我々人間にも有るではないか。と、いうことはアレか? ネルフの職員は悉く使徒よりも阿呆だとでも言うつもりなのか?』

「いえ、そのような事は……」

『ならば黙って聞きたまえ。……良いかね、そもそも君は補完計画の実行が本来の業務であってだね……』

「……はい」

『そもそも、使徒が賢いから倒せません何ぞというのは道理に……』

「……申し訳ありません」

『情報統制も甘いという報告が……』

「……弁明のしようもございません」

『何の為にエヴァを君に任せたと……』

「……仰る通りです」

『パイロットが弱いと言うが、部下、それも自分の息子に責任を擦り付けるなど人として最低……』

「…………もう許して下さい」

 

 人類補完委員会のお説教はその後五時間に渡って続いたという。

 

 

--------

 

 

 さて、ゲンドウがお叱りを受けているその頃、シンジは同級生の鈴原トウジと相田ケンスケに連れられて芦ノ湖のほとりにやってきていた。転校からの四日間で出来た友人である。シンジがたまたまトウジとケンスケに宿題を見せてやった事から発展した三人の仲は良好で、活発で明るいトウジと若干オタク気味で温厚なケンスケ、人見知りだが身内には気さくなシンジのトリオは発足三日にして既にバカトリオ、或いは三馬鹿として勇名を馳せていた。 そんな馬鹿達は「昨日、海坊主が出たらしいから芦ノ湖まで見に行かへんか?」というトウジの提案でバスに乗ってわざわざ遊びに来たわけである。馬鹿である。

 

「しっかし、アホみたいに暑いのぅ」

「僕らが生まれる前はこんなんじゃなかったらしいけどね」

「へー、詳しいんだな碇」

「母さんが小さい頃言ってたんだよ。詳しいことは忘れちゃったけど」

「センセは物覚えがええんやな。……まぁ、そんなんよりも今はとっとと泳ぎたいわ」

「同感だけど、準備運動してからだよ」

「……碇、学校の先生みたいだな」

「ホンマにセンセはセンセなだけあるわ」

「いや、意味分かんないんだけど。特にトウジ」

「誰がアホやて?」

「いや、碇はそこまでは言ってない」

 

 その会話に誰からともなく笑いつつ、シンジ達一行は漸く目的の地点へとやってきていた。海坊主が発見されたという浜辺である。

 

 まぁ、シンジは薄々正体が『使徒』だと分かっているのだが、トウジの夢を壊すのも何なので黙っている。

 

「居らんなぁ、海坊主」

「妖怪なら、昼は寝てるんじゃないの?」「アホやな、ケンスケ。妖怪なんか居るわけ無いやろ」

「ん? じゃあ海坊主ってのは何なんだよ?」

「そんなもん、UMAに決まっとるやろ?」

「妖怪もUMAも変わんないと思うんだけどなぁ……」

「アホか、ゴリラは昔UMAやったんやぞ。ちゅうことは、UMAは実在するかも知れんけど妖怪は絶対実在せんっちゅう違いがあるやないか」

「あぁ、ゴリラの話は何か聞いたことあるね」

「ほら見ぃケンスケ。碇シンジ大先生もこう仰っとるぞ」

「碇、随分出世したなぁ」

「みたいだね」

 

 そんな馬鹿なコトを喋りながらも適当に準備運動を済ませた彼等は手早く海パン一丁になると浮き輪片手に湖に向けて突撃した。まぁ、シンジはトウジに引っ張られる形だったが、それでも特に抵抗なく駆けていった辺り、案外乗り気なのだろう。シンジは自主性は乏しいが、ノリが悪いわけではないのだ。

 

「かーっ!! ホンマ、暑い日は水泳が一番やな!!」

「安上がりだしね」

 

 ぷかりと浮いて涼むシンジと、ばた足でバシャバシャと泳ぎ始めるトウジ、ゴーグルで水中を覗き込むケンスケ。楽しみ方は三者三様だが、澄んだ湖水と遠くに見える富士山という雄大な景色の中で泳ぐと言うのは実に贅沢である。

 

 こんな気分が味わえるならこっちに来たのも悪くないな、などとシンジは考える。

 そんな中、シンジ達を眺める視線が一つ。

 

 言うまでもなく、サキエルである。

 

 

