我思う、故に我有り   作:黒山羊

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鳶に油揚げをさらわれる

 芦ノ湖、上空。

 

 ネルフの人員がエヴァ内部の人間に集中している最中、サキエルはフヨフヨと浮かび上がり、雲の上までやって来ていた。ラミエルにしろシャムシエルにしろ、浮遊能力は飛行能力と異なり、高度を上げるのが難しい。その原因は、浮遊能力の仕組みにある。

 

 浮遊能力は、実際の所、薄く広げたATフィールドで重力を遮断し、、その上に乗っているだけなのだ。要するに、身体の下に風船を作って、それに乗って飛んでいる訳である。当然ながら、風船には高さの限界があるため、そう簡単には上昇できない。

 ではなぜサキエルが雲の上まで飛んでいるのか、と言えば、仕組みは案外簡単である。両手から出す諸々の武器の回転力として使用しているラミエルのドリル。その先端部にATフィールド二枚、角度を付けて張り付け、タケトンボのようなものを形作る。

 

 あとは、両手のそれをクルクルと回せば、ヘリコプターよろしく上昇出来るというわけである。これと浮遊能力を併用する事で、サキエルはその巨体を遙か上空へと持ち上げる事に成功する。

 

 其処まで高度を稼げれば、あとは簡単。

 

 空中で身体をひねり、駿河湾に『背を向けた』サキエルは、S2機関四機をフル稼働させ、荷電粒子を回転。十秒程でチャージされたそのパワーを『拡散して発射する』事で反作用を得たサキエルは、ミサイルよろしく光の尾を引きながら駿河湾に向けて突撃する。

 

 大気圏内でのイオンジェット推進という若干傍迷惑な方法で飛行するサキエルが駿河湾に到着したのはそれから五分後。

 

 エヴァ四機が到着する少し前のことであった。

 

 

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 さて、時間はサキエルが芦ノ湖から飛び出したのと同じ頃。

 

 第七使徒はサキエルよりデフォルメのきいた首なし人型ボディをヨタヨタと動かしながらえっちらおっちらと上陸を果たしていた。其処に待ち受けるのはネルフから要請を受け、第五使徒戦の雪辱を果たすべくジェットアローン三機を持ち出してきた戦略自衛隊の皆さんである。

 

 戦略自衛隊仕様ということでオリーブ色に塗装されたジェットアローン達にはそれぞれ『ガイア』、『オルテガ』、『マッシュ』と愛称がつけられており、各々が別々の武器を持っている。ガイアは接近を想定して大盾を装備し、オルテガは中距離戦を目指して巨大なガトリング砲を構え、マッシュは更に後方から射撃を行うべく筑波で作ったポジトロンライフルを構えている。

 

 今回の任務は、ジェットアローンによる使徒への威力偵察と自爆による足止め。

 

 だがしかし、遠隔でジェットアローンを操る戦略自衛隊の隊員たちはせっかくの出番と第五使徒戦での雪辱を果たす機会をみしみすネルフに渡す気はさらさら無い。当然ながら使徒に勝つつもりである。

 

「ジェットアローン各機、出撃準備を完了しました」

「ポジトロンライフル充電完了、現在射撃シークエンスに移行中」

「『ガイア』、突撃開始」

「『オルテガ』、ガイアの補佐に入ります。援護射撃開始」

「目標のATフィールドを観測しました。目標、進行を停止」

「『マッシュ』、目標に照準」

「『ガイア』、『オルテガ』、斜線上より撤退完了」

「発射まで10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、発射!」

 

 ジェットアローンと同じオリーブ色の軍服に身を包んだ隊員たちが見守る中で、ポジトロンライフルは寸分違わず第七使徒のコアに向けてその方針から陽電子を射出する。N2リアクターを用いて発電された電力による砲撃はATフィールドに激突、しばらくぶつかり合った後にATフィールドを突破し、若干のずれはあったものの確かに使徒に突き刺さる。

 

 第五使徒戦の際に得られたデータから、『使徒のATフィールドはN2爆雷並みの高エネルギーを用いれば突破可能である』という結論に至った戦略自衛隊の作戦部によって提案された、『陽電子砲による狙撃』作戦は確かにその効果を示したというわけだ。

 

 その証拠に第七使徒は陽電子砲による砲撃でその上半身を無残に吹き飛ばされている。

 

 だが、使徒がその程度で死ぬはずが無いというのは強羅地区における攻防で第三使徒に苦汁を飲まされた戦略自衛隊にとって当たり前の事実であった。現に、計器は未だ『パターン青』を計測している。

