我思う、故に我有り   作:黒山羊

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好きこそものの上手なれ

 ネルフ本部最上階執務室。

 

 その部屋で、冬月とゲンドウは休憩がてら将棋を指していた。

 

「……そう言えば碇、最近、妙な噂が流れているが大丈夫なのか?」

「……噂?」

「ああ、お前に隠し子がいるだの、不倫しただのと噂になっているが。……王手飛車取り」

「……何故だ」

「俺に訊くな。……まあ、恐らくはお前の息子だろう。……王手」

「…………シンジがどうした」

「親なら少しは息子を気にしたらどうだ。最近、レイを『姉』と慕っているらしいぞ。……王手角取り」

「………………勘付いたか?」

「さあな? だが、ユイ君の聡明さを継いでいるならレイと自分の関係に気付いてもおかしくないと俺は思うがね。……王手」「……………………そうか。……参りました」

「……これで103勝85敗47分けか。……しかし、このまま放置で構わんのか?」

「ユイの事を察していなければ問題ない」

「その件だが、昨日彼のシンクロ率が90パーセント台に突入したらしいぞ。何故だろうな」

 

 素知らぬ顔でそう問いかけながら将棋を片付ける冬月と、いつも通り机に肘をつきながら冷や汗を流すゲンドウ。一瞬の沈黙の後、ゲンドウはボソリと問い返す。

 

「……気付かれたのか?」

「……知らんよ。ただ、第三使徒がシンジ君に何らかの事実を吹き込んだとの情報が諜報部から上がってきているが」

「諜報部はなぜ止めなかった」

「使徒に生身で挑めというのは酷だろう」

「…………その通りだな」

 

 もはや滝の如く冷や汗を流すゲンドウ。空調は完璧だというのに血液を絞り出すような勢いで垂れて来る汗は手袋をぐっしょりと濡らし、机の上にぽたぽたと落ちる。

 

 人類補完計画が崩壊する音を脳裏に響かせながら内心焦りまくるゲンドウに、冬月は更なるバッドニュースを報告する。

 

「それと、アメリカのフォースチルドレンだが、どうやら老人達の飼い犬らしいな」

「……この段階でか?」

「恐らくは第三使徒の調査、或いは殲滅が目的だろうな。バチカン条約を捻じ曲げて日本にエヴァを四機揃えた程だ、ただの子供ではあるまいよ」

「……問題だな」

「ああ。まぁ、大体がお前と第三使徒のせいだな」

「…………逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」

「碇、絶望している所悪いが、補完計画の大幅修正が必要だぞ」

「……問題ない。時計の針は元には戻せない、だが、自ら進める事は出来る」

「良いセリフだが、今は進み過ぎて困っている状況だな」

「……も、問題ない」

「いや、あるだろう。さて、山積みの書類を片付ける作業に戻るぞ」

「…………冬月、もう一局指さないか?」

「駄目だ。俺も手伝うから手早く済ませるぞ」

 

 取りつく島も無い冬月の回答に押し黙るゲンドウ。

 

 机から溢れんばかりの書類の山に埋もれた彼は、サングラスの奥で涙目になりながらも書類にサインと判子を押す作業に戻る。

 

 最近睡眠時間がかなり削れているゲンドウは、今日も今日とて書類の山と戦い続けるのだった。

 

 

――――――――

 

 

 さて。トップが書類仕事に追われている頃、部下であるミサトとリツコは旧東京にやって来ていた。

 

 今日は、日本重化学工業共同体による、新型戦闘兵器の発表会があるのだ。

 

「ジェットアローン・プロダクションモデル、か。リツコ、強いのこれ?」

「N2リアクター搭載型無人歩行兵器という発想自体は悪くないわ。企画書によればギリギリまで足止めを行い、最後は自爆によって時間を稼ぐのが主な戦法らしいわよ」

「……結構便利そうね」

「戦略自衛隊が、前回のミサイル作戦失敗の雪辱のために大量出資したらしいわ。投入予定地域は強羅らしいから、自爆も問題ないし」

「あー、サッキーの時に更地になってるからね」

 

 興味深げに語りあうリツコとミサト。対使徒戦の最前線で戦っている二人からすれば、そこそこ使えそうな支援兵器というのは実に有り難い代物である。

 

 そんな感想を抱いた彼女らが見守る前では、制作者の時田シロウ博士がプレゼンテーションを行っている。

 