--------

 

 

 なかなか上手く泳ぐものだな、などと考えながら、サキエルはシンジ達を見つめていた。その距離、凡そ二百メートル。海から現れただけあって、彼は水陸問わず良好な視界を維持できるのだ。

 

 そんなサキエルは現在、ある疑問に捕らわれていた。

 

『しかし、先程言っていた海坊主とやらは何だろうか。海と坊主の関連性が分からない。……海にいる坊主? いやいや、坊主は何処にいても坊主だろう。そもそも妖怪と言っていたが、海に坊主が居てもさっぱり怖くないだろうに……。うーむ、ますます分からん』

 

 今までの知らない単語なら文字の意味ごとに分ければ大体分かったのだが、今回ばかりはさっぱり分からない。そんな状況に埒があかないと感じた彼は、分からないなら訊けばいいのだ、とばかりにシンジ達に接近し、水面へひょっこり顔を出した。

 

 それに飛び上がらんばかりに驚いたのはトウジとケンスケである。

 

「「う、海坊主!?」」

 

 トウジに至っては実際に水面から跳ね上がっていた。最初からサキエルを知っているシンジはともかく、全く知らなかった二人としてはその驚きたるや相当なものである。そして、水中で驚くのはかなりマズい。

 

「「いだだだだだ!?」」

「トウジ!? ケンスケ!?」

 

 とまぁ、足がツるわけである。そんな彼らが沈没していないのは、サキエルがその手のひらで三人を掬い上げたからだ。

「すまない、驚かせた」

「うおっ!? 喋りよったで!?」

「……知的生命体、なのか?」

「足は大丈夫か?」

「お、おう。多分、浜で休んどったら治るわ」

「そうか」

 

 そう言って腕を岸まで伸ばして三人を下ろしたサキエルは改めて詫びを入れる。

 

「先ほどはすまないことをした。私は、サキエルという」

「……ワイは鈴原トウジや。……しかし、デカいし不気味な割にエラい丁寧やなぁ」

「人は見かけによらないね」

「人じゃないけどね」

「なんやセンセとケンスケ、エラい反応薄いで?」

「「驚きが一周して悟った」」

 

「あぁ、成る程な。分からんでもないわ……。で、サキエルやっけ? 何で出て来たんや?」

「いや、海坊主とは何なのかが気になってな。海にいるハゲが妖怪なのか?」

「案外しょうもない理由やな」

「私にとっては有意義だ」

「そんなモンなんか? ……まぁええわ。海坊主っちゅうのは水ん中におる巨人のこっちゃな。まぁ、アンタみたいな感じの生きモンや」

「ふむ。……坊主は関係ないのか?」

「頭に毛がないらしいで?」

「あぁ、成る程」

 

 そう言って納得してから、サキエルは漸く違和感に気付いた。

 

「君は案外驚いていないようだね。トウジ君」

「いや、なんちゅうか、サッキーいうほど厳つないしの」

「そうは言っても、シンジ君やケンスケ君の反応が正常なはずだが」

 

 そう言ってサキエルが指差す先では、シンジとケンスケが既に50メートル程退避して「トウジ、君の事は忘れないぜ」などとほざいている。

 

「……アイツ等、後でシバくわ」

「……まぁ、お手柔らかにな。……ところで、『サッキー』とは何だ?」

「サキエルのモジリや。ネッシーっぽいやろ?」

「ネッシー?」

「ネス湖に住んどる怪獣がネッシーや。せやからホンマは芦ノ湖のアッシーなんやろうけど、名前あるらしいからそっちをもじった」

 

「ふむ。あだ名と言うわけか」

「そうなるなぁ」

 

 談笑するサキエルとトウジ。楽しげなその会話に途中からはケンスケやシンジも混じり、いつの間にかサキエルに慣れていた。

 

 学校の事、第三新東京市の事、最近の思い出。そんな有象無象の情報を実に面白そうに聞くサキエル。そのサキエルに頭の上に乗せて貰ったりしてはしゃぐ三馬鹿。

 

 そんな交流は夕方になり、三人が手を振って帰っていくまで続いたという。

 

 

 

 ちなみに余談だが、シンジとケンスケは「ワイはお前らを殴らなアカン」というトウジの主張により、後でチョップを受けていたとか何とか。

 


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