「未だにエネルギー反応あり…………いえ、これは……エネルギー反応増大!!」

「どうした!? まさか自爆か!?」

「目標、二体に分裂しました!!」

「っ!? ……アメーバかコイツは!?」

 

 損傷した部位を補うでもなく、まず肉体を分離した使徒。当然、分裂した後も焦げ付いていたのだが、その焦げは速やかに修復されていく。代わりにATフィールドは消失したようだが、『オルテガ』からの砲撃も『ガイア』のシールドによる切りつけも効果はあるのだがすぐに再生してしまう。あろうことかコアまで再生するその怪現象に、流石の戦略自衛隊も暫し茫然自失となってしまったのは致し方あるまい。が、そこはネルフの様な半研究機関と異なり純粋な軍事組織。決断は素早かった。

 

「『ガイア』を後退させて『マッシュ』の防御に回せ!!」

「『オルテガ』、目標甲、及び乙に攻撃しつつ接近!!」

 

「『オルテガ』、自爆シークエンス起動、吶喊開始!!」

 

 コンソールを操る係員が自爆シークエンス起動ボタンをカバーを叩き割って押し込み、それに合わせてジェットアローン二号機『オルテガ』がリミッターを無視した高速起動でタックルを敢行。見事オレンジ色の個体にしがみつき、それを引き剥がそうとした白い個体も巻き込んで自爆する。

 

 海岸沿い、かつ観光施設もなく、水没ビルが立ち並ぶ地区であるからこその自爆作戦。『自爆による足止め』はネルフからの要請であるため、責任はネルフが負うことも相まってすんなり許可が下りたこの作戦だが、やはりN2爆雷を用いただけあって海中のビルは粉砕し、キノコ雲が吹き上がる地獄絵図の様相を呈している。

 

 だが、その中で盾を構えた『ガイア』とその背後に守られた『マッシュ』は未だ健在。更に敵はその体表をこんがりと焼かれて停止中となれば、戦略自衛隊はネルフの期待を遙かに上回る戦果を上げた事になる。

 

 余談だが、そもそもが自爆兵器であるジェットアローン一機の自爆でこの成果が得られた事で、ジェットアローンの有用性は戦略自衛隊内部でもそれなりの評価を得ることとなり、日重連が嬉しい悲鳴を上げる事になったりしている。

 

 さて、その自爆作戦の成功だが、戦略自衛隊の作戦部は少々疑問を抱いていた。

 

 というのも、先程までは斬ろうが撃とうが瞬間再生していた筈の使徒が自爆に限って大ダメージを受けたという事実がいまいち納得出来ないのである。

 

「高熱に耐性が無いのか?」

「……いや、ポジトロンライフルのダメージからも復活したんだ、それはないだろう」

「……そもそも、何故高速再生していたかだ。あの再生速度は諜報で入手した過去の使徒戦の情報を見る限り異常だ」

「確かに。……考え方を変えよう、仮に自分が何かを修復するとして、どうすれば素早く修復出来るかと考えれば良い」

「ふむ。……まずは適切な工具。それと設計図があれば修理もはかどるだろうな」

「……設計図、か」

「あの使徒は双子みたいにそっくりだ。……お互いがお互いの設計図になっているとしたら?」

「「「それだッッ!!」」」

 

 ディベートによって導き出されたその結論は、現状を悉く説明しうる妙案だった。互いが設計図であるが故の高速再生。そして、同時攻撃を受けた事によって設計図が無くなったために再生が遅れている今の状況。

 

 この情報を元に如何にして第七使徒を撃退するか。

 

 戦略自衛隊作戦部が遂に『使徒を倒せる』可能性を見いだした、その瞬間。

 

 天空から新たな天使が飛来した。

 

 

--------

 

 

 空中でクルリと身をひねり、未だに蒸気を吹き上げる駿河湾に着地したサキエルは、湾の比較的浅い部分で焦げ付いているイスラフェルを見付けて内心で歓喜した。

 

 飛行中にチラリと見えた閃光と耳に届いた爆音から予想はしていたものの、戦略自衛隊がN2爆雷を用いたらしいことは『一度喰らった』ことがあるサキエルからすれば察するに容易い。

 

 そのかつて体験したN2爆雷の威力と現状を照らし合わせてみるに、どうやらイスラフェルは少なくとも一日は行動出来ない程のダメージを受けた筈である。ならば、かねてからの宿願を果たすことは容易であった。

