我思う、故に我有り   作:黒山羊

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一を聞いて十を知る

 夜が明け、朝日が昇る頃。

 

 金の無駄と判断されたのか既に彼に対する砲撃は止み、包囲する戦車部隊を残して軍は撤退している。そんな中、彼の周囲を囲んでいる兵士が、ぽつりと呟いた。

 

「コイツは一体何なんだよ……」

 

 銃も、ミサイルも、最新式のレーザー兵器も、火炎放射も効かない無敵の巨人。そのくせ、ヤケにのんびりと座っている。

 

 そんな物体に対する疑問としては至極真っ当な疑問を抱いたその兵士は、次の瞬間、驚愕する事となる。

 

「ナンナンダヨ、ナンナンダヨ」

 

 オウム返しの様に呟くその声が、兵士のの頭上から降り注ぐ。まさか、と思い顔を上げた兵士は、音の発生源である巨人の仮面をしっかりと把握してから、生涯最大の声で絶叫する。

 

「喋ったぁぁぁぁ!?」

「ナンナンダヨ」

 

 その絶叫で仮眠を取っていた上官をたたき起こしてしまった兵士は若干文句を言われつつも「あのデカいのが!! デカいのが喋ったんです!!」と上官に説明。訝しがる上官をテントから引っ張り出した兵士は、デカいのこと第三使徒サキエルを指で指し示す。

 

「あれが喋ったんですって」

「……寝ぼけてたんじゃないのか?」

「シャベッタンデス」

「……あぁ、うん、喋ってるな。……よし分かった、本部に連絡する。お前ちょっと見張ってろ」

「了解!!」

 

 その後、連絡を受けたネルフが、仰天したのは言うまでもない。

 

 

--------

 

 

 小さい生き物の鳴き真似をした結果、日が完全に昇る頃には彼の周りを山盛りの『小さな生き物』が囲んでいた。

 

 その中で特別目立つのが赤いジャケットを着込んだミサトと、白衣を羽織ったリツコである。メガホンを構えるミサトは、現在『使徒』へと呼び掛けていた

 

「あーテステス。マイクのテスト中」

「ミサト、遊んでないで真面目にやりなさい」

「テステス、テスト、マジメ」

「ほら、使徒にも言われてるわよ?」

「……多分、オウム返ししてるだけだと思うんだけど、アレ」

「シャベッタンデス、マジメ」

「真面目に喋ってるらしいわよ?」

「偶然だと思うんだけどなぁ」

「オマエ、ナンナンダヨ」

「……偶然?」

「……偶然」

「グーゼン、グーゼン」

「…………」

 

 使徒から入る、狙ってるんじゃないかというような合いの手にその表情をコロコロ変えるミサトと何やら面白いモノを見つけたという風に笑うリツコ。

 

 その二人の前で、何やら沈黙していた使徒は突然地面をその爪でガリガリと引っかき、意味の分からない紋章の様なモノを書いて指差す。

 

 その図形にミサトが呟いた一言が、その後の運命を、大きくねじ曲げることとなる。

 

「何アレ?」

 

 

--------

 

 彼の計画は概ね順調。声真似で注意を引く第一段階、そしてあの落書きを使った第二段階。二つのステップで彼は求めていた意味の音声を手に入れたのだ。

 

『なら、早速使ってみよう』

 

 そう考えた彼は指を一本立てて、戦車を指差す。

 

「ナニアレ?」

 

 それは、彼の予想が正しければ『それは何だ』という意味の単語だと思われる。

 

 そして、彼のその質問に対し、赤いのから声を大きくする機械を奪い取った金髪が返答する。

 

「戦車よ」

「センシャヨ」

「違うわ、戦車」

「センシャ」

 

 その短い会話でその物体が『センシャ』だと理解した彼は、次なる質問をするべくその指先を動かした。赤いの、つまりミサトを指さした彼は、待たしても問いかける。

 

「ナニアレ?」

「ミサトよ」

「ミサト、ミサト」

 

 その回答に、彼は指先を動かして金髪、要するにリツコを指さした。

 

「ミサト」

「違うわ、リツコよ」

「……リツコ」

 

 

 その問答から、彼の思考は手早く答えを導き出す。『小さい生き物には個体ごとに名前があるらしい』というそれをもとに、彼は再び質問した。

「ミサト、リツコ、ナニアレ?」

 

 その質問の意味を素早く理解したリツコは、彼に答えを返す。

 

「人間よ」

「ニンゲン。ミサト、リツコ、ニンゲン」

「そうよ。……知性があるのは間違いないわね。一旦撤収するわよ、ミサト」

「……ええ、まさか使徒が本当に喋ってるとはね」

 

 何やら2人で会話してから何処かへと去っていった2人を見送って、彼はのんびりと空を眺め始めた。

 

 『小さい生き物は人間という名前だ』という情報を得て、考察を続けながら。

 

 

--------

 

 

「……以上が、今回の報告になります」

 

 ネルフ内部、第一発令所。其処でリツコから使徒の観察結果を聞いて、冬月はぽつりと呟いた。

 

「知能の発達した使徒か。……その上に戦闘能力も高い。……厄介だぞ、コレは」

「……問題だな」

 

 相変わらずヒゲにサングラスなゲンドウがその呟きに同意する中、画面に映し出された使徒は何処から持ってきたのか、掌の上に乗用車を乗せて眺めている。

 

 その周囲で見守っている兵士達は気が気でないといった様子だが、使徒は別段気にする素振りもなく、車を手近な空き地に下ろした。

 

 

 その様をみて呟くのはオペレーターの青葉シゲルである。

 

「しかし、使徒自体に敵対の意志がみえませんね……どういうつもりなんでしょうか」

 

 その呟きに、ミサトは溜め息混じりに回答した。

 

「はぁ……。なんて言うか、あの使徒からすれば私達はアリみたいなもんなのよ」

「……あぁ、成る程。気付かず踏み潰す事はあっても、わざわざ自主的に踏み潰す意味はないって事っすね」

「そういう事よ。……で、初号機はどう?治せそう?」

「腕は火傷が酷く、今日込みであと二日は掛かりますね。足の方は綺麗にスッパリ斬られてたんで、既に修復が完了してます」

「……レイは?」

「昏睡状態ですね。流石に次回の出撃は見合わせるべきかと」

 

「うーん、そうなるとシンジ君の出番なんだけど……」

「……初陣にしては相手が悪すぎますね」

「そうなのよね……」

 

 モニターの中で山に腰掛け、言葉を学習している使徒。既に周囲の兵士と会話が成立するレベルまで漕ぎ着けた使徒の自己進化能力にはただただ驚愕する他無い。

 

 この分では2日後にはより手ごわくなっているであろう使徒相手に、ミサトは今日何度目か分からない溜め息を吐くのだった。


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