「さて最後に成りますが、このジェットアローンを開発した経緯をお話しさせて頂きます。お恥ずかしい話、ジェットアローンは元々、ロボット好きが集ってチマチマと作っていた物なのです。私たちの世代と言えば、ちょうど軌道戦機バンザムが流行っていた頃でして、幼心に夢見た巨大ロボットをいつかこの手で生み出すのが夢でした。その夢を諦めなかった結果、我々の生み出した巨大ロボットが、人類のために戦う日を迎える事が出来ました。そして……」

 

 彼の口から語られるのは、凄まじいまでのロボット愛。その姿に、研究開発班の面々と同じものを感じたリツコは、時田にちょっとした親しみすら感じた。研究開発班でもそうだが、一般で言う所の『オタク』の情熱と根性は、好きなジャンルともなれば『変態』の域に達する。そんな人物が開発したとなれば、ジェットアローンはかなり期待できるとみていいだろう。

 

 

 そんな感想をリツコが抱いている間に演説を終えた時田は一旦舞台袖に引っ込んだ後、リツコとミサトが座るテーブルに向かって歩いて来ていた。それに気付いたリツコとミサトは時田に向かって会釈する。それに同じく会釈を返してから、時田はリツコに話しかけた。

 

「赤木博士、今日はわざわざご足労頂きましてありがとうございます」

「いえ、此方こそご招待頂きましてありがとうございます。……時田博士、此方は葛城一尉。対使徒戦の指揮を執る作戦一課の総責任者です」

 

 そう言ってリツコが紹介した時には、ミサトは直前のいい加減さを綺麗に仕舞い込んで極めて真面目に振る舞う。普段はずぼらさが目立つ彼女だが、この年齢で尉官になる程度には

「デキる女」なのだ。

 

「紹介に与りました、葛城です。早速で申し訳ありませんが、私はこのジェットアローンが戦局を大きく改善しうる極めて重要なファクターに成りうると考えております。つきましては、戦局に投入するにあたってより詳細な説明を頂きたく思うのですが、御時間を頂けますでしょうか?」

 

 そう言って手早くメモとペンを装備するミサトに、時田は笑顔で頷いてから一言断って開いている席に座る。

 

「では、ジェットアローンの量産性についてお伺いしてよろしいでしょうか」

「分かりました。……ジェットアローンは、プラモデルを参考にしておりまして、パーツの規格を限界まで共通化しております。それによって巨大ロボットとしては極めて高い生産性を持っておりまして、一週間当たり一機を組み立てる事が可能となっております」

「成程。……では、近接格闘をN2リアクター搭載機で行うという事ですが、安全性などはどのようになっているのでしょうか」

「ジェットアローンはN2ミサイルの直撃を受けても戦闘が続行可能な耐久性を持ち、さらに安全性の確保のため、外部からの緊急停止方法を20パターン用意。さらに、自爆の際にはセンサから読み取った『パターン青』の信号を元に使徒に突撃したのち自爆します。この際に、爆発に指向性を持たせる事で周辺被害を最小限に抑え、同時に使徒に最大限に攻撃力を発揮するようになっております」

 

 ミサトが質問し、時田が答える。

 動画ファイルなどの資料を惜しみなく公開しつつ説明を行う時田は、30分ほどかけてジェットアローンの性能をミサトに余すことなく伝えてから、軽い挨拶をして他のテーブルへと移っていった。

 

 その背中を見送ってから漸く元の適当な性格に戻ってビールを呷るミサトに、リツコは苦笑と共に呼びかける。

 

「ミサト、お疲れ様」

「いやー、凄い熱意だったわ。……ジェットアローンもその熱意に釣り合うレベルで便利なものだったし、時田さんネルフに引き抜いたら?」

「……悪くはないけれど、こういうのはある程度競い合った方が良いわ。そうすればウチの開発班のレベルも上がるし、日本重化学工業協同体のレベルも上がる。ライバルの存在は、成長に必要な物なのよ」

「あー、なんとなく分かったわ。つまり、ジェットアローンを開発班に発破をかける材料にする訳ね」

「そういう事よ」

 

 そう答えて珈琲を啜るリツコの口は、心なしかいつもより楽しげな笑みを浮かべている。一人の科学者として、そして技術屋として、今回のプレゼンは実に興味深いものだった。

 

 確かにジェットアローンの存在は、今後のエヴァ開発の良きライバルとして実に有効だ。

 

 だが、それ以上にリツコの職人魂がその好敵手に対して、太陽の如く燃え上がる。ハード分野の権威である時田シロウが率いる日本重化学工業協同体と、ソフト分野の天才と名高い赤木リツコ率いるネルフ技術局研究開発班。

 

 ジェットアローンという起爆剤によって幕を開けた両社の開発合戦が、いかな結果をもたらすのか。

 

 それはまだ、誰も知らない。

 


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