 

 いつものようにズルリと顎を伸ばしたサキエル。その顎を深海魚の如く根元まで大きく開き、焦げ付いたままのイスラフェルを丸呑みにする。一口でオレンジ色の個体が呑まれ、二口で残りの個体が呑み込まれるその姿に、獲物を横からかっさらわれた形の戦略自衛隊は唖然呆然、揃いも揃って口をポカンと開いた間抜け面を晒す羽目と相成った。

 

 あまりに突然、そして余りに理不尽なその事態。だが、日本を守る立場に当たる戦略自衛隊からすれば突如復活を遂げた『最初の使徒』である黒い巨人に対して攻撃、或いはせめてネルフが現れるまでの時間稼ぎをしなくてはならない。

 

 残った『ガイア』と『マッシュ』を新たな使徒であるサキエルへと差し向け、組み付いての自爆、或いはポジトロンライフルでの狙撃を行うべく警戒を厳にしつつ隙を狙う。

 

 だが、如何せんあまりにも敵が悪かった。

 

 ジェットアローン二機を見るやいなやサキエルは屈伸するように腰を落として跳躍。一瞬で距離を詰め、『ガイア』の目前に着地すると、脚部に向けて下段回し蹴りを放つ。軽く音速を突破したその蹴りによって盾ごと転倒させられたジェットアローンに対し、サキエルは容赦なく顎を伸ばし、起き上がるべくもがくガイアをペロリと平らげる。

 

 その捕食の隙に『マッシュ』がポジトロンライフルを放つが、第五使徒以上に強固なATフィールドで『斜めに』受けられた事で綺麗に威力を受け流され、挙げ句の果てにそのATフィールドを投げつけられて真っ二つになり爆発。その爆発すらサキエルのATフィールドで強引に封じられてしまう。

 

 

 あまりに圧倒的、あまりに一方的。

 

 文字通り完膚無きまでにジェットアローンを叩き潰したサキエルは、周囲で自身を攻撃している戦闘機を無視し、先程までの戦闘が嘘だったかのように、のんびりとした歩みで海岸に到達。まるで散歩するかのような足取りで上陸した彼は、場所は既に把握済みだと言わんばかりに山沿いに隠れるように設置されているリニアレールの線路へと近付いて行く。それを必死で食い止めようとする戦略自衛隊の地上部隊を踏みつぶさないように慎重に避けながら進むサキエルは、避けながらとはいえ全く衰えない速度でレールを目指し、数十秒もしない内にリニアレールの出口へと到達。

 

 まるで電車でも待つかのように線路脇で佇んでいる彼は、その周囲を飛ぶ戦闘機を手慰みがてらに優しく捕獲し、両翼をもいでからそっと地面に降ろすというろくでもない内職を繰り返す。一機で百億以上はかかる戦闘機を手慰みで分解されては、戦略自衛隊としてもたまったものではない。彼の手が届かない距離へと退避しながらミサイルなどでチマチマと攻撃を加える作戦へと速やかに移行するが、その周囲に張られたATフィールドは有象無象の区別なく、あらゆる脅威を遮断していた。

 

 そんな中、自衛隊の善戦虚しく、遂にサキエルの眼前にエヴァが乗ったリニアが現れる。ネルフ側でもリニアの停止を試みたものの、如何せん高速で走るリニアを急に止めるのは辛いものがあり、結局制動距離が足らずに終点までなだれ込んでしまったのだ。そんなリニアに縛り付けられたエヴァをサキエルはリニアごと四機まとめてペロリと飲み込んでしまう。

 

 シンクロ切れと緊急停止の衝撃で硬直したままのエヴァを特に抵抗もなく飲み込んだサキエルは、そのままズシン、ズシンと地響きを立てながら陸地を歩き、北へと向けて歩き出す。

 

 駿河湾から北に向けて進む、というのは通常の使徒からすればいまいち考え辛い行動だ、第三新東京市を目指して進む使徒達は、駿河湾からなら北東へ向けて進むはずである。にもかかわらずサキエルが目指すのは北。それも、どちらかといえば北北西に向けて移動している。

 

 その進路に少しの疑問を抱いた戦略自衛隊だったが、すぐに、サキエルの真意に気付き、大わらわといった様相で全力攻撃をサキエルに向ける。

 

 彼等は気づいてしまったのだ。サキエルが進むその先に、日本の首都である第二新東京市があることを。


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