我思う、故に我有り   作:黒山羊

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泣きっ面に蜂

 歩き、早歩き、小走りと徐々に加速し、現在は全力疾走で長野に向かうサキエルは、陸上で音速を突破するというかなり迷惑な行為を行いつつ、高圧電線を飛び越え、川を渡り、山を越え谷を越えて着々と目的地に迫っていた。

 

 四機のエヴァを吸収する、というのは、もちろん最優先事項だったのだが、その次くらいに優先的に解決すべき目的が長野にあるのである。

 

 故にサキエルはひた走っているわけだが、その道中は平穏とは言い難い。東京から遷都したことで首都となった長野県松本市。其処にサキエルが突撃すれば日本という国家に甚大な影響を及ぼす、というのは馬鹿でもわかる事であり、当然ながらその事態を避けるべく戦略自衛隊や在日国連軍はサキエルに全力攻撃を行っていた。無数のミサイルがサキエルに向けて打ち込まれ、最新式の陽電子砲が真っ正面からサキエルを迎え撃つ。肝心のサキエルに全く効いていないのが玉に瑕だが、恐らく人間が操縦するエヴァが相手なら余裕で勝利出来る程の攻撃力である。

 

 たが、音速の壁をぶち破って走る巨人という非常識な生き物は僅かに減速はするものの、止まらない。サキエルの馬力にミサイルや陽電子砲のストッピングパワーが負けてしまっているのである。

 

 そんな訳で妨害にあいこそすれども全く問題無く侵攻したサキエルは遂に『第二新東京市』へ雪崩れ込むかと思われたのだが、その前方で進路を急遽東にずらし第二新東京市の東端ギリギリを通過。そのまま長野市へと向けて更に加速しながら突撃し、長野県長野市松代町にてトップスピードからいきなり停止した。当然ながらその些か無理がある機動の反動はモロに地面に伝わり、松代町を震源地とした小規模な地震が発生する。

 

 ソニックブームと地震の被害によって大被害を受け、そこかしこで火の手が上がる松代。その中で、サキエルは少しばかりキョロキョロと探し物を行った後、目当てのものを発見した。

 

 地下施設に隔離されていたそれを地下施設ごとディラックの海に飲み込むという力業で回収したサキエルは、散らかすだけ散らかして『もう此処に用はない』とばかりに再び北に向けて爆走を再開する。

 

 第二新東京市の防衛を優先した軍隊の裏をかく形でサキエルが回収したそれは、余りの事態に慌てふためくネルフとゼーレの息の根を止めうる切り札ともいえるモノ。

 

 MAGIコピー。ネルフ本部に設置されたMAGIに次ぐ性能を誇るそのコンピューターが使徒によって強奪されたというのは、考え得る幾つかの『限りなく最悪に近い状況』の一つである。

 

 

 現にサキエルを追っていた筈の人工衛星の操作がハッキングにより奪われており、その並外れたマシンパワーが人類に反抗するとなれば通常の手段でサキエルを追跡するのは不可能に近い。

 

 斯くして、日本国とネルフ、そしてゼーレに甚大な被害を及ぼしたその使徒はその日最後に日本海へと飛び込んだ所を一般市民に見られて以降、その消息をプツリと途絶えさせたのだった。

 

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 さて視点は少々移り変わり、まるで台風が竜巻のように暴れるだけ暴れて忽然と消えたサキエルが巻き起こした災害から一夜明けた翌日。

 

 ゲンドウを含めた人類補完委員会の面々は沈痛な面持ちで会議を行っていた。議題は当然ながらサキエルについてである。

 

『……予想される死者5000名、重軽傷者はあわせて40000名、現時点の状況から予想される最低被害総額は1兆円相当。……コレは問題だよ、碇君』

『然り。伊勢湾台風並み、否、それ以上の損害が『使徒』によって齎されたという事実はネルフ、ひいては我々人類補完委員会の信用問題に繋がる』

『…………まぁ、アレが果たして人に止められるモノであるかと言われればそれは否だ。それについては前々からの報告で分かっているからね。……だが、あの生きた災害をどうにかするのがネルフ設立の建て前である以上、君は速やかに対応をはかりたまえよ、碇君』

「既にその件に関しては抜かりなく。今回の件に関するネルフの関与は既に隠蔽済みです。……エヴァンゲリオン四機の損失に関しては、アメリカ支部から三号機、ロシア支部から六号機を取り寄せようかと」

『……パイロットはどうする』

「チルドレンの予備を使います」

『……それしかない、か。……しかし、エヴァ四機の損失となれば第三使徒が出した損害だけで国が三つは滅ぶな』

『現状でこそ三つだが、奴をこれ以上自由にさせれば被害は増えるばかりだぞ』

『全く、頭の痛い話だよ』

 

 まさに頭を抱えるしかないような現状に、ほとほと疲れ果てたといった様子で呟く一人のメンバー。彼を含めたこの場の全員がたった一夜にして十は老け込んだように見える。それ程、サキエルという使徒が『人類補完計画』に齎した被害は凄まじいのだ。

 

 第一に、リリスベースのエヴァである零号機と初号機が両方失われた事。これにより、ネルフ本部地下にあるリリスの予備が失われた。

 

 第二に、リリスの魂の器である綾波レイが失われた事。言わずもがなだが、リリスの魂無くしては『人類補完計画』は立ち行かない。

 

 第三に、アダムの魂の器にして第十七使徒である渚カヲルが失われたこと。アダムの魂もまた、計画には重要である。何しろ、人類補完計画は簡単に言えばリリスにアダムを孕ませる行為であるからだ。

 

 第四に『依り代』の第一候補たる碇シンジと第二候補たる惣流・アスカ・ラングレーが失われたこと。ある意味ではこれが一番問題である。サードインパクトはエヴァさえあれば起こせるが、それを制御するとなれば依り代は必要不可欠。にもかかわらずその依り代が予備も含めて両方失われたとなれば、事実上人類補完計画は頓挫である。

 

 まさに狙ったように、いや、実際狙ったのだろうが、サキエルの行った一挙一動が悉くネルフとゼーレを追い込み、人類の補完を阻止していく。

 

 被害金額よりも、宿願である人類補完計画が完全崩壊したことの方がゼーレの面々に並々ならぬ心労と絶望を与えているのは言うまでもなく、普段であればゲンドウをネチネチと虐めているはずの毒舌に冴えがないのもそれによる所が大きい。

 

 一方で普段は虐められながらニヤニヤ笑っているゲンドウも『妻が復活したと思ったら息子と一緒に2人纏めて化け物に喰われた』という『少し上げて渾身の力で叩き落とす』ような状況によって心に深い傷を負っており、ナメクジに塩を掛けたかのようにしょぼくれている。

 

 

『…………今日の所は解散とする』

 

 

 ため息大会と化した会議を強引に終わらせるべく最後にそう言っていち早く消えたキール議長もまた、やつれ果てていたのは言うまでもあるまい。

 

 

 

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 さて、一方その頃。一日掛けて南極経由で目的地に至ったサキエルは、ある意味一番安全なその場所でいざチルドレン達を体内から呼び戻すべく血液を手頃な窪地に溜めていた。小さなプール程度の広さを持つ窪地の表面を出力調整をした荷電粒子砲でガラス化させて水漏れ対策を行うと、冷めるのを待ってから景気良く手首を半分程切断し、流れ出る血液で窪地をしっかりと満たす。

 

 後は体内で保護していた七人分の魂を血液のプールに溶かし込み、微弱なATフィールドを用いて魂を刺激し、覚醒を促進してやれば、あら簡単。チルドレンとご家族の皆さんの完成である。……まぁ、カラーリングは結構違うが、不可抗力である。

 

 寝ぼけ眼な彼らが完全に覚醒する前に血液の余りで適当な服を形作り、彼らの身体を包み込むのも忘れない。ある意味一番重要であるが、此処は見慣れた学生服を構築して置くことにする。……明らかに保護者である碇ユイと惣流キョウコ、そしてどう見ても幼稚園児である『綾波一号』も一律『第一中学校指定夏服』を着ている様は若干シュールだが問題は無い。多分、きっと、或いは。

 

 

 と、いうわけで無事作業を終えたサキエルの前で、チルドレン四名とその家族である三人がのそのそと起き上がる。その様を見てどうやら問題が無いらしいと判断したサキエルは、実に気安い振る舞いでチルドレン達に呼びかけた。

 

「おはよう、シンジ君、レイ君、アスカ君、カヲル。身体に異常はないかね?」

 

 その問い掛けに反応し、未だポヤポヤとした寝ぼけた頭でチルドレン達は自身の身体をチェックする。

 

 それから一拍の間を置いて、チルドレン達は冷や水をぶっかけられたかのようにその意識を覚醒させた。

 

「ちょっと!! アタシの髪に何してくれたわけ!? 真っ白けなんだけど!?」

「……ふむ、コレはなかなか凄まじい状況だね」

「アスカにシン君、あなた達、眼が赤いわ」

「え、嘘!? カヲル君、僕の見た目どうなってる?」

「シンジ君もラングレーさんも赤目に銀髪だね。皆お揃いってことさ」

 

 自身のカラーリングが変わるという異常事態に尋常でなく混乱するアスカとシンジ、そして何となく事態を把握したカヲルとレイ。四者の様子が綺麗に二手に分かれる結果となったが、双方ともサキエルに『何をしたのか』と問い詰めるという行動自体は共通であり、それに対してサキエルは予想通りの反応にカラカラと笑いつつも返答を返す。

 

「恐らくは、君達を組み立てる際にLCLの代用として私の血を用いたからだろうね。カヲルは第十七使徒タブリスであるため変化無し。レイ君も第二使徒リリスである為に外見的には変化は無し。シンジ君とアスカ君に関しては第十八使徒リリンに覚醒したために不要な物質であるメラニンが消失した、といったところだろうか。……仮説としてはチルドレンはエヴァとのシンクロの影響で普通の人より使徒に近く、それ故に今回使徒の血を用いて再構成された事がカギとなり人間の本来の姿である第十八使徒に覚醒した、という所かな」

 

 ペラペラと喋るサキエルだが、彼の長話の大事な部分を意訳して抜き出すと『サキエルから輸血したら使徒に成ったらしい。 やったねシンちゃん、バリアが張れるよ!!』ということらしい。

 

 その直後にサキエルが『まぁ、そのお陰で君達はこの環境に適応しているんだから、儲けものだと思いたまえ』などと世迷い言をほざいていた為に取り敢えずアスカとシンジは文句を言うべくサキエルの頭を睨み付け、その直後、サキエルの言葉の意味を知る。

 

 

 サキエルの頭上に浮かぶのは三日月型になった青い星。

 

 

 それは太陽系第三惑星『地球』。そして、彼らは自身のいる場所が『月』であると理解する。

 

 それは即ち、彼らは現在限りなく真空に近い大気の中に居るという事であり、正真正銘彼等が人外になり果てた事を意味していた